適当に怪文書4

えままん

テーマ「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」

私には、弟がいた。名前はゆうちゃん。いつも私の後ろをついてきて、私が振り返ると照れて近づいてこようとしなかった。だから私はあえて、いつも気づかないふりをしてた。何故なら、そうすると最後に抱きしめてくれるからだ。大した事のない風景。だけど私にとってその瞬間は、何にも代えがたい大切なものであった。しかし、その日常は、1年前に崩れ去った。ゆうちゃんは飲酒運転事故により亡くなった。車にはねられた時点で即死。顔はゆうちゃんだと分からない程にグシャグシャになり、手足はありえない方向に曲がっていた。その姿はまるで、乱暴に扱われたあやつり人形のようであった。私は目の前に転がっている「それ」がゆうちゃんだと信じたくなかった。そして私はただただ、ゆうちゃんを探して泣き叫んだ。だからもう、涙は枯れてしまった。悲しむ事に疲れた。今となっては、ゆうちゃんの事さえも忘却の彼方へ置いていこうとしていた。ーある日の夜。眠りにつこうとしていた私の前に、醜い肉塊が現れた。あまりにも醜悪な「それ」は、ゆっくりと私に手を伸ばす。「嫌だ!近づくなバケモノめ!」私は飛び起きてクローゼットに隠れる。あの肉塊には見覚えがあった。どこで見た?いつ見た?私の脳裏をある考えがよぎる。だがその予想は外れてほしいと思うほど、信じがたいものであった。「そんな…まさか…」そんな事を考えている間にあの肉塊が近づいてくる。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。来るな。ギィ。「ミ…ツケ…タ。」その声と共に目の前に醜悪な顔が現れる。「うあ…あぁ…」声出ない程の恐怖に包まれ、私は気絶した。目が覚めると、私はいつも通りベッドに横たわっていた。夢だったのかな。いや、夢ではない。後ろに「ソレ」の気配を感じる。だが、恐怖で後ろを振り返る事が出来なかった。すると、「ソレ」が抱きしめてきた。「うあ…あああああ!」死を覚悟した、その時。「オネ…エ…チャン…」それは、しわがれているが、どこか懐かしい響きがするような声だった。そして、抱きしめ方もどこか懐かしい感じがした。「もしかして…ゆうちゃん…?」思わず振り返ると、そこにいたのはあの醜悪な肉塊だった。しかし、よく見ると、あの事故直後で体も顔も歪んでしまった私の弟である事に気づいた。「あ…あぁ…」思わず涙が溢れた。これは恐怖からではなく、事故で死んだ弟をいなかった事にしようとした自分の行動への後悔からの涙であった。「今までごめん…私が、ゆうちゃんを一人にさせてしまったんだよね…ゆうちゃんは何も変わらないのに」すると、ゆうちゃんが一瞬、笑った気がした。そして、ゆっくりと消えていった。しかし、私はゆうちゃんがずっと、そばにいてくれているような気がした。ーそれから数日後。私は初めてゆうちゃんの墓参りに行った。今まではゆうちゃんの死を受け止められずにいたけれど、私は前を向いて生きていく事を決意した。多分、ゆうちゃんは私を心配して現れたのだと思う。だから、もうゆうちゃんに大丈夫だと分かってもらえるよう、精一杯生きよう。それが私に出来る唯一の罪滅ぼしだから。ちなみに、私は自分の両目を潰した。だって、ゆうちゃんの時みたいに物事の外面に惑わされずに、ずっと変わらない内面に触れて生きていたいからね。

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