第34話 聖なる日の祈り①
十二月二十五日。
全国一斉クリスマスデー。
カップルがこれでもかというくらいにイチャつき、子どもたちはサンタさんからのプレゼントに浮つき、友達と今年最後の大はしゃぎをする奴らがいれば、家でまったりと過ごす人もいる。
「これでいっか」
集合は午後六時。
そして現在の時刻は五時十分。五時半に日向坂さんたちと待ち合わせをしているのだが、まだ少し時間がある。
あそこまで言われたのだし、プレゼントくらいは買っておいてやるかと、なけなしの小遣いをはたき梨子へのプレゼントを買った。
まあ、まもなくお年玉が待っているし、成績を交渉材料に小遣いももらった。
さらに言えば、俺がクリスマスに出掛けるというイベントが嬉しかったのか珍しかったのか、別途臨時収入も与えられた。
ということで、今の俺の財布の中はわりと潤っているので、エアーポッツでも買わない限りは梨子のクリスマスプレゼントくらいは買えてしまうのだ。
さすが都会にもなると品揃えが近所のイオンモールとは全然違う。品揃えというか、店の種類か。
今日はこの近くのカラオケを予約しているらしい。学校近くのカラオケも考えたそうだけど、こっちの方が集まりやすかった……らしい。
なので俺も今日は電車だ。
わざわざ電車に乗って出掛ける用事がほとんどないので、非現実感的なものを味わってしまった。
ちょっと早いけど集合場所に向かうか。待たせてしまうのはよくないしな。
店を出て人混みの中を歩く。
冬休みに突入した上に今日はクリスマスということもあり、街はこれでもかというくらいに賑わっている。
あちらこちらに人がいて、まっすぐ歩くことさえ困難だ。
普段あまりこういう場所に身を投じないので、慣れない窮屈さにうんざりしてしまう。
やれやれ、と溜息をついたまさにそのときだ。
「あ?」
財布が落ちてることに気づく。
他の人たちは気づいているのか、あるいは見て見ぬふりなのか、足を止めることはない。
相変わらずな光景に溜息をつきつつ、俺は落ちている財布を手に取った。
「……こんなところで財布を落とすとは不幸なやつめ」
とはいえ、さすがにこれを再び地面に戻すというのは俺のポリシーに反する。
俺はスマホで時間を確認する。
集合場所までまだ少し時間がある。
とりあえず交番にでも届ければいいか。問題は交番がどこにあるのかということだけど。
俺は通行の邪魔にならないように隅っこの方に移動してスマホで交番の場所を確認する。
ちょっと遠い。
けど、こんな人混みの中で落とし主を探す方が大変なのは間違いない。それに、そもそも既に交番に向かっているかもしれないしな。
なにか落とし主の情報があればと、一応財布の中を確認する。
既に誰かに中身を取られている可能性だってあるし、そうなると俺は何としても自分の無罪を主張しなければならない。
不幸なことに俺の財布の中身は潤っているので、盗んだと言われてもおかしくはないからな。
しかし、取られたにしてはお札が入っているのでその心配はなさそうだった。
「ん?」
財布の中にはお札が数枚、小銭がジャラジャラ。その他にはポイントカードなんかがぎっしり。
免許証なんかがあれば楽なのかな、と思ったけどそういう類のものはなかった。
その代わりにプリクラを見つけた。
制服を着た女子三人がノリのいいポーズで決めている。経験したからこそ思うけど、こいつらシラフでよくこんなことできるな。
盛り盛りの加工が施されているので、参考にはなりそうにないけど一応それぞれの特徴だけ把握しておくか。
「さて、行くか」
時間もないし歩き始める。
やや早歩きをしないと集合場所に間に合わなさそうだ。
先に行っておいてくれと言いたいところだけど、今日に限ってはできれば一緒に行きたい。
一人で後からクラスの集まりに参加するとか絶対無理。途中で断念して帰ってしまう。
そして家に帰って家族にやっぱり嘘かよとバカにされる。最悪なクリスマスだなそれ。
「だからッ、急いでるんですッ!」
嫌な未来を想像しながら早歩きで進んでいると、やけに語気の強い声が響く。
それでも足を止めない人たちには驚かされる。止まらないまでも振り向くくらいはありそうなものだけど。
道行く人を見ると、イヤホンをしている人が多いことに気づく。なるほど、そもそも聞こえてないのか。
ああやって自分の世界に浸る人が増えたんだな。俺はあんまり音楽とか聴かないんだけど、いいもんなのかね。
買ってみようかな、エアーポッツ。
と、そんなことはどうでもいい。
他の人が気づいていなくても、残念なことに俺は気づいてしまった。
「いいジャン。一人なんでしょ?」
「オレら暇でさ、ちょっと付き合ってよ」
「これから友達と約束してるんです!」
「それまででいいからさ。なんなら友達も一緒にどう?」
「ね? 絶対楽しいって」
ナンパってやつか。
クリスマスだしなあ。
彼女もいないし家で大人しくしとくかと悟る男がいれば、彼女いないし街に繰り出し女捕まえるかと行動力ある男もいるか。
あのメンタルには感心せざるを得ない。
「……」
時間を確認する。
現在、午後五時二十三分。
待ち合わせには間に合いそうもないな。
「あのッ、私、落とし物を探してて、だから放してください」
ん?
「落とし物? なに落としたの?」
「オレら暇だし探すの手伝ったるよ。ま、お礼はしてもらうけど」
「結構ですからッ」
腕を掴まれていて女の子はその場を動けなさそうだ。
力の勝負になると、どうしても女は男には勝てないからな。
まあ、ムキムキ体育会系女子が俺のようなゴボウ系男子に勝つという例外はあるが。
そんなことはどうでもいい。
さっさとやることをやってしまおうか。
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