第51話 今年の終わりに君を思う【相談編】


「お兄、アイス取ってきて」


「自分で行け」


 大晦日ということもあり、家の中はだらけた空気が漂っている。

 うちは大掃除も大晦日前に済ましてしまうので、基本的にこの日はなにもしない。


 ちなみに、母はママ友やらと忘年会で父は会社の人らと忘年会。なんなの、大人年忘れるの好きすぎだろ。どんだけ忘れたいことあんだよ。


 というわけで、夜の八時を過ぎたにも関わらず、リビングには俺と妹の梨子しかいない。


 梨子は相変わらず上下ジャージとだらけた服装だ。まあ、俺も色違いのジャージなんだけど。


 晩ご飯はピザだった。

 好きに食べてくるからあんたらも好きなものを食べなと、親が一万円を置いていったのだ。


 ピザを注文したあとにアイスクリームとお菓子をごっそり買い込み、二人でリビングでテレビを観ている。


 世間では紅白歌番組を観るかはたまたそれ以外の番組を観るかのチャンネル戦争が勃発しているそうだけど、うちは実に平和だ。


『浜野、アウトー』


 デデーン、という音と共に気の抜けたアナウンスが聞こえ、俺たちはそれを観ながらケタケタと笑う。


 そんな年末。

 そんな大晦日。


 毎年こんな感じ。

 例年となにも変わらない。


 そうなんだけど。


 最近、ちょっと悩んだりする。


 友達ってなんなんだろう、と。


「なあ、梨子」


 番組がCMに入ったところで、俺はおもむろに訊いてみる。


「なに?」


 ポテトチップスをパリッと口にしながら梨子が答える。

 どうやらアイスクリームは一旦諦めたらしい。

 仕方ないから、あとで取りに行ってやろう。


「梨子は学校に友達いるか?」


「ばかにしてんの? ぼっちのお兄と一緒にしないで」


 ですよね。

 家ではこんなにもグータラ人間だというのに学校ではそこそこの優等生を演じているというのだから信じられない。


「友達ってどこからが友達なの?」


「そういうこと考えずに関わる人は少なくとも友達だと思うけど?」


「今は正論なんか聞きたくない」


「じゃあなんて言えばいいのよ」


「もうちょっと、こう、なんかあるだろ」


「わかんない」


「兄妹なんだから頑張ってくれ」


「むりだよ」


「なんていうかさ、そりゃもちろんなんの気遣いもせずに遊ぶ人は友達だと思うけどさ。じゃあ、友達になろうって宣言した相手は友達と呼んでいいのかなって」


「いいんじゃないの? 友達になろって言って、いいよって言われたんならね。ただ、関係性を友達と呼んでるだけで実際に友達の関係性であるかと言われたら微妙じゃない?」


「というと?」


「だって、そんな口約束一つでじゃあこれまで感じてた微かな気まずさがなくなって遠慮を全くなくせるわけじゃないじゃない? どっちかっていうとお互いに友達になることを受け入れただけって感じ?」


「ふむふむ。続けて?」


「だからつまり、大事なのはそこからだと思うわけ。男女が恋人になるためにデートをするように、友達になることを受け入れた二人も友達になるために遊びに行ったりして距離を詰めて、そうやっていくと気づけば友達になってるんだと思うな」


「はえー」


 俺の妹は俺よりもしっかり友達について考えていたらしい。

 この子、本当に俺の妹か? グータラなところは似てるけど、外面における優秀さとか考えると義妹の可能性を疑ってしまう。


「ていうか、急になに?」


「雑談だよ。大晦日なんだし妹と他愛ない会話を楽しもうと思ってな」


「大晦日にする話じゃないし、大晦日じゃなくても妹との他愛ない会話は楽しんでよ」


 しかし、そうか。

 俺と日向坂さんは友達になろうと言って、お互いに受け入れはしたけれど、まだ友達にはなってないんだ。


 これから距離を詰めて、初めて友達になれると。


 ということは、俺は友達宣言をしたあの日から数日無駄に過ごしてしまっているわけだ。


 日が空けば空くほど最初の一歩が難しくなるな。


 というか、この間日向坂さんからも連絡がなかったけれど、そこはどういうことなんだろう。


「例えばなんだが」


 テレビでは再びデデーンという音と共に浜野がケツをしばかれており、そちらを見ていた梨子が再びこちらを向く。


「とある男の子、仮にこいつを太郎くんとしよう」


「うん」


 頬杖をつきながら、梨子は興味なさげに相槌を入れる。


「とある女の子、仮にこの子を姫子ちゃんとする」


「うん」


「太郎くんと姫子ちゃんはお友達になりましょうと言って握手をしたとするだろ」


「うん」


「お前が言うに、二人はこれから友達になるために時間を共にするわけじゃん」


「うん」


「でも、友達宣言から一週間、姫子ちゃんから音沙汰がない場合、太郎くんはどうすればいいと思う?」


 尋ねると、梨子はううんと唸る。


「まあ、普通に考えてお兄からの連絡待ちでしょ。男から行かないでどうすんのよ」


「太郎くんな」


「ああ、太郎くんね」


 なんだこいつ、俺の妹のくせに鋭いな。


「やっぱそうかな」


「うん。そういうときにビシッと行動できる男の子の方が好感持てるよね。そこで相手が求めてないかも、みたいなこと考えちゃうから、お兄はいつまで経ってもぼっちなんだよ」


「だから太郎くんな」


「ああ、そうだね太郎くんだね」


 けど。


 やっぱりそうか。


 俺は机の上に置いていたスマホを手にする。

 友達がいないせいで滅多に開くことのないメッセージアプリを開く。上にきてるのは家族か公式アカウントだ。


 少しスクロールして、日向坂さんのアカウントを探す。


「……」


「あ、そうだ。お兄」


 俺がどうしたものか、と真剣に悩んでいたところ、梨子が再び俺のことを呼ぶ。


「なに?」


「アイス、取ってきて」


「……」


 顔が言ってる。

 断れないよな、と。

 俺は黙って立ち上がり、大人しく二人分のアイスクリームを取りに行った。

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