世話焼き神様と社畜の恩返し。

鳥路

序章:付喪神との遭遇

0日目①:残業中のひととき

休み無く働くのは、珍しい話じゃなかった


二十代の頃なんて会社に泊まり込んでいた時期もあったし、残業だけで済んでいる分・・・今はかなりマシだといえるだろう

今は人数も増えた。もう俺たち四人だけで回している会社ではない


キーボードを休みなく叩きつつ、処理を進めていく

今、俺と彼女がやっている仕事は「誰かに押し付けることができない仕事」だ

これがなかなかに厄介で、そう簡単に終わる気配を見せてくれない


進捗が進むと共に、夜も深まっていく

それぐらいになると、集中力も切れかかる頃で、正面の彼女が息抜きも兼ねて俺へ声をかけてきた


「ねえ、夏彦」

「んー?」

「久々にこっちに顔見せたけど・・・あんた最後にいつ帰ったのよ」

「ここ一ヶ月ぐらい前に一度着替えを取りに帰った気がするが、それ以降は帰った記憶ないな」

「たまには帰りなさいよ・・・どうせ東里の家に泊まり込んでるんでしょ」

「ああ」

「東里も東里なんだから・・・あいつ、嬉々としてあんた泊めてるでしょ。大丈夫?服盗まれてない?」

「そこは大丈夫だ。洗濯物を嗅がれている程度に済んでいる」

「嗅がれ・・・いや、今あんた東里に衣食住全部世話されてんのね。わかっていてやっているのなら文句言えないわよ、それ」

「まあ、そうだな」


同僚の良子から呆れた視線を向けられる

それでも俺も良子も、話しながら仕事をする手は止めていない

止めたら、睡眠時間が削られるから

良子は家で過ごす時間が減ってしまうから


「でも、そんなんだけど東里が手取り足取り面倒を見てくれるからな。じゃないと、こんな夜遅くまで残業なんて引き受けないよ。生活費は労力で返上」

「お金より生活の面倒か。あんたやっぱり変わってるわね」

「そうか?」

「普通はお金でしょ。自分の生活があるし、趣味に使うお金がないとストレスだって上手く発散できない。それに、将来的なこともあるからお金はたくさん欲しいもの。だから嫌でも残業をこなして手当をもらう。理に適っているから引き受ける・・・あんたは?」


残念ながら俺は良子のように自分の生活は「最低限」と言っていいレベルだ

趣味だって全く。家に帰っても寝る程度。食事にこだわることはないし・・・気がつけば貯金残高だけが溜まっていくような生活


将来的な事・・・といえば、一つある

けれど良子のいう将来的なことは、そういうことじゃないことも理解できている


「まあ、あんたは趣味なんてものは持ち合わせてないか。休日何してますか?と聞かれたら寝てますって答えるでしょ?」

「まあな。てか休日を過ごした記憶もここ最近ない」

「自慢気に言うなし。でもまあ、あんたの顔だったら、女の子は放っておかないんじゃない?」

「そうだろうか」


外見を褒められることはよくあることだ

しかし、自分ではそんな印象を抱いていない

・・・むしろ、あまり良くは思っていない


「うん。山吹色の髪に、青緑の目。儚げで中性的な顔。なんで彼女いないの?」

「性格が残念だからな」

「そんな事ないと思うけど。あんたの性格はあれだけど、そういう大雑把なところ。私は結構好きだし、付き合いやすいとは思ってる」

「友達としてはだろ。もし良子に旦那ゆうだいがいなかったとして、俺と付き合いたいかって聞かれたら絶対違うだろ」


「・・・そうね。確かにその性格じゃ、四六時中一緒にいるのはしんどいかも。友達が精一杯だわ」

「君のそういう正直なところ、俺も好きだぞ」

「ありがと」


友達として彼女はこれ以上もない存在だ

何もかもストレート。その言葉に隠されたものはなにもない

その言葉に苛立ちを覚えることはあるけれど、その何も隠していない部分は、一緒にいて心地いい彼女の・・・沖島良子おきしまりょうこの長所でもある


「しかし、夏彦。あんたさ、雄大と同い年ってことは三十過ぎたんでしょ?いい加減東里に面倒見てもらうのだけは卒業しなさいよ。あの子だって二十五歳でしょ。そろそろ実家に決められた許嫁が出てくる頃じゃないの?」

「東里の許嫁ねぇ・・・あ、この前実家に電話してたぞ。許嫁の話をしていた」

「マジで?どんな感じだった?」

「まだ彼女中学生だって!?僕二十五歳だよ!?せめて成人してからとかさぁ・・・って言ってた」

「許嫁まだ中学生なんだ・・・それはなんか世間体気にするわよね。いや、でもあいつ、一応まだ世間体を気にするような理性が残っていたのね・・・」


東里が世間体を気にする・・・?いつものことだと思うのだが、良子から見たら東里は世間体を気にしていないのだろうか

良子がそう思った理由はわからないけれど・・・まあいいか

別に聞いたところで理解できるような話でもなさそうだし・・・


「良子、そろそろ十時だぞ。残りは俺が明日までに終わらせておくから、今日はもう帰れ」

「え、でもかなりの量あるわよ」

「・・・家族のこと優先してやれ。彰則さんだってそうさせてるだろ」

「いや、彰則さんは小さい子いるじゃん。うちはまだ子供いないし、そこまで気遣われる必要性は・・・」

「ん」

「ん?」


端末に届き続けている例のアレをそろそろ報告する時が来たと思って、その内容を見せる

一瞬なんだと怪訝そうな表情を浮かべた良子は、それを見て眉間にシワを寄せ始めた


『夏彦へ

最近良子が遊んでくれません。

俺も仕事が忙しいことも自覚していますが、それ以上にそちらの仕事も忙しいようで、最近は帰ったら会話もなく、すぐに眠って、俺が起きる前に仕事に行っています

すれ違い生活ももう、限界です

やっぱり夫婦ですし、甘い時間を過ごしたいのです

つきましては、報酬をご用意いたしますので、良子をなんとしてでも早く帰らせてあげてください。お願いします。マジで、頼む。良子と喋れなくて超寂しい。俺ウサギになる。寂しくて死ぬ』


「・・・なにこれきっしょ」

「雄大から怪文書がここ最近毎日来ていてな」

「え、これ」

「君の旦那からのメールだ。俺としても迷惑なんだ。だから早く打ち切りたい」

「ちょっと殴りに帰るわ。バカ雄大め・・・!」

「おう。帰れ帰れ。ゆっくり寝ろよ」

「寝てる暇ないわボケェ!」


良子が荒い足取りで早々に帰宅していく

・・・ついでに、雄大の怪文書の数々は良子のアドレスに転送しておいた


一人きりになった事務所で、黙々とキーボードを叩く

良子には悪いが、一人の時のほうがなんか落ち着く

暗くて、狭くて、一人きり

なんとなく、その空間に落ち着きを覚えてしまう


仕事の途中。たまに目の疲労を覚えたら目薬をさす

しかし残念ながら俺は鏡を見ながらじゃないと目薬が上手くさせない

引き出しから手鏡を取り出し、いつものように目薬をさす


「・・・相変わらず気持ち悪い色」


ふと鏡越しに映ったそれは、正直好きではない

青なら青で、緑なら緑であって欲しい色。けれど、俺の目はなぜか色が混ざっている

両親の遺伝かもしれないが、俺は両親の顔なんて覚えていない

父親は離婚してから音信不通。生きているか死んでいるかもわからない

母親に至っては俺が十二歳の時にどこかへ行った

それからは祖父母に引き取られて、ここまでなんとか生きてきたが・・・


「そうか。思えばもう、俺だって三十過ぎているんだよな」


確か、間違っていなければ今の俺は三十一歳だ

自分の年齢すらあやふやで、断言はできないけれど

同級生も後輩も、先輩だって結婚したとか、子供が産まれたとか、報告を会うたびにくれるようになった

年齢は重ねた。かつてやんちゃをしていた周囲も、大人になった

進めないのは、俺だけだ

もっとも、進める気さえしないし・・・なんなら進む気もないけれど


俺なんかが、まともに幸せになれるわけがない

誰かから愛されたことも、自分でその愛を拒絶したような人間を、正面から愛してくれる人なんて絶対にいない

実際にいたら、そんな女の子は神様だと言ってもいいだろうさ


「ま、どうせ俺は一生独り身だろうけどさ」


深夜の独り言は、こうして誰にも聞き届けられること無く過ぎていく

仕事の山は、まだ消化しきれていない


・・


気がついたときには、夢を見ていた

ああ。やっぱり寝落ちしてしまったらしい

そろそろ体力も衰えてきたなぁ、なんて呑気に考えながら夢の世界を漂い歩く


途中で、俺と同じ山吹色の髪を持った男性と、どこか見覚えのある黒髪の女性が手を繋いで歩く光景が見えた

俺は、その人物たちのことを何も知らない

父親の髪は黒かった・・・はず。母親は、同じ黒髪だけどあんなに生き生きとはしていない

だから他人

山吹色の人なんて、もっと知らない

けれど、二人はなぜか夢に出てきた


様子を伺ってみる

笑っているのはわかるけど、声は聞き取れない

何を言っている?

何を、語っている?

・・・どうしてこの人を見ていたら、懐かしさを覚えるのだろうか


胸が痛くて、苦しい

その影を見ているだけで寂しくなって

置いていかないでと、手を伸ばしたくて

今すぐにでも駆け寄りたくなる


ふと、山吹色の男性が振り向いた

緑色の目を持つ彼とは一度も面識がない

けれど彼は俺を見た瞬間に、嬉しそうに微笑んでくれる


山吹色の彼は、嬉しそうにこちらへ歩いてきてくれた

やっと見つけたというように

迎えに来たというように、こちらへーーーーー


「あー・・・またやっちゃった」

「・・・?」

「最近加減ができていないらしい。でも、夏彦くん幸せそう・・・どんな夢を見ているんだろう。見に行ってみたいなぁ、彼をここまで笑わせられる夢。興味があるよ」


現実で起きていること、だろうか。全然わからない

しかしこの声はどこかで聞いた覚えがある

どこで、だっけ?


「夏彦くん、夏彦くん。起きて。起きてくれないと大変な事になっちゃう。良子ちゃんが怒り狂っちゃうよ」


この声の主を、はっきりと思い出せた

彰則さんの声だ。いつも聞いている優しい声。どうして思い出せなかったんだろう

彰則さんがいるということは、もう朝なのだろう

早く起きなければ。良子が来る前に引き継いだ仕事を、終わらせなきゃ


夢は霧となり、跡形もなく消えていく

ここで抱いた感情も、記憶も、何もかも現実に持ち帰ることはできず、夢を見た感覚と、どこか懐かしいと思える空気だけは、俺の心の中に残り続けてくれた

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