第5話 俺の侍従の悪魔はやっぱり悪魔だった

 「待って、魔力とか存在してるの? 俺、知らなかったんだけど」

 フラムがそう告げると、トルマリンは「えっ」と驚き、フリーズした。

 「フラム様、授業受けてますよね?脳みそ機能してない感じですか、そうですか。いくらなんでも非常識すぎませんか。わが主人がここまで愚かだとは思わなかったです。侍従をしているのが恥ずかしいです」

 トルマリンの躊躇のない言葉の矢が、フラムに突き刺さる。挫けそうになりながらも、フラムは弁解した。

 「いや、ルヴォン大陸の歴史で竜が人間に加護を与えたのは知ってるけど、魔力とは思わないじゃん。え、俺も鍛えたら魔力バンバン使えるようになる?」 

 自分が主人公じゃないと思ってたけど、これはチートで無双ルートが開かれたかもしれないと、フラムは興奮していた。

 「殿下、残念ながらあなたの頭で考えていらっしゃることを実現するのは無理です。フラム様の赤の色の瞳は確かに希少ではあるのですが、言葉を選ばずにいうならばただの『魔力が多いだけの人間』です。かつては重宝されていたかもしれませんが、今は魔力についてはアカデミーで少し学ぶ程度。日常で使うことなど到底できません」

 トルマリンは無知なフラムに現実を見させることにした。

 「どうして? 魔力で便利な道具を作ったりとか、冒険者が魔獣を倒すのに使ったりとかできないの?」

 「魔道具は存在していますが、どれも耐久性が低い割には加工できる職人が少ないためとても高価です。日常生活で使う人など高位貴族や王族ぐらいですね。殿下が使われている水が自動で流れる、トイレというやつも王室に献上されている魔道具の一種です。我々が用を足すのは大抵壺とかですね」

トルマリンもそれなりに裕福な家の出だが、トイレを見たのは王宮に来てからである。冷静沈着な彼も初めて実物を見たときは驚いた。

 「トイレってそんなに希少なものだったんだ。使用可能な回数は? 値段は?他にある魔道具は? 魔力を学んで出来ることは? そもそもアカデミーって何?」

 フラムの目は、驚きと好奇心そして期待でキラキラと輝いていた。トルマリンはため息をつくのを我慢して答えた。

 「王子殿下の部屋のトイレは一ヶ月に一度の頻度で交換されていますね。四人家族なら一週間ももたないのでかなりの贅沢でしょう。値段は金貨五枚ほど。裕福な一般家庭でも一年以上生活できますね。他の魔道具もあるにはあるかもしれませんが、トイレぐらいしか知りません。

 アカデミーは貴族が交流の輪を広げつつ、勉強をするための場です。魔力についても学びますが頑張っても、指先に火を灯すぐらいしかできないようですね」

 質問に答える時間はもう終わりとでもいうかのように、トルマリンは手をパチリと叩いた。彼にとっては、主人に近々開かれる集まりについての助言をすることの方が質問よりも何倍も大事なことだ。

 フラムもその合図には気づいたようで質問を止め、残りのケーキに全ての意識を注いだ。

 

 

 「それでは陛下が開かれる集まりについてですが」

 先ほどとはうって変わり、それはそれはイキイキとした口調でトマは語り始めた。俺が苦労するのを見るのが大好きなのは知っているが、態度に出すぎている。そんなことを思いつつ、主人公を探さなくてはいけない義務感に再び駆られ始めていた。最低限性別が分かれば、探しやすいのに。

 「殿下、集まりは一週間後に決まりました。場所は普段過ごされているルヴァン宮です。呼ばれる貴族の子息、子女らは五歳から八歳まで、伯爵位以上の家に限定されています。質問はありますか?」

 質問はあるか——山ほどあるに決まっている。フラムは前世は妹ほどライトノベルやゲームを嗜んでいなかった。彼の転生についての知識はチート無双することのみ。大体主人公は庶民、良くても弱小貧乏貴族ら辺である。ロマンスやら貴族の駆け引きやらとは縁のないの冒険者としての世界を彼は仮想世界で楽しんでいた。従って爵位のアレコレに慣習など気にも留めていなかったので、中々覚えるのに苦労した。いまだに何度も確認する必要があった。

 

 「確認しましょう。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵までが貴族で準男爵、騎士爵が準貴族として続きます。注意すべきなのは、私のような辺境伯の家の扱いです。伯とは付きますが、王の勅命により国境を守っている特殊例です。立場的には伯爵よりも侯爵に近いといっても、過言ではありません。慎重に対応してください。ここまでは大丈夫ですね」

 トルマリンは己の主人の様子を確認し、話を続けた。

 「我が国では公爵はアルク家のみです。外交に軍の指揮、商業、普段の業務までそつなくこなす優秀な人物を多く輩出してきた家門です。特に現当主のトパーズ卿は優秀な方でいらっしゃいます。また彼は愛妻家として非常に有名です。

 従って、殿下が今回最も注意を払うべき相手は公爵家の御令嬢に他なりません」 

 淡々とトルマリンは語ったが、フラムは絶望に打ちひしがれていた。これ以上の情報を知りたくはない。しかし、情報なくして集まりに出るなど自殺行為でしかない。フラムは泣く泣く公爵令嬢についてトルマリンに尋ねた。トルマリンは主人の心情を察してさらに機嫌よく、話を続けた。

 「王国唯一の公爵令嬢の名はプルメリア。年齢は殿下と同じ六歳。アルク公爵を父に、ニュアージュ侯爵令嬢を母にもつ公爵の一人娘です。とても美しい御令嬢だそうです。

 病弱との噂もあり、公爵の溺愛ぶりは凄まじいらしいですよ。フラム様が粗相などしたら躊躇いなくソレイユ王国から追放しそうですよね」

 ハハッなどと呑気にトルマリンは笑っているが、フラムの顔色は真っ青である。

 「俺、今回の集まりが少しだけ楽しみだったんだよね。人生をかけて支えて幸せにする人、主人公を見つけたくて。けど俺の命は一週間後にはなくなってるんだ。今からでも平民になれないかな」

 トマは軽やかに笑って言った。

 「王族に多い金髪に珍しい赤の瞳なんて目立ってしょうがないですし、フラム様みたいな世間知らずが平民生活なんて送れる訳ないでしょう。主人公か何かはよく分かりませんが、間違いなく次期国王である貴方様がこの国の主人公です。大人しく諦めて支えるのではなく、家臣に支えられて民の幸せを願っておいてください」

 的確で冷静なコメントだった。だが流石に彫像と化したフラムを憐れに思ったのか、慰めるようにこう続けた。

 「みっちりマナーも叩き込みますし、当日もおそばにいます。流石の殿下も大丈夫ですって」

 言葉の節々で馬鹿にされている気がしなくもないが、トマに慰められて俺も本気でなんとかなると思っていた。

 

 

 集まり自体はそれなりに上手くいった。父親にも直々にお褒めの言葉を頂いたぐらいだ。公爵令嬢が体調不良で欠席だったのと、トマがそばにいてくれたおかげで上手くいったといっていい。

 二週間後、件の令嬢と面会した。言い訳をするとすれば、俺は過剰に緊張していた。無礼なことをしたら追放待ったなしだし、相棒のトマも側にいない状況で味方は自分一人。

 

 結果はご存じの通りだ。

 

 

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