第5話 彼女の問い


 彼女の言葉。


「――え?」

 聞き返した頃。

 すでに詩織の身体は、重なる様に雅人の身体に密着していた。

 

 生の価値とは。

 いったいどう言う意味か。

 そう考える思考よりも先に本能が動く。


 彼女の身体に触れている。


 理性の崩壊。

 衝動的に雅人は再び本能の世界に酔いしれた。


 気がついた頃。

 はっとした顔で雅人は目を覚ました。


 僕は何を考えていたのか。

 残っていたのは快楽に似た感覚だけ。


 目の前には、ソファーで仰向けに倒れる神崎の姿。

 襲われた様に服装が乱れ、下着は脱がされていた。


 無論、犯人は僕だろう。


 ようやく、雅人は自身に何が起きたのかを思い出す。

 自身の本能に従い、密着して来た彼女を襲ったのだ。


「ねえ……佐伯くん」

 詩織はうつ伏せの体勢で、疲れ切った荒い息をしている。

 どこかその顔は満ち足りた様な顔に見えた。

「うん」

 我に返ったことで身体に溜まった熱が放熱の様に冷めていく。


「初めて――だった?」

 詩織の言葉で雅人は気づいた。


 彼女は処女であったと。

 断片的にその光景を思い出した。


 最期の初めて。

 僕も彼女も初めてのことだったのだ。


「うん」

 僕は経った今、童貞を卒業した。

 思い出す、互いのその瞬間を。


 これは童貞の妄想の一つだったはず。

 今ならすっきりと死ねる気がした。


「その……良かった?」

 自信が無い様に詩織は声を震わせていた。

「良かったよ。――忘れない」


 この背徳感も。

 この爽快感も。


 僕がこの身体で感じた感覚は、死ぬまで忘れない。


「私も――忘れないわ」

 身体を起こし、彼女は初めて笑顔を見せた。


 一度も見たことの無い彼女の笑顔。

 感動に近い喜びが込み上げる。


「うん」

 気がつけば、雅人は詩織を抱きしめていた。


 今なら彼女がか弱い女性だと思える。

 人間らしい愛らしさを感じた。


 再確認するこの感情。

 やはり、どんな姿であれ、僕は神崎詩織が好きなのだ。


「ねえ、佐伯くん」

 腕の中で自身を呼ぶ弱々しい声。

 力尽きそうなそんな声。


 こんな声、僕の知っている委員長の神崎詩織からは想像がつかない。


「どうしたの、神崎?」

 自然と優しい声が出た。

 僕にもこんな人間らしい声が出るのか。


「私と一緒に――死なない?」

 詩織ははっきりと告げた。


「死なない?」

 耳元で聞こえたその言葉に思わず聞き返した。


 死なない。

 イントネーションからして否定の言い方では無いだろう。

 つまり、一緒に死のう、そう言うことなのか。


「うん。私と一緒に死のう?」

 目を合わせ、詩織はゆっくりと微笑んだ。

 迷いの無いその目を見て、彼女の言葉が嘘では無いと確信する。


 彼女は死を望んでいた。

 死にたい理由はわからない。

 でも、死にたい理由なんて、具体的なものでは無いだろう。


 感覚的に死にたい。そう言うものだ。

 だって、僕も似た様なものだもの。

 

 ――同じ目をしている。

 彼女の言葉の真意を雅人は理解した。


 僕らは死のうとしている。

 この淡々と続く世界で。


 好きな彼女と共に死ねるなら――。

 僕にとって、それ以上に幸福な最期は無いだろう。


「うん。いいよ」

 雅人は詩織を安心させる様に強く頷いた。


 これから始まった。

 僕らの死ぬまでの日々が――。


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