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折原先端生化学研究所は緑の多い郊外の土地にその半球状の建物を構えていた。駐車場に黒塗りの車が停められると優希は三坂に続いて外に出る。
研究室に足を踏み入れると冷蔵庫に入ったのか、と勘違いするほど気温が低い。だが白衣を着た猫背の男は気にする様子もなくモニタを前に何やらぶつぶつと言いながらキーボードを叩いていた。
「博士。彼女をお連れしました」
呼びかけたのは三坂だ。
「じゃあ早く着替えてそこのベッドに」
相変わらずのねっとりとした両生類を思わせる唾液混じりの声で、久しぶりという挨拶すらない。優希は何も言わず奥の更衣室に入り、制服を脱ぐ。十年ぶり。そんなことはこの男には関係ないのだ。ここの所長、
「こんにちは、の一言もないんですね」
着替え終えて部屋に戻ると、そう言ってからベッドに横たわる。
「挨拶はただの装飾だ。ハンバーグに付いているパセリと同じだよ。君はあれを食べるのかい?」
「研究者であれば何だろうと試す努力をすべき、と言っていたんじゃないんですか?」
「相変わらずの強気で、実にいい」
にちゃり、という笑みだ。大きな目が優希を捉えると、彼はマスクをして一言も喋らない研究所員たちに手早く指示をし検査準備をさせる。
父がヒーローになったのは偶然だった。
山根大輔はこの研究所に出入りしていた卸業者の人間で、医薬品の営業と配達を担当していた。当時、既に問題になっていた謎の異星生物についての研究が行われていたが、偶然混入した山根大輔の皮膚細胞が異星生物の体液サンプルに含まれるものと非常に酷似した遺伝子配列を持っていた。そこから研究が進み、折原博士によって父のヒーロー化が実現した。この国はヒーローの出現により、それまでのXによる被害者数を激減させ、父は名実共にヒーローになった。
ニュース記事ではそう記録されている。
だが優希が知る現実は、守りきれなかった無様なヒーローへの愚痴や中傷、役立たずというレッテル貼り、何より当時のマスコミの叩きようは本当に酷いものだった。
――どうせわたしにはヒーローの遺伝子はない。
父の死後、次なるヒーローを探して多くの人間が検査された。優希もその一人で、最有力候補だったが、意外なことに検査結果は白、つまりヒーローの資格なしだった。
「グレイト! 試験をパスしたぞ」
「そんな……嘘」
その博士の声に部屋の隅で待機していた三坂は驚く優希の顔をじっと見つめ、小さく
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