お誕生日おめでとう
空乃晴
第1話
メールか何か、はたまた直接会う約束をして。
なんていう楽しい妄想は止められなかった。
今年だって、きっとそれがあるはずだった。いや、あると信じている。
「ラッピングお願いします」
雑貨屋さんでレジ待ちしていると、シンプルな服を着た女が、かわいらしい雑貨を購入している最中だった。
ぼけっと寝ぼけたような顔で眺めていると、店員との会話を耳にした。
「どなたかご友人がお誕生日なんですね? おめでとうございます」
「ありがとうございます。そうおっしゃっていたこと、伝えさせていただきます」
そんな会話の最中でも、テキパキと店員はラッピング作業をしていた。
手先の動きははやいが、一つ一つ丁寧に行っている。流石はプロだな、とひとりで関心していた。
「お待たせしました。次のお客様、どうぞ」
前の女が会計を済ませると、店員はレジ前に来るように促した。
「これをお願いします。えっと、ラッピングで」
私は先ほどのかわいい袋が気に入り、誰にあげる用でもなかったが、ラッピングを頼んだ。
「あなたもご友人にお誕生日の方がいるのですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
私は心の中で苦笑しながらそう言った。
店員はそんな私を気にすることなく、先ほどのようにラッピング作業をはじめた。
目の前でみるのと、遠目でみるのとは、また迫力が違う。
「お会計は」
私が気分よく雑貨屋さんからでると、先ほど会計をしていたシンプルな女が待ち合わせかなにかのようにそこにいた。
しばらくその場にとどまって見ていると、もうひとりの女が姿を現した。
「ごめんね、待ったでしょう」
「そんなに待ってないわ。さ、カフェに行きましょう。渡したいものもあるから」
二人して嬉しそうに微笑みながら、カフェのある道を歩き出した。
私は一人暮らしの家に戻った。良くも悪くもない、小さなマンションの一角だ。
雑風景な部屋なので、新しくインテリアになりそうなものを購入した。
いつも洗濯物とかを部屋にひろげたまま、ほったらかしにしている。新しいインテリアになりそうなものを買うのはどうかと思った。
あのときは気分で買ったのだから、仕方がないだろう。
ご飯の準備をしなければいけない時間になったため、私はそれをソファの上に置いて、支度をはじめた。
とは言ったものの、料理の知識はさほどないので、冷凍のチャーハンをレンジであたためただけのものだったが。
私は机に向かい、チャーハンを口に頬張りはじめた。
いつもながらに美味しかった。エビとバターの風味がしっかりする。
「あれ? この部分だけ冷たいな」
一回しかあたためなかったのだから当然といえば当然だろう。
しかし、私はそう言いつつもまたチャーハンを頬張った。
私は完食したお皿をキッチンに置くと、ダラダラとテレビを見始めた。
メールか何か、はたまた直接会う約束をして__。
なんていう楽しい妄想は止められなかった。
今年だって、きっとそれがあるはずだった。いや、あると信じている。
そう思っていた。
けれど、それは違っていた。いよいよ待ちに待った今日だというのに、誰からも一言のメールすらも来ない。
みんな忙しいのだろう。夜になったら、きっと……。
すっぽりと暗闇に覆われた時間帯になった。それでもなお、一通もメールが来ないことで、ぽっかりと何か穴が空いた気がした。
「ああ、今年は誰も祝ってくれなかったなぁ……」
大人なのに、誕生日に誰も祝ってもらえなかったからと、泣くのは情けないだろう。
それでも、何かきゅっと胃が締めつけられるような感覚を覚えた。
「毎年私はみんなにお祝いのプレゼントをしているのに」
いろんな事情があるのだ。歳をとれば、生活リズムだって変わってくる。
仕事で忙しかったりするだろう。それは仕方のないことだ。
私はソファで寝転ぼうとしたが、何か硬いものがあたった。
「もう……」
私は苛立ちの声をあげ、その硬いものの原因を手に取った。
「あれ?」
かわいいラッピング袋を手に取って眺めると、裏に付箋が張られていた。
『お誕生日おめでとうございます。いい一年になりますように』
お誕生日おめでとう 空乃晴 @kyonkyonkyon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます