第22話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 3



 ちょっと街に来ただけなのに、ギルバートはびっくりするくらいはしゃいでいた。


「まずはドレスだな。ドレスと言えばあの店だ。最近評判の仕立て屋らしい」


 そう言ってギルが指差したのは、いかにもお高そ~な敷居の高そ~なお店だった。勿論、あんな店あたしは入ったことがない。なんならこのお貴族様通りとでも言いたくなるような高級店の並ぶ通り自体、歩いたこともないのに。

 店先に設置された、ガラス張りの飾り棚には、色鮮やかな華やかなドレスがお上品に並べられている。

 あんな風に見せびらかして盗まれないってことは、それなりの護衛が目を光らせているんだろうし、そういうことも滅多に起きないくらい治安がいいってことかもしれない。


「なんでギルがそんな店に詳しいんですか……。て言うか、今から作って貰うんですか~? 無理無理。今夜には間に合いませんよ、お金の無駄です、無駄無駄です。そんなのいいから、折角何か買ってくれるなら高級煙草でも――――」

「安心しろ、すでに何着か作らせてある」

「…………………………は?」


 聞き間違い? 聞き間違い、だよね?

 思わず立ち止まったあたしに、ギルバートは悪戯っぽい笑みを向けた。


「何着でも選んでいいが、気に入らないものがあればこの店で売り出してもらう手筈だから気にしなくていい。有名なデザイナーがデザインしたものだからな、あっという間に売り切れるだろう」

「ちょ、待て待て待ってください! 作らせてあるってどういう……一体いつからそんなことを!?」

「さあ、結構前かな。ひと月、ふた月……いや、半年?」

「そんな時から準備してたんですか!? て言うか、そもそもあたしの体型なんてわからないでしょ!?」

「毎日見てたらわかる」

「うわー……なかなか気持ち悪いっすねギル」

「普通わかるだろ。服の上からでも」

「あっ、もしかしてあたしの裸から推測しました!? あたしがお風呂上がり裸でうろうろしてるから!」

「それはお前が悪いだろ!!」

「お風呂上がりはできるだけ何も着てたくないって気持ちわかりません?」

「わからん」

「あたしの裸、そんなまじまじ見てたんですか? きゃああ~~ッ、坊ちゃんのエッチ!」

「違う! 服の上から推測したんだと言っているだろ! あとこんな通りでデカデカとそんなこと言うな!」



 頭の中が大混乱を引き起こしてて、どうしたって冷静になれない。


 ギルバートは本気であたしをパーティーに参加させるつもり?

 そのためにひと月だか半年だか、こっそりドレスなんて作らせてた?


 考えれば考えるほどあり得ないし、何でそんなことするのかわからない。あたしにドレスとか絶対似合わないし、可愛いドレスより美味い酒とか煙草の方がずっと良いに決まってる。


 ……いや、もしそのままくれるってんなら、ドレスは財産になる、のか……? 売れば大金になるかもしれない。それならまあ貰ってあげなくも……


「ほら、取りあえず入ろう。そんな怯えなくても大丈夫だ」

「怯えてなんてないですけど……」

「綺麗なドレスを見て試着するだけだ。ほら」


 そっと優しく手を引かれて、あたしは怖々と店に足を踏み入れた。



――――――――

――――――――――――――



「まあっ、素敵ですねえ! 背が高くていらっしゃるから本当によく似合っておいでで! 長い御髪も素敵ですよぉ~、綺麗に結い上げるともっと素敵になりそうですねえ!」


 店員の猫なで声が鼻につく。


 あたしはぶすっとした顔のまま鏡の前に立っていた。

 そこに映るのは、見たことのないあたしの姿だ。……お上品で、キラキラしてて、良い生地使ってんだなって感じの、高そうな若草色のドレスを着て突っ立っているあたし。


 正直、気に入ってない訳じゃない。こんな綺麗なドレス、気に入らない方がおかしい。

 でも、ここでそれを認めてしまうのは何だか負けたような気がして嫌だ。

 何より、こういうドレスを着て偉そうにする輩が、あたしは嫌いで仕方なかったんじゃないか。


「……似合ってるとはとてもとても、思えませんけどねえ……」

「いいや、よく似合っている。でももっと派手でもいいな。次はこれを着てみてくれ」


 そう言いながら、ギルバートは別のドレスを指差した。


「ああいえ、もうお腹いっぱい――――」

「何言ってる。まだ一着しか着てないだろ」

「…………」


 これじゃギルバートの着せ替え人形だ。……今日がギルバートの誕生日じゃなけりゃ、絶対こんなことしなかった。



 そう、思いつつ。



「まあっ、真っ赤なドレスもよくお似合いですねえ! とてもお綺麗ですよ!」



 おだてられて、思わずにやけそうになる頬を必死で引き締めた。

 ああやだやだ。こんなちょっとおだてられたくらいで――――どうせ誰にでも言っているのに――本当に似合っているんじゃないかと、調子に乗りそうな自分が憎い。




 …………夢では、あったんだ。前世の。

 ずっとベッドで寝てばかりで、あたしはこの先もそうなんだろうって。

 だから、可愛いドレスを着てパーティーに行くなんて、きっと大人になってもできないんだろうなって、諦めていたから。


 一度でいいから、こんな風に着飾ってみたかった。


「……あの頃の顔の方が、ずっとドレス向きだろうけど」

「お客様?」

「何でもない」


 ギルバートの病気が治ったあの日から、グレイス・エイデンにどことなく似てしまった顔かたち。でも少し違う。……もしもう一度力を使ったら、今度こそグレイス・エイデンになってしまうんじゃないだろうか……なんて、あの不思議な出来事が自分の力によるものだなんて、あたしはまだ認めた訳じゃないけれど。


「似合ってる、ラビ」


 振り返ると、ギルバートが嬉しそうに微笑んでいた。

 何だか泣きそうになって、あたしは思わず顔を逸らした。




 結局選ぶことなんてできなかったのに、ギルバート曰く、『あたしが一番長い間鏡を見ていた』という理由で、今夜着るドレスは鮮やかな翠色のドレスと決まった。

 銀の刺繍が施された美しいそのドレスを、確かにあたしは一番良いなとはちょっと思っていたけれど……じっくりじーっと、鏡を食い入るように見てた訳じゃない。他のドレスとそう変わらない反応しかしてないはずなのに、僅かな時間の差でそれを見抜いたギルバートは末恐ろしいと言うか気持ち悪い。将来が心配。


「ドレスに合う靴も決まったし、取りあえず休憩するか!」


 ドレスが決まってあたしよりよっぽどウキウキした様子のギルに、次に連れて行かれた先は、小洒落たレストランだった。


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