第4話 胸キュンチャレンジデート編
というわけで、やってきたデート当日。と言っても、恋愛経験ゼロな僕には、デートなんてどうすればいいのかわからない。裕二もそれは予想してたみたいで、しっかり対策は立てていた。
それが、これだ。
『いいか。デートプランは、事前に俺が考え伝えておいた通りだ。それ以外にも、何か困ったことがあったらそのつど支持する』
耳にはめたスピーカーから、裕二の声が届く。こうして事細かに支持を出せば、不慣れな僕でも素敵なデートができるとのことらしい。
そうしているうちに、川井さんがやってきた。
「池野くん、もう来てたんだ。ごめん、待った?」
「ううん、今来たとこ。それに、待ってるのも楽しいよ」
こうしてデートは始まった。近くのショッピングセンターで色々見て回って、カフェでお茶して、それからペットショップにも行ってみた。
僕一人じゃどこに行けばいいかなんてわからなかったけど、その度に裕二が、ここはどうだと提案してくれた。
おかげで僕はとっても楽しいんだけど、川井さんはどうだろう。
彼女の表情を伺おうとしたけど、なぜか目を逸らされた。もしかして、つまらなかった?
すると、またもスピーカーから裕二の声が聞こえてくる。
『おい、面太郎。前にも言ったよな。お前がキュンとさせてどうするんだよ』
えっ? 僕、何かやった?
『道を歩けば自然と車道側を通る。ウィンドゥショッピングやれば、川井さんのほしいものを的確に見抜いてプレゼントする。ペットショップでは、イケメンが動物と戯れるという鼻血もののお宝シーンを提供する。おかげで、川井さんはキュンしすぎてお前の顔もまともに見れなくなってるじゃないか』
えっ、そうなの? もしかして、川井さんに悪いことしちゃった?
『いや、川井さん自身はむしろ喜んでいるだろうけどな。でもこのままじゃ、お前がキュンとするっていう本来の目的は果たされないままだ。だが、まだ手はある。そのショッピングセンターの近くに、観覧車があるだろ。デートの最後は、二人でそれに乗るんだ。二人きりの観覧車なんて、最高のキュンスポットだ。いくらお前でも、これならキュンとするはずだ。健闘を祈る』
そこまで言ったところで、通信が切れる。
裕二の言う通り、この近くにはランドマーク的な観覧車があるし、恋人同士のデートスポットとしても有名だ。
確かにそこなら、キュンとする要素は詰まってるかもしれない。けど恋人同士のデートスポットってことは、逆に言えばそれ以外の人だと乗るのはちょっぴりハードルが高いかも。
川井さん、一緒に乗ってくれるかな?
「ねえ。近くにある観覧車、乗ってみない?」
「えっ。それって、二人でだよね」
「うん。嫌ならやめておくけど」
少しだけ、言葉に詰まる川井さん。やっぱり、いきなり二人で観覧車ってのは抵抗あるかな。
だけど、それもほんの一瞬だ。
「ううん、乗る。池野くんと、二人で観覧車乗りたい」
ああ、よかった。川井さんには今日一日ずっとつきあってもらってるし、本当に感謝しかない。ありがとう、川井さん。
けど、なぜだろう。笑って頷いてるはずの川井さんの表情に、ほんの少しだけ、寂しさみたいなのが見えた気がした。
そうして僕たちは、二人で観覧車に乗る。デートスポットなだけあって、いかにもオシャレな雰囲気。実際、僕ら以外の利用者は、恋人っぽい人たちがほとんどだった。もしかすると、僕と川井さんも、他の人からはそう見えるのかも。
「ねえ、池野くん。今日は私と一緒にいて楽しかった?」
「もちろんだよ」
不意に川井さんが聞いてくるけど、そんなの楽しかったに決まってる。
一緒にウィンドウショッピングした時も、ご飯を食べたときも、ペットショップを覗いた時も、そして今だって、全部楽しい。
けど川井さんは、そこからさらに続けた。
「じゃあ、キュンとした?」
「えっ?」
今度は、思わず言葉に詰まる。わざわざこんな質問するってことは、その理由はひとつしかない。
「川井さん、知ってたの? 僕が、キュンとしたがってるってこと」
「うん。友野くんから聞いたんだ。それで、私に協力してくれないかって頼まれた。私なら、男の子をキュンとさせるしぐさの一つや二つ思いつくんじゃないかって言われてね」
裕二。てっきりその辺のところは伏せていたのかと思ってたけど、全部伝えてたんだ。
というか、ほとんど川井さんに丸投げじゃないか。それでいいの? 自称胸キュンマスターだよね?
「えっと……なんかごめんね、変なことにつきあわせて」
「ううん。むしろ、感謝してるよ。友野くんからそれを聞いて、チャンスだって思ったの。だってそれなら、どんどん池野くんにアプローチできるじゃない。それに、キュンとさせることができたら、それから付き合うことだってできるかもしれない」
「えっ? それってどういうこと?」
思わず聞き返すけど、川井さんはなにも答えない。
というか、ここまで言わせてしまったら、それ以上は聞かなくてもさすがにわかる。川井さんが、僕のことをどう思っているのかを。
けれど川井さんは、それから少しだけ寂しそうになる。観覧車に乗ろうと言った時に見せた、あの表情だ。
「もう一度聞くね。池野くん、私にキュンとしてくれた?」
「それは……」
どうしよう。川井さんと一緒にいて、楽しかった。その言葉に嘘はない。けどそれがキュンかと言われると、なんとなく違う気がした。
ドキッとしたり、胸の奥が熱くなったり、そんな風にはなってない。楽しくはあっても、多分これはキュンじゃないんだろう。
だけどそれを言ったら、川井さんはきっと悲しむ。なら、嘘でもいいからキュンとしたって言うべき? けどそんなことしたら、それこそ川井さんに申し訳ないような気がした。
「やっぱり無理か」
僕が返事をする前に、川井さんが言う。相変わらず寂しそうで、だけどどこかそれを受け入れているようにも見えた。
「一緒にいて楽しいのとキュンとするのって、違うよね。キュンとしようと思ってなれるものでもないから、仕方ないよ」
「ごめん……」
「謝らないでよ。池野くんが悪いんじゃないんだからさ」
僕は、悪くない。本当にそうなのかな。
だって、自分の都合で川井さんを付き合わせて、あげくこんなことになってしまったんだ。申し訳なくて、胸の奥がズキズキする。
そもそも、僕はどうしてこうもキュンとできないんだろう。裕二や川井さんもこんなにも協力してくれたってのに、未だにキュンを感じていない。感じられない。本当はキュンとしてみたいのに、川井さんにこんな顔をさせても、僕の心は動かない。
それって、本当に悪いことじゃないの?
「うっ──!」
その時、胸の奥の痛みが一際強くなる。
まずい! これまでの経験から、すぐにわかった。ドキドキハートシンドロームの発作だ。
「池野くん、どうしたの? 大丈夫!?」
僕の様子がおかしいこと、川井さんもすぐに気づく。
心配ないよ。そう言おうとしたけど、言葉が出てこない。ただ心臓を押さえてうずくまることしかできない。
それどころか、痛みはますます増していき、目の前が真っ暗になり、そうして僕は意識を手放した。
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