その41。ビシッと言うシンシア様

 凍り付く教室の中、手をはたかれたアリアが目を見開いて自身の手を見ながら溢す。


「———えっ……? な、何で……」

「まだ分からない? 貴族に敬語すら使えない。セーヤの注意も無下にする。そんな貴女と友達になる気はないわ」


 毅然として言い切るシンシア様。

 そんなシンシア様の言葉に、大抵の男なら間違いなく落とせそうな庇護欲をそそる表情で悲しげにするアリア。

 しかし……ウチのお嬢様には一切通用していない様であった。


「何か言いたいことでも? 私が何かおかしい事を言ったかしら?」

「……い、いえ……何でもありません……」


 表情を変えず言うシンシア様に、アリアは完全に呑まれてタジタジであった。


 きっとこの時主人公目線では、シンシア様が意地悪な悪役令嬢だろう。

 しかしそれが貴族視点だと、ただ世間知らずの平民を注意する令嬢と見方が変わるのだから面白い。 


 そもそも普通の貴族なら、恐らく『不敬罪だ』とか喚き散らして奴隷にするか、速攻犯罪者に仕立て上げるはず。

 それを考えると、今のシンシア様は物凄く優しいのだ。


 特にキレ散らかすこともなく、不当なこともしない。

 何ならわざわざ注意までするわけだしな。


 俺が感心していると……シンシア様は険しい表情を少し崩し、硬直するアリアに更に言葉を続ける。


「別に友達とならないからと言って何かするわけでもないわ。したい事があればどうぞ。ただ———私とセーヤに近づかなければ、ね」

「…………」

「私が言いたいのはそれだけよ。幾ら貴族社会を知らない平民だとしても、少しは空気を読みなさい。———行くわよ、セーヤ」

「承知致しました」

「あっ…………」


 俺はアリアから1番離れた席に移動するシンシア様に付いて行く際、チラッとアリアを見てみると……。


「…………」


 感情が抜け落ちた様な表情をしており、虚な眼で俺達をボーッと見ていた。

 女神に一度も聞いた事ないその不気味な表情に背筋が凍る様な感覚に苛まれる。


 ……いや、怖過ぎでしょ。

 あんなのが主人公とか、このゲーム本当に大丈夫か?


 ただ、これ以上関わることはない……と思うので取り敢えず気にしないことにした。

 それより俺には気になる事があるのだ。


 俺はシンシア様の隣に座ると、誰にも聞こえない様に小声で話す。


「シンシア様」

「……何?」

「よく耐えられましたね。てっきり私が止めるまで話すと思いましたよ」


 あの使えん女神が言うには、ゲームでのシンシア様はアリアを罵ったらしいし。

 まぁ当たり前と言えば当たり前だし、アリアが悪いんだけど。


 俺が不思議そうに尋ねると、シンシア様はジト目で俺を睨む。

 

「……セーヤは私を何だと思っているの?」

「我儘姫です」

「…………」


 一瞬こめかみに青筋が浮き出た気がしたが……俺の気のせいだと思いたい。

 

「……昔のことがあるから何も言わないわ」

「良かったです。てっきり殴られるかと……」

「何を言っているの? 私がセーヤを殴るわけないじゃない」


 本気で不思議そうな顔をしながら小首を傾げるシンシア様。

 マジで言ってるのかこの人……と一瞬思ったが、確かに殴られた事ない気がする。

 

「……申し訳ありません、失言でした」

「別にいいわ。私の改善点が分かったから」

「……??」


 俺は意味不明な事を言うシンシア様に首を傾げるが、それ以上シンシア様が何か言うことはなかった。

 それにしても……。


「……成長なされましたね。お仕えする者として歓喜の極みです」

「……言い過ぎよ」


 そう言ってフイッと窓の方へ顔を向けたシンシア様の様子にクスッと笑みを溢すと……新たに教室に来た生徒達を眺める。

 殆どが貴族……それも上流階級の大貴族の生徒が占めている。


 ……日本なら、こんなの見ると賄賂を疑いそうになるな。


 実際賄賂を渡してSクラスに入った人もいるのかもしれない。

 たかが学園だが、その一方で貴族間の関係を深める場としても最適なのだ。

 強い者と仲良くして悪いことは中々ない。

 

 だから、生き残ろうとする貴族の見栄っぱり具合は異常なのだろう。

 まぁ賄賂なら一瞬で降格だろうが。


 そんな事を考えていると———見知った顔が現れた。


「な、何なのだこの空気は……!?」

「お、王子殿下、早く座りましょう! もう始業の合図が鳴りますっ!」

「だ、だがな……王子である俺がこの空気の中に居るのは……」

「空気が重いのは分かりますが、遅刻は国王陛下にお叱りを受けますよ! あ、先生が此方に歩いて来ます! 早く座りましょう!」

「……ぐっ、分かった……」

 

 今回は何も関係のない王子がこの異様な雰囲気に呑まれて戸惑う姿を見て、若干罪悪感が湧いたのは秘密だ。

 

 こうして———最悪な雰囲気のまま、最初の授業が始まろうとしていた。


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 明日も投稿するよ。


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