第29話 お買い物は誰とする⑤
「今日の約束覚えてるよね?」
はぁはぁ、と息を切らしながら膝に手を付き一生懸命言葉を紡ぐ日向坂さん。
息を整えたところでようやく体を起こす。
「もちろん」
「ならなんで先に帰るの?」
「いや、日向坂さん友達と話してたから。駅前とかで待ってようかと」
「どうせ一緒に行くんだから一緒に出ればいいと思わない?」
「いや、まあ、それはそうだけど」
日向坂さんと二人で下校しているところを他の男子に見られればなにされるか分からない。
万が一にも財津に目撃されれば校舎裏に呼び出されてボコボコにされたりするかもしれない。いや、それはさすがにないか。
「志摩くんはもうちょっとわたしに優しくしてくれてもいいと思うな」
「……なんかよくわからんけどごめん」
「なんかよくわからんのに謝らないでください」
怒られた。
気を利かせたつもりが怒られるとは思わなかった。
かといって女子数人と話していた日向坂さんに「そろそろ行こうぜ」とか言えるはずもない。
そんな勇者みたいなことできるのは爽やかクズイケメン野郎くらいだ。
「まあいいや。それもあとちょっとだし」
「どういう意味?」
「どういう意味でしょうね。もうちょっとしたら、志摩くんが今より自覚を持ってくれるかなって」
「なんの?」
「なんのでしょうね」
今日の日向坂さんは少しテンションが高いように思う。
もちろんプリプリと怒っているのも間違いではないけど、それも本気ではないのがちゃんと伝わってくる。
もちろん、すべてがすべて冗談ではないこともしっかり伝わってくるけど。
とりあえずここにいても仕方ないので、俺は周りからの視線にビクビクしながら日向坂さんの隣を歩く。
一年の教室ならばともかくそこを抜けると、日向坂さんに向く視線は消えないけど俺個人への視線は減る。
まあ、あの隣のやつ誰だよという羨望なのか怨念めいたものなのかは分からない視線はあるけど。
なんとかクラスメイトに見られることはないまま昇降口へ到着した。そこでも周りへの警戒を怠らない俺に、日向坂さんが呆れたような溜息を漏らす。
「そんなに周り気にしなくてもよくない?」
「いやいや、常に周囲への警戒は怠ってはいけないんだよ。いつなにが起こってもおかしくないからね」
「ボディーガードかなにかかな?」
靴を履き替え校舎を出る。
俺は自転車を取りに行き、日向坂さんはそれを待つ。もちろん俺だけライドするわけにはいかないので自転車を押して隣を歩く。
「歩いて行くにはちょっと遠いと思うんだけど」
「そうだねー」
行こうとしているイオンモールは俺の家を真ん中にして学校とは逆方向にある。
自転車ならばそこまで苦労する距離ではないけれど、さすがに徒歩となると骨が折れる。
「後ろ乗せてくれる?」
「校則違反だけど?」
「校外だし」
「法律違反だけど?」
「まあまあ。青春の一ページということで許してくれるよきっと」
「いや無理でしょ」
どこの警察なら許してくれるんだ。
いや、あるいは日向坂陽菜乃という美少女を前にすると警察官も罰することを躊躇うかも。
その場合俺だけが怒られたりしませんかね?
「だめかな?」
「まあ、いいけど」
ここからずっと歩かせるのは酷だし、結局のところそれが無難な案なのは確かだ。
俺が腹を括ってサドルに跨ると、日向坂さんもそれに続く。後ろに重みを感じたところでペダルを回す。
制服の背中の部分をきゅっと掴まれているけど、それだけだと心許なくないのだろうか。
もちろん二人乗りなんて未経験なので想像の域は超えないけど、後ろからぎゅっと抱きついたりするもんじゃないのか?
いやこれは決してやましい意味はなくて。いやほんとにマジで。なんでこれ言えば言うほど怪しくなるの。
「スカート寒くないの?」
無言なのもちょっと気まずくて、適当な話題を振る。ふと思いついた話題がこれなのかと自分に呆れるが。
「タイツ穿いてるからそこまで寒くはないよ?」
「タイツって薄いんじゃないの? あいつに防寒機能があるとは思えないけど」
「いやいやそうでもないよ。なんなら一回穿いてみる?」
「……遠慮しておく」
俺の反応が予想通りだったからか、日向坂さんはおかしそうにくすくすと笑っている。
しばらく、そんな感じで他愛のない会話を重ねていると、気づけば目的地であるイオンモールに到着した。
世間はこれより冬休みに入るというタイミングではあるけれど、イオンモールの中はそこまで混み合ってはいなかった。
本格的に混み始めるのは明日からかね。
本日の目的は明日のクリスマスパーティーで行われるプレゼント交換用のプレゼントを購入する、というものだ。
とりあえず館内マップの前まで移動し、どこのお店に行くか考えていたとき。
ぎゅるるる。
と、腹の虫が主張を始めた。
俺のではない。
隣から聞こえた。
一応そちらを見ると、顔を真っ赤にして気まずそうに口角を引きつらせている日向坂さんが館内マップに視線を向けたまま言う。
「わたしじゃ、ないよ?」
「……そっか」
この状況でそれは無理でしょ。
まあ、学校は午前中で終わり、只今絶賛お昼時なのでお腹が空くのも無理はない。
俺も普通にお腹空いたし。
「とりあえずなにか食べる?」
俺が訊くと、隣から「……うん」と小さな声が返ってきた。
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