第54話 あけましておめでとう②
「な、なにか食べる?」
なんか前にもこういうことあったなあ、とか思いながらそんな提案をする。
毎度ながら正解が分からん。
触れないことが正しいのか、けどそれだとなんか冷たいように思われないか?
そもそもお腹が鳴ること自体を悪と捉えてはいないので、別になんでもないのだけれど、それはあくまでもこちら側……受け手側の意見でしかない。
結局のところ、日向坂さんがどう思っているかなのだが。
そう思いながら、ちらと彼女の様子を伺ってみる。
「……」
顔を赤くして、ぷるぷると震えていらっしゃる。
こういうやり取りをしたことがないから想像の域を超えないが、男同士だと『うぇーいお腹鳴りよった!』『めちゃくちゃ腹減ったわ飯行くべ飯!』くらいのやり取りを交わしつつ、ケタケタ笑いながら飯食いに行くくらいだろうに。
それが女子になるとどうしてこうデリケートな問題になってしまうんだ。
「えっと」
「参拝に行こ!」
「へ?」
「とりあえず参拝に行こう。先になにかを食べるなんてマナー違反だよ」
「そんなマナーあるかな」
ぎゅるるる。
「……」
「……」
「……行くよ!」
そんなお腹鳴らしながら参拝するのも神様に対して失礼ではないでしょうか。
いやこれもうわかんねえな。
これ以上言おうとも日向坂さんの鉄の意志は揺らがなさそうなので俺は黙ってついて行くことにする。
少し歩くと、誘惑の屋台ゾーンに突入した。中には娯楽的な催しが混ざってはいるけれど、やはりほとんどが食べ物だ。
そこまでお腹が空いているわけでもない俺でさえ、その誘惑に負けそうになるのだが、果たして日向坂陽菜乃(空腹)は耐えることができるのか?
「…………」
下を向き。
スタスタと。
一心不乱に突き進む。
……必死なんだな。
この辺になってくると人の数は一気に増え、まさしく人混みと言うに相応しい混雑具合になってきている。
前に進むだけでも一苦労だというのに、日向坂さんはただ前に進む。その行動からは決して立ち止まってなるものかという強い意志を感じた。
屋台ゾーンを抜けると人の数は少し減る。歩きやすくなったこともあるけど、食べ物の誘惑がなくなったことで日向坂さんの顔はどこか清々しい。
ようやく境内の方に到着した。
鳥居の前で一礼を忘れず、真ん中を通らないよう気をつけて通過する。
時期が時期なだけに参拝客で賑わっており、賽銭を投げるまでにも結構並びそうだ。
「初詣ってどういうことお願いするのが正解なのかな?」
「どうだろ。そもそも初詣ではお願いをすること自体が間違いみたいな話も聞くでしょ」
「そうなの?」
きょとんとした顔で日向坂さんが首を傾げる。
「俺はばあちゃんに言われたけどね。お願いというよりは決意表明みたいなものの方がいいって」
「あー、そうなんだ?」
「あくまでも一人の意見だけどね。例えばテストでいい点数が取れますようにっていうよりは、いい点数が取れるように頑張ります。だから見守っていてください、みたいな」
結局は自分自身の問題でしかないのだけれど、気持ちとしてもそっちの方が頑張れるらしい。お願いをしてしまうと、叶わなかったときに神様のせいにしてしまうこともあるし。
祖母とお参りに来るとよくそんな話をされた。
「そうなんだ。志摩くんはどんなことを言うの?」
「……なにも考えてなかったな。日向坂さんは?」
「んー? そうだねー。まあ、なんとなーくは決まってるけど」
「どんなの?」
「それはヒミツですよ。言ったら意味ないでしょ?」
「訊いてきたのそっちなのに」
俺がツッコミ程度に言うと、日向坂さんはご機嫌に笑うだけだった。
しかし、そうか。
どうしたものか。
それこそテストでいい点数が取れるように頑張ります、くらいがいいんだろうけど。
それだと勉強しないといけないし。
勉強なんかできるだけしたくないものだしなあ。
友達いっぱいできますように、だと友達作るために頑張らないといけない。
別に俺は複数の友達が欲しいわけではないのだ。浅く広くよりは狭く深くを理想としている。
幸いにも、今のところは日向坂さんや秋名という友達に恵まれている。
まあ、贅沢を言うならもう少し欲しいとも思うけど。男友達が一人くらいいてもいいかな。
そう考えると、友達作るために頑張りますとかの方がいいのかね。
でもじゃあ頑張るってなにを頑張るんだって話だけど。
話しかければいいのか? 俺にそのスキルがないのに?
まずはそこからじゃないか。
「頑張ればなんとかなる程度のことを言わないといけないんだよね」
「そうなるの、かな。でも結局気持ちの問題だし、どちらでもいいような気もするけど」
「日向坂さんのは、頑張ればなんとかなる感じ?」
「……どうだろ。わたしが頑張ることは大前提だけど、その先には相手の気持ちもあると思うよ」
「俺と似たような感じかな」
「……というと?」
日向坂さんはえらく神妙な顔つきで訊いてくる。
そんなに真面目な話でもないはずなんだけど。
「どれだけ頑張っても気持ちが相手に届かないと意味ない的なことでしょ?」
「う、うん。志摩くんもそういうことに悩んでたりするの?」
「そりゃ、まあ、常々」
「常々……」
友達なんかいらねえぜ、とか言うやつはいるけど、友達はいたほうがいい。断然いい。
そういうこと言うやつは友達ができないけど自分が寂しい人間だと思いたくなくて強がっているだけだ。
俺はそんなくだらないプライドは持ち合わせていないので、いつだって友達が欲しいとは思ってる。
常々、思っている。
「ちなみに、その、志摩くんが気持ちを届けたいと思ってる人っていうのは……?」
恐る恐る、という調子で訊いてくる日向坂さんに、俺は少し考える素振りを見せた。
友達になりたい人、か。
男の候補は関わりなさすぎて、残念ながら思いつかない。
けど、女性なら断然タレ目さんだよな。あんないい人そうそういないぜ。
うん。
タレ目さんとかギャル子さんはクリスマス会で一気に株が上がった。
あの人らは教室で普通に話してくれるのではないだろうか、と淡い期待を抱かせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます