第179話 星空を見上げて②


「夜作業の申請書もらってきたよー」


 体育館での通し練習を終え、教室に戻ってきた俺たち。壊れてしまった大道具は直さなければならないので、早速作業に取り掛かる。


 しかし、もう確実に時間が足りないと判断した柚木が先に手を打った。


 基本的に午後七時を超える居残り作業は禁止されているが、文化祭の前日に限り、申請を出せばどうやらそれが可能らしい。


「よっしゃ、やりますか!」

「ウェーイ!」


 さらに。


 さすがに前日ということもあってか、部活動のほとんどが休みになっているらしい。


 なので、これまで部活動に励んでいた生徒も最後の追い込みをかけようと意気込んでいた。


 演者チームは数人で集まって台本の読み合わせをしたり、動きの確認をしたり、はたまた他のセクションを手伝ったりしている。


 そんな中、我々大道具班は壊れた道具を直そうとしているわけだけど、ダンボールが圧倒的に足りない。


「誰か近くのコンビニに頼んできてくれる?」


 大道具班の仕切りである堤さんが教室の中の生徒に投げかける。

 もちろん、大道具班には他の作業も残っているので誰でも向かえるわけではない。


「俺行ってくるわ」


 そんな中、俺は率先して挙手する。

 別にやる気に満ち満ちてるわけではない。決してそんなことはない。どちらかというと他の作業を任されるくらいならこっちのがマシだろうというネガティブな理由だ。


「志摩ひとりに任せるのはアレだしもう何人か」


「え、信頼されてない感じ?」


 俺はコンビニにダンボールを貰いに行く仕事さえ任されないの? もうなんにもできなくない?


 と、ショックを受けていると、堤さんは「ちがうちがう」と笑いながら訂正する。


「一人に任せるのは申し訳ないから誰か一緒に行ってあげてってこと」


「なんだ、そういうことか」


 なら安心だ、と思ったけど全然安心じゃなかった。

 ここで誰も挙手しないと俺と行くのが嫌みたいな意味だと考えられる。これまでクラスメイトの評価を上げることに力を入れてはいなかったけど、ここまで低いのかと自覚させられる。


 しかし。

 

「あ、ならオレ行こっか」

「あーし行くよ?」

「ぼく行くけど?」

「私、ひまだし行ってくるよ」


 あっちこっちで手を挙げてくれる。

 うそ、みんな優しすぎない? 嬉しすぎて涙が出ちゃいそうになる。まあ、別に俺がいるから来ようとしてくれているわけじゃないのは分かってるけど。


「今から長丁場になるだろうし、何人かで買い出しがてら行くことにしようか」


 そう仕切ったのは我らが爽やかイケメンの伊吹くんだった。じゃあ別に俺いらないと思うんだけど。


 普通に連行された。



 *



「ぶっちゃけさ」


 男女合わせて七人。そのうち、俺と仲が良いやつは〇人。圧倒的アウェイな空気をひしひしと感じる中、クラスの盛り上げ要員である木吉大吾が口を開く。


「志摩と日向坂って付き合ってんの?」


 瞬間、俺の表情はピキリと固まる。

 前にも似たような話題をぶつけられたことがあったな。あのときは樋渡が上手い具合にまとめてくれて、なんとか収まったんだっけ。


「あ、それ! うちも気になってた」

「それな」

「ていうか付き合ってないとか言われたら驚くんだけど」

「相手が志摩って意外過ぎるよな」

「どっちが告白したんだろうな」

「普通に考えれば男からでしょ。女の子に告白させるとかありえないわよ」

「でも二人を見たら、日向坂からしそうじゃない?」

「あー、たしかに」

「志摩くん草食系っぽいし」

「ヘタレそう」

「振られるの怖くて前に進めないタイプっぽいよね」


 後半悪口になってない?

 俺が答える前に各々が好き放題言ったせいで話が勝手に進んでる。


「で、実際のところどうなの?」


 改めて訊いてきたのは伊吹だった。


 クラスメイトの視線が俺に集まる。

 ていうか、わざわざ訊いてくるってことはそういうふうに思われてるってことなんだよな。


 そんなにそう見えるのかな。


「付き合ってない、けど」


 恐る恐る口にする。


「えー」

「うそでしょ」

「冗談キツイぜ」


 驚いた声を次々に上げていく。


「なんで告白しないの?」


 女子生徒のうちの一人が素朴な疑問をぶつけてくる。そっちからしたらそうなんだろうけど、こっちからしたらデリケートな問題なんだよ。


 とは言えない。


「いや、まあ、ねえ」


 しかし他に言い訳が出てこなくて俺は言葉を詰まらせた。


「日向坂さん、あれだけアピールしてるのに」

「確かに、日向坂って誰とでも仲良いけど一線引いてる感じするよな」

「この前、ちょっと距離取られたぞ」

「それはあんたが嫌われてるだけでしょ」

「その点、志摩くんと話すときって自然体な感じするよね」

「わかるー」

「それなー」


 好き放題言ってくれるな。

 好きな女の子とそういうふうに見られているのは悪い気はしないし、むしろ喜ばしいことだけど、この勢いのまま告白して玉砕とか恥ずかしい限りだ。


「志摩は日向坂のこと好きなのか?」


 木吉がそんなことを訊いてくるものだから、俺は再び言葉に詰まる。

 好きは好きだ。

 誤魔化しようがないくらいに、誤魔化す必要がないくらいに、俺は陽菜乃のことが好きだ。


 だけど。


 それをここでみんなに言うのはどうなんだろう。バラされるとか、そういうことを不安に思っているわけじゃなくて。


 そういうことじゃなくて……。


「……仮にそうだとしても、その言葉を最初に伝えるのはその人にだと思うから。ノーコメントで」


 柚木や樋渡には伝えてしまったけど、あいつらは特別だし。


「おお」

「なにそれ」

「ほぼ肯定じゃん」


 そうだけど。


「あんまり騒ぎ立てないようにしような。オレたちが変なことして関係壊れたりしたら責任取れないぞ」


 伊吹がいい感じに締めてくれる。

 なにこいつどう考えてもイケメンなんだけど。この男に惚れない女子いないだろってくらい格好いいんですけど。


「でもあれだよね、いざ告白ってなるとタイミングとか気にしちゃうよね」


 とある女子が言う。


「あー、逃すといよいよだもんね」


「うちはさらっと言ってほしいかな。あんまり計画練られると逆に冷めちゃう」


「そうかな。あたしは綿密な計画のもと遂行してほしいけどね。なんか愛されてる感じする」


「それこそ文化祭とかどうよ?」


「悪くないんだけどさ。後夜祭とかあったら雰囲気最高なんどけどね」


「この学校ないもんね。じゃあいっそのこと文化祭よりもうちょっと先の修学旅行のが気分アガるかな」


「たしかに! 修学旅行の夜に呼び出してとかテンション上がるわー!」


「なんか雰囲気でオッケーしちゃいそうになるよね」


「それダメじゃね?」


「そうなるくらい雰囲気いいってこと。そんなシチュで好きな人から告白されたら最高だわ」


「シンプルに放課後とかでもいいけどね。帰り道にしれっとみたいな」


「じゃあ別に文化祭でも良くない?」


「たしかに」


「ということです。志摩くん。参考になった?」


「いや、そんなに」


「正直か」


 だって答え出てないし、そもそも答えないじゃんその問題。

 文化祭か、修学旅行か、日常の中か、もうちょっと先にはクリスマスだってある。


 考え出したらキリがない。


 けど、まあ。


 いつか覚悟が決まったときには、参考にしてみようとは思った。

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