狂おしいほど君を〇す

@Rainpul

第1話 告白

「好きです。付き合ってください」

 放課後の教室。騒々しい昼間と違い、灯りが消え、落ちる夕陽のみに照らされた教室は少し開いた窓から風を通すのみで、静かに自分の声を響かせた。

 目の前の彼女は顔を赤らめ、手で口元を軽く隠しつつ、目線を泳がしながら返事を考えている。

 正直、成功するかどうかは五分だと思っている。三年生の夏まで野球しかしてこなかった。勉強なんて二の次だったし、恋愛禁止なんて規則もなかったけど、気分が乗らず、何度か告白されたが断った。そんな俺が今更なぜ恋愛に興味を持ったのか、自分でもよく分からん。高校最後くらい誰かと付き合いたいとかそんな軽い始まりだった。そんな時に目を引いたのが彼女だった。一年生の時はクラスが同じだったことしか覚えてないが、三年生になって少しずつ会話の回数が増えた。野球にも興味を持ってくれて、高校最後の公式戦も見に来ていたらしい。そのときにかっこよかったって言ってくれたことが好きになったきっかけなんだと思う。その後は自分から話しかけにいったり、彼女の好きなことを調べたりして話題も合わせたりした。積極的にアプローチしているつもりだったが、彼女の態度を見る限り気付いてもらえていなかったみたいだ。

 最初は驚いた様子だった彼女も徐々に落ち着き、髪の毛を少し整えてからこちらに目線を向け、申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開いた。

「ごめんなさい。お付き合いは出来ません」

 ショックだった。心に予防線を張ったつもりだったが本当にフラれてしまうと動揺してしまう。

「そっか、残念」

 自分の動揺を悟られぬように言葉を返し、迷惑をかけないように笑顔を浮かべる。フラれたことは辛く恥ずかしい。しかし、それに対して泣いたり怒ったりとさらにみじめな姿を彼女に晒すことだけは嫌だ。これ以上滑稽な姿を見せることは自分を許せなくなる。自分の好意に対し彼女も誠心誠意答えてくれた。要らぬ気遣いかもしれないが、彼女の返事が必要以上に彼女の重荷になることは避けたい。決して自分が望んでいた返事ではなかったが罪悪感などは抱いてほしくない。ちっぽけなプライドかもしれないが、そんな思いが、自分に笑顔を作らせた。

「気持ちはすごく嬉しい。私なんかを好きになってもらえるなんて思ってなくて、だから告白されたときはすごく驚いちゃったし」

「そんなことないよ、すごく魅力的な人だと思う」

「魅力的…」

 赤かった顔が寄り濃く赤くなり、手でパタパタと顔を扇ぎながら後ろを向いてしまう。

 あまりに直球すぎる言葉だったか。考えなしに咄嗟に出た言葉だったが、彼女を思った以上に困らせる言葉になってしまった。

「いや、その変な意味じゃなくて、なんというかもっと自信を持ってほしいっていうか、卑下なんてせずに自分の魅力に気付いてほしいというか、いや魅力ってまた使ってしまった。ええと、その…」

 一人で勝手にてんてこまいになっていると、彼女はこちらを向き直し笑っていた。

「なんか面白い」

 彼女に変な姿を見せたくないと思っていたのに、どうしてこんなことに…。

 今や彼女以上に顔を赤くした自分を恨みながら下を向く

「あはは、ごめんね。何か君が慌てる姿が珍しくて」

「…そうかな」

「うん、君はいつもクール?というか落ち着いてるイメージかな。話してる姿を見る時も落ち着いてるなあって思ってて、あれ、私もまた同じ言葉使っちゃってる」

「そんなイメージ持たれてたんだ。自分的には結構感情出してる方だと思ってたんだけどなあ」

「あんまりそんな感じはしなかったかな。あ、もちろん全然悪い意味じゃないよ。でもそう思ってたから慌てる姿見て少し可愛かった」

「女子に可愛いって言われるのは複雑だなあ。喜べばいいの?」

「もちろん、褒めてるんだから」

「褒められてる気がしないなぁ、ちょっと馬鹿にしてない?」

「…シテナイデスヨ」

「何、今の間⁉それに口調も変わったし」

「ソンナコトナイデスヨ、ワタシ、ウソツカナイ」

「絶対馬鹿にしてるじゃん」

「うふふ、どうかなぁ~」

 良かった、普通に会話できてる。まだ半年は高校生活がある。同じクラスに気まずい相手がいるのは嫌だったし、彼女もそうだと思う。今まで通りとはいかないかもしれないけれど、それでも話せる相手でありたいと自分は思ってる。

 彼女が笑い終え、目尻を擦りつつ、言葉を続ける。

「君、面白いなぁ。もっと早く知りたかった。こんなにノリがいいなんて」

「本当にクールって、どんな印象持ってたらそうなったんだよ」

「確かに(笑)ツッコミとかされると思ってなかった」

 二人とも目を合わせながら笑い、空気が緩んでいく。

「こんな感じになっちゃったから聞くけど、彼氏いるの?」

「え、聞いちゃう?聞いちゃいますか?」

「なんで嬉しそうの…今振ったばかりの相手を目の前に」

「ごめんって。ちょっと調子にのりすぎました」

 ペコッと軽くお辞儀をするように背中を曲げる。

「うむ、反省するように」

「なにそれ(笑)おじさんみたい。で、彼氏のことだけど、残念ながらいないよ」

「そうなんだ、なんか意外」

「意外なのかなぁ…私って全然モテないんだよ。君は自信を持てって言ってくれたけど、顔だって可愛くないし、勉強だって別に。自分の強みがないんだよ。胸だって大きくないしね」

 少し声のトーンが下がり、表情も先ほどまでより暗く落ち込んでいるようにも見える。返していい言葉がわからず、俯いていると

「最後のはツッコんでほしかったのに」

 少し怒ったように腰に手を当て、話題に挙がった胸を突き出すようにポーズをとる。

「ご、ごめん」

 そう返すと、彼女は微笑んで

「うむ、反省するように」

 人差し指を立てて注意するように指を振った。

「だからこそ告白してもらえて嬉しかったんだよ。断っておいて何言ってんだと思われるかもだけど、君顔もかっこいいし、運動神経いいし、性格はイメージと違ったけど、それこそ私なんかより断然魅力的だと思う」

 なら、どうしてと聞きたいのは野暮だろうか。口に出して聞きたい気持ちはあるが、今の言葉たちが振った相手への慰めを込めた同情の可能性もある。女々しく迷う気持ちに彼女が答えを教えてくれる。

「でも、やっぱり駄目なんだ。自分の気持ちを納得させて君と付き合うのは違うと思うの。ほかの人たちから無謀だって笑われても、私は理想を追い求め続けたい」

 力強く言い切った言葉には、今日見せた表情とはどれとも違う、いや、出会ってから一度も見たことない彼女の表情があった。その表情と言葉が告げる意味は

「好きな人がいるんだ」

 彼女は今度は困ったように笑い

「長い片思いだったんだ。それこそ昔は趣味に合わせられるようにメイクや髪型変えたりもしてたんだよ。それで一年生の終わりに教室で告白したの。クラス替えもあったし、また同じクラスになれるとは限らないから思い切って。そしたら物の見事にフラれちゃって。かなり傷ついて、精神的にも不安定になって。ありきたりなんだけど自殺も考えたんだよ。でもそれだと悔しいなって」

「悔しい?」

「うん、悔しかったの。このまま死んだら負けるみたいで」

 彼女は過去を語りながら、まるで何かに怒るように険しい顔を浮かべたかと思うと、今度は体を震わせ泣きそうな顔になりながら俯く。

 かけていい言葉が見つからなかった。恋愛に対してこんなにも苦しみもがいていたなんて。自分の彼女への気持ちはこんなにも真摯なものだっただろうか。自分の告白が急に軽率な行為に思え、彼女を直視することが恥ずかしくなる。そこまで誰かを真剣に好きになれるなんて。

「凄いね」

「…凄い?」

「それだけ誰かを好きになれるなんて凄いことだよ。俺には真似できない」

 純粋な賛辞だった。好きな人にこだわり続ける。それは決して簡単なことではない。愛する者に愛されたいという求愛の心は当然あるものだと思う。それは自分がした告白と同じように彼女も過去にしたことなのだろう。自分も彼女も告白を断られたという結果も同じだった。しかし自分は既に彼女から愛されることを諦めてしまっている。彼女から断られた理由を少し聞いたからもあるが、一度フラれた相手を振り向かせる気力が自分にはない。不毛な恋になるかもしれない。執着しすぎて嫌われるかもしれない。周りからどう思われるか分からない。様々な不安が襲って来そうで逃げたくなる。だが彼女は違った。愛し続けることを選び、愛されることを望んだ。そんな強い彼女に対し出た言葉だった。

 だが彼女は俺の賛辞に対し、黙って俺を見るだけだった。

「どうしたの?」

 反応のない彼女に声をかけても彼女は無言のまま俺を見続ける。魅力的だと言った時は顔を真っ赤にするほど照れていた。しかし今の彼女はただ首を傾げるのみで静かに俺を見る。

「え、なんか俺の顔にチョコでも付いてる?」

 妙な間に耐えきれず冗談を言う。それでも彼女は言葉を発さず沈黙を続ける。

「あはは…、そんなわけないよね。ごめん」

 自分は何に謝っているのか。急に途切れた会話をどう戻したらいいのか分からず、適当な言葉を並べてしまう。なぜ突然話さなくなったのか、原因が分からない。

「えーと…、何か気に障ること言った?」

 彼女の返事が欲しくて自分に原因があったのか問う。これで反応がなければ申し訳ないが帰るしかなくなる。そんなことも考え始めていると

「———されたいの?」

「え?」

「君殺されたいの?」

 自分を見据えた視線から突然の殺意が生まれ後ずさりする。いや、後ずさりしたのは殺意を感じたからではなかった。そんな感情を抱いているのに彼女が笑顔を浮かべていることに恐怖したからだった。俺は彼女の何を見ていたのだろうか。

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