第50話 あたしが次期聖女と呼ばれていた頃 8
まさかこんな無理難題のために誘拐されたなんて。
唖然とするあたしに、シャーロットは「うふふ」と気味の悪い笑みを浮かべた。
「さあ、早く。この私に力を移して。私が聖女になれば、お養父様もチャールズも、皆ようやく私を認めてくれる」
「……本気で言ってんの?」
「当たり前でしょう? ほら、早く。それともこの子たちに乱暴されたい? 穢されて嬲り殺されるのと、力を移して死ぬ。どっちがマシかしら?」
シャーロットの背後に控える男達が、下卑た笑みを浮かべている。「一発やれば大人しくなるんじゃねえか?」「こんな美人そのまま殺すのは勿体ねえだろ」何かいろいろ言ってるけど、見た目通りの輩らしい。
馬鹿らしくって、あたしは思わず噴き出した。
「そんなのであたしを脅したつもり?」
「やせ我慢かしら? 見苦しいわよ。怖くて怖くて仕方ないくせに。まともに死にたかったらあたしに移しなさいよ」
シャーロットは足であたしを転がし、胸元を乱暴にはだけさせた。
そこには、醜いドクロの焼き印がしっかりと残っている。シャーロットは気味悪そうに眉間に皺を寄せた。
「こんな卑しい烙印のある女が、聖女? 馬鹿馬鹿しい。そんなの神殿が認める訳ないでしょ。神殿に行って贅沢三昧する気か知らないけどね、あんたなんてあの場所に行ったら最後、他の誰かにむりやり力を移されて終わり。あんたを聖女なんて、誰も認めやしない」
「……聖女になったら、子どもは産めなくなるけど? それでもいいわけ?」
「それが何? 聖女になれることに比べれば、そんなの大したことじゃないわ」
「ふうん? いいの? チャールズと幸せにはなれない」
シャーロットは怪訝そうに眉をしかめた。何を言っているの、というよりは、どうしてわかったの、と不可解そうに。
「ああやっぱり。何となくそんな気がしてたけど……あんたが本当に好きなのはギルバートじゃなくてチャールズなんだ? ああいうのがタイプなの?」
「煩い」
「ギルにイチャイチャしてたのも、もしかしてチャールズに嫉妬してもらうため? 可愛いところもあるじゃん」
「煩いってば!! いいのよ、聖女になればチャールズは私を見てくれる。私を守ってくれる。子どもなんて要らない。彼とお養父様にさえ愛されれば、私は他に何も要らない!」
随分とまあ、思いきりがいいと言うか何と言うか。あたしは素直に感心した。
自分の欲望に忠実に、こんなにすっぱり行動に移せるなんて、そういうところはまあ、尊敬に値する、かもしれない。やってることは最低だけど。
これじゃ、うだうだ悩んでいるあしたが馬鹿みたいじゃないか。彼女なら、何の迷いもなく聖女として突っ走るんだろうか? 周りを巻き込みながら。
そういう風に生きるのは、思いっきり人生を楽しんでる、て感じではある。
「力を移す、ねえ……」
「ようやく決心した?」
「いや、やり方わかんないから無理なんだけど」
「…………は?」
そして今度は、シャーロットがぽけんとあほ面を晒す番だった。
「やり方が、……は? 今なんて?」
「やり方がわかんない。継承の儀のやり方なんて知る訳ない。よくもまあ、そんなことができるなんて思ったね? 神殿に聞いてよそういうことは」
「本気で言ってるわけ……? は? どういうつもり? 私を騙したの!?」
騙すも何も、勝手に思い込んで一人で突っ走ったのはそっちでしょうよ。驚く程見事な逆ギレだ。
呆れるあたしに掴みかかり、「嘘ばかり吐かないで! 本当のことを言いなさい!」とシャーロットは怒鳴り散らした。
それでも「だからわからないんだって」と繰り返すあたしに、シャーロットはとうとう「もういい」とあたしを突き飛ばした。
「やって。この女が正直になるまで」
彼女の背後に控えていた男達が、「待ってました」と舌なめずりしてあたしに近寄る。服に手をかけられ、ビリビリと破かれる音を聞きながら、取りあえずやられるだけやられて救助されるのを待つべきか、隙を見て逃げ出すべきか、どちらがいいか考えた。
いや……やられるのはまずいか。万が一妊娠でもしたら死んでしまうってことでしょ? 堕ろしたら大丈夫かもしれないけど、そういう問題でもない。自分の子どもを殺すなんて考えただけでゾッとする。
「あー、なんか、うん、思い出したような気がしなくもない!!」
「嘘が下手ね。怖くなって適当なこと抜かしてんでしょ」
「いや、ほんとほんと。ほんとにほんと。だからちょっと待ってくれない? このきったねえ手をどけてよね。ほら、ちゃんと継承したいんなら、ちゃんとあたしの言うことを――――」
「うるせえな! 大人しくしてろ!」
あ、やばい。
あたしの声が煩かったのか、男が手を上げた。拳じゃなくて平手なのはせめてもの優しさか?
顔の骨が折れませんようにと、男を睨み付けた時だった。
「うわぁッ!? 何だ!?」
叫び声を上げたのは、あたしじゃなく男の方だった。
どこからともなく現れた真っ白な鷹が、男の顔に飛びかかったのだ。油断した男の頭が、今度は突然現れた人の一撃で面白いくらい見事にひしゃげて、吹き飛ばされる。
コロコロ転がる男の後に、もう一人の男の悲鳴、それからシャーロットの「ちょッ!? 嘘ッ、なんで!?」という金切り声が響く。
男を吹き飛ばし、あたしに真っ直ぐ手を差し伸べてくれた人は――――――……
「グレイス様!!! お怪我は!? お怪我はございませんかッ!?」
かつて焦がれた若草色の瞳が、真っ直ぐにあたしを映した。
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