第60話 あなたに会いたい②
そんなわけで放課後である。
六時間目が終わり、ホームルームが終わるとざわざわと教室に騒がしさが蘇る。
俺は秋名との約束があるのでさっさと帰り支度をしてしまう。
「志摩くん、帰ろー?」
そんなときだ。
そういえば日向坂さんにはなにも言っていなかったな、と声をかけられたタイミングで思い出す。
でも別に毎日一緒に帰る約束をしているわけではないので、わざわざ「今日は別の子と帰るから」って事前に言うのも違くない?
違くないか? 分からん。
「あ、ごめん。今日はちょっと用事があって」
「用事? わたし、付き合うけど?」
「いや、人とのね」
「志摩くんが人と約束!?」
「そんな驚くことか!?」
日向坂さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。俺が人と会うと聞いただけで。
どんだけぼっちのイメージついてんだよ。ぼっちだけども。
「そ、そんな見栄張らなくてもいいんだよ?」
「張ってない張ってない。マジのガチだよ」
「……誰と?」
まだ信じてもらえないのか、日向坂さんは疑いの眼差しを向けてきた。
「えっと」
俺は一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、別にやましいことをするわけではないし、まして相手は秋名なのだから、そもそも隠すことないじゃんという結論に至る。
「秋名だよ」
「梓が? 志摩くんを個人的にお誘いしたの?」
「俺も驚いたよ。けど、事実だ」
「なんの用事?」
「なんか、俺に会いたい人がいるみたいなことを言ってたね」
「ししし志摩くんに会いたい人ッ!?」
今日はよく取り乱すな。
教室ではクールというか、完璧というか、優秀で落ち着いた態度でいるところが多いので、ここでこうも乱れるのは珍しい。
いや、最近はそうでもないか?
「おまたせー。お、陽菜乃?」
「梓……」
どういうこと? と秋名がこちらを見てくる。
別に説明するほどの理由はない。今この攻撃を見たときに思ったことがおおよそ正解だろう。
俺の顔を見てなんとなく察したであろう秋名が納得したような顔をする。ついでに面白そうなことを思いついた顔も。
「実はね、志摩に会いたいって言ってる私の友達がいてね。これから二人を会わせるんだけど……陽菜乃も来る?」
「えっ、いいの?」
「うん。私は友達と友達は仲良くなってほしいタイプだからね。そうなるならそれに越したことないよ」
「じゃあ一緒に行こうかな。いいよね?」
日向坂さんは少し不安な表情を残しながら、俺に尋ねてくる。もちろん断る理由はないので俺は頷く。
「そもそも俺に拒否権はないでしょ」
「いやいや今日は志摩が主役だよ。きみが一言、陽菜乃を拒否すればそれで終わりだぜ」
「しないけど」
どんな恩知らずだ。
今のこの状況、俺の周りの環境があるのは確実に、間違いなく日向坂さんのおかげといえる。
俺の思い出の中にはいつも日向坂さんがいる。彼女なくして今の俺はない。
だというのに、そんな日向坂さんに対して失礼なことはできない。もちろん、そういう義務感で言っているわけではないけど。
「お、あっちはもう待ってるみたいだから行こうか」
メッセージが届いたのか、秋名がスマホを見てからそう言った。歩き出した彼女のあとを俺と日向坂さんが並んで歩く。
「梓のそのお友達はどうして志摩くんに会いたいなんて言ってるの?」
「その言い方だと俺に会いたいと思う理由なんて見当たらないのにって言ってるように聞こえるけど」
「ひねくれすきだと思うよ……」
呆れたような日向坂さんのツッコミを受けて、俺は口を閉じることにした。
「んー、私も詳しくは聞いてないんだよね」
「そうなの?」
「うん。この前突然声かけられてさ。梓って志摩と同じクラスだよねって」
結局、この話をされたあと、午後の授業のときもずっと考えていたけど、やっぱり感謝される心当たりはなかったんだよな。
「もしかして俺に一目惚れしたとか」
俺は冗談全開で言ってみた。
隣にいる日向坂さんも、前を歩く秋名はわざわざこちらを振り向いて眉をしかめた。
そして。
「「ないない」」
あはは、と笑いながら声を重ねて言った。
一瞬こいつ何言ってんだって顔してたから冗談通じてないのかと思った。
冗談言うのって難しいんだな。ユーモアセンス溢れる人たちが羨ましい。
「志摩くんはその人に覚えないの?」
「まったく。心当たりもなくてさ」
「女の子なんだよね?」
「女の子なの?」
そういえば秋名の友達という情報以外なにも知らない。勝手に女子だと思ってたけど、秋名は友達多いし男子の可能性も十分あるのか。
「女子だよ」
「女子かぁ」
「あらあら、陽菜乃ちゃん的には女子だと困るのかなー?」
ニタニタと笑いながら秋名が日向坂さんの隣に移動して、うりうりと肘で攻撃し始める。
日向坂さんはというと、秋名に言われてハッとしたあと俺の方を一瞬見て、顔を赤くして慌てて口を開く。
「そ、そんなわけないでしょ! 志摩くんが女の子と会おうとわたしにはなんの関係もないしッ!」
「……そうなんだろうけど、そこまで全力で否定する必要もなくない?」
たしかにその通りだから別にいいんだけどさ。急に突き放されたような感覚に陥ってしまう。
秋名はなにが面白いのかケタケタと笑っているし。
そんな調子で昇降口まで歩いて行くと、秋名が柱に背中を預けて待っていたお友達に気づく。
「あ、おーい。くるみー!」
くるみ、と名前を呼ばれたその女子生徒はスマホから顔を上げてこちらを向いた。
……本当に女子だな。
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