第3話 胸キュンチャレンジ学校編

 教室に入ったところで一旦裕二と別れ、自分の席に着く。すると少しして、隣の席に川井さんが座った。

 裕二からは意識してみろって言われたけど、どうすればいいのかな。


「おはよう池野くん。あれ? 髪、乱れてるよ?」


 そう言って、僕の髪を撫でる川井さん。

 急にこんなことするなんて、どうしちゃったの? そう思っていると、裕二がこっちを見ながら、グッと親指を立ててるのが見えた。

 なんて思っていたら、なんと川井さんの方から声をかけてきた。なるほど。これが、あれこれやっていい感じにするってやつか。どんな風にあれこれやったかは知らないけど、とりあえずありがとう。


「池野くんの髪って、サラサラしててきれいだね。私、好きだな」


 ニッコリと笑う川井さん。裕二の方をチラリと見ると、どうだと胸を張っていた。


 療養中、趣味で覚えた読唇術で彼の唇の動きを見てみると、『さり気ないボディタッチに褒め言葉。これでキュンとしない奴はいない』なんて言っていた。へぇ、そんなもんなんだ。


 川井さんも、協力してくれてありがとね。

 これは、僕からも何か言った方がいいかな。


「ありがとう。でも、川井さんの髪の方がきれいだと思うな」

「えっ? そ、そう?」

「そうだよ。ほら──」


 試しに川井さんの頭をポンポンと軽く叩いてみると、柔らかな感触がてに伝わってきた。


「やっぱり川井さんの髪ってきれいだよ。可愛いから、よく似合ってるよ」


 すると川井さん。なぜか途端に顔を真っ赤にする。

 それに、気のせいか『ズッキューーーーン!』って効果音が聞こえたような気がする。


「そ、そんな。か、可愛いなんて……」


 あれ? 急にそっぽを向いちゃった。もしかして、よく話したこともない子にいきなり可愛いなんて言ったらダメだったかな?


 すると、これを見ていた裕二が慌ててすっ飛んできた。どういうわけか、顔が真っ赤になっている。


「バカやろう。お前がキュンとさせてどうするんだよ。そばで見ていた俺までキュンとなったじゃねーか!」

「えっ、 なんの話? 僕、そんな覚えないんだけど」

「自覚無しかよ。天然イケメン怖えーな。とにかく、いったん川井さんから離れろ。仕切り直しだ」


 目をぐるぐる回してぐったりしている川井さんを介抱する裕二。なんだかよくわからないけど、悪いことしちゃったかな?


「ゴジラを倒すにはキングギドラ級の相手が必要と思って川井さんに頼んでみたが、彼女ですらこれか。だが、諦めるにはまだ早い。少し待ってろ。今に、メカキングギドラなみにパワーアップしたキュンをお見舞いしてやるからな!」


 そんなことを言ってたけど、何をするつもりなんだろう。













 場面は変わって、今は家庭科の授業中。今日は調理実習で、みんなで肉じゃがを作っていた。


「面太郎。今朝は失敗したけど、今度こそお前に特大のキュンを与えてやる」

「それって、メカキングギドラなみにパワーアップしたっけこと? けど、今は授業中だよ」


 僕のために頑張ってくれるのは嬉しいけど、そのせいで裕二や川井さんが怒られるのは嫌だ。想像しただけで申し訳ない気持ちになってくる。


「やめろ、そんなしょんぼりした目で見るな。俺までキュンとなる。それに大丈夫だ。ちゃんと授業に沿ったものになっている」


 いったい何をするつもりなんだろう。そう思いながらも調理を続けていると、川井さんが声をかけてくる。


「池野くん。私の作った肉じゃが、味見してほしいんだけど、いいかな?」

「えっ、僕に?」


 肉じゃがの入った容器を差し出してくる川井さん。だけど、僕と川井さんは別の班なんだよね。食べてもいいのかな?


 そう思ったその時、裕二が何か言おうと口をパクパクしているのに気づいた。

 僕の読唇術、発動だ。


『いいから早く受け取れ。可愛い女の子の手料理。これにキュンとしないやつなんていない』


 そういうものなんだ。けど困ったな。実は僕、さっきまで調理していたせいで、手がベタベタしてるんだ。

 急いで手を洗わなきゃ。いや、待てよ。


「ありがとう。それじゃ、遠慮なくいただくよ」


 そう言って、大きく口を開く。このまま川井さんに食べさせてもらえば、万事解決だ。

 だけどそのとたん、なぜか川井さんがカチコチに固まった。


「えっ? えっ? これってもしかして、所謂『あーん』ってやつ? そんな……」


 顔がだんだんと赤くなっていき、とうとう湯気が出始める。そして、目をぐるぐるに回しながら倒れちゃった。


 川井さん、大丈夫?


「だ・か・ら、お前がキュンとさせてどうするんだよーっ!」


 隣で裕二が全力で叫んでるけど、とりあえず今は、川井さんを何とかする方が先だよね。

 とりあえず、保健室に運ばないと。


 僕は病気とはいえ、筋力そのものはそれなりに鍛えてる。一度しゃがみ込むと、倒れた川井さんの体を横にしたまま抱えあげた。

 するとそのとたん、周りから歓声があがった。


「お姫様抱っこ、お姫様抱っこだ!」

「池野くんが川井さんを。なんて絵になるシチュエーション」

「綿太郎。お前、川井さんばかりか俺たち全員をキュン死にさせるつもりか!」


 最後のセリフは裕二のものだ。なんだか産まれたての子鹿のように脚をフルフルさせているけど、何言ってるのかよくわからない。

 けどまあ、それより川井さんの方を何とかしなきゃね。

 こうして僕は、川井さんを抱えて保健室まで運んでいったんだ。













「ダメだ。川井さんならなんとかなると思っていたけど、尽く返り討ちにあってる。思えば、キングギドラは一度もゴジラに勝ったことはなかった」


 頭を抱える裕二。今さらだけどさ、恋愛やキュンを怪獣に例えても、いまひとつイメージしにくいんだよね。

 けれど、どうやら胸キュン作戦がうまくいってないってことは、僕にもわかる。


「やっぱり僕にはキュンとするなんて無理なのかな」

「いや、諦めるのはまだ早い。こうなったら最終手段だ。お前、川井さんと二人でデートに行ってこい」

「デート?」


 デートって、あれだよね。親しい男女が日時を決めて会うこと、その約束。


「その通りだ。普段とは違う特別な状況だからこそ生まれるキュンもある」

「確かにそうかもしれないけど、それって川井さんの迷惑にならない? あまり知らない相手とデートに行けって言われても困るんじゃないの?」

「大丈夫だ。川井さんなら絶対引き受けてくれる」


 なぜか自信満々に答える裕二。いったい二人の間にどんな繋がりがあるんだろう。


「それとも、お前は川井さんとデートするのは嫌なのか?」

「そういうわけじゃないよ。ただ、女の子とデートなんてしたことないから、どうすればいいのかわからないんだ。裕二と遊びに行くなら楽しいけど、そういうのとは違うよね」

「あ、当たり前だろ。キュンとするのが目的なんだから、俺と一緒に行ったってしょうがないだろ。とにかく、今度の日曜は川井さんとデートすること。いいな」


 こうして、僕の人生初のデートが決まったんだ。

 今度こそ、キュンとできたらいいな。

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