第3話 「人生楽しんだもん勝ちだ」と前世の家族なら間違いなく言っていたと思う

 「ホギャー、ホギャー」

 どこかで赤ん坊が泣いてる声がする。赤ん坊の泣き声を聞くのなんて何十年ぶりだろう? 生命力に満ち溢れている元気いっぱいな泣き声だ。うるさいと思うよりも先にあまりのパワーに思わず笑ってしまいそうになる。

 それにしても変だ。寝起きでまだぼんやりとした頭で考える。近所で子供が生まれた話は聞いていない。それならば、子供好きで何より、情報通の母さんが真っ先に報告しに来るはずだ。最近の食卓で赤ん坊はおろか、妊婦さんの話すらも聞いた記憶がないし、絶対にご近所さんではないな。

 ならば白菊の新作のゲームの音声か?「お兄の部屋のテレビは大きくて画質も良くて最高すぎる〜」とか言っていたし。それにしても今どきのゲームってこんなに赤ん坊の泣き声リアルなのか。

 そこで、定期試験が近いからと泣く泣くゲームを封印していた白菊を思い出したので、ゲーム音ではないことが判明した。次の候補を目を閉じたまま考えることにする。赤ん坊の泣き声はさらに大きくなってきた。

 そういえば、最近父さんがドラマにハマっていたなぁ。医療モノで今をときめく若手俳優が演じているヤツ。母さんと一緒に目をハートにして見ていたし、泣き声の正体はドラマで間違いないだろう。どうして俺の部屋で見ているかは謎だが、深く気にしたら負けだ。大方、白菊が俺の部屋のテレビのよさをプレゼンしていたのを聞いてたのだと見当をつけて、答え合わせのために目を開けた。

 

 目を開けた——はずだった。何だか視界がぼやけていてよく見えない。分かるのは自分の部屋で無いことぐらいだ。事故にでもあって視力が落ちたてしまったのだろうか?

 泣き声はさらに大きくなっていく。かわいそうで人を呼ぼうとした瞬間、やっと人の気配がした。

 「遅くなってしまい申し訳ありません。どうされましたか?」

 その言葉と共に抱き上げられた。成人男性を抱き上げるなんて、優しそうな声に反して力持ちかと驚いていると、ふと泣き声が止んでいることに気づく。いくら鈍い自分でも、いよいよおかしいなと思い始めたところで女性がとどめの一言。

 「王子殿下、そろそろご飯にしましょう」

 俺、赤ん坊になってる?しかも王子なの?

 

 

 一週間ほど経ちました。ようやく目が見えてきて感動しています。どうも俺、改め——フラムです。最近できた趣味は、ベットの上で人形みたいなのがクルクル回っているのを見ること。自分が赤ん坊の頃の記憶なんてないし、新鮮な気分でベビーメリーを鑑賞できる。

 この一週間色々考えて出た結論は『新しい人生をとりあえず楽しんでみる』だ。

 間違いなく俺の家族たちなら、『人生楽しんだもん勝ちだ!』と、この生活を満喫するに違いない。過去を思い出して感傷に浸ったりせず、今世にさっさと適応することを目標にするんだ! 脳内の白菊が「お兄、やっちゃったね」とか何やら不穏なことを言っていたが、無視することにした。

 

 

 あれから約六年ほど経ちました。人生楽しんだもん勝ちだ——そんなことを言っていた時期が俺にもありました。全然王子生活が楽しめない。俺は『フラグ』とやらを盛大に立ててしまったみたいだ。脳内の白菊を無視するんじゃなかった。

 どうして楽しめないのか?

 まず、大勢の人に囲まれる生活に慣れていない。前世の俺は在宅で仕事をするフリーランスの人間だった。仕事の関係上、オンラインでの通話なんかはよくやっていたけれども、対面で話していたのは家族ぐらいだった。そんな俺がいきなり、沢山の使用人に囲まれる生活を送るとどうなるのか?——ものすごく疲れる。特に最初の三年ぐらいはかなり大変だった。今は親しい侍従もできてだいぶストレスは減ったけれども。

 他にもある。今世では生まれてから、父親にも母親にも数えるほどしか会っていないのだ。前世はかなり家族の仲が良かったから、中々に堪える。対等な立場で話してくれる人が欲しい。常に敬語を使われる生活は少しばかり息苦しい。

 白菊に勧めれて読んだラノベの主人公達は、こんな感じではなかった。トラックでにはねられて転生したり、憑依したりするストーリーで主人公がコミュニケーションの面で困っていた……なんて描写はなかった気がする。大体がチート級に強くて、転生先やら異世界やらで無双していたはずだ。だいぶ前世の記憶が薄れたとはいえ、これだけは自信があった。

 もしかして俺は主人公ではなくて、ただのモブなのかもしれない。それならばモブとして、主人公を全身全霊をかけて影から幸せにしなくてはいけない。早く主人公を見つけなければ。ストーリーの展開上、彼らは往々にしてトラブルに巻き込まれる。兎にも角にも出来る限り、多くの人に会わないと。

 

 バチン——静かな部屋に音が響く。顔を上げるとそこには俺の侍従——トルマリン——が立っていた。栗色の髪に緑色の瞳。真っ白な肌。月並みな表現だけど、天使のように完成された美貌の持ち主だ。実態は天使のイメージからはかけ離れているが。

 「ぼんやりする時間は終わりです。毎度毎度声をかけているのに、なんで反応しないんですか?医者でも呼びましょうか?一度、耳の中ほじくってもらいましょう」

 可愛らしい顔に反して、とんでもない毒の吐きよう。綺麗な顔の無駄遣いにも程がある。

 「俺は今とてつもなく、悩んでいるんだ。問題が解決するまで何か別のことをしようとは思わない。人生がかかってるんだ」

 普通はここまで自分の主人が言ったら、そっとして置いてくれるだろう。ただ、残念なことに彼は普通ではないみたいだ。

 「何に悩まれているかは知りませんが、伝言です。“そろそろ公の場に出る練習を始める必要がある。その足がかりとして、同年齢の貴族の子息、子女を招くので必ず集まりに参加するように“とのことです」

 淡々とえげつないことを俺に伝えてくる。マナーすらあやふやな俺になんて酷なことを。

 「オレ、ヒトマエ、ニガテ。ゼッタイ、アツマリ、デナイ」

 俺の渾身の叫びは見事聞き流された。

 「諦めてください、ご主人様。先ほど伝言とお伝えしましたが、これは命令です。あなたに拒否権は存在しません」といい笑顔で言い切った。

 トルマリン——トマは愛想笑いはよくするが、心の底から笑うことは少ない。コイツが心の底から笑うのは、俺が教育係に無茶な課題を出されて絶望していたり、服の仕立てのために大量の針子に囲まれていたりするような状況——つまり俺が困っている時に、いい顔をするのだ。

 今回はそれはそれはいい笑顔だったので、絶望しか感じられない。今までも何回かあった。教育係や乳母辺りが、友人作りのために集まりを開こうとしたことが。その度に俺は全力で拒否をしてきたのだ、が今回は命令ときた。俺は恐る恐る天使のように美しく微笑んでる侍従に聞いてみることにした。

 「命令って誰から?俺の知っている人?」

 「それはもちろん、あなた様のお父上です」

 俺の父親、つまりは国王の命令。断ることなど到底できない相手に俺はただ、頭を抱えるしかなかった。

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