落ちこぼれ聖女は二度目の人生を謳歌するために

神田祐美子

第1話 私が落ちこぼれの聖女と呼ばれていた頃 1



 でたらめのように聞こえてしまうかもしれない。

 そんな話がある訳ないって。

 でもこれは、何もかも本当の話。



 私の母は聖女だった。

 神様に愛された本物の聖女様。ローラン王国唯一の存在。

 どんな怪我も病も、母が祈りを捧げれば綺麗さっぱり、たちどころに治ってしまう。


 人々にとって、母は希望の光そのものだった。




――――私が生まれてしまうまでは。



「お父様は今日も来られないの?」

「そうですね、今夜から祝祭ですし……。一週間は忙しい日が続くと思います」

「そっか……うん、そうだよね」


 私は力なく窓の外を眺めた。

 外は真っ暗で、僅かに星が瞬いている。今日はとても寒い。温かいベッドの中なのに、手足がじんわりと冷えて、私は小さく身震いした。


 私の名は、グレイス・エイデン。10歳。

 父はこの辺り一帯を治める侯爵で、母は先代の聖女。


 私は、姿絵や使用人から聞いた話でしか、母のことを知らない。


「お嬢様、旦那様は本当にお嬢様のことを大切に想って――――」

「うん、わかってる」


 使用人のアニーは、いつも私のことを気遣ってくれている。

 でも、その言葉に時折胸が抉られる。


 父が私のことを大切に想っているなんて、絶対にあり得ない。私が生まれた所為で、母は死んでしまったのだから。

 私が生まれさえしなければ、今も母は元気に生きていたに違いない。


 その上、この国唯一の希望の光を奪って生まれた私は、虚弱体質の役立たずだった。


 聖女の証は受け継いでいる。

 瞳に咲いた銀の花。薄青色の瞳の中にある、他の誰にもないこの印は、間違いなく聖女の力を示していた。

 けれど、あるのはその証だけ。体が弱すぎるのか力がなさ過ぎるのか、私は誰かを癒やしたことなんてただの一度もない。



 折角母の命を奪って生まれたのに、私は落ちこぼれの聖女。

 だから、父は私を憎んでいる。



「……ね、今日はもう大丈夫だから、アニーも休んで」

「ですが熱が……」

「もう後は寝るだけだもの。つきっきりでお世話する必要はないわ。ほら、今夜は祝祭でしょう。お祭りに行って遊んできたら? アニーだって、ずっと行きたいって話してたじゃないの」


 私の専属侍女なんてハズレクジを引いたばっかりに、アニーは満足に遊ぶこともできない。まだ十代中頃。同じような年代のメイドたちは、もっとお洒落をしていつも連れだって街に出かけているのに。


 それが申し訳なかった。


「ほら、行ってきて。私は大丈夫だから」

「本当にいいのですか……?」

「ええ勿論。楽しいお土産話を期待しているわ」

「……ありがとうございます。お嬢様」


 アニーは嬉しさを隠しきれないように微笑み、いそいそと部屋を出て行った。

 私は口元を笑みの形にしたまま、彼女を見送った。





 ……本当は、ちょっと寂しい。


 屋敷は静まりかえっている。夜だからって言うのもあるとは思うけれど、多分皆お祭りに出かけているだろう。


 一年に一度行われる、豊穣の神に感謝を伝えるための大祝祭。

 今日から一週間続くこのお祭りは、この地方の人にとって最大の娯楽であり、稼ぎ時でもある。

 いつもはすぐに寝なきゃいけない子どもたちも、このお祭りの時だけは夜更かしを許され、たくさん食べたり遊んだりするらしい。

 私は、一度も参加したことがないけれど。


 私はそっと目を閉じた。


 いつか、こんな私も誰かの役に立つ日が来るのだろうか?

 いつか、皆みたいにお祭りに参加できる日は来るのだろうか?


 早く大人になりたい。そんな未来が約束されているなら、私はひとっ飛びで大人になって、早く母のような素晴らしい聖女となって、たくさんの人を癒やしてそして……



 お父様に、認められたい。



 涙が一筋頬を伝った。

 慌てて拭おうとした時だった。



「……グレイス様」



 扉の外から、大好きな人の声がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る