第4章 頂上決戦


「神田古本まつり」は東京神田神保町で開催される本好きにとっては知らぬ者のいない一大イベントである。

 神保町に店を構える古書店、新刊書店だけではなく、版元や地方の書店も露店を出し、取次を介さずに選んだ自社本などを売ることができる。

 そのまつりに合わせて今年は各書店や出版社のキャラクターを投票でランキングする「本屋さんのゆるキャラグランプリ」が開かれることになった。


 ここでブッコローが一位をを取って越後屋に見せつけてやるのだ。ハヤシは意気込んでいた。越後屋のエチゴローもエントリーしている。声は結局、越後屋の社員が当てているらしい。越後屋のYouTubeチャンネルは半年で登録者一万人を突破していた。負けてはいられない。


 有隣堂のスペースでは雅代と佐藤が売り子をしていた。ワゴンには「ゆうせか」本やブッコローグッズが山盛りに積まれている。ここでもブッコローをアピールしてお客さんに票を入れてもらうのだ。


 雅代が大声を張り上げて呼び込みをしている。おかげで有隣堂のワゴンには人だかりができていた。

「さすがだ、雅代姉」

「たびぃ~ゆけぇ~ば~するがのぉ~みちにぃ~ちゃのぉかおぉ~りぃぃぃ~」

「何の呪文だ」

「浪曲・勝五郎の義心伝だよ~」

「本を売れ!」

 よく見れば人だかりはできているが本もグッズも一向に売れていない。


「それに何だこのポスターは!」

 ワゴンの前に貼られたポスターを指差してハヤシは尋ねた。

「三沢だよ」

 知らんのか、と言いたげな冷ややかな視線をハヤシに向けて佐藤は答えた。

「週プロ(注:雑誌『週刊プロレス』)の読者プレゼントで当てたんだ。三沢(注:プロレスラー三沢光晴)のサイン入りの一点ものだ」

「ここはコレクションを自慢する場所じゃないぞ!」

 ハヤシは眩暈めまいを覚えた。


「ハヤシさん、お疲れ様です!差し入れ持ってきました」

 内野が差し入れをたずさえてやって来た。

「何ですか?これは…」

 内野が抱えている籠の中に灰色の物体が見えた。

「長谷部さんが皆さんへの差し入れにとトチメンボーを作ってくれたので干しちゃいました。どうぞ~」

「…」

 何でも干しがる内野によって干されたトチメンボーは可愛くラッピングされてはいたが、食品に有るまじき色をしていて手に取るのを躊躇ためらわせた。


 ハヤシの内心など知る由もない有隣堂の社員たちは今日も全力でゆるかった。


「やあやあ、これは有隣堂の皆さん。賑やかですなぁ」

 振り返るとスーツ姿の男が立っていた。見覚えはない。だが名乗らずとも誰であるかハヤシには分かった。スーツの胸に「越」の字が彫られた社章が輝いている。

「越後屋!」

 ここに来た目的を忘れかけていたハヤシは声の主を見て覚醒した。


「よくもうちのブッコローにちょっかい出してくれたな!」

「ちょっかいだなんてとんでもない」

 越後屋の広報部長はあくまで低姿勢な態度を見せた。

「有隣堂さんには勉強させて頂いておりますよ」

 下手したてに出たとてブッコローを引き抜こうとしたことにかわりはない。

「裏でコソコソと卑怯だぞ!正々堂々と勝負しろ!」

「いいでしょう。ではこの『ゆるキャラグランプリ』でどちらが上かハッキリさせましょう」

 広報部長の目の奥が光った。


「勝った方が負けた方の店舗に好きなものを置く、というのはどうですか?売れるまで撤去は禁止で。勿論、本か文具に限りますが」

「い…いいだろう」

 ハヤシはYouTubeチャンネルのプロデューサーであって、店舗に何を仕入れるかの権限はない。だが乗りかかった舟だ。

「ではブッコローが勝ったら越後屋の店舗にレクサスを置いてもらおうか!」

「…なるほど、本以外は文具、というわけですか」

 広報部長は動揺しなかった。越後屋の広い店舗であればレクサス程度なら置くことができる。客層も金持ちばかりだ。すぐ売れるだろう。


「ではエチゴローが勝ったら伊勢佐木町本店の一番目立つ棚全部に『プリクラ王国へようこそ!』を面陳平積してもらいましょうか。そうですね、十冊売れるまで撤去無しで」

「『プリクラ王国』だと!」


『プリクラ王国へようこそ!』の著者「プリクラ王」は「ゆうせか」にゲスト出演したことがある。

『プリクラ王国』は自費出版本ではあるが、ISBNコードを持ち国立国会図書館にも所蔵されている立派な書籍である。だが、売れないのだ。

「プリクラ王」(四十歳・男性)が様々な仮装をして写したプリクラをまとめた本である。どのジャンルの棚に置けばいいのか、書店員泣かせの本だった。著者の家には大量の在庫が積み上がっていた。


 大丈夫だ。ハヤシは心の中で呟いた。登録者二十万人のチャンネルのキャラクターであるブッコローが、登録者一万人のチャンネルのエチゴローに人気、知名度共に負けるはずが無い。それにしても…


「ブッコローの競馬好き、愛読書は『ウシジマくん』」「本以外は文具」「『プリクラ王国へようこそ!』の大量在庫」。良くリサーチしている、というか…

 この越後屋社員はただの「ゆうりんちー」なのでは?

 ハヤシの胸に一瞬、疑問が湧いたが首を振ってかき消した。


「本屋さんのゆるキャラグランプリ」の投票の集計が終わったようだ。


 勝負の行方は――

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