第146話 苦労するよね、兄も姉も
「花火したい」
夏休みの宿題を終わらせてしまおうと俺にしては珍しく自ら勉強机と向き合っていたのだが、突然我が部屋に突入してきた邪魔者がそんなことを言う。
「したらいいじゃん」
カリカリ、と英語の宿題を進めながら言うと、返事が気に入らなかったのかズンズンとわざとらしく音を立てて数歩進んでくる。
「花火がしたいの」
納得のいく解答が欲しいのかな?
今度は少しだけ考える。
「買ってきたらいいんじゃないか?」
そうだよね。
やればいいと言ってもこの場に花火なんてないのだから、そりゃ無理に決まってるか。
しかし。
不正解らしく、さらにズンズンと近づいてきた。
「花火、したい!」
「……どうしろってんだよ」
俺は振り返りながらそう言った。
梨子は家ではだらしない格好でも全然うろつきやがるのだが、今日は短パンとキャミソールだった。
こんな格好でいるのにプールでは怒ってきたんだからよく分からん。
おおよそ返ってくる言葉なんて分かっているし、その上で敢えてその答えは言わなかったんだけど、終わりそうもないので答え合わせをすることにした。
「買ってきて」
「嫌に決まってるだろ。外どんだけ暑いと思ってんだ」
「すごい暑いと思ってるよ」
「それを分かってて兄をこの炎天下の中で買い物に向かわせようとしてるのか?」
「うん」
「俺が買いに行ってやる道理がない」
「あたし勉強がんばった」
「残念。俺も宿題頑張ってるんだ」
「じゃあご褒美が必要だね。花火しよ」
ああこれ折れるつもり毛ほどもないな。
多分こうやって言い合ってる時間が一番無駄だわ。
「……分かったよ」
俺は諦めて立ち上がる。
そんな俺を見て、梨子はご機嫌な様子で「さすがお兄♪」と弾んだ声を漏らした。
*
毎度お馴染みのイオンモールへやってきた。コンビニで済まそうと思ったんだけど、なんかいい感じのものがなかった。
どうせならちゃんとしたい、という俺の中のこだわりが発動してしまい今に至る。
自転車でここまで来ただけで汗をかく。室内に入ったとき、ここは天国かなにかかと思った。
花火売り場を探しながら店内を徘徊し、ようやく見つけていい感じの花火を物色する。
いろいろ種類はあるけど、結局一番楽しいのは線香花火なんだよな。あれを落とさないようにするのが楽しいったらない。
「んー」
「んー」
はてさてどうしようか、と唸ったところ隣から同じタイミングで唸り声が聞こえてきた。
さすがにそちらを向く。
もちろん、あちらもこっちを向いてきた。
「陽菜乃?」
「隆之くん!」
最初に目についたのはポニーテール。
視線を落とすとどちらかというとスカートのイメージがある陽菜乃が短パンを穿いていた。
上もシャツ一枚で、いつもと比べるとラフな感じの格好に新鮮味を覚える。
「花火買うのか?」
「うん。今、いとこの子が来てるんだけど。ななとその子がしたいってうるさくて」
「うちも妹がうるさくて。お互いわがままな妹を持って大変だね」
あはは、と陽菜乃は苦笑いをする。
なんだかんだと言いながら結局は買いに来てしまうところ、陽菜乃も甘いな。
陽菜乃も、どうしようもなく姉体質なんだろう。
「そういえば、体調はもういいの?」
「うん。あれ、わたし言ったっけ?」
「秋名から聞いたんだよ。風邪引いた陽菜乃の代わりに手伝ってきたから」
「そうなの? ごめんね、迷惑かけちゃって」
手を合わせて申し訳無さそうに謝ってくる。
大変ではあったけれど、普段体験することのない経験だったので過ぎた今ならば悪くなかったと思う。
「いや、楽しかったし」
「梓にも迷惑かけちゃった」
そのとき、俺はふと柚木のコスプレを思い出した。
「コスプレの話って聞いてたの?」
「コスプレ?」
陽菜乃はこてんと首を傾げる。
やはり言ってなかったらしい。
俺は秋名から送られてきた写真を陽菜乃に見せる。彼女は一人見慣れない女の子に怪訝な顔をした。
「この子、だれ?」
「柚木。コスプレしてるんだよ」
「くるみちゃん!?」
「陽菜乃が当日来てたら柚木が着てる感じの服を着せられていた」
「ほんとに!?」
「ああ」
「……これはちょっと、というかだいぶ恥ずかしいかな。くるみちゃん、よく平気だね」
最初は全然平気ではなかったんだけど。
けど、最終的には笑って写真を撮るくらいには気になっていないのだから、順応性高すぎると思う。
「それが柚木のすごいところだよ」
「……そうだね。わたしには真似できないや」
弱々しい声色で呟いた陽菜乃は自嘲気味に乾いた笑いを見せた。
「別に真似する必要はないだろ。柚木には柚木のいいところがあるように、陽菜乃には陽菜乃のいいところがあるんだし」
とはいえ、人は誰かと自分をどうしても比べてしまう生き物だ。いい意味でも悪い意味でも。だから、周りなんて気にするなと言っても無駄なんだろうけど。
第三者の視点から言わせてもらえば、そうでしかない。
みんなそれぞれ良いところも悪いところもあって、似てるようで違ってて。だから、同じ人間は一人としていないんだ。
「……そう、かな」
「ああ」
そのときだ。
スマホが着信を伝えてくる。しつこく震えるスマホを取り出してディスプレイを見ると妹様からの着信だった。
「もしもし?」
『あ、お兄? 帰りにね、アイスも買ってきて』
「なんで俺が……」
これもうループなんだよな。
勉強頑張ってるのは本当だし、アイスクリームくらい買ってやるか。
「分かったよ」
返事をして通話を切る。
やれやれ、と肩を落として溜息をついてしまう。そんな俺を陽菜乃は不思議そうに見ていた。
「お互い可愛い妹が家で待ってることだし、そろそろ帰ろうか」
開き直ったように言った俺の言葉を聞いて、陽菜乃は「そうだね」とおかしそうに笑うのだった。
その日の晩。
俺が梨子の花火に付き合わされたのはもはや言うまでもなく、線香花火で大盛り上がりしたことも語る必要なんてないだろう。
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