第44話 氷室さんとこれから(後編)
「陽太君は勘違いしてるよ」
「え?」
「私を幸せにする手助けなんてしなくていいの。だって陽太君が一緒ってだけで私はとっても幸せなんだよ」
「ほんとに?」
「ほんとに。最初は『他の人と違う』っていう興味本位で話しかけたんだよ」
氷室さんが抱きしめながら話を続ける。
「私が引越して来た理由はお父さんが『知り合いが居ないところに行こう』って言ってくれたからなんだけど、私も同じ轍は踏まないように学校では手を抜こうって思ってたんだよね」
「じゃあ首席になったのをたまたまって言ってたのって」
「ほんとなの。前の学校でバカ真面目って話したでしょ? 今まで手を抜いたことがなかったから加減が分からなかったの。それにわざと間違えるのも怖くて出来なくて、二問くらいしかわざと間違えられなかったの」
なんだか不貞腐れてたのが恥ずかしくなる。
氷室さんは嘘なんて言ってなかった。
ただ凄すぎただけ。
「だから首席合格した時は怖かったよ。『なんて思われてるのかな』とか『また同じことになるのかな』とかいっぱい考えちゃった」
「でもみんな氷室さんをすごいって言ってたよね?」
「前のとこでも最初はそうだったんだよ。『勉強出来て凄いね』とか『なんでも出来るじゃん』とかさ。でもそれがだんだん『天才は楽でいいね』とか『見下せる立ち位置はいいね』とかになっていくんだよ」
氷室さんが昨日のように震え出した。
僕に出来るのはその震える身体を抱きしめて傍に居ることを分かって貰うことだけ。
「でもね居たんだよ、私のことを普通の女の子として見てくれる人が」
氷室さんの震えが止まった。
「誰?」
「陽太君だよ」
「僕?」
確かに氷室さんのことは最初から女の子と思っていたけど。
「絶対勘違いしてるからちゃんと説明するね。陽太君って私の首席挨拶をちゃんと見てなかったでしょ?」
「ごめんなさい」
「責めてるんじゃないの。あれねほんとに嬉しかったの。多分陽太君ならちゃんと見てても変わらなかったとは思うけど、隣の私に一切興味無かったでしょ?」
「……うん」
確かに氷室さんに話しかけられるまで、人だかりが出来てるから「すごい人が隣なんだな」ぐらいは思ってたけど、誰がとかは一切気にならなかった。
「だからこの人なら『私を普通の女の子として見てくれる』って思えたの。首席の、なんでも出来る私じゃなくて、ただの氷室 澪として見てくれるんじゃないかって」
顔を見なくても分かる。
今の氷室さんはとても楽しそうだ。
「実際そうだった。陽太君は私をすごいとは言うけど、私の努力も見てくれてるし、何より嬉しかったのは私に並ぼうとしてくれたこと」
「並べなかったけどね。氷室さんとはフェアでいたかったんだ。テストのご褒美を氷室さんが一位を取らなきゃいけないのに、僕は十位以内なんて嫌だもん」
「そういうところだよ。前のとことか、今のとこでもそうだけど、私は特別だからってみんな諦めるんだよ。だけど陽太君って目標的には一位になったらご褒美にしたいんでしょ?」
「うん。それなら氷室さんと同じ条件だし」
「それを知った時は嬉しかったよ。本当に嬉しかった」
氷室さんが僕の肩に顔を当てる。
泣いているのが分かる。
「手を抜けなかった私は、陽太君に会えてなかったらまた不登校になってたんだよ。あ、私背中に傷出来てから中学行ってなかったんだ。だからね、陽太君には私を含めて家族全員で感謝してるんだ。お母さんとお姉ちゃんはあんまり見せないように努力してるんだけどね」
とても優しくされてるとは思っていたけど、元からの優しさと感謝の優しさからのものだったようだ。
「お父さんはね、陽太君に会ったら全部バレるくらいに感謝してるからお母さんに会うの禁止されてるんだ」
「だから休みの日にも会ったことないんだ」
氷室さんのお父さんには一度も会ったことがない。
「私は陽太君のお父さんと会ったことないけど」
「居るよ? 単身赴任でたまにしか帰って来ないけど」
お父さんは家族のことが好きだけど、そんな簡単に帰って来れる距離ではない場所に居るから滅多に帰って来ない。
「そうなんだ。いつか会ってみたい」
「たまに帰って来ても僕は寝てるから会えないことが多いんだけどね」
「そこは起きようよ」
僕も起きたいけど、誰も起こしてくれないのだから仕方ない。
「話が逸れちゃった。えっとね、要するに……どこまで話したか忘れちゃった」
「氷室さんのそういうところも好き」
「やめろし。今は私の番なの。まぁいいや、とにかく私が言いたいのは、陽太君にいっぱい助けられた私は陽太君のことをとっくに大好きになっていたのでした。異性として」
「え?」
とても驚いた。
氷室さんも僕のことを友達とは思ってくれてるとは思っていたけど、そこまでだと思っていた。
「多分ね気づいてなかったの陽太君だけ」
「優正達は気づいてたの?」
「うん。ちなみにいつ好きになったかは覚えてない。うん、覚えてない」
「覚えてる言い方じゃない?」
「そうだ陽太君」
なんだか思い切り話を逸らされた気がする。
「優正にキスされたでしょ?」
「なんで知ってるの?」
「今陽太君に聞いたから」
「言って……、今って今?」
「そ。陽太君は素直さんだなぁ。だから大好き」
氷室さんが僕を強く抱きしめる。
なんたが嬉しさの他に違う感情がある気がした。
「もちろんほっぺだよね?」
「うん。唇は氷室さんに取っておくって」
「優正だなぁ。じゃあ」
氷室さんが左のほっぺにキスをした。
「口にされると思った?」
「そもそもされると思ってなかった」
「まぁいっか。じゃあ陽太君」
氷室さんが僕から手を離したので、僕も手を離す。
そして氷室さんは目を瞑った。
「ほっぺが友達、口が異性、おでこが妹とか姉。選んでキスして」
「すっごいドキドキしだした」
「ほらほらぁ、陽太君は私をどう好きなの」
氷室さんの口を僕の口で塞いだ。
一瞬だけ、触れるだけのキスだったけど、柔らかな感触、そしてほのかにする何かは分からないけどいい香り。
氷室さんは目を見開いて口元に指を当てて固まっている。ちなみに顔は真っ赤だ。
きっと僕も。
「僕は氷室さんのことが好き。伝わったかな? 氷室さんからは友達として好きって言われちゃったけど」
「い、言ってないじゃんよ。てか不意打ち、いや私が煽ったからか、てか言ってないじゃんよ」
氷室さんがとても慌てて同じことを二回言った。
「だってほっぺにキスは友達なんでしょ?」
「余計なこと言ったぁ」
氷室さんが両手で顔を押さえて俯いた。
「氷室さんは友達だと思ってるんだよね?」
「お? 陽太君が煽りだと。誰だ陽太君にそんなの教えたのは……私か」
少しだけ氷室さんの真似をしてみたけど、合っていたみたいだ。
「分かりましたぁ。しますよ」
氷室さんが僕と真正面に向き合って目を合わせる。
氷室さんの目を見るだけでドキドキが強くなり、目を逸らしたくなる。
でも逸らさない。
氷室さんが目を瞑って僕に顔を近づけてくる。
僕も目を瞑って待つと。
そこで氷室さんのスマホが鳴った。
「「タイミング!」」
「明莉?」
スマホが鳴ったタイミングで明莉が扉を開けて氷室さんと同じことを叫んだ。
「やば」
「逃がすか」
逃げようとした明莉の腕をを氷室さんが掴んで止める。
「優正からだ。あぁ」
「遅刻していけないんだー」
「明莉ちゃんもでしょ」
「……」
スマホで時計を確認したら確かに後少しでホームルームが始まる時間だ。
「呼びに来たのに盗み聞きですか?」
「だっていい雰囲気だったから邪魔したらいけないかなって」
「そういう言い返せないことを言う。陽太君、続きはいつかね」
「澪ちゃんは友達のままでいいんだぁ」
明莉が氷室さんをニマニマしながら見る。
「うるさい」
氷室さんが怒りながら僕に近づいて来て顔を近づけてきた。
「私だって陽太君のこと好きだもん」
氷室さんはそう言って僕の唇にキスをした。
「氷室さん、大好き」
僕は思わず氷室さんに抱きついた。
「お兄ちゃんには恋人なんて出来ないと思ってたけど、まさか出来るなんて。出来たとしても認めないって思ってたのに見てて嫌じゃないから許せちゃう」
明莉が両手で顔を押さえて、指の隙間から僕達を見ながら言う。
「そうだ」
僕は氷室さんを離して明莉に近づく。
「僕ね明莉のことも好きだよ」
そう言って明莉のおでこにキスをした。
「妹はおでこだったよね?」
「そうだけど、いきなり浮気された気分」
「じゃあこれからは氷室さんだけに僕の全部をあげるね」
「嬉しいけど、嬉しいけど!」
氷室さんが顔を真っ赤にして丸くなった。
「明莉、大丈夫?」
明莉はさっきから固まって動かない。
「お」
「お?」
「お兄ちゃんのキス魔ぁぁぁぁ」
明莉は顔を真っ赤にして部屋を叫びながら出て行った。
「陽太君」
「何?」
「これからもよろしくね」
「うん!」
氷室さんとのこれからがどうなるのかなんて分からない。
だけど氷室さんと一緒ならどんなことでも楽しく過ごせるはずだ。
だから。
「初めての共同作業は遅刻で怒られることだね」
「二人一緒ならなんとかなるよ」
根拠なんてないけど、そうなる。
だって僕の隣には氷室さんが居るのだから。
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