第7話 彼女との日々(2)


 第一回、公園会議。

 この会議の開催のきっかけとなる初めの言葉。


「二十時半に最寄り駅にいて欲しい」

 カラオケの日から二日後。

 昼休みに詩織が突然言った一言だった。


 返事はしていない。

 しかし、今の僕には断る権利は無いのだ。


 雅人は彼女の言葉に従い、二十時半前に学校の最寄り駅へと辿り着く。


 改札口の前。

 詩織はあの日と同じ、広告柱の前で待っていた。


 カバンを前にして、両手で持つその姿。

 傍から見れば、優等生の美少女。

 実際もそうだ。間違いなく彼女は美少女である。


 自身へと向かう雅人を見た詩織は、どこか晴れた顔をしていた。

 

 先日まで見るだけの愛らしい存在。

 その眼差しが僕だけを見ている。


 これが夢なら覚めないで。

 覚めてまた平凡な日々を送るくらいなら。

 その前に僕はこの世界を去りたい。

 それほど、雅人にとって夢の様で幸福な日々だった。


「おまたせ」

 口を開くと、緊張した声が出た。

 これを世ではデートと言うのか。

 確かに緊張する。思考がいつもよりも回らなかった。

「少し待った」

 どこか不満げな顔で詩織は顔を上げる。


 身長差のせいか、少し見上げる様な姿勢。

 これが上目遣いと言うやつか。


 こんなにも――心を動かすものなのか。

 雅人は自身を落ち着かせるために小さく息を吐いた。


 好きなヒロインとデートに行けるシミュレーションゲーム。

 まるで、僕はプレイヤーの様。


「……ごめん」

 てっきり、「私も今来たの」そんなありきたりな言葉を期待した自分がいる。

 淡い期待だ。

「でも――いいの」

 許した様に微笑む詩織。

 心が広いとクラスメイトから言われるその雰囲気。不思議と納得した。

「いいの?」

 遅くなったのを許してくれたのか。

 彼女の真意がわからなかった。

「うん。こうして待ち合わせしたことなんて無かったから。――良い経験」

「良い経験?」

「初めの経験。――最期にはいいでしょ?」

 満ち足りた様な笑顔を雅人に向けた。

 初めての経験。その言葉に雅人は二日前のカラオケボックスを思い出す。

「……そうだね」

 今ならどんな経験でも素直に受け入れられる。


 辛いことも、嬉しいことも。

 良い経験だったなとそう思えた。

 雅人はその言葉の意図を理解する。


 僕もだよ、神崎。

 あれから僕は少し晴々とした気持ちで過ごしている。


 面倒だと思ったことも、嫌だなと思ったことも。

 それらと僕は素直に向き合えていた。


 残りの日々。

 この一秒でさえも同じ一秒は存在しない。

 そう思える様になった。


 ――君が僕の日々を変えてくれたのだ。


 

 何色でも無い無色だった僕の日々。

 しかし、残りの日々は君のおかげで色付いていく――。


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