第30話 ストーカーの逆恨み

「……顔?」

目つきの悪い男が、ギラリと校長をねめつける。

「やっぱ、顔っすか……そっすよね。キモメンの言い分なんて、ハナから信用しないってことですよね」


「お前、何を言ってるんだ?」

谷が眉根を寄せ、男をたしなめる。

しかし目つきの悪い男は、ぶつぶつと恨み言を吐きだした。

「悠里ちゃんだって、結局そうだ。オレタチ、ずっと見てたのに。好きだったのに。あの雨の日、柴崎に、あっさり横取りされた……」


――あの雨の日?


剛士は眉をひそめる。

初めて悠里に出会った、雨の放課後のことを思い返した。

この3人は、自分と悠里の出会いまでも、どこかで見ていたということか。

うそ寒い気分になり、剛士は唇を引き結んだ。



「焦った。悠里ちゃん家に電話した。喋れなくて無言電話になっちゃったけど、でも、声が聴けるだけで、幸せだった」

突如始まったストーカー行為の自白に、校長と谷が顔を見合わせる。

「写真、たくさん撮った。手紙を出した。どんだけオレタチが悠里ちゃんのこと好きか、知らせたかった。でも」

男が、濁った目を剛士に向けた。


「柴崎が、全部かっさらっていきやがった!」

突如立ち上がり、剛士に掴みかかろうとする。

「おい、落ち着け」

慌てて谷が男の動きを制止した。

構わず男は、見開いた目で剛士を捕らえ、怒鳴る。


「悠里ちゃんを横取りしやがって! オレタチのやったことをダシにして、仲良くなりやがって! ちょっと顔がいいからって、てめえ調子乗んなよ!!」

「やめないか!」

谷が男の両肩に手を置き、力づくでソファに押し戻した。

そして、苛立ちを抑えきれない声音で問いかける。

「お前、自分たちが何をやったか、わかっているのか。柴崎が止めなかったらお前らは……犯罪者になっていたんだぞ!」

「オレタチだって、やりたくてやったわけじゃない!」

谷の腕を振り払い、男は再び剛士に向かって叫んだ。

「お前のせいだ! お前が悠里ちゃんに近づかなかったら、オレタチは電話も手紙も……あんな手荒なこともしなかった! 遠くから見てるだけで充分だったんだ!」

男は立ち上がり、首を剛士に向かって突き出した。


「お前が悠里ちゃんを取ったからだぞ! お前のせいだ全部!! お前さえいなければ――!!」

「やめないか!!」

谷が再び、激しく一喝した。

しかし男はまだ、笑いながら、ぶつぶつと恨みを吐き続ける。


「……ほらね。どうせこうなるんだ。みんな、柴崎を庇うんだ……悠里ちゃんだって」

剛士は眉をひそめ、男の声に耳を傾ける。

「オレが、柴崎だって下心あるんだ、オレタチと一緒だって言ったら……悠里ちゃんも怒った。柴崎は違う、オレタチと一緒にすんなって」

思いがけず、悠里と男たちとの会話の断片を知り、剛士は言葉を失う。

「震えて泣いてたくせに、悠里ちゃんは……柴崎を庇いやがった」


胸が痛んだ。

彼女は、必死に男たちと向き合い、戦ったのだ。

自分の身を守るためではなく、剛士のために。

泣きじゃくりながら自分にしがみついてきた、悠里の小さな手の感覚が蘇る。

どんなに怖かっただろう。

彼女の気持ちを思い、剛士は目を伏せた。


「イケメンは、得だよなあ。努力もしないで、簡単に何でも手に入る。女にも、先生にも、庇ってもらえて。簡単に好かれて……」

いいよなあ、と男は壊れた玩具のように、そればかりを繰り返した。

小太りと背の高い男は、うな垂れたまま動かない。

異様な沈黙が、室内を支配した。



それを破ったのは、谷だった。

「……柴崎は、努力してるぞ」

谷は、真っ直ぐに3人組を見据えた。

「成績優秀、かつバスケ部の主将でエース。お前らは、柴崎の結果しか見えていないようだが、それを維持することが簡単な筈がないだろう」


谷の目が、剛士に移る。

「その陰には、授業でわからなかったところを、先生に確認する姿がある。早朝に体育館で1人、自主練する姿がある。日々の積み重ねがあるんだよ。そんな柴崎の姿を見ているから、先生方も柴崎を信頼するんだ」


谷の言葉は続く。

「バスケ部主将として、部員の面倒見もいい。自分の時間を割いて、後輩の指導を行う。部員の相談にも親身になって対応している。だから、仲間もついてくる」

もう一度、ゆっくりと谷は言った。

「柴崎は、努力しているぞ」



「心は、顔に表れる。顔を見ればわかる、と言ったのは、顔の造形の話ではないよ」

彼らを諭すように、校長があとを受けた。

「信頼を勝ち得るのは、外見ではない。努力の賜物なんだ。彼女が柴崎君を庇ったというのは、君たちが柴崎君の努力を認めず、あまつさえ彼を侮辱したからではないのか?」

「オレタチだって、努力した! 悠里ちゃんに気付いてもらおうと思って……」

目つきの悪い男の反発を、校長はぴしゃりと撥ね退けた。

「君たちのしたことは、努力ではない。相手の尊厳を傷つける、卑劣な蛮行だよ」

男は歯噛みをして校長を睨む。

しかし、反論する言葉を見つけることはできず、ただその視線を落とすしかなかった。


校長は剛士に目を向けた。

「時間を取らせて悪かったね。状況は、よくわかったよ。君はもう、教室に戻ってもらって構わない。後のことは、谷先生から聞いてくれたまえ」

「……はい」

谷に促され、剛士は複雑な表情のまま立ち上がり、校長室を辞した。

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