四月一日さんは嘘がつけない

初木乃のこ

四月一日さんは嘘がつけない

 僕のクラスの隣の席には少し変わった名字の女子がいる。

 彼女に名前は四月一日沙良。しがつついたち、ではなくわたぬきと読むそう。何でそう読むか昔調べたがもう忘れてしまった。気になる人は自分で調べてもらって。

「四月一日さん。今日もいい天気だね」

 春期講習で春休みにもかかわらず学校に来ている僕たち。

「ええ、今朝洗濯物を干してきたことを後悔したくなるほどの素晴らしい天気だわ」

 洗濯物干してるのか……。

 天気は土砂降り。ちなみに今日の降水確率は0%。ゲリラ豪雨というやつだ。

「それは災難だったね」

「ちょっと、私が今朝洗濯物を干してきてこのゲリラ豪雨にうんざりしてるみたいにしないでよ。さっきのは比喩表現よ」

 比喩にしてはえらくリアリティがあったけど本人が言っているのだからそうなんだろう。そういうことにしとこう。

「なにニマニマしてるのよ。気持ち悪い。そもそもこうなったのはあなたのせいでしょ」

「な、何のことかにゃ?」

 僕がすっとぼけると彼女は「はあー」とわざとらしくため息をついた。

「あなたが雨を降らせてほしいって頼んだから降らせたのに。まさかとは思うけどさっきの会話をするために頼んだの?」

 洗濯物干してきたのがバカみたい。彼女は小さくつぶやくがお隣の席に座っている僕にははっきりと聞こえる。

「やっぱり干してるんだ」

「なっ――」

 彼女は聞かれてるとは思ってなかったのか耳を赤くして驚き恥じる。

「そ、そうよ。何か文句ある!」

 バレたものは仕方ないとわかった彼女は強く出た。かわいい。

「それで何のために降らせたの?こうなったら話してもらうまで聞き続けるわ」

 ニマニマするのを堪えてると彼女がグイっと体を近づけてきた。

「いや~、今日の体育を保険に変えたくて」

「はぁ?」

 心底分からないといった声を出された。

「今日の体育サッカーだろ。僕今日見学するから。そしたら授業のレポート書かなくちゃいけないじゃん」

 春期講習なのに体育があるのは、勉強ばっかりしているのも頭に悪いといった理由からだ。

「あなたの事だから、どうせ体操服忘れたとかの理由で見学するのでしょう。晴らすわ」

 彼女は席を立ち校庭側の雨でぬれた窓に近づこうとする。

「違うよ。昨日階段から落ちちゃって足が痛いからだよ」

 だから体操服持ってきてないから間違ってはいないんだけどね。

「そ、そうなのね。ごめんなさいはやとちりしてしまって。足の方は大丈夫なの?」

 しっかりとこちらの安泰を心配してくれる。優しい好き。

「大丈夫だよ」

 僕の一言で彼女は安心して一息ついた。

 幸い体育は一限目なので終わると天気は晴れていた。

 ここで彼女のこと、彼女と僕の出会いを語ろうか。


 出会いは去年の四月。初めは関わりのなかった僕たちだが、最初の席替えで隣の席になったり、同じ委員になったりと徐々に関係が生まれていった。

 彼女と関わっていくうちに僕は彼女のことを好ましく思うようになった。

 しかし彼女にはその気がないように見えるのでこの気持ちは胸に閉まってある。

 一学期が終わり二学期になった。夏休みに学校に来て文化祭の準備をしたりと彼女と話す機会は幾度もあったが、自分の恋心に気づいてから恥ずかしくて彼女とうまく話せないでいた。

 一学期と同じ図書委員になった彼女と僕は、主にというか100%僕のせいで変な空気が流れていた。

 恋愛漫画によくある、「こんな気持ちになるなら恋なんてしなければよかった」って気持ちが理解できた。

 そしてその日はやってきた。

 それは秋雨前線が毎日のように雨を降らせる9月の中旬。利用生徒の少ない放課後の図書室でおもむろに立ち上がり、僕の前でこう言い放った。

「今から私の秘密をあなたに話すから、あなたも私に隠してることを言いなさい」

 なんて自分勝手なことだと思った。

 僕の返答を待たずして、彼女は口を開いた。

「それ」

「?」

 彼女は僕の読んでいた人気アニメーションの小説版を指さした。

 読みたいのだろうか?僕はもうアニメ版を見たので貸しても構わないが。

 それと彼女の秘密がどう関わるのか、僕には全く予想ができなかった。

 本を持って彼女の元へ向かおうとすると、彼女はくるっと体を回転させ雨打ち付けるガラス窓へ膝を進めた。

「今日は凄く晴れているね」

 土砂降りだった。今日の降水確率は100%で朝学校に来る時からすっと雨は降り続いている。

 誰がどう見ても晴れていないが彼女は晴れていると言った。

 僕はさっぱり意味が分からなかった。

「えっと……。小説の真似?」

 確かにこの小説には雨を晴らすシーンがあるがそれはフィクションの世界であり現実じゃありえない。

「さあ、次はあなたの番ね」

「いやいや、まだ秘密を聞いていないしそもそも僕は――」


 晴れていた。


 さっきまでの土砂降りが嘘のように晴れていた。

 まるで世界がつくりかえられたような。現実味のないことが起こっていた。

「え?」

 僕は飛び出すように窓へ向かった。

 アスファルトにはついさっきまで雨が降っていたことを証明する跡が残っており、濡れた木の葉は太陽の光を反射して美しく輝いていた。

 どういうことかと彼女へ振り返る。

「私、嘘がつけないの」

 その言葉をかわぎりに彼女は話し出した。

 嘘をついたらそれが本当になってしまうこと。

 自分が明確な意思で嘘をつくと思って言わないと本当にはならないこと。

 この力は気づいたら持っていてなぜ自分にこんなことができるのかは不明なこと。

 感情は変えられないこと。

 不変の事実は変えられないこと。(法則や天体の軌道など)

 正直、物語の世界に入った感じで、脳が追い付いていなかった。

 そのせいだろう。彼女の質問に正直に答えたのは。

「それで。次はあなたの番よ。最近私の事避けてるよね?何かした?もしそうなら言ってよ。謝るしこれからも気を付けるから」

「…………」

「何か言ってよ」

 この時僕はただ現状に追いつけなくて喋ることができなかっただけだが、彼女は僕が喋りたくないと捉えたようで、それはつまり、自分四月一日相手に、話したくないほどのことをしてしまった、と解釈されてもおかしくはないのだ。

「そう……。その何が悪かったか分からない状態で言うのもあれだけど、ごめんな――」

「好きです」

 僕は彼女の言葉を遮って告白をした。人生で初めての告白。

「一目ぼれでした。でも四月一日さんと話していくうちにどんどん好きになっていきました。最近避けていたのは、別に四月一日さんが何かしたわけじゃなくて、単純に恥ずかしかったからです。ごめんなさい」

 僕は秘めていた思いを一気に打ち明けた。

 言い終わった瞬間、心臓が嘘のような音を立てて信じられない速さで拍動しだす。

 変な手汗が出るし、のども乾く。

「……………………」

 彼女は何も言わず、腕を組んだ状態でいる。

「……………………………………」

 沈黙が続く。

「あの、四月一日さん?」

「――はっ」

 急に声を出したかと思えば、顔を赤くしてそのままカウンターの椅子に座った。

 つまりどういうことだってばよ。

 初めての告白でどうすればいいのか分からず、僕はとりあえずさっきまで座っていた席に座った。

 時計の秒針とグラウンドから聞こえる部活動をする生徒の声が聞こえた。

 一秒が長く感じる。

「…………のよ」

 彼女が小さくつぶやいた。

「ごめん四月一日さん。最初の方、聞こえなくて」

 彼女は勢い良く立ち上がった。

「初めてそんなこと言われたから、どうすればいいのか分かんないのよ!!」

 彼女は耳まで真っ赤にして叫んだ。

 それを見た僕はなぜだか笑ってしまった。

「な、何で笑ってるのよ。あなたのせいよ」

「ごめんごめん。四月一日さんの反応がなんだかおもしろくって」

 さっきまでの早鐘が嘘のように今は落ち着いている。人は自分より驚いてる人を見ると驚かなくなると聞いたことがあるがどうやら本当のようだ。

「それで………冗談とかじゃないんだよね」

 彼女がおずおずと聞いてくる。

「うん。僕の本当の気持ち。返事が今すぐ欲しいとかじゃないから」

「そう。私、まだそういうの分からないからすぐには返事できないかもだけど、絶対返事はするから」

「うん。気長に待ってるね」

 そうして僕の初めての告白は終わった。


 三月下旬になった今。


 まだ返事はもらえていない。



 四月一日は私にとって一番憂鬱な日だ。名字がわたぬきなおかげで小学生の頃はよく揶揄われた。ついたあだ名が『嘘つきちゃん』。一度も嘘をついていないのに嘘つき呼ばわりされた。泣くほど辛かった。中学では保健室登校で三年間を過ごした。

 親は学校に行くだけで偉い。行きたくないなら行かなくてもいいと言ってくれたが、ここで不登校になるのはなんだか負けた気分になるから登校した。

 その甲斐あってメンタルが鍛えられ高校には普通に通えてる。むしろこの件でいじられたら教師に報告してそいつの内申点下げてやろうとも考えるだけの余裕も生まれた。

 この力に気づいたのは中学二年生の頃。エイプリルフールに気晴らしに「私の事嘘つきちゃんって言ってた子みんな赤点取る」。そんな嘘をついてみた。赤点なんてそうそう取らないような子が多かったのでまあありえないと思っていた。

 皆、赤点を取っていた。プリントを届けに保健室に来た委員長が雑談程度に話してた。

 まさかね。最初はそう思っていた。

 確かめるために今度は「私は天才」と嘘をついてみた。頭が悪いわけではなかったが天才とまではいかない。

 今度行われる小テストを何も対策せず受けてみた。

「嘘……」

 結果は満点。解いてるとき、自然と答えが浮かんできた感覚があった。

 私は確信した。嘘を本当に変える力があると。


 初めて告白というものをされた。嬉しかったし、恥ずかしかった。

 そして怖かった。

 あの時は感情は変えられない、と言ったが明確なデータがあるわけではない。ただの独断と、できないだろうという偏見による結果だ。

 でもこんな力持ってる人なんていないだろうし、かといって自分や誰かで実験するのも怖い。

 だから、もしかしたら彼の告白は私が無意識化でと思って、この力がそれをともし解釈した結果かもしれない。

 そう考えると怖い。人の感情がこの力によって、私のせいで変えられてしまうと考えるととても怖い。

 この考えに行きついた告白された日は夜も眠れなかった。

 返答に至れない理由がこれだ。彼にはとても迷惑なことをしていると思う。

「よしっ」

 だから、決着をつける。


 私は、彼にこのことを話すために放課後の図書室に呼び出した。



 これは告白の返事かなぁ。ってめっちゃ思った。

「放課後図書室」

 とだけ言って掃除場所へ向かった彼女。

 緊張しているかしていないかで言うと、やばいほど緊張してる。告白後並みに心臓速い。

「おい、ちゃんと掃除しろー」

 ボケっとしていると先生に注意された。

 今は掃除、と気持ちを切り替えたいがそううまくはいかなかった。

 掃除の記憶がほとんどないまま帰りのSHRを終えた。

 配られた手紙をクリアファイルに片しながら意識して放課後の事を考えないようにしていた。

 心臓が痛い。

 横の席を見ればすでに空席でもう図書室に行った後だった。

 待たせるのも悪いと思って僕は急いで鞄に仕舞い、図書室へ向かった。


 告白した日は雨だったな。

 図書室に向かいながらそんなことをふと思った。

 図書室のドアを開けると、春らしいあたたかな風が開けられた窓から吹き込んだ。

 春の夕日に照らされた彼女はとてもきれいに見えた。

 僕が来た瞬間、彼女はおもむろに声を上げた。

「今から私の秘密をあなたに話すから、あなたも私に隠してることを言いなさい」

 まるであの日の再現だ。

 でも、違うところもある。まず、今は晴れている。そして、僕が彼女に隠していることなど何もない。

「私は昔、感情は変えられないって言ったわよね」

 夕日でよく見えなかったが、彼女はなんだか辛そうな顔をしていた。

「もしそれが嘘だったら。私の力が人の感情まで変えられるとしたら……あなたはどう思う」

 彼女の目が真剣さを物語っている。

「すごいな、って思うよ」

 だから、僕も正直に答える。

「それと、ちょっと。ううん。かなり怖い」

 彼女は下を向いた。

「でも、それでもね。四月一日さん」

 彼女の言いたいことは分かる。

 その考えに行きついたら僕も怖いと思う。

「僕が四月一日さんを好きな気持ちは僕のものだ。四月一日さんの力に人の感情を変える力はないよ。四月一日さんを好きになった僕が保証する」

 下を向いていた彼女がこちらを見る。

 僕が保証したとて何になるのかどうかは分からない。

 だけど。

「四月一日さんはさ。初めてあった人に対して『仲良くしたい』とか『友達になりたい』って思うタイプ?」

 突然の質問に困惑する彼女。

「しないわ。この名字のせいで逆なことを考えるわ」

 それを聞いて僕は確信した。

「うん。やっぱりその力に人の感情は変えられないよ」

「どうして言い切れるのよ」

「四月一日さん。僕はね、君に一目ぼれしたんだよ」

 これは告白した時にも言っている。一目ぼれして、そしてどんどん好きになった。

「あっ……」

 彼女も僕の言いたいことが分かったのだろう。

「その力に感情を変える力があって、四月一日さんが初めて会った人に良い感情を持たないなら、だれも一目ぼれなんてできないんだよ」

 僕ははっきりと答えた。

「じゃあ、私のことがす好きって言うのも」

 彼女は頬を赤く染めながら聞いてきた。

 あの日より赤く見えるのはきっと夕日のせいなんだろう。

「本当だよ。僕は四月一日さんが好きだしこの気持ちも本物だ」

 開けられた窓から葉の揺れる音が風に乗って図書室に運ばれた。


「………………………………」

 無言の彼女を見て僕はあの日を思い出す。

「四月一日さん」

「ひ、ひゃい」

 ひゃいって。落ち着いて。

「あなたのことが好きです。付き合ってください」

 僕は再び告白した。

「……嘘じゃないよね」

 確かに今日はエイプリルフールだ。

「もちろん。それにエイプリルフールに嘘をついていいのは午前までって言うしね」

 彼女は耳を赤くしてカウンターの椅子に座ると、伏せてしまった。

「告白の返事にすっっっごく時間かかるような人だよ」

「気長に待つって言った」

「……よくわかんない力持ってるよ?」

「フィクションの世界に入ったみたいでワクワクする」

「……やろうと思えばあなたのテストを全教科赤点にできるんだよ」

「それはこわいなぁ。じゃあ、もそうなったら勉強教えてね」

 考えが尽きたのか彼女は黙りこくってしまう。

「…………こんな私でもよければ…………ます」

「ごめん。聞こえなかったからもう一回言ってくれる?」

 ここは変わらないのね。


 あの日の再現のように彼女は勢い良く立ち上がった。

「こんな私でもよければ、よろしくおねがいします!」

 自棄になって声を大にする彼女は、やはりどこか面白く、いとおしいと思った。


 放課後の図書室には二人の笑い声だけが響いていた。



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エイプリルフールということでなんか書くかと31日の昼くらいに思って必死にネタ考えた結果がこれです。

色々突っ込みどころあるけどそこは目をつぶってください。

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