1日目①:祖父の遺品整理

夢を見た。小さい頃の夢

何歳ぐらいだっただろうか、あれは確か・・・神栄町の、あの小さなボロアパートに押し込められていた十歳ぐらいの時の話


「・・・ねえ、日向」

「なあに、夏彦ちゃん」

「皆に日向の話をしても、そんな人はいないって言うんだ。日向はここにいるのに、皆、いないっていうんだ・・・」


抱き心地がよかったという理由でよく抱いていたチンアナゴのぬいぐるみを抱きかかえた幼い俺は、白い着物姿の女性に半泣きで語りかけた


「そうねえ、私は夏彦ちゃんだけとお友達になりたかったの。だから、貴方の前にしか現れなかったのよ?」

「・・・俺とだけ、友達になりたかったの?」

「うん。だって夏彦ちゃんは「神様のお気に入り」だから・・・神様に好かれやすいの。私も、その一人。夏彦ちゃんを好きになるべく好きになった一人。私はね、夏彦ちゃんがどんな人なのか確認しに来たんだ。力を貸すべきに値する神語りかどうか」


日向はくるりと回って、太陽を背に笑う

わからない単語ばかりだし、話ぶりからして日向はどうやら人ではないらしい

でも、どう聞けばいいかわからない。その疑問を問いただすための言葉が見つからない

だから俺は、日向が語り続ける姿を黙って見続けることしかできなかった


「見にきて本当に良かった。私の大好きな夏彦ちゃんは、思い描いていた夏彦ちゃんだった。だからね、夏彦ちゃん」

「なあに、日向」

「夏彦ちゃんを傷つけた奴は・・・皆、太陽の元に出られないようにしてあげる。私はもう夏彦ちゃんの前には遊びに来られないんだよね、ここで、遊びすぎちゃったから」

「・・・日向もいなくなるの?母さんも、日向もいなくなったら、俺・・・一人」

「ごめんね、夏彦ちゃん。でも私はこの空からずっと夏彦ちゃんを守るからね。然るべき時には絶対に力を貸すからね」


日向は俺の事をそっと抱きしめてくれる

両親には一度もされたことがないから何とも変な気分だ


「それにいつか、夏彦ちゃんを正面から愛して、変なものが見えることも受け入れてくれる人が現れる。その時になったら、夏彦ちゃんはもう一人ぼっちじゃない。だから、大丈夫だよ」

「ひなっ・・・」


彼女はそう言って、瞬きの間に消えてしまった

どこを探しても、日向はどこにもいない

この世界から、切り離されてしまったかのように――――――――――――――


・・


「ん、あ?」


目覚ましの音で目が覚める

懐かしい夢を見ていた気がするが・・・どんな夢を見ていたか忘れてしまった


時刻は朝六時

仕事時だと朝の準備をする時間なのだが・・・今日はまだお休みの日

そもそもここは自宅ではない

祖父母の家。と、いってもすでに元々住んでいた二人はもうどこにもいないのだけれど


「・・・ふぁ」


大きな欠伸を一回

俺はゆっくりと起き上がって廊下を歩き、居間の方へと向かう

その前に雨戸をあけて、部屋の中に新鮮な空気を取り込んだ

庭先に植えられた紅葉は赤く色づき、吹き渡る風は冷たく俺の頬を撫でる


「・・・もうすぐ十一月か」


秋の朝を感じつつ、一人でそう呟いた

けれど、返事を返してくれる人はどこにもいない


祖父・・・「巽龍之介たつみりゅうのすけ」の葬儀が終わった翌日

祖父の訃報の連絡を受けて四日目のことだ

通信端末に来ているであろう、後輩の丑光うしみつさんと、同僚のさとるからのメッセージを確認しておく

二人とも、社長である東里とうりに振り回されているようだった


『夏彦に会えないからってあのクソ兎、俺たちを飲みに連れまわしてくるから早く東里の為に帰ってきて』という覚のメッセージには「やなこった」と返し、端末の電源を落とす

他にはメッセージはないようだ


「さて・・・今日は、じいちゃんの部屋の掃除でもしないとだな」


もう一度、大きな欠伸をすると腹が空腹を訴えてきた


「居間に寄る前に、朝食からだな」


俺はかつてばあちゃんとじいちゃんが使っていたであろう台所の方へ足を進めた


「・・・龍之介の孫、早起きなんですね」

「・・・ん?」


何か視線と声を感じて後ろを振り返る

しかし、何もない・・・誰もいない

そこにはただ、俺一人


昔から俺は「普通の人には見えてはいけないもの」が見えるため、もしかしたらと考えた

土地柄、そういうのもいるだろうし・・・深くは考えないようにしよう

深く追及すると「また」一人になってしまうだろうから


「・・・」


俺は背後の視線を無視して、台所の方へ足を進める

俺の姿が見えなくなった頃、その人影は廊下の影から出てきた


「・・・彼こそが・・・今代の「お気に入り」」

「そして、雪霞様の・・・・」


鈴のような小さな声の独り言は、俺の耳には届かなかった


・・・・・


ちょうど「掃除の手伝いを」と、じいちゃんのお手伝いさんをしてくれていた「寅江とらえ」さんが来られたので挨拶をした後、俺は買ってきていたパンをかじりつつ、通信端末のワンセグで朝のニュースをぼぉっと眺めながら朝食を摂った


頭の中で今後の予定を立てていく

葬儀も終えて、後はこの家に残る遺品の数々の整理をしていくだけ

休みも後三日しかない。帰る時間も考えれば後二日半でこの家の遺品を整理し終えなければならない


「ごめんなさいね、夏彦さん。朝食の担当は別で・・・りんどうも作ってあげてくれれば良かったんですけど・・・」

「いえ、寅江さんもご家族のことがあるのでしょう?お気になさらないでください」

「ありがとうございます」

「しかし「りんどう」とは・・・?」


聞き覚えのない名前を聞いたので、寅江さんに聞いてみる

そんな名前の人は葬儀にも参加していた気配はなかったのだが・・・


「会っていないんですか?あの子、恥ずかしがり屋ですからね。葬儀も裏方に徹していましたし・・・りんどうは龍之介様がハツエ様が亡くなったあたりから一緒に暮らし始めた女の子です」

「そんな子がいたんですね」

「ええ。いい子なんですよ。本当に」


寅江さんからもう一人の存在を聞かされつつ、最後の一口を飲み込んだ

まさか、廊下を歩いていた時の視線はそのりんどうなのだろうか・・・


「ごちそうさま・・・しかし、本当に何もないですね。家財の類も生前にある程度撤去していますし、掃除、早く終わらせることができそうですね」


手を合わせて、食後の挨拶をする

これは唯一、俺の父親が教えてくれた普通の習慣だから

「これ」を忘れてしまえば、父親の記憶が完全に無くなってしまう気がして、食後は必ず挨拶を欠かさないようにしている

それから、寅江さんと今後の話に移っていった


「そうですね。龍之介様は生前より少しずつ家財の整理をされておりました」


衣服とかも最低限に、処分しやすく

家具も必要最低限にされた家は正直言って殺風景だった


「今、残してあるものはお孫さんである貴方に残したものですよ」


・・・あれが?と思い、家の中に残されていたおかしな骨董品の数々を思い出す

欠けた壺だとか、音のならない笛だとか・・・どう考えてもゴミではないか


「俺からしたら、全部いらないので処分してほしいぐらいなんですがね・・・」

「まあ、そうおっしゃらず」


一応、ゴミ同然の骨董品の数々だが、目の前にいる彼の話によると歴史的価値があるものも多数紛れているようだ

それは寄贈できる場所があれば寄贈して、後は処分してしまおう

俺には、じいちゃんの遺品を受け取る権利なんてないのだから


「寅江さん。後はお任せしても?」

「ええ。後の手続きはお任せくださいませ・・・あ」

「どうされましたか?」

「龍之介様から、貴方に渡してほしいものがあると預かっているものがあるんですよ」


寅江さんは台所を出て、そそくさとそれを取りに行ってくれる

再び戻ってきてくれた彼女の手の中には、小さなドラゴンの置物


「初めてお孫さんがくれたものだから、と大事になさっていたんですよ。もし自分が死んだら、お孫さんに返してくれと頼まれています」


掌に、中学時代の修学旅行で買った健康長寿のドラゴンの置物が乗せられる

・・・とりあえずのノリで買ったものだが、大事にしてくれていたのか


「この置物のお陰で、私は長生きできたよ。ありがとう、夏彦・・・と伝えてほしいと言われていました」

「そう、ですか。そうですね。九十九歳。大往生ですよね」

「あと一年で百歳をお祝いできたんですけどねえ・・・」

「残念です。本当に。俺は二階にある荷物を下ろしてきます。それが終わったら向こうに戻ろうかと」

「もう戻られるんですか?ゆっくりしていったらいいのに」

「・・・自分の家ではないので、落ち着かないんですよ。ごめんなさい」


そう言い訳をして俺は台所を後にする

この家は本当に落ち着かない


『夏彦。じいちゃんは、いつでもお前の味方だからな』

『ほら、夏彦。かりんとうをやろう。お前、好きだろう?え、好きじゃない?そうかぁ、じいちゃん勘違いしてたよ』

『ごめんなあ、夏彦。お前に当たり前を与えてやれなくて、ごめんなぁ』


何度も声をかけてくれた

けれど、かつての俺は素直になれなくて、じいちゃんとばあちゃんの言葉を無視し続けた


その結果がこれだ


今は、彼らに向き合わなかったことを後悔し続けている

唯一手を差し伸べてくれた祖父母に、恩返しがしたいと思えるようになったのは・・・荒れていた時期を脱却し、自分で稼ぐようになってからだ

その時にはもうばあちゃんはいなくて、じいちゃんも恩返しがしたいと思っても、どう話を切り出したらいいかわからなくて、結局何もできないまま、俺は・・・


「本当に、何なんだろうな・・・俺は」


自分の無力さを、そして無知を、そして、愚かさを抱えて、せめて最期の最後ぐらいはと思い、遺品整理の為に二階へと上がった

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