古い日記

クニシマ

H3.3.12(火)くもり

 大学の春休みは長すぎる。やるべきこともなければやりたいこともない。と、呼んでもないのに部屋へ押しかけてきたイオに言ってみたら、たまにはまともな本でも読んだらいいじゃん、成績上がるよ、などと失礼なことをのたまって読みさしの文庫本をよこしてきた。彼女が好む小難しい哲学書のようなものは私の趣味ではないので丁重に断った。その後もいまいち興味の湧かないことばかり提案してくるのをはねのけ続けていたところ、最終的に日記かなんか書けばという穏当なところに落ちついたため、今こうしてこれを書いている。

 イオは大学の同期だ。たしか衣緒と書く。名字はよく覚えていない。というよりどう読むのかがわからない。カネダかカネタだと思う。カナダかもしれない。去年、入学したての最初の講義で隣に座っていた彼女は、一時間半をゆうゆうと眠りこけて過ごし、終了のチャイムとともに目を覚まして私に授業内容をたずねてきた。手の甲でこすった目のふちは腫れ、寝ぐせのついた前髪が青白い肌に影を落としていて、頬には枕代わりの上着のあとがくっきり残る間抜けな姿。それでいて美人だった。生意気なことに。それから偶然に学内で何度か会ったりするうちに親しくなり、だんだん二人でいることが多くなって今に至る。二人とも互いの他にはたいして交友関係を築くこともせず、夜通し遊んでは揃って必修科目を休んだり、夏休みには連れ立って旅行をしてみたりとなかなかの日々を送っている。

 ちなみに現在の時刻は二十三時五十分なのだけど、イオが帰ったのはついさっき、ほんの十分ほど前のことだ。この部屋にやってきたのが今朝の十一時過ぎだから、半日もの間ここにいたことになる。何か実りのあることをするわけでもなくただ居座って、たまにテレビをつけて眺めたり、小腹が空いてくると私の許可もなしに冷蔵庫を漁ってみたりと好き放題していた。夜になっても帰る気配がないからてっきり泊まっていくつもりなんだと思っていたけれど、着替えを持ってきていないという理由で帰っていった。それぐらい貸すのにと言ったら、松本さんの服って着たくないんだよね、とつれない返事をされたので笑った。趣味が合わないのだそうだ。彼女はいつも自分勝手で、一緒にいるととても楽しい。

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