第53話 あけましておめでとう①


 初詣は近くの神社でとりあえずお参りをして済ますタイプだ。

 わざわざ人混みの中に突っ込んでいくようなもの好きではないし、この先そうなるつもりもない。


 家族は車で少し大きめの神社に行くと言うが、俺は毎度ながら断っている。

 いつだったか、数年前に梨子がどうしてもと言って聞かないので付き合ったことがあったけど、そのとき改めて二度と来るものかと決意した。


 したのだが。


 一月二日。


 俺はこの日、あの日二度と来てやるものかと誓った人で溢れている神社へ向かおうとしていた。


 好き好んでかどうかは別として、正月から人混みに突っ込んでいくようなもの好きになってしまった。


 それもまあ仕方あるまい。


 なにせ、人と初詣に行くのだから、なにもない殺風景な地元の神社では味気ないだろう。


 集合時間は昼の一時。

 現在、その十五分前である。

 遅刻はするまいと早めに出るのはいつものことだ。俺ごときの人間が人を待たせるなどあってはならない。


 人を五分待たせるなら自分が三十分待ってやるまである。


 自分の家の最寄りから電車で六駅。せっかくならと、この辺では比較的大きめの神社を選んだ。日向坂さんが。


 改札を出たところで、彼女の到着を待つ。


 俺以外にもこの駅の利用者はわんさかいた。電車から降りたときもそうだし、こうして駅前で待っていても改札から出てきた人が目の前を次々に通過していく。


 中にはきれいな着物に身を包んだ人もいる。歩きにくそうな格好が良くできるもんだ。まして、これから人混みの中に入ろうというのに。


 それに対し、俺といえばどこにでも売っているような普通のジーンズに、どこにでも売っているような普通の黒いダウンジャケット。それに赤色のマフラー。


 おしゃれであるとは思っていないけど、きっとダサくもないと思っている。

 基本的に服を買うときは梨子が同伴して、適当に見繕ってくれる。


 そろそろ面倒だろうし別に一人で買いに行くと言ったこともあるけど、その度に『お兄にダサい格好で外出歩いてほしくないの。ほっとくと髑髏のシャツとか着そうだし』なんて言われてしまう。


 さすがの俺でもそこまで尖ったセンスはしていない。


 そんな、在りし日の梨子のことを思い出していると、改札の方からタッタッとこちらに駆け寄ってくる見知った顔が見えた。


「お待たせ」


 俺の前まで来た彼女は、はぁはぁと小さく息を切らしている。まだ集合時間には早いしそんなに急ぐことなかったのに、とは思うけど逆の立場なら同じことをしただろうから言わないでおいた。


「いや、俺もさっき来たとこだし」


「ほんとは?」


「ほんとだよ」


「そっか」


 なんで一旦信じてもらえなかったのかはさておき、俺はやってきた日向坂さんの姿を改めて眺める。


 髪はいつも通りに降ろされてあるけど、毛先にはパーマがかかっているのかうにょうにょと曲がっている。

 ピンクのフェイクファージャケットにロングスカートに白色のマフラー。全体的にもこもこしているので可愛らしい。

 いつもより顔が近く感じ、足元を見るとヒールのついたパンプスを履いている。


「ん?」


 足元を見られていることに気づいたのか、日向坂さんが不思議そうに自分の足元を確認した。


「いや、いつもより身長高いなって」


「ああ、それで」


 なるほどね、と日向坂さんはなんとなく足を軽く上げて自分の靴の裏を見た。

 きっと、その行動にさしたる意味はないんだと思う。


「それじゃあ行こうか」


「そうだね」


 俺たちはどちらともなく歩き出し、すでに駅から神社に向けてできている人の流れに乗る。


 もともとスマホでナビをセットするほどの遠さも複雑さもなかったけれど、この感じならば問題なくたどり着けるだろう。


 ここはまだ人混みというほどの数はいなくて、あくまでも川を流れる葉っぱのように、まばらに歩いている程度だ。


「志摩くんは初詣っていつもここに来るの?」


 何気ない会話の切り出しに、俺は間髪入れずに答える。


「そう思う?」


 思い返すと、日向坂さんと話すようになったのは文化祭のあとのこと。あれから二ヶ月が経っている。


 なんだかんだと関わってきたわけだし、そろそろ俺という人間のことを理解しているのではないだろうか。


「ううん、思わない」


 俺の問いに、日向坂さんも考える素振り一つ見せることなく笑顔で答えた。


「わたしの予想ではそもそも行かないか、地元の神社でお賽銭だけ投げるってところなんだけど」


「だいたい正解」


 俺って単純なのかね。

 複雑な人間が良いとは思わないけど、単純な人間が良いとも思わないなあ。


 どうなんだろう。


「日向坂さんは?」


「わたしは家族で行くことが多いかな。地元の神社じゃなくて、近くのちょっと大きめのところだけど」


「ここではなくて?」


「うん。ここに来るのは初めてだよ」


「そうなんだ」


「だから今日はすごく楽しみだったんだ」


 にいっと日向坂さんは白い歯を見せて笑う。

 そう言ってくれるのならば、誘ってよかったと思えるな。


 一つ目の大きな鳥居が見えてくると、周りの人たちがそこに吸い込まれるように向かっているのが分かる。


 俺たちもそれに習い、鳥居をくぐった。

 大きな木々に見下されながら少し歩くと、どこかからいいにおいが風に乗って漂ってきた。


 ぎゅるるる。


「……」


「……」


 日向坂さんのお腹が鳴った。

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