第21話 あたしが専属メイドと呼ばれていた頃 2
「お前はッ! どうしていつもいつもいつも! こんな子どもっぽいもんばっかり!?」
「いいじゃないですか。可愛いでしょ?」
「可愛い、けども……!」
ギルバートは眉間に皺を寄せて、可愛い林檎のネックレスをじいっと睨んだ。
「確かに可愛いさ。お前に貰うものは全部嬉しい。これだって別に嬉しくない訳じゃない、が……! ほとんどふざけて選んでるだろ!?」
「ほとんどじゃなくて完全にふざけてますよ」
「ほら!!」
「ふざけてはいますけど、こう見えて真剣には選んでるんですよ? ギルに喜んで貰えればそれで本望ですから!」
「うッ……」
にこっと微笑みかけると、ギルバートは頬を赤らめて視線を逸らした。
チョロい。優しい。女性には皆にこんな感じなんだろうけど、これでパーティーをちゃんと乗り切れてるんだろうか? 社交界なんてどうせ腹黒い女ばっかりだろうに、ギルバートじゃころっと騙されてしまいそうだ。
あたしは途端に心配になった。――――彼は弟みたいなものだから。可愛い弟に悪い虫がつくのは嫌だ。
「いいですか、多少の女遊びはいいですけど、避妊はちゃんとしましょうね? 子どもができたらそれこそ相手がどこの誰だろうと結婚しなきゃならなくなりますから。まずはちゃんとした人と結婚して、愛人はそれから――――」
「待て! 何の話をしてるんだお前は!?」
「ギルバートお坊ちゃまの将来を心配してるんですよ」
「坊ちゃまって言うな! ……俺はお前以外は要らない」
「またまたぁ。そんな調子のいいこと言っても、何も出てきませんよ?」
「俺はただ思ってることを言っただけだ」
ギルバートはさらっとこういうことを言う。
これ、社交界でも言っているならやっぱりかなり問題じゃなかろうか。やれやれ、これだから色男は。
こういうこと言われると、あの日の言葉も覚えているんじゃないか、って――――……もしかして今もあたしのこと守ってくれようとしてるんじゃないかとか、そういう淡い期待をしそうになってしまう。
……あ~あ~、馬鹿らしい。
あたしは期待なんてしない。
いつ堕ちてもいいように、捨てられても傷つかないように。
あたしは所詮解放奴隷だ。それはこの先永遠に変わらない。
ギルバートが倒れたあの日、あたしは誓いを立てた。
彼を絶対見捨てない。あたしはずっとあんたの傍にいる、て。
誓いを立てた以上、それを破るつもりはない。
でも――――……ギルバートは? ギルバートがそれを望まなかったら?
あたしは切り捨てられる。見捨てられるかもしれない。突然冷たくされるかもしれない。いつの間にか独りになるかもしれない。いつクビになったっておかしくはない。
そういう未来も、充分あり得る。そういう未来をちゃんと想定できるくらいには、あたしは身の程ってのを弁えている。
「……お貴族様の世界は魑魅魍魎だらけですからねえ。良いお嬢様が見つかるといいですね、ギル」
「だからそういうのは要らないと――――!」
「そうも言っていられないでしょ。パーティーってどんななんです? 美味しいものいっぱい食べられます? いいなあ、キラキラした世界ですねえ。ご馳走って持って帰れたりしないんですか? あ、無理? そうですか無理ですか、そういうのはお貴族様らしくないですもん――――」
「じゃあお前も参加すればいい」
「……………………は? いや、何言っ――――」
「そうだ、ドレスを買いに行くのはどうだ? メイド服ばかりも飽きただろ。ついでに外で飯を食おう」
そう言いながら、ギルバートは椅子から立ち上がり、上着をさっさと羽織ってしまった。本当に出かけるつもりらしい。
て言うか、あら? 何かもの凄く怒ってる? ちょっとからかい過ぎた?
プレゼントに怒っているのかと思ったけれど、その割に林檎のネックレスはゴミ箱に捨てず、丁寧に箱にしまってしまった。……捨ててもいいのに。
「あの、からかい過ぎたのは謝りますから、冗談も大概にしてください。何か書き物してたんじゃないです? それやらなきゃでしょ? この贈り物の返事もあるし、今夜はギルバートのお誕生日パーティーもありますよね? その準備で本邸はてんてこ舞いみたいですから、ギルはそっちに――――」
「そうだな。そのパーティーに、ラビ、お前も参加するんだ」
「……………………はい?」
「俺は本気だ、ラビ。そろそろいいだろ。俺のパートナーとして、今夜のパーティーに来てほしい」
「………………………………え?」
あたしは言葉を失った。ほんとに本気かと、まじまじとギルバートを見上げる。
ギルバートの誕生日パーティー。大勢の貴族を招き入れて盛大に祝われるそのパーティーに、あたしは当然出席したことはない。準備も手伝ったことはない。
唯一の専属メイドならご主人様のパーティーの準備くらい主体的にやれって感じだろうけど、あたしが解放奴隷だと知っているメイド及び男爵たちは、あたしが準備に関わるのを嫌がっていた。
「冗談、ですよね? あたしは解放奴隷ですよ? 準備をちょこ~っと手伝うならまだしも……荷物運びとかね? それくらいならまだ許されるでしょうけど、参加なんてとてもとても――――」
「俺が許可する。――――いや、望んでる、って言ったら?」
「それは……」
「街に出るぞ、ラビ。誕生日は何でも望んでいい日、だろ?」
彼はニッと微笑んで、あたしに手を差し出した。
それは去年だか一昨年だったか、貴族の付き合いが面倒で誕生日が憂鬱だと零したギルバートに、あたしが言った言葉だった。
誕生日は何でも望んでいい日。主役はギルバート。
折角のパーティーなんだから、楽しみ尽くせばいい。ちょっとくらいヘマをしても大丈夫。ムカつく奴がいれば無視していい。だって主役は貴方だから。
それでも憂鬱なら、パーティーが終わった後でもその前でも、あたしがあんたの望むことに付き合ってあげる、って。
…………すっかり忘れてた。
あたしは、渋々ギルバートの手を掴んだ。
「……今日だけですよ」
「決まりだな!」
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