第68話 チョコレートを君に④
「はいこれ」
昼休み、いつものようにぼっち飯を決め込んでいた俺のところにやってきた秋名が袋を渡してくる。
なかには小さなチョコレートが何種類か入っていた。
「バレンタイン?」
「イエス。志摩の個数稼ぎに貢献してあげようと思ってね。ホワイトデーにはデザートブッフェのお返しを所望する」
「所望するのは自由だよな」
「叶わない宣言が早いよ」
まあいいけどさ、とそれだけ言い残して秋名はとっとと行ってしまう。
別の男子のところへ向かって同じようにチョコレートの入った袋を渡しているので、多分この昼休みはそれを配る時間なんだろう。
「すごいよね、梓」
残された俺のもとへやってきたのは日向坂さんだ。バレンタインチョコを配る秋名を見ながら感心したように言う。
「そうだね。わざわざあそこまですることないのに」
多分、普段あまり話すことのないクラスの男子にも渡している。クラスメイトだしみんな平等に、くらいの気持ちなんだろうな。
それを平気でやってのける秋名は確かにすごい。
「だからお友達が多いんだろうね」
「俺はあそこまでして大勢の友達を得ようとは思わないけど」
そもそも、秋名は友達を増やすためにあんなことをしてるわけではないだろう。
あんなことをしていた結果、友達が増えたのだ。
絡みやすい気さくさはもちろんだけど、ああいうところが彼女の周りに人を集める所以だと思う。
「日向坂さんは配らないんだね?」
「うん。わたしは渡す人の分だけでいっぱいいっぱいだから」
そう言う彼女はじいっと秋名の方を見たままだ。そんな横顔を見ながら俺は考える。
楽しみにしてて、と言っていた。
あれはチョコレートをくれるということなのかな、と勝手に解釈していたのだけれど、しかし今になってもまだそういう気配はない。
もらえると思っていただけに、もらえなかったらショックだな。
自分から催促するのは気持ち悪いしなあ。
結局。
放課後になっても俺は日向坂さんからチョコレートをもらえることはなかった。
自惚れていたのかもしれない。
日向坂さんと仲良くなった。
この数ヶ月で以前に比べて随分と距離は縮まったし、それこそ期待できるだけの積み重ねはあった。
もちろん本命チョコなんて恐れ多い。義理も義理の大義理チョコであっても、いわゆる友チョコであったとしても、それでもそういうチョコレートはもらえるものだと思っていた。
けど。
もらえなかった。
「……」
ちら、と日向坂さんの方を見ると男子数人と話している。
別に一緒に帰る約束をしているわけではないし、待っているのもなんか変だし。
帰ろう。
俺は教室を出て昇降口へと向かう。
バレンタインデーは無駄に校内に残る生徒がちらほらと現れる。
チョコレートをもらえなかった、けれどもまだ諦められないという生徒がイチかバチか最後のチャンスと言わんばかりに居残るのだ。
もちろん、大抵の生徒の場合は無駄な時間として終わるのだが。
そんな生徒を視界に捉えながら俺は昇降口にたどり着く。
*
「日向坂さん、このあと予定とかは?」
「よかったら、お茶でもどうですか?」
「美味しいケーキ屋さんを見つけたんです」
放課後になるや否や、わたしの周りにクラスメイトの男の子がやってきて囲まれてしまった。
わたし、日向坂陽菜乃は密かに困っていたのだけれど、しかしこの人たちをあしらうのも悪いと思い、ついつい愛想笑いを浮かべてしまう。
どうしよう。
まだ志摩くんにチョコレートを渡せてないのに。
渡そうとは思ってた。
けど、朝にくるみちゃんからもらったということを聞いて動揺してしまった。
油断してた。
こんなことを言うと志摩くんに悪いけど、急がなくても一番最初に渡すのはわたしだと思っていたのだ。
けど、梓が言うにはくるみちゃんには彼氏がいるらしい。
なら、なんでわざわざ朝に彼を待ってまで渡したのだろうか。
……。
……もしかして、彼氏なんかいない?
実は志摩くんを狙っている?
いやいや。
そんなことない……とも言い切れない。
「あの、わたしちょっと用事があって」
一番に渡せなかったから、なにか少しでも特別で記憶に残るような、なんてことを考えていたら放課後になっちゃった。
四の五のは言ってられない。
放課後の帰り道に渡すのはちょっとは特別だよね?
「陽菜乃ー」
わたしが困っていると、梓が助け舟を出してくれる。
少し離れたところから名前を呼んでくれたことで、わたしは自然にここを離れることができた。
「ごめんなさい、梓が呼んでるので」
言って、カバンを持ったわたしはさささと梓のところへ向かう。
「ありがとー、助かったよ」
「んー? 別に助けたつもりはないけど」
「じゃあなんで呼んだの?」
「志摩、帰っちゃったけどよかったの?」
言いながら、梓は主のいなくなった志摩くんの席を指差す。
「ほんとだっ」
「え、え、なんで陽菜乃ちゃんが志摩くんを?」
「いやいや、これはつまりそういうことでしょ」
「なんとなく分かってたけどねー」
梓の発言により、わたしの隠していた感情が露見してしまったような気がするんだけど、今はそれどころじゃない。
ていうか、なんか薄々勘付かれていたっぽいし。
ここは誤魔化すより……。
「また詳しく話すから、他の人には言わないでね!」
それだけ言って、わたしは教室をあとにする。
背中に「りょ」「がんばれー」という声を受けながら、わたしは志摩くんを追いかけた。
自転車に乗られたら追いつけない。
なんとしても、それまでに捕まえないと。
*
昇降口で靴を履き替えた俺は駐輪場に向かう。
グラウンドでは今日も運動部が大きな声を出しながら練習に励んでいる。
休みの日もそうだし、放課後も毎日毎日よくやるよ。
本当に尊敬するまである。
俺は絶対に無理だな。
「……」
駐輪場に到着した俺は自転車に鍵を差し、スタンドを蹴る。
帰ろ。
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