1日目②:深くは考えたくないご主人様と置物の付喪神

二階には、じいちゃんが生前から集めていた骨董品が集まっている

俺にはそういう趣味も、審美眼という物もないからガラクタかゴミにしか見えないのだが、価値のあるものもあるらしい

まあ、それはどうでもいいのだ。わからないものはわからない。それでいいではないか

きっと俺はこの先も、この中に存在しているものの価値を理解する事はないだろう

爺ちゃんの考えだって、理解する事はできないだろうから


俺が今日のうちに済ませてしまわなければいけないものは、二階の荷物を一階にすべて運び、空になった二階を綺麗にする・・・ところまでだ

それを終えたら向こうの、俺が今住んでいる家の方に戻るという予定

立てた予定通りに動けるように、頑張らないと


この家は本当に落ち着かない

窓が隠れるほど物が置かれて、一切の光が入らないこの空間は「隠れ場所」を連想させるのでなんとなく落ち着くが、それだけだ

やっぱり、我が家が一番落ち着く


「・・・この量だしな。夕方までに終わるだろうか」


じいちゃんの家があるのは、山に囲まれた土地

簡潔に言うならばド田舎だ

バスも夕方五時までしかない。それを乗り逃したら、明日の昼十一時までバスはない

・・・一日二本のバスでよく生活できているものだ

大半の住民が自家用車を持っているから成り立つことなのだろうけれど


俺も車は持ってはいるが、俺の勘が今日は乗っていくべきではないと思いバスでここまで来たのだが・・・

その道中の交差点で大規模な交通事故が起きていたのは衝撃的だった

なんせ、俺が家を出たと同時に車で外出していたご近所さんの車が巻き込まれていたのだから

・・・もし、俺も車でここに向かっていたら今頃

考えただけでも背筋が凍る出来事を頭から追い払いつつ、俺は近くにあった荷物を持とうとして、掌に収めていたその存在を思い出す


「あ」


そう言えば、寅江さんからドラゴンの置物を貰ったままだった

一度戻るのも面倒だし、だからと言って荷物と同時に運べるかと聞かれたら無理だろうし・・・


「はあ・・・」


とりあえず、近場の段ボールの上にそれを置いて俺は作業を開始することにした


・・


二階に隠れていたら、彼が二階にやってきてしまった

部屋の奥深くに空いている小さなスペースで私はこれからどうするか頭を悩ませた

彼は今、荷物を下ろしに一階へ

だから今は私一人だけれども、二階から一階に行こうとしたら自然と彼と出くわしてしまうだろう


「・・・どうしよう」


今の私はただの不審人物だ

雪霞様に会う訳ではない。今は龍之介の孫で・・・寅江が龍之介の言葉を読む時に夏彦と呼ばれていた存在に会うのだ


・・・苗字が変わっていなければ、巽夏彦、かな

一応龍之介に引き取られているみたいだし、苗字は一緒にしているはずだ

確か前は八重咲だったか。それとも山吹だったか

彼を調べている時に入ってきた情報は多くて、私の中でも整理しきれていない

それほどまでに、夏彦という人物には複雑な事情がある


「まあ、正確な名前はわからないけど・・・夏彦なのは間違いないはず。龍之介もそう言っていたから。孫の名前は、夏彦」


段ボールの影から様子を伺ってみる。まだ彼は帰ってきていない

そんな中、ドアの近くにある段ボールの上に置かれているものが目に入った


「・・・これは?」


どうやら、ドラゴンの置物のようだ

生前、龍之介が大事にしていた、孫からの初めての貰い物・・・だったはず


チリン、と髪につけている鈴がなる

久しく音色を聞いていなかったが、こういう大事な時だけ合図のようになってくれる私を私にしてくれた大事な鈴

あの方がくれた鈴は、私を導くように小さな音を奏でた


「そうだね。お前も初めての貰い物仲間だね・・・あ」


私は「辰の憑者神」と呼ばれていた

辰は龍・・・龍は、ドラゴン・・・に似た生物だと思う

どれも幻想上の生き物だから、詳しいのはどうでもいいだろう

この偶然の奇跡を見逃すなんて私にはできなかった


「龍之介・・・貴方がくれたチャンス、私は必ずものにしますからね。騙してでも、守り抜きますよ、絶対に」


とりあえず、角と羽根と・・・尻尾を出せばそれっぽく見えるのでは?

私は、このドラゴンの置物を使って彼に近づく方法を考える

今度こそ、彼を側で守るために


・・


荷物も半分ぐらい降ろし終えた昼下がり


「ふう・・・・」


段ボールの上に座って、小休憩を入れる


「・・・しかし、中学生ってなんでこういうドラゴンの剣とか置物とか修学旅行先で買っちゃうんだろうな」


ドラゴンの置物をくるくる回す

どうやらこれはガラスでできているらしい。丁重に扱わないと割れてしまいそうだ

そして、縁起があるかと思って頭を撫で出てみる


「・・・こっちに、撫でやすい頭がありますよ?」

「ああ、そう」


俺はさりげなく声がした方に手を伸ばしてそれを撫でる

さらさら、ふわふわの髪

触っているだけで癒される、が・・・両サイドにある堅い何かが凄く邪魔・・・


「って・・・君誰」


気が付いたら、青緑色の髪の少女が俺の隣に座っていた

その姿はとても特徴的だ

頭に角が生え、背中には小さな羽。そして大きな鱗付きの尻尾

どこからどう見ても普通の少女ではなかった


いや、普通の少女かもしれない。これはただのコスプレかもしれない

・・・たまにいるんだよな。こういうの。今回はどっちだろう


「私?私ですか?」

「そう、そうだよ。ダメじゃないか。勝手に人の家に入り込んで・・・田舎だからってその辺り緩いの?全く・・・」

「わ、私が見えているのですか・・・?」

「見えてるよ。何?普通の人間じゃないの?化け物?妖怪?それとも神様?」

「はい。正解ですよ。私、付喪神なので」

「あ、そう。どの付喪神?」

「これです。これこれ」


彼女が指さしたのは、段ボールの上に乗っているドラゴンの置物のようだ


「・・・その段ボールの上に入っているもの?」

「違います!ドラゴンの置物の方です!私、そのドラゴンの置物の付喪神なんです!」

「ああ・・・そう」


自称付喪神。多分、俺にしか見えないものなんだろう。それかそれすら自称

自称であれば面倒だが、たまに「こういうの」もいるし、とりあえず話は合わせておこう


「で、君、名前は?」

「りんどうです!」

「ああ君が」


どうやら彼女こそ、寅江さんが言っていた爺ちゃんと一緒に暮らしていた女の子のようだ

幼く見えるが、そういう仕様なのだろう。神様にも色々いるし

まあそれは置いておいて話を続けていこう


「俺以外の人には見えるの?」

「お望みなら、見えないようにすることも可能ですよ?ほら!」


一瞬のうちに、りんどうの姿は俺の視界から消える

その言い方的に、見えるようにするのも見えないようにするのも自在のようだ

なかなか高位な付喪神らしい

こんな量産品ことドラゴンの置物に憑いていいような存在ではないだろうな


「こっちですよ」

「いつの間に後ろに・・・」

「ええ。付喪神ですからね」

「基本は見えると考えていいのかな?力の強い付喪神なんだね」

「はい!私、強い付喪神ですよ!」


彼女はむふん!と威張る

尻尾も嬉しそうに揺れている。まるで犬みたいだ

とてもじゃないが、神様には見えない・・・


「しかし・・・なんで、こんな量産品なんかに?年季ものって訳でもないし・・・」

「思いの力です。龍之介様が毎日大事にしてくださいましたから」

「そう、なんだ」

「貴方は夏彦様ですか?」

「ああ。俺は巽夏彦。じいちゃん・・・祖父から聞いたのかな?」

「はい!では、次のご主人様は夏彦様ですね!」

「・・・ご主人様?」


なんだか時代錯誤なワードが飛んできて、衝撃のあまり復唱してしまう


「はい。これから、私がみっちり夏彦様の健康を管理させていただきます!三食必ず食べてもらいますからね!」

「そういう感じの健康管理なんだ・・・」


てっきり毎朝走れとか、早起きしろとか、夜更かし禁止とか言われるかと思ったのに三食食べるだけでいいのか・・・ありがたいけど


「ちなみに料理は私が作ります」

「え、うちに来るの?」

「そりゃあ、そうですよ。夏彦様は次のご主人様ですし?」

「放棄は?」

「できません!龍之介様からもきちんと夏彦様の事を頼まれていますから!」

「ええ・・・・?」

「どんなことがあってもついていきますからね!夏彦様!」

「まあ、百歩譲ってついてくるのはいいかな。俺も、三食誰かに用意してもらえるのは嬉しいし・・・けどね、ええっと、りんどう、だっけ?」

「はい!どうされました?」


りんどうは無邪気に尻尾を揺らし、俺へ返事を返す

とりあえず、ついてくるのはいい。俺だって助かる

けれど、けれどこれだけは!


「様は、やめて・・・」

「では、夏彦さん?」

「それで、いいですから・・・様だけはやめてください」


この日、俺は付喪神と名乗る少女にご主人様認定されて、同居が確定となった

それが、俺の人生を大きく変える出会いになるとは・・・この時の俺は全く思っていなかった

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