【超短編】決壊

茄子色ミヤビ

【超短編】決壊

「私は出ないから」

 高校最後の体育祭。どの競技に出るか聞いてみてもレイカの態度はそっけないものだった。昔からこいつは感情を表に出すタイプではなかったが…高校に入ってからそれが顕著になったように思う。

 俺はそんなレイカのことが心配だった。

 隣の豪邸に住む幼馴染であるレイカは身体が弱かった。

 そしてレイカは隙がないタイプの美人で、誰と会話してもそっけなく基本的に読書に没頭しているものだから、少なくとも俺が見ている限り、皆から距離を置かれているように見えたのだ。


「帰ろうぜ」

 卓球部が終わりレイカを教室まで迎えに行くと、レイカは俺と目を合せることもせず読んでいた本を閉じてカバンに入れた。

「迎えに行けない木曜だけ一緒に帰ってきてくれないかな?」なんてレイカのお母さんから頼まれているのに…ちなみにこれを小学生からずっと続けている。帰り道特に会話はなかったが。

 そんなある日、レイカには婚約者がいると知った。

 夕飯中に母ちゃんが急にそんなことを言い出したのだ。

 婦人会でそんな話題が出て高校卒業と同時に結婚するらしい と。

 俺は目の前真っ暗になり…気付けば次の日の朝になっていた。

 そして…心がざわついたまま2週間が過ぎ、もうどうにでもなれ!と俺は帰り道で聞くことにした。

「こ、婚約者いるの?」

「うん、」

「あ、あい、相手は?」

「お父さんの会社の社長の子供」

「好きなの?」

「うん…もう結婚も決まってるし…」

 黄色い銀杏の葉っぱが覆う道で俺は立ち止まった。

 怪訝そうな表情でべてレイカはこちらを見ている。

 自分でも何故立ち止まったのか分からない。

 そして…何を言いたいのか分からないまま、俺は口を開いた。

「…なんでそうなんだよ…昔からさ…」

 レイカの顔なんか見れない。でも言葉が止まらない。

「結婚なんて本当にしたいのかよ!?」

 怒り慣れてないなら辞めろ、と、どこか冷静な自分が言ってくるが、その自分がどんどん小さくなっていくのが分かる。

「むかっしからそうだよ!全然自分の意見言わなくてさ!いい加減にしろよ!親父さんとかとキチンと話してんのかよ!それが無理なら、思ってること全部俺にだけでも聞かせてくれてよ!」

「…なんでそんな事…」

「そらっあ、お、お前のことが好きだらかだ、よ!」

 盛大に噛んだ。自分の顔が真っ赤になっていくのが分かる…。

 そもそも惚れるなという方が無理な話だった。

 一見冷たく見えるけど実は優しくい美人の幼馴染。

 そんな相手に惚れるなんて当たり前の話だ。

「ほ…本当に思ってること言ってもいいのかな…?」

 ぐすっという鼻をすする音が聞こえ、俺はレイカの顔を正面から見た。目に涙を溜め、寒さで血色の悪い顔色に赤みがさし、ふるふると震えている。

「…うん、もちろん」

 俺まで泣いてはどうしようもないと、涙を堪えてレイカの話を待つ。

「えっと……ね」




「…ま、まず本当にあなたと付き合うのは…考えたことないの…ほんとに。好みじゃないっていうか…清潔感が無いのはどうしても無理で…今もシャツのエリも黄ばんでるし…あと性格もなんだけど…体育大会で卓球やったことない人たちを、試合中からかって遊んでたでしょ?あぁいうの本当に良くないと思ったの…なんで私がそんなこと知ってると思う?みんなが私のこと心配して、あなたのことを言ってくるの。「貴女から言ってあげたら少しは変わるんじゃない?」って。でも私から話しかけても、自分の話しかしないでしょ。だから最近話したくないし…あと事あるごとに「俺の隣の家にあいつ住んでてさ~」なんて皆に言ってるでしょ?「あいつは本当は良い奴だから仲良くしてやってよ~」って。気を遣ってくれるのは嬉しいよ?でも、私のコトがどういう風に見えてるか分からないけど…私みんなと仲良くしてるよ?皆もどうしてそんな事言うんだろって不思議がってるの……それと、結婚相手のことなんだけどね、週に1回会ってて…あなたと同じ頻度で二人きりだけど、彼と一緒に居るときは安らぐし、なにより楽しいの…ほんとうに…毎週木曜日がほんとに苦痛で苦痛で…本当はお母さんもお父さんも、木曜でも迎えに来られるの。でもあなたのお母さんから「あの子友達いなくって…毎週木曜日だけでも昔みたいに仲良くしてやってね」なんてお願いされてたから…おばさんのことは大好きだから断れなくって………ほんとうに…なんかごめんね…」


 こんなに自分の感情を吐露するのは初めてだったのだろう。

 彼女は泣きながら「言いたくなかったのに…」と、ひとしきり涙を流し終えると「でも…やっと言えた」と続け晴れやかに笑った。

 相変わらずレイカは美人だった。

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【超短編】決壊 茄子色ミヤビ @aosun

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