第2話 第二王子襲来!変人×変人の相乗効果でさらなるカオスヘ

 「先日の発言で令嬢を困惑させてしまったことの詫びをさせてくれ。誠にすまなかった」

 お母様に促され、渋々用意された来賓用の部屋に移動して最初に目にしたのは頭をこれでもかと下げたあの変人、もとい第二王子だった。連絡もなしに人の家を訪ねるとか常識どうなっているの? そもそも王族ともあろう人が頭を簡単に下げるべきでは無いことぐらい分かっていて? 教育係、ちゃんと仕事しているのかしら? それ以前に立ったまま私を待っていたのか。侍女に座るように絶対言われているはずよね。謝罪を受け入れるよりも前にツッコミたいことが多すぎて脳みそパンクしそうだわ。

 よし、とりあえずこの変人王子に座ってもらおう。ツッコむのはそこからだ。

 

 「お待たせしてしまい、申し訳ございません。お話は席についてからにしませんか?」

 これなら、角が立たずに席を勧められてるはず……よね。

 ここまで言えば、この常識はずれ王子も席に座るでしょう。……よし、座った。

 

 「改めて、申し訳なかった。先日は少し動揺していて……。せっかく令嬢にお会いできたのに不快な思いをさせてしまって。詫びの品を送らせてくれ」

 おや、変わり者にしては中々誠実な対応。普通なら高評価でしょうね。ただ、貴族の立場から見ればマナー違反と言わざるを得ない行動が多い。

 「謝罪を受け入れます。ですが、お詫びの印は品でないものをお願いしたいのです」

 「僕ができることであれば、その提案を受け入れよう」

 「いくつか申し上げたいことが」

 「ああ、構わない」

 これはゴーサインが出たって解釈していいわよね。

 

 「一つ、事前に訪問の連絡をいただきたかったです。二つ、王族ともあろう方が安易に頭を下げないでください。そもそも身分の低い者が来るまで席に座らないのも言語道断です。王族教育をきちんと受けられているんですか?」

プルメリアの指摘は的確だった。ただ、彼女の辞書には婉曲表現という単語は存在していないらしい。容赦のない彼女の言葉で王子はフリーズした。

 

 静かな時間が流れる中、彼女がティーカップをソーサーに戻す微かな音だけが室内に響く。一仕事終えて晴れ晴れとしたプルメリアの表情と対照的に、王子は無表情である。

 カモミールは己の主人の暴挙に、王子がどのように対応するかを冷静に観察していた。無礼だと怒るのか、無慈悲とも言える指摘に泣くのか、はたまた受け入れられずに立ち去ってしまうか。彼女は王子は怒ってこの場から立ち去り、父である王に泣きつくのだと思っていた。だが変人の行動というのは、常人の理解できる範疇を超えていくものだとカモミールは追々痛感していくこととなる。

 

 「ありがとう、プルメリア嬢。先日といい今日といい、貴女には迷惑をかけてばかりで誠に申し訳ない。ご令嬢にお会いすると、どうも緊張してしまうようで。貴女さえ良ければ改めて挨拶をしたいし、友人になってほしい」

 カモミールは絶句した。己の勘が外れたこともそうだが、何よりプルメリアと友人になりたがるとは。変人と変人の相乗効果でどんな地獄が生まれるのか想像もしたくない。彼女は固唾を呑んで主人が発言するのを待っていた。

 

 「面倒だし嫌です。先ほどの忠告は、最低限の常識すらない人が嫌だからしただけです」

 これまたサッパリとした答えだった。しょんぼりとした王子はまるで侍従のように見え、堂々とした公爵令嬢は王女のようにも皇帝のようにも見える。

 カモミールは冷静にこれが主人の言う『王族らしくない振る舞い』なのだろうと冷静に分析していた。

 王子は決してしっかりしていない訳ではない。いわゆる年相応と言うやつである。どちらかといえばプルメリアの公爵令嬢としての振る舞いが完成されすぎているのだ。これらの他にもさまざまなことを考慮したとしても、主人が堂々としすぎている事実に変わりはないが。

 カモミールはこの地獄から自分と瀕死の王子を救い出してくれる人物——具体的にはアイリスが来るであろう未来を心の底から信じていた。この一生に一度味わったら満足するレベルの空気を変えてくれるならどんな方法、手段を用いてくれてもいい。例え彼女が天然ゆえに凄まじい爆弾発言をしても構わない。

 一介の侍従である今の私に、高貴な彼らの会話に割って入ることなどできないのだから——

 

 コンコンコン——。ノックの音が静かな客間に響く。

待ってましたとばかりに素早くカモミールがドアを開けると、そこには期待していた通りの人物、アイリスが立っていた。屋敷の女主人である彼女が訪問客に挨拶するのはごくごく普通のことである。が、問題は彼女が彼を王子として接するのか、それとも何の連絡もなしにやってきた厄介な客として対応するのか、だ。彼女は女主人として、そして公爵夫人としての振る舞いが試されていると言っても過言ではなかった。

 彼女は一拍おいて柔らかく述べた。

「お客さまにご挨拶させていただきたく参りました——。」

 どちらとも取ることのできる無難な挨拶の口上、だが『これ以上ないほどの最高の選択でした』とのちにカモミールは語っている。

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