第3話 氷室さんとプレゼント

「陽太君、起きて」


「おはよう、氷室さん」


 あれから毎日氷室さんは僕を起こしに来てくれている。


 悪いと思いつつも氷室さんに起こされるとちゃんと起きれるし、何より朝から氷室さんとお話が出来て嬉しい。


 そんな氷室さんに少し変化があった。


 それは毎日髪型を変えていることだ。


 今までは肩のところで切り揃えられて、何もしてなかったのに、朝だけ青い髪留めをしたり、髪をまとめたり、今日なんかは大変と聞いたことのある編み込みというやつをしている。


 でもこれは僕を起こしに来る時だけで、学校ではいつも通りの何もしない髪に戻っている。


「陽太君」


「何、氷室さん」


「言うことは?」


「起こしてくれてありがとう」


「どういたしまして!」


 氷室さんが少し怒った様子で頬を膨らませた。


「氷室さん今日も一回帰るの?」


「帰る」


 氷室さんは僕を起こしに来た後に一度家に帰る。


 朝ご飯を食べる前に僕を起こしに来てくれているようで、帰って朝ごはんを食べて、後髪も元に戻しているようだ。


 お母さんがうちでご飯食べていくか聞いていたけど、迷惑だからと断っていた。


 だからほんとに少しだけの気持ちを込めて僕は氷室さんを家まで送っている。


 なんでそんなことをして遅刻しないかと言うと、僕と氷室さんは家もお隣さんなのだ。


 最初に知った時は驚いた。


 氷室さんは高校生になるタイミングで僕の家のお隣に引っ越して来たようだった。


 誰かが引っ越して来ていたのは知っていたけど、まさかそれが氷室さんだったのは知らなかった。


 その事を気づいたのは四月の中旬辺りで学校帰りに僕が電柱にぶつかりそうになったところをたまたま後ろを歩いていた氷室さんが見かけたようで、心配してくれて僕を見てくれていたらしい。


 それで僕が家に着いたら、氷室さんに声をかけられた。


「陽太君の家ってここなの?」


 その時には氷室さんに起こされていたので、仲は良かった。


 でもそれだけで、朝は僕が起きるのがギリギリだから会わないし、帰りは氷室さんは友達と帰っているので一緒になることはない。


 今も僕がギリギリに出るから一緒に行くこともない。


「じゃあまた学校でね」


「……うん」


 結局氷室さんは機嫌を直してくれなかった。


 僕は理由を考えながら家に戻ると、明莉が玄関で立っていた。


「お兄ちゃんはわざとやってるの?」


「なにが?」


「澪ちゃん可哀想」


 明莉と氷室さんは気がついたらというか、二日目から名前で呼び合っていた。


 たまに氷室さんが家に帰る前に明莉と何か話しているようだけど、内容は教えてくれない。


「お兄ちゃん、澪ちゃんに渡すものあるんじゃなかった」


「あ、忘れてた」


 そう、日頃の感謝を込めて氷室さんにプレゼントがあったけど、渡すのをすっかり忘れていた。


「絶対に今日渡してよ」


「なんで今日に拘るの?」


 プレゼントの中身は自分で選んだけど、渡すことを知った明莉が「絶対に今日」と言って聞かなかった。


 理由を聞いても教えてくれなかった。


「学校で渡せばいいかな?」


「それは駄目。お兄ちゃんのやり方だと澪ちゃんにもお兄ちゃんにもきっと悪い結果にしかならないだろうから」


「どういうこと?」


「いいから、帰って来た澪ちゃんに渡すとかして」


 明莉はそう言うとリビングに行ってしまった。


「とりあえず学校に持っていって考えよう」


 なんて思っていたのに、普通に忘れた。


 氷室さんは未だに機嫌が良くない。でも起こしてくれるから優しい。


 でもいつものお話はしてくれない。


 どうにかして氷室さんのご機嫌を取らないといけない。


 まず僕が考えたのは、休み時間に寝ないこと。


 そうすれば氷室さんの苦労が一つ減る。


 だから試してみようとしたけど、やっぱり寝てしまった。


 次こそはと思ったけど、次は体育だったからそもそも寝る以前の問題だった。


 だから次はと思ったけど、体育で疲れた後に寝ないなんて出来なかった。


 そして昼休みはご飯を食べた後に寝ないのも出来なかった。


 最後のチャンスは移動教室前に寝てしまって氷室さんに起こしてもらった。


 確かに氷室さんに起こされなかったのはあるけど、それは結局いつも通りだから苦労が減ってはいない。


 授業が終わり、ホームルームが始まるのを待つ間に少し考える。


 僕はこんなに自分が駄目だったのかと。


「陽太君?」


「何、氷室さん」


「いや、そのなんで泣いてるの?」


「え?」


 目元に手を当てると確かに涙を流していた。


「止まんないや」


「そんななんともないみたいに。これ使って」


 氷室さんが綺麗な白いハンカチを僕に渡してきた。


「でも」


「いいから。そのままじゃあれでしょ」


 また迷惑をかけてしまった。


 やっぱり自分のハンカチあるからと返した方がいいのかどうか少し考えて、氷室さんのハンカチを使わせてもらうことにした。


「ごめんね氷室さん」


「え、あぁハンカチ? 別にいいよ」


「ハンカチもだけど、いつも迷惑かけて」


「迷惑?」


「僕が寝ちゃうばっかりに氷室さんにいらない苦労をかけてるから」


 氷室さんのハンカチで目元を押さえながら言う。


 今氷室さんがどんな顔をしてるのか見れない。


 呆れてるのかな。


「陽太君ってやっぱり優しいね」


「え?」


「私は別に陽太君を起こすの迷惑だなんて思ってないよ。むしろ……なんでもない。えっとね、もしかして朝機嫌が悪かったの気にしてる?」


 僕は静かに頷く。


「やっぱりか。違うの。あれは私が悪くて、勝手に期待して勝手に裏切られたなんて思って。私こそごめんね」


「氷室さんは悪くないよ。期待に答えられなかったのは僕なんだよね」


「だから、えっと、うんと」


 氷室さんが見てなくても分かるぐらいに言葉を考えている。


「氷室さん」


「何?」


「今日一緒に帰ってくれない?」


「……」


(やっぱり駄目だよね)


 せめてプレゼントを渡してご機嫌を取ろうなんて都合が良すぎる。


「ごめんね、忘れて」


「あ、違くて。陽太君が誘ってくれたのが意外で。帰る。今日は陽太君と一緒に帰る」


「ほんと?」


「うん。今日は陽太君意外の人と帰らない」


「約束とかない?」


「ないない。出来てもこれからだから全部断る」


 そこまでしなくてもいいんだけど、嬉しいから言わない。


「じゃあ一緒に帰ろ」


「うん」


 そしてホームルームが終わると、案の定氷室さんの友達が一緒に帰ろうと誘いに来たけど、氷室さんがほんとに断った。


 氷室さんは僕と一緒に教室を出て一緒に帰った。


 帰り道はお互い無言で何も無かった。


 そして僕の家に着いた。


「氷室さんちょっと待ってて」


「え? うん」


 僕は自分の部屋に忘れた氷室さんへのプレゼントを持って氷室さんの元に走った。


「疲れた」


「そんなに慌ててどうしたの?」


「これ、いつも起こしてくれるお礼」


 そう言って、簡単に包んでもらったプレゼントを渡す。


「明莉ちゃんから聞いたの?」


「なにを? プレゼントを買ったのをなんでか知ってて、絶対に今日渡してとは言われたけど」


「じゃあプレゼントは陽太君が考えてくれたの?」


「うん。氷室さんがなにが欲しいか分からなかったから気に入るかは分からないけど」


「開けていい?」


「うん」


 氷室さんが欲しいものが分からなかったから、最近氷室さんが使ってたものを買ってみた。


「……髪留め」


「うん。氷室さんがしてたと青いやつだったから、僕の勝手な氷室さんのイメージでオレンジのにしてみた」


 氷室さんは元気なイメージだから、元気な色でオレンジの先に何かは分からないけどお花が付いている髪留めを渡した。


「氷室さんは髪留めを僕を起こしに来る時しか付けないから、気に入らなくても普段使いしないしいいのかなって」


「気づいてたの?」


「髪型? うん。毎日違って可愛かった」


 氷室さんの顔が真っ赤になった。


「気づいてたなら言ってよ」


「ごめん。次からは言う」


「なんか照れさせられる未来が見えた」


「それより、髪留め要らなかった? 何か他のがいい?」


「やだ! 返さないよ」


 氷室さんが髪留めの入った包みを抱え込んで僕から隠す。


「取らないよ?」


「一生大事にする」


「とっても言いづらいこと言っていい?」


「うん」


「僕はこれからも氷室さんにお世話になるつもりなので、これからもお詫びの品がどんどん増えていくと思うのでそんなに大事にしなくても」


 自分で言っていても駄目なのは分かるけど、氷室さんに愛想を尽かされるまでは絶対にお世話になり続ける自信がある。


 だからその度にお詫びの品を渡す予定だから、そんな奪われる心配なんてしなくてもいいのだけど。


「それはそれとして全部大事にするよ。陽太君は私が何かあげたら大事にしてくれないの?」


「する」


「即答。ありがとう。ということで陽太君の誕生日教えて」


「僕の?」


「うん。明莉ちゃんが教えてくれないんだよ」


「四月の五日」


「過ぎてるじゃん」


 そう、僕の誕生日は同級生に祝われることはない。


 だって聞かれる頃には終わってるから。


 まぁそもそも祝ってくれる友達が出来たことがないけど。


「明日までに何か用意する」


「気にしなくて大丈夫だよ?」


「やだ。私はこんないいもの貰ったのに」


「そんなに高くないよ?」


「気持ちの問題。プレゼントは値段が高いのより、相手の喜ぶものをあげるものでしょ」


 確かにその通りだ。


「じゃあ氷室さんの誕生日は?」


「あぁ、私は」


「澪ちゃん居る?」


 いきなり明莉が紙袋を持って出てきた。


「いたいた、はい誕生日プレゼント」


「ありがとう、明莉ちゃん」


「ん?」


「今日ね、私の誕生日なの」


「だからか」


 明莉がプレゼントを渡すなら絶対に今日と言っていた理由がやっと分かった。


「そ、だから帰りに澪ちゃん呼んでもらったの」


「なるほど」


「明莉ちゃんの誕生日はまだだもんね。よし、陽太君明日楽しみにしててね」


「うん」


 そう言って氷室さんは家に帰って行った。


「明莉は何あげたの?」


「シュシュ。最近ヘアアレンジが楽しいみたいだから」


 あげるものが似てるのは兄妹だからなのかな。


 そんなことを思いながら僕は明莉と家に入る。

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