第49話 あたしが次期聖女と呼ばれていた頃 7
数時間前――――――……
あたしは、離れに戻って自分の部屋のベッドにダイブした。
大の字になって寝転びながら、天井を眺める。
『ずっと、俺の傍にいてくれるんじゃ、なかったか?』
ギルバートの言葉がぐわんぐわん頭の中で木霊した。
本当はそうしたかった。誓いを立てたんだ、ギルに捨てられない限りは傍にいるって決めていた。なのに。
「……どうしようもないでしょ、さすがに」
侯爵に神殿に国に追われることになっても、傍にいてほしいなんて願えない。
たとえギルバートがそれを望んだとしても、一時の感情に身を任せて破滅するのを黙って受け入れるなんてできる訳がない。
あたしは、ギルの子どもを産むこともできない。
産んだら死ぬって言われてまで産みたいとは、あたしは思わないし、自分の子に強制的に力が移行するとか、あまりにも可哀想過ぎる。あたしと同じような思いなんて、絶対させたくない。
でも、もしギルとずっと一緒にいたら、ほしいと思ってしまうかもしれない。
あたしの母親だって、最初は要らないと思ってたのに、ずっと一緒にいるうちにほしいと願ってしまったのかもしれない。
そうならない保障はどこにもないし、ギルだって……彼も、そのうちそう願ってしまうかもしれない。彼はまだ16歳。この先の人生を決めるには、若すぎる。
あたしのせいで、彼を不幸にさせたくない。
あたしは深いため息を吐いて、目を閉じた。
お腹いっぱい朝食を食べたからか、ちょっと眠たい。体が重い。
少し休もうと思って、あたしはそのまま眠りに落ちた。
――――――――――
――――――――――――――――……?
「ほら、さっさと起きなさい。全く、効き過ぎるのも困りものね」
「ん……?」
ペチペチと頬を叩かれ、目を開けて驚いた。あら、あたしは何か長い夢でも見ていたのか? 男爵家の坊ちゃんに愛されて聖女になって皆に認められる夢を?
だってこれじゃ、まるで奴隷時代に逆戻りじゃないか。
真っ暗で朽ち果てた、酷い場所。よくよく目を凝らすと聖女の像みたいなのが祀られてあるから、どうやら神殿ではあるらしい。いや、元神殿か。今はちゃんと管理もされていない、荒れ果てた場所だ。窓から僅かに陽の光が差し込んでいるから、そう遅い時間ではないらしい。
あたしは手足を縛られ、布で口を塞がれて転がされていた。
「ようやく目を覚ましたみたいね? 遅効性だけど効き目はしっかり。あんまり起きないから、死んじゃったかと思ったわ」
「もごもご(何これ)」
「ふふ、情けないわねえ。あんたにはその姿がお似合いだわ。奴隷にぴったりの間抜けな姿」
あたしを見てにやついているのは、シャーロットだった。
真っ黒なドレスに身を包み、背後にいかつい男を二人従えてふんぞり返っている。
ここはどこだ? 街の外れのどっか? こんな朽ち果てた神殿には見覚えがない。
「今どんな気持ち? 何もかも手に入れられると思ったんでしょうけど、残念でした。そんなのこの私が許さない」
「もっごもご(どういうことだ)」
「ああ、それじゃ喋れないわね。外してあげる。騒いでもいいわよ。どうせどこにも聞こえやしないから」
シャーロットの命令を受けて、男があたしの口の布を乱暴に外した。
「ぷはッ。はあ……何これ? 何がしたいのあんた。そいつらは?」
あたしの言葉に、シャーロットは「お金があれば何でもできるんだから」と偉そうに微笑んだ。
ああ、お金で雇った荒くれ者ってこと?
「荒くれ者雇って睡眠薬飲ませるって、確かに金がないとできなさそうだけどさ……」
今朝食堂にいなかったのはもしかしてあたしの食事に薬を混ぜるためで……? その後こいつらを雇って……? いや、もしかしたら昨日か、あたしが寝てる間にでも雇ってたの?
どうでもいいけどすごい行動力だし、そんなアホみたいなことに金を使うなと言いたい。
うんざりして見上げると、シャーロットは「聖女とかほんと意味わかんないわよね」とくるくる髪の毛をいじり始めた。
「あんたがお養父様の娘の生まれ変わり? ふざけるのも大概にして頂戴。あり得ないし、死んだくせに何今更になって出てくるのよ。そんなのこの私が認めない」
「はあ」
「こっちに来てから最悪なことばっかり。チャールズは煩いしお養父様も厳しいし。でもまあ、あの事件はなかなか良かったけれどね」
「ん?」
聞き間違いかと思ったら、シャーロットはうっとりした様子で目を細めた。
まるで舞台女優みたいだ。自分に酔ってる。
「だって感動的でしょう? あんなに親身になって悲しむ娘、そういないはずだわ。そりゃお養父様が死ぬと思うと悲しかったけれど、あれでようやく私のことを娘だと、ちゃんと愛してくれそうだと思った。最期にお養父様の目に映るのは私。それが堪らなく嬉しかった。なのに――」
「……まさかと思うけど、子爵に何か吹き込んだ? あんたが全部仕組んだことだった、って訳じゃないよね?」
「まさか! そんな訳ないわ。確かにあの子爵とはちょっと話をしたけれど、ただ話しかけられたから答えただけ。私がどれだけ恵まれているか幸せか。そしたらあの子爵、否定したのよ。実の娘には敵わないとか言い出すから、そんなことないって言い返した。お養父様は前の娘のことを嫌っていた、だから死ぬよう仕向けていたのよ、って。……まさか子爵の娘が死んでたなんて知らなかったけれど」
シャーロットは、ぷい、と顔を逸らした。
何かやましいことがあるのか? それ以外もいろいろ言ってそうだな、この様子。勘に触ることとか、子爵が侯爵に殺意を抱くようなこと。よく刺されなかったなと思う。もしシャーロットが刺されていたら、あたしは絶対力とか使わずに済んだのに。
「で? どうでもいいけど、これは何? こんなことしてどうなると――――」
「いいの。あたしが聖女になればいい話だから」
「………………は?」
シャーロットはにんまりとあたしを見下ろし、囁いた。
「私にあんたの力を移しなさい。本当に聖女に相応しい、この私にね」
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