【完結】私と神とある村と
うり北 うりこ
始まり
彼女が生まれた村は、山奥にある小さな村だった。他者を寄せ付けない排他的な雰囲気ではあるが、過疎化が進んだ頃から遠く離れた土地から嫁や婿を持って帰ってくるようになった。
その村には田畑と一つの神社の他は何もなく、村の外と繋がる手段は朝夕に一本ずつのバスのみ。
静かに時が流れる村ではあったが、一年に一度だけ特別な日があった。それは、深夜に村のみんなで散歩をするのだ。
父親も、母親も、お爺さんも、お婆さんも、子どもも、赤ん坊も。みーんなで。
二列に並んでぞろぞろ歩く。その時は、何があってもしゃべってはいけない。後ろを振り向いてもいけない。それが村の決まりだ。
だから、赤ん坊は大変だ。絶対に泣かせてはならないし、前を向いてなくてはいけない。
母親たちは必死で寝かせて、起きないことを願って前向きに抱っこをする。だから、その村では赤ん坊は首がすわったらすぐに前向きに抱っこをする風習があった。
例え、首がすわっていなくても前向きに抱っこしなくてはいけない。そうしないと、赤ん坊がいなくなるのだ。
しゃべったり、後ろを振り向いたりした人も、みーんないなくなってしまうのだ。
村の人は誰もいなくなった人たちがどこへ行ったのかは知らない。けれど、彼らは口を揃えてこう言うのだ。「神様のもとへと向かわれた」と。
そして、今日は深夜のお散歩の日。
この日は決まって、お月さまがいつもより近く、まるで燃えるかのように真っ赤に染まっている。
石だたみの上をみんなで何もしゃべらずに歩いていれば、一人の赤ん坊が泣いた。
「ふぎゃーーふぎゃーー」
すると、その赤ん坊は母親の腕のなかから消えた。それでも、母親は震えるだけで声は出さずに歩き続ける。どんなに打ちのめされても、理不尽でも、悲しくても決まりは守らなければならないのだ。
そして、長い長いお散歩は終わりが近付いた。ゴールの鳥居が見えてきたのだ。
鳥居はいつもはあんなにも赤くないのに、この日だけは鮮血のような赤色で、深夜にも関わらず遠くからでもよく見える。
そんな鳥居が近付き、誰もが終わりが近いことに、ほっとした時──。
「あっ!!」
という子どもの声と、その子どもの名前を呼ぶ母親の声が響いた。その母親は他所から持って帰ってきた嫁だから、決まりを守れなかったのだろう。
こうして、この年は一人の赤ん坊と子ども、母親が村から消えたのだった。
だが、その消えた子どもとお母さんは自身が消えたことにも気が付かずに歩いていた。村でのお散歩と何も変わらず赤い鳥居を目指して。みんな一緒にぞろぞろと。
足は何かに動かされるように自然と動き、止まらない。止められない。
行列が村での列よりも長く、いつまで経っても鳥居には全然近付かない。歩いても、歩いても、鳥居は一定の距離を保ったまま。
元気なのは子どもと母親の二人だけだった。他の人はみんな、歩き方がおかしい。疲れたのだろうか。背中が丸まって足も引きずっている。誰かの父親も、母親も、お爺さんも、お婆さんも、子どもも、みーんな。
よく見ると足から真っ赤なものが
子どもはキョロキョロと唯一自由に動く首を動かすと、後ろを歩いていたお婆さんを見て、目を見開いた。それもそうだろう。そのお婆さんは一年前のお散歩で消えたお婆さんだったのだから。
どのくらいの時が経ったのだろう。新しく仲間になった子どもも母親も、先に散歩していた村人と同じように足を引きずるようになった。
背中は丸まり、履いていた靴は足にまとわりつくだけで機能を果たさず、足からは赤いものが滴っている。
ズリッ、ズリッ、と歩く姿はまるでこの世のものとは思えない。
足から血が出ようとも、骨が見えようとも、この散歩は続いていく。
全ては決まりを守らなかったから。この村の神からの罰である。
声を封じられ、無理矢理体を動かされ、飲み食いせずとも生かされ続ける。
そんな姿を見て、神と呼ばれる体から八つの獰猛な顔をした蛇を生やした者は酒を飲んだ。真っ赤な唇に微笑みを浮かべながら。
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