その40。雰囲気最悪

 ———シンシア様のよく分からない言葉から1時間半。

 遂に俺達の他にも数人の生徒達がやって来始めた。


「うわぁ……此処が私達の教室なのですね……とても広くて綺麗ですっ!」

「ふん、貴様はこの程度の部屋で驚くのか」

「勿論ですよ! 私の住んでいた家が嫌いなわけではありませんが……断然綺麗です!」

「……そうか」


 ———まさかの最初の生徒は、攻略キャラのレナードと主人公のアリアだった。


 生憎向こうは俺達に全く興味がないらしいが……俺的には最悪である。

 主人公とはまさに、俺とシンシア様を殺す元凶とも言える人物なのだから。


「…………」

「……セーヤ? 何であの女をずっと見ているのかしら?」

「あ、いえ……」


 不機嫌そうにジト目でシンシア様に尋ねられ、俺は直様アリアから目を逸らす。

 しかし、シンシア様の機嫌は直らず、アリアの方を見ては眉毛を吊り上げていた。


「へぇ……セーヤはあんな尻軽女が好きなのね?」

「ぶっ———!? そんな訳ないじゃないですか!」


 突然のシンシア様からの言葉に俺は思わず吹き出し、小さな声でツッコむ。


 アリアが尻軽女なのは全く否定しないが、俺がアリアの事が好きだと勘違いされるのは死んでもごめんだ。

 何故俺の死の元凶を好きにならないといけないんだよ。


 俺はシンシア様に毅然として返す。


「俺はああ言う身分を弁えず、公共の場で接する非常識な人は嫌いです。そもそもシンシア様の方が100倍美人だと思いますよ、俺は」

「なっ……!?」


 俺の言葉にシンシア様が驚いた様に大きく目を見開いて声を漏らした。

 同時に少し顔を赤くする。


「な、何を言っているのよ急に! 時と場合を考えなさいよ!」

「すみません……次からは気を付けます」

「あ、いや———」


 見え見えのお世辞過ぎたせいか、流石にバレたのかもしれない。

 だが、本当にシンシア様の方が美人だと俺は思っているので、そんなに怒らないで欲しい。


 何て、小声でシンシア様とやり取りを行っていると……まさかのアリアが此方にやって来るではないか。

 

 その瞬間———俺の顔が露骨に引き攣るのを感じた。

 そんな俺の様子に戸惑っているシンシア様の様子が横目で確認出来るが……今は正直それどころじゃなかった。


 マジかよ……マジでこっち来やがったぞ。

 来るな来るな来るな……!

 お前は俺達にとって疫病神なんだよ!


 しかし俺の内心や感情などお構いなしとばかりに、アリアは可憐な笑みを浮かべて話し掛けてきた。


「初めまして! 私はアリアです! お2人のお名前は何と言うのですか?」


 おい馬鹿野郎! 

 公爵令嬢であるシンシア様に何気軽に話し掛けてんねん!

 流石にそれはマズいだろ!?


 俺は一先ず、違和感のない様にシンシア様とアリアの間に入り、長年鍛え上げた作り笑いで代わりに俺が応答する。


「は、初めまして……アリア様。私はであらせられるシンシア・シルフレア様の執事をしております、セーヤと申します」


 俺のシンシア様の身分を強調する言いように、攻略キャラの中で最も常識人のレナードは、目の前のシンシア様の正体に気付いてサッと顔を青ざめさせる。

 

 よし、レナードは気付いた!

 流石にこれだけ言えばアリアも———。


「あら、そうなのですね! 初めましてセーヤさん! 所で……其方の女の子は誰なのですか?」


 ———察し悪いなくそアマァァァァ!!


 俺は全く引かないどころか未だにシンシア様の正体に気付かないアリアの鈍感さに思わず手が出そうになる。

 アリアの後ろでは、流石にマズいと思ったらしいレナードがアリアを止めようとしていた。


「おい、貴様……」

「———初めまして、アリアさん。さっきのセーヤが言ったけど、シンシア・シルフレアよ」

「あ、貴女がシンシアさんなのですね! 初めまして!」

「———失礼ですが、アリア様」

「セーヤさん? 何でしょうか?」


 流石にアリアのあまりの無礼さに我慢ならなかった。

 俺はアリアに一歩近付くと、怒りで真顔になりそうな顔を意識して笑顔を浮かべながら告げる。


「———言いたいことは山程ありますが……一先ずシンシアではなく、シンシアと呼びなさい。シンシア様はこの国の次期女王陛下です。貴族でなかろうと、貴族であろうと無礼ですよ」

「セーヤ!?」

「申し訳ありません、シンシア様。ですがこれは必要なことです。———アリア様、貴女はこの国の王族……それか公爵令嬢なのですか? それとも他国の王族ですか?」


 俺の言葉に、アリアは困った様に頬をかいた。


「えっと……私はただの平民ですよ?」

「ならば———」

「でも、この学園内では身分は関係ないんですよね? なら、私がシンシアさんと呼んでも問題ないはずですけど……」


 そんなの全部表向きだけに決まってんだろ少しは察しろよこの尻軽クソ主人公。

 お前より圧倒的に身分の高いレナードでさえ、一言もシンシア様と話してないだろうが。


 俺が本気でアリアを消そうか迷っていると……シンシア様が、俺の肩に手を置いた。


「ありがとう、セーヤ」

「し、シンシア様……?」


 な、何する気だ……?

 

 俺の内心など露知らず、シンシア様はアリアの前に立つと……小柄なアリアを見下ろす。

 しかし、何を思ったのか、アリアが嬉しそうに笑みを浮かべてシンシア様の手を握った。

 

 アリアの奇行に、流石に俺もレナードも声も出す固まり、シンシア様は感情の読めない表情でアリアを見下ろしている。

 そんな中でアリアはニコニコと笑みを浮かべてシンシア様に言った。


「シンシアさん、私と友達に———」



 ———パシンッ。


 

 教室に、シンシア様がアリアの手をはたく乾いた音が響いた。

 アリアは突然のことで驚いた様に目を見開いている。

 そんなアリアに、シンシア様は———。


 


「———勝手に触らないでくれる? 誰も貴女に触れていいと言った覚えはないわ。わざわざ丁寧に貴女に忠告したセーヤの言葉も聞かず好き勝手する貴女は何様なの?」



 

 正しく悪役令嬢の様に冷ややかな視線をアリアに向けながら言い放った。

 

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