第28話 突然の出来事(2)


 着いたのは雅人の家。

 マンションのエレベーターに二人は入った。


「……どうして僕の家なの?」

 エレベーターから出ると雅人は不思議そうに言う。


 別に僕の家で詩織が楽しめることなんて無いはずだ。

 そもそも、彼女が楽しめると思う様な好きなことを僕は知らない。


「……」

 雅人の質問に詩織は無言で俯いていた。

「ねえ、詩織」

「――あ、ごめんなさい」

 上の空の様な顔で彼女は慌てて顔を上げた。

「どうしたの……?」

 ――君らしくない。

 首を傾げながらも、雅人は家の扉を開けた。


 先に雅人が靴を脱ぎ、リビングへと進もうとする。


「そのー、今日は私からあなたに申し込むわ」

 玄関で詩織は少し戸惑った声を出した。

 玄関の照明のせいか、少し顔が赤く見える。

「……何を?」

 雅人は足を止め、振り向いた。

「えっち……」

 詩織は目線を下に向け、呟く様に言う。

「――へっ?」

「えっちよ」


「……へ?」


 聞き間違いでは無い。

 驚きのあまり、呆けた声が出てしまった。


「別にいいじゃないの。あなたの時間を私が好きにして良いのだから」


 理由は聞くな。

 詩織はそう言いたげな圧のある眼差しを向けた。


「……うん。君が良いなら」


 当然、君との約束だから断りはしない。

 ただ雅人は驚いただけだった。


 柏木の言葉を思い出す。

 確かに相手が良いならば、断る理由は何一つ無かった。

 それに彼女から欲されると、素直に嬉しい気持ちが込み上げる。


 ここからは普段の変わらぬ流れ。

 僕らは部屋へ着くと、互いに自身の服を脱いで行った。


 雅人がベッドに座ると、飛び掛かる様に詩織が抱きついた。


 次第に本来の白さを取り戻していく彼女の肌。

 必然的に彼女への暴力が無いことを知ることになる。

 このまま無くなってくれと、雅人は願った。


 真っ白な肌をした彼女の美しい身体。

 それを見る日が僕に来るのだろうか。

 無論――来ないだろう。


 目の前にいる彼女と将来の彼女。

 雅人は目を瞑り、その姿を想像した。


 詩織は抱きついた流れで雅人に馬乗りになった。

 その仕草だと、どうやら彼女は始める気の様である。

 駆り立てられる様に、彼女の息は次第に荒くなっていった。


「詩織、まだ付けてないけど……?」


 事前準備が何一つ出来ていない。 

 雅人は恐る恐る詩織に聞いた。


 このまま進めば、きっと僕自身が付ける気を無くしてしまうだろう。


「――良いわよ」

 目線を合わせないまま、彼女は頷いた。


 そして、戸惑う雅人に身体を近づける――。


 時間の密度が濃い。

 それに今日の彼女は生を確かめる様な激しい動きだった。


 いつもと違う。何かが違う。

 いつもの彼女は受動的な動きのはずなのに。


 今の彼女の動きは、死を恐れる様な――。

 自身が生きていることを確かめる様な動き。


 彼女は理性を捨て、本能のままに生きていた。



 君はまだ生きている。

 無論、僕も生きているのだ。

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