転生モブ令嬢の能力には、キラキラ光るエフェクトが必要不可欠でした。

夕綾るか

第1話

 子ども頃に見た夢。

 そのせいで異性に対して異常に恐怖を感じるようになってしまった。いわゆる『男性恐怖症』だ。


 同年代の男の子であっても触れられれば冷や汗をかくし、大人の男の人だと気持ちが悪くなる。

 それは周りの子どもたちが大人に近づくにつれ、年々酷くなっていく。



 小学校三年生の春。

 都会から少し離れた片田舎に都会のど真ん中から引っ越した私は転校初日に恋をした。


 引っ越し先であるアパートの近くの一軒家に住む彼は背が高くて優しい少年だった。都会から来た私をまるで珍獣を見るかのように接する男の子たちの中で、彼だけはちゃんと私自身を見てくれた。

 不思議なことに、何故か彼だけには冷や汗もかかず、気持ちが悪くなることもなかった。


 大好きだった。

 けれど周りに冷やかされるのが嫌で素っ気ない態度をとってしまった。いつの間にか、彼との間には埋められない距離が出来てしまっていた。


 最初の一年以外は中学卒業までずっと同じクラスになることはなく、そのうち接点もなくなった。

 少しでも側にいたくて、彼が受験した高校に近い学校を選んだ。

 通学途中に見かける彼に気付いて欲しくて。

 目立たない私が気付いてもらえるはずもないのに。



 告白されることもあった。

 その度に気持ちが悪くなった。

 異性にそういう対象として見られていることが耐えられなかった。何とかその場を切り抜けて、トイレに駆け込み、吐いた。

 そのうち告白される状況や雰囲気が分かるようになり、事前に回避できるようになった。



 ある日の帰り道。

 自転車で坂道を下っていると、目の前を仔猫が横切った。避けようとバランスを崩した私は勢い良く茂みに突っ込んだ。

 そして、そのまま意識を失った。




 目覚めたら見慣れない森の中だった。周りの木々や草木がやけに高く見える。


 私の身体が縮んでいた。

 手足はぷにぷにしており、小さい。まるで――子どもの手のようだ。


 いや、子どもだった。

 私は――子爵家の一人娘で、今は五歳なのだ。


 私、ヴァイオレット・オルセウスは、とある能力を持つ転生者である。


 本来、死ぬ予定ではないところで死んでしまったようで女神様から転生させていただいた。

 その際、一つ能力を授けてくださるということで授かったのが『異性が自分に対してどう思っているかを読む能力』だった。


 それなら『人の心を読む能力』の方が良かったのではないかと思ったのだが、それはそれで常に疲れそうだ。だから自分に対してだけの、しかも異性という限定的なこの能力の方が都合はいいのかもしれない。


 ただ、私は『男性恐怖症』だったのだ。

 それは今の私も変わらない。これがどういうことを意味するのか、お分かりいただけるだろうか?



「これはオルセウス子爵殿。こちらがお嬢様かい? 可愛らしいね」

(もう少し大人になれば良い女になりそうだ。妾にしてやっても良いな)


 ――うぇ。キモチワルイ。子どもに対して何という感情を持っているんだ。……このままここにいると吐きそう。


「ヴィー、顔が真っ青じゃないか! 大丈夫か?」

(この子は……いつもこうだ。すぐに具合が悪くなる。社交には向いていないな。まったく使えない子だ)


「おとうさま。きぶんがすぐれないので、やすんできます」


「ああ。そうすると良い」

(早く部屋へ戻れ)


 私は急ぎ足で部屋へ戻る。

 そして、全て吐き出した。


 毎回、毎回、この繰り返し。


 ――女神様は何故、私にこの能力を与えたのだろう? 五歳の私に何でこんな試練を与えるのか。前世で何か悪いことでもしたのかな? 自分では気付かないような、悪いことを。




 ある日。

 両親と私の三人で馬車に乗り、少し立派なお屋敷にやってきた。ここは遠縁の伯爵家らしい。


「いらっしゃい。よく来たね」


 ニコニコと微笑む伯爵と夫人。そして、その後ろに隠れるように一人の男の子がいた。


「さぁご挨拶しなさい。お前と同じ歳のご令嬢だよ。ヴァイオレットっていうんだ」

(見てごらん。可愛らしいご令嬢だよ? 仲良くなれるといいね)


 なんて優しいお父様なんだろう。穏やかな微笑みも、心の中の声も、温かくて優しい。

 私は泣きそうになった。私が今にも泣きそうな顔をしているのに気が付き、不快に思った父の心の声が聞こえてくる。


(また具合が悪いのか。遠縁とはいえ、伯爵家まで来て面倒をかけるなんて。本当に厄介な娘だ)


 私は俯いた。

 すると私の視線の先にキラキラと輝く綺麗な靴が目に入ってきた。ふと顔を上げると、キラキラと輝く綺麗な顔があった。


「はじめまして。ぼくはメリル・カーティス」


 ドキリと胸が鳴った。

 ……この人は――


「は、はじめまして。わたくしはヴァイオレット・オルセウスともうします」

「ヴァイオレット……ヴィーってよんでもいい?」

「え?」

「ぼくのことはメルでいいよ」


 にこっと笑う五歳児は、あまりにも完璧すぎる作法で私の手を取った。


「いこう! あちらでいっしょにあそぼう!」


 メルに手を引かれたまま母を見上げるとにっこりと微笑み、『いってらっしゃい』と送り出された。


「あら。もう仲良くなったのね」

「本当に。子どもは可愛いわぁ」


 私たちは手を繋いだまま、庭園へと歩いていく。

 この子は……何で偽っているのだろう。


 ――本当は『女の子』なのに。


 この子から心の声が聞こえない。

 それはこの子が男の子じゃなくて、女の子だからだ。なのに自分のことを『僕』と言い、男の子の格好をしている。家の事情でどうしても秘匿する理由があるのだろうか。


「ねぇ」


 不意に声をかけられた。


「ヴィーはすぐにぐあいがわるくなっちゃうの?」

「え?」

「さっき、とってもぐあいがわるそうだったから」


 私は小さくコクリと頷いた。


「ぼくがまもってあげるよ」

「え?」

「きみのこと、ぼくがまもってあげる」

「わ、わたしも……あなたをまもるわ」

「え?」


 あなたの秘密は私が護ってあげる。あなたに出会って、何故か心が救われた。


 男の子の格好をした不思議な女の子。

 その日からメルは私の親友になった。


 伯爵家の方々は使用人も含めて、皆、心が綺麗で優しかった。だからとても居心地が良かった。


 週に一度はメルの屋敷へ遊びに行く。いつもキラキラしていて綺麗なメルは私の特別だ。

 メルも私のことを特別だといつも言ってくれる。


 家柄の差もあり、なかなか一緒に茶会などに出られないが、一緒の時は必ず二人でくっついていた。


 私たちは十歳になっていた。


 ある日の茶会で、若い男が私に声をかけてきた。

 背中や肩を触る手の感触。聞こえてくる卑猥な心の声。

 ずっとメルに護られていて、忘れていた。

 ――この恐怖を。


 私は震え、酷い吐き気と眩暈に襲われた。

 我慢できず、その場で戻しそうになった瞬間――


「ヴァイオレット!」


 私を覆い隠すようにメルが現れた。私の吐き気と眩暈は収まった。

 周囲の視線が気になり、辺りを見回す。皆、何事もなかったかのように談笑したり、お茶や菓子を食べている。目の前の若い男も、突然、割って入ったメルにジロリと視線を向けるだけ。


「申し訳ありません。彼女は体調が悪いようなので僕が連れていきますね。失礼します」


 そう声をかけて、メルは私をその男から引き離した。メルに手を引かれたまま、首を傾げる。


 だって私は――今、確かに吐いたのだ。

 メルに隠して貰ったが、絶対に口から出ていた。

 でもメルには掛かっていないし、どこも汚れていない。


「メル」

「……うん」

「聞きたいことがあるわ」

「……分かってるよ」


 花壇に囲まれた人気のないガゼボまで来ると、二人並んで腰掛ける。


「何で汚れてないの?」

「僕が能力を使ったから」

「能力?」

「うん。僕には『色々なものを綺麗にする能力』があるんだ」

「……そうなんだ」

「護るって、約束したでしょ?」

「え?」

「ヴィーのことは僕が護るって約束したでしょ」

「うん」

「今日は遅くなっちゃって、ごめんね」


 私はぶんぶんと首を振った。メルは私の頭に手を置いた。

 メルと目が合う。情けないように眉尻を下げて、苦笑いしている。


「そんなに首を振ったら、痛くなっちゃうよ」


 メルはどこまでも私に優しい。

 ――何でそんなに優しいの?


 私たちは両親に呼ばれるまで、そのガゼボで肩を寄せ合い、うたた寝していた。

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