第32話 お買い物は誰とする⑧
その後もヴィレッジヴァンガードの中をぐるぐると回り、それっぽいものを探したけれど、これというものは見つからず、俺たちは他のお店も見て回る。
「こういうのどうかな?」
「マグカップね」
ふと目に入ったお店で日向坂さんが提案してくる。
なんだったか忘れたけど、どこかで見たことのあるキャラクターのマグカップだな。
「それなんのキャラクターだっけ?」
「え、志摩くんもしかしてベア子さん知らないの?」
「ベア子さん?」
俺は眉をしかめる。
聞けばピンとくるかと思ったけどそんなことなかった。
どうやら思っていたより俺は興味ないことに興味がないらしい。
「くまのベア子さんだよ」
「知らないな」
「ドリーミーランドにアトラクションもあるのに」
「行ったことないからね」
文字通り、夢の国。
女子がとにかく好きで隙あらば行きたがる場所。男は彼女に連れて行かれて乗り気になれないまま耳のカチューシャとかつけさせられるイメージ。
もちろん偏見である。
「可愛くない?」
よく見て! と日向坂さんがマグカップを向けてくるので改めて見てみる。
改めて見てみた方が可愛くないことあるんだなあ。
ベア子さんははちみつの入った壺を誰にも渡さんといった形相で抱え、他の動物から守っている。
……これがどう可愛いのか説明してほしいくらいだけど、多分説明されても理解できないからやめておこう。
「まあ、感想は人それぞれということで。ていうか、マグカップって高いんじゃないの?」
「そうでもないよ。この辺のは千円ちょっとだし」
その棚にはベア子さん以外にもいろんなキャラクターのマグカップが置かれていたけど、言っている通り確かに値段はリーズナブルだ。
学生とか子供向けだから値段も抑えられているのかね。
「あ、ほらタオルとかもあるよ」
「タオルは実用的だしポイント高いね。理想を言えば無地がいいんだけど」
「いや無地はダメだよ。ちゃんと志摩くんチョイスの柄にしないと」
「俺チョイスの柄が無地なんだが?」
「それは逃げだよ」
「ですよね」
さすがに通用しなかった。
まあクリスマスプレゼントに無地のタオルが味気ないのはさすがに分かっている。
お歳暮とかに思われそう。
しかしこうして見ると様々な候補が思い浮かんでくる。
日向坂さんについてきてもらえて助かったと心底思うな。
さて。
しかしいつまでも連れ回すのも申し訳ないのでそろそろ決めて買ってしまうか。
「よくよく考えると、日向坂さんの前で買ってしまうと当日の日向坂さんの楽しみが僅かに失われると思うんだよね」
「あー、まあ、たしかにそうだけど」
「ということで、お互いに買い物を済ませよう。三十分後に合流するという形で一度解散しよう」
「え、別に気にしないけど?」
「俺は気にするんだよ。プレゼント交換はエンターテイメントだからね。プレゼント開封の楽しみが失われるのは良くない」
「無地のタオル選ぼうとしてた人の発言とは思えない……」
と、そうツッコみながらも納得してくれた日向坂さんとはここで一度別れることに。
ということで俺は頭の中にあった候補の品を手に入れるべく、イオンモールの中を走り回った。
*
三十分後。
買い物を済ませた俺は、同じく買い物を済ませた日向坂さんと合流した。
ぶっちゃけ買い物袋でどこのお店なのかの判断がついてしまうけど、そこはお互いに触れないことにしておいた。
「今日付き合ってくれたお礼がしたいから、なにか奢るよ」
「別に気にしなくてもいいよ? わたしも楽しかったし、プレゼントも買えたし」
「俺がそうしたいんだよ」
いつか日向坂さんに言われたようなことを言って返すと、彼女もそれ以上はなにも言ってこなかった。
「なんでもいいよ。好きなものを選ぶといい」
フードコートに移動した俺はどんとこいと言ってみた。
このエリアのものならそこまでお高いものはない。日向坂さんはどちらかと言うとよく食べるタイプだけど、そこまでにはなるまい。
……ならないよな?
「じゃあ、アイスクリームにしよっかな」
遠慮がちに日向坂さんが選んだのは、かつて俺が彼女に奢ってもらったアイスクリームだ。
それを覚えていたのか、たまたまなのかは分からないけれど。
日向坂さん一人にアイスクリームをつつかせるのは悪いと思い、俺も頼むことにした。
彼女はストロベリー味、俺はチョコチップのバニラアイスを注文し受け取る。
「いいの買えた?」
「まあ、多分」
こういうときのいいのってどういうものを言ってるんだろうか。
絶対に喜んでもらえるものという意味なら微妙だし、とりあえず嫌がられはしないだろうという意味なら及第点だと思っている。
だから、どちらでもないような言葉で濁した。
「明日は一人で行くんだよね?」
「そうですね。待ち合わせして一緒に行く友達もいないし」
「けど、それだと志摩くん途中で怖くなって帰ったりしない? それか、急に面倒になったり」
「……さすがに後者はないだろうけど、怖気づいて途中で引き返す可能性はあるかもね」
冗談混じりなように言ってみる。
が、あながちすべてが冗談でもない。
友達がいない人間にとって大人数の中に飛び込むのは度胸がいる。そこで馴染む力があるならばそもそもぼっちではないのだ。
一人浮いて、ろくに言葉も発さないまま終わるところを想像すると怖くもなる。
「じゃあ、わたしたちと一緒に行こうよ」
「わたしたちって?」
「梓と一緒に行くことになってるの。志摩くんが一緒でもなにも言わないと思うから」
「ああ、それは助かるかも」
ぶっちゃけ一人で行くのは気が引ける。
そう言ってくれるなら受け入れない理由はない。
「じゃあそうしよ。梓にはわたしが言っとくから」
「よろしくお願いいたします」
「うん。だから、絶対来てね?」
「……ああ」
本日の目的は果たされた。
残すは明日の本番のみだ。
想像するに、楽しめる気はしないけれど、せっかくここまで良くしてくれたんだ。
せめて、ちゃんと参加だけはしよう。
まだやることも残っているし。
別に今終わらせることもできるんだけど。
怖気づいて引きこもらないよう、それは明日に残しておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます