第26話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 7
「ギル――――――」
「ッ……誰だこいつは? 服はどうした? 何で着替えてる!?」
「えーっと、まあその、いろいろありまして……」
ギルバートはあたしに詰め寄りながら、チャールズからあたしを引き離した。
正直ほっとした。これでもうチャールズと二人で話さなくて済む。
チャールズは少し慌てた様子で、ギルバートに深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。僕が不注意でぶつかってしまったんです。それで川に荷物が落ちたのですが、そちらのお嬢さんが、川に降りて全て拾ってくださいまして……その所為で濡れてしまったものですから、服を贈らせていただきました」
「……何だお前は」
「僕は一介の使用人に過ぎません。エイデン侯爵家に仕えております、チャールズ・バトラーと申します。本日はアンカーソン男爵家のご子息、お誕生日パーティーに招待され、こちらに」
やっぱり、チャールズは今もエイデン侯爵家に仕えているらしい。
それは、つまりもしかしなくても……
エイデン侯爵も、ここに来ているということ。
殺気立った目でチャールズを睨んでいたギルバートは、彼の言葉に少しだけ目を丸くし、それから鋭く舌打ちした。
「……ギルバート・アンカーソンだ。遠路はるばる……感謝する」
「おや、貴方が……? これはこれは、こんなご縁があるなんて素晴らしいことですね。では、そちらのお嬢さんは――――」
「彼女は俺のメイドだ!! 口説くなら他の女にしろ!!」
思わずずっこけそうになった。
何を言ってるんだうちの坊ちゃんは。
「ギルバート、この人が胡散臭そうなのはわかりますけど、ただあたしにお詫びしてただけですよ。口説いてないですから」
「口説いてただろどう考えても……!!」
「ないですってば。やれやれ、いつもの外面はどこいったんですー? ほら、笑って笑って。初対面の人に失礼ですよ~?」
「もういい! 疲れた! 大体お前もお前だ、よくわからん女どもを押しつけるわ急にいなくなるわいなくなったと思ったら他の男といちゃいちゃいちゃいちゃ――――!!」
「だぁからどこがイチャイチャなんですか! これだから十六のガキはいけませんね、エッチなことしか考えてないんでしょ!」
「なッ……違う!!!」
あっかんべえ~っと舌を突き出すあたしに、ギルバートは真っ赤になって反論した。
――――うん、何かいつもの調子を戻しつつあるぞ。よしよし。
「……仲がいいんですね」
チャールズは少し驚いた様子であたしたちのやり取りを見ていた。あたしの態度がとてもメイドのそれじゃないから驚いているんだろう。こんなメイドは初めて見た? よ~し引け引けもっと引け。
そんでもう二度とあたしに関わらないで。
あたしも絶対関わらないから。
「では、僕はこの辺で。……またゆっくり話をしましょう、ラビ」
「え」
「可愛い名前ですね」
チャールズはにこっと微笑み、もう一度お辞儀をして、颯爽と歩き去って行った。
あたしはぽけんとその後ろ姿を見送った。――――何で、あたしの名前……あ、そう言えばギルバートがあたしの名前を大声で呼んでた気がする……あれの所為か。
「クソ、目をつけられた。ギルバートの所為ですよ!」
「なんで俺の所為なんだ。お前がふらふらしてるのがいけないんだろ。何だあの優男。お前、あんなのが好きなのか」
「すッ……んな訳ないでしょうが! 馬鹿なことばっか言わないで貰えますー!?」
「……顔が赤いぞ」
「は?」
ギルバートはあたしにずいっと顔を近づけて、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「いつもより顔が赤い」
「さ、さっき酒飲んだでしょ。それです、それ」
「目を逸らすな。……やっぱりお前、ああいう胡散臭いのが――――」
「ちっっっがいますから!! そういうのほんといいから勘弁してください! ほらもう帰りますよ! パーティーの準備があるでしょ!!」
「ッ…………」
あたしがギルバートを押しのけて歩き始めると、彼はぶすっとした顔で苛々と髪を掻きむしった。
「ああクソ……その服、今すぐ脱がしてやりたい」
「やっぱりエッチじゃないですか」
「違う! お前には似合ってない!! 全然! これっぽっちも!! 俺が選んだドレスの方が何百倍も似合ってる!!」
怒ってる顔は子どもみたい。
その顔を見ているとだんだん心が落ち着いてくるから不思議なものだ。
あたしは、ラビ。
グレイス・エイデンじゃない。
あれは大嫌いなあたしの黒歴史。もう忘れて良い、忘れるべきもの。
「――――ところで坊ちゃん、今夜のパーティーですけど」
「何だ」
「あのドレスは返却してください」
「は?」
「あたし、ぜったい、ぜったい、ぜーったい、参加しませんから」
にっこり笑顔で、そう伝えた。
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