第27話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 8


 あたしの言葉に、ギルバートはやれやれと額を押さえた。


「参加しないって……またそれか。今日は俺の誕生日だぞ。何でも付き合ってくれるって約束だろ」

「でもこればっかりは無理です、無理。無理無理の無理。あたしは会場には行きません。て言うか行けません」

「……どうして」

「粗相するの目に見えてるし、あたしには相応しくない場だし、旦那様だって嫌な顔するでしょ。冷静になってみれば、ギルバートだってわかるはずですよ」

「…………何か言われたのか、さっきのやつに」

「いいえ? ただあたし自身が嫌なだけです。ほんっとうに嫌なんです。だからお願いします、あたしが離れに残ることを許してください」


 どうしたって会いたくない。


 だってパーティーにはチャールズも参加するでしょう、従者として。

 それにエイデン侯爵もいるわけだ。


 前世の父親の顔なんて見たくない。

 特に、娘を愛していたなんて嘘を吐いて、世論の同情を引こうとした父親なんて。


「貴族の集まりなんてあたしには酷ですよ。元奴隷なんですから」

「それでも参加してほしいって言ったら?」

「逃亡します」

「……あいつに何か言われたんだろ、絶対」

「違います」


 頑なに突っぱね続けるあたしに、ギルバートはとうとう根負けしたらしい。

 じっと私を見つめた後、辛そうに顔を逸らした。


「今日だけは、俺が何でも望んでいい日じゃなかったのか?」

「……ごめんなさい、ギルバート」


 あたしも見ていられなくなって、顔を背けた。




――――――――

――――――――――――――



 日が沈んで、辺りは真っ暗だ。

 あともう少しで、招待客が続々本邸を訪れる頃合いだろう。


「なかなか似合うじゃない、ラビ。さすが坊ちゃんが選んだだけあるわ」

「ねえ、あんたって昔からこんなに髪青かったっけ?」

「カ~~! いいわねえこんな綺麗なドレス着られて! 羨ましいわ」


「うっさい。黙ってさっさと仕事やれ」


 あたしはうんざりため息を吐いた。

 離れのあたしの部屋でピーチクパーチクああだこうだと好き勝手お喋りしてるのは、あたしの同僚のメイドたち。

 あたしは彼女たちの手によって例の翠色のドレスを着せられ髪を結われ化粧を施され、好き勝手弄ばれている。


 鏡を見れば、ぶすっとした顔でこちらを睨み返すあたし……


「別にパーティーに参加する訳でもないのに、なんでわざわざこんなこと……」

「いいじゃないの。坊ちゃんたってのご希望なんだから」

「そうそう。それにこんなほっそいドレスが入るのは今だけよ~? 今着なくていつ着るの」

「羨ましいわぁ。こ~んなに坊ちゃんに気に入られてるなんて、あんたくらいよ?」


 メイドどもは口々にそう言いながら、手だけはテキパキ動かしていた。


 ギルバートが選んだ『比較的あたしに優しい』メイド三人。こんな忙しい時に三人も引き抜くなんて、とメイド長は渋い顔だったけれど、ギルバートの頼みとあれば彼女でも断り切れないものらしい。


 メイドの一人が、ぶすくれたあたしの顔を覗きこみ、ねえねえ、と声を潜めた。


「あんた、もし坊ちゃんに結婚しようって言われたら、どうすんの?」

「はあ? どうも何も、んなこと言われる訳ないでしょ」

「もうっ、あんたってのは本当に鈍いって言うか何て言うか……わかってんでしょ? 坊ちゃんはあんたにゾッコンよ、ゾッコン」

「へえ~」

「まあ、もし求められたら断る訳にはいかないでしょうけどねえ……あんた、しっかり考えとかなきゃ。メイドが坊ちゃんと結婚なんて、本当大変なんだからね? 憧れる子もいるけどねえ……あの旦那様や奥様を相手にしなきゃいけないって、普通は務まらないわよ」


 そう言いながら、彼女は大仰にため息を吐いた。



 ……苛つく。好き勝手なことばっかり言って。

 あたしはぎゅっと拳を握り締めた。


 結婚なんてする訳ないし、ギルがあたしに惚れてるとかあり得ない。

 傍目にはギルバートの専属メイドってことでそう見えるんだろうけど、それはあたしがギルの介護をずっとしてたから、今も姉みたいな感覚でよくしてくれてるってだけ。


 無責任に、あたしたちのことああだこうだ言われること程、面倒で苛つくことはない。

 やっぱりパーティーに参加しないのは正解だった。

 大勢の貴族たちに関係性を詰められるのは目に見えてる。令嬢たちの嫉妬も買うかもしれない。

 あたしは、そんな面倒なものに巻き込まれたくはない。





「――――――――さ、できたよ」


 長かった化粧も終わり、あたしはやれやれと目を開けた。

 鏡の中でうんざりとこちらを見返すあたし……何だか、初めて見る顔に思えた。こんなにちゃんと化粧をしたことはなかった。

 ドレスを着て髪を結ってきちんと化粧すれば、本当にどこぞの令嬢に見えなくもない。


「…………どうも」


 ありがとう、と小さく呟くと、メイドたちは満足げに片付けを始めた。

 そのうちの一人が、扉の外に声を掛ける。

 カチャ、と扉が開いて顔を出したのは、ギルバートだった。


 ずっと待っていたとは思わなかった。もうすぐ大勢客が来るのに。本当は、もうパーティーの開催される本邸の方にいないとまずいくらいだろう。


 あたしを見た彼は、驚いたように目を見開き、徐々に頬を赤らめ、それから嬉しそうに破顔した。



「綺麗だ、ラビ」



 真っ直ぐな言葉が、静かに胸に響くのを感じた。

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