ラグナロク~徒桜編~

maria159357

第一章【玉蜻】





 登場人物


         鳳如

         琉峯

         麗翔

         帝斗

         煙桜

         ガラナ

         辻神

         ムジナ

         酒呑童子

         夜焔














 その夢を失くして、生きてゆけるかどうかで考えなさい。

            ゲーテ



















 第一章【玉蜻】













 「閻魔様、どうなさいました?」

 「何が」

 「いえ、いつになく真面目な顔つきでしたので何かあったのかと」

 「小魔、お前俺がいつも真面目な顔つきをしていないって言いたいのか。間違っちゃいねぇが」

 「ですから、いつになく、と付け足しました」

 「付け足したのか。お前の優しさだと思って受け取っておくよ」

 「それで、どうなさいました?」

 「んー?いや・・・なーんか嫌な予感がしてよ」

 「嫌な予感ですか。また地上で何か死人が増えるとかですか」

 「そうじゃねえんだ。なんていうか・・・夜焔のことでよ」

 「?」

 「最近、あいつが妙な連中と連絡を取り合ってるっていう噂を聞いてよ。噂だけどな」

 「妙な連中と仰いますと?」

 「詳しくはまだ何もな。ただ、あいつはある意味、あのぬらりより厄介だからな」

 「厄介とは」

 「欲に溺れた奴ってのは、欲の無い奴より大それたことをするもんさ」

 「これからまた何か起こるということですね」

 「多分な。あんまりあいつと関わりたくねえんだけどな」

 「夜焔さんは何を考えているのでしょうね」

 「いや、そっちじゃなくて」

 「え?」




 「なあ、質問していいか」

 「なんだ帝斗」

 「ここは何処だ?」

 「俺は知らねえぞ」

 「私も」

 「俺もです」

 「ここはねぇ、所謂“現世と来世の境界”だよ」

 「鳳如いたのかよ!さっさと説明しねぇと俺達が分からねえだろ!!!読者なんて状況も何も分からねぇンだぞ!会話文しかねえからな!!!!」

 「しょうがないよ。なんだかんだ言って、会話文が一番やりやすいなーって気付いたみたいだから」

 「そんなことどうでもいいけど、さっきまで私達、確か会議室にいなかった?」

 「いました」

 「なんかふわふわするな。地面があるのに無重力にいるみてぇだ」

 「帝斗がそんなんじゃダメじゃない」

 「うるせぇな」

 「琉峯、どうかしたか?」

 「いえ・・・なんか・・・すごく古傷が痛むといいますか」

 「ま、ここに元凶は多分・・・」

 その頃、座敷わらしの様子を見にきていたぬらりひょん、天狗、おろちの3人は、いつもならいるはずの鳳如たちがいないことを知る。

 そして、鳳如たちがいるのであろう、嫌な予感がする方向を見る。

 「・・・神相手ではどうにもならぬな」

 いきなり不思議な場所へ飛ばされた鳳如たちは、何もないその空間を歩いて彷徨っていたが、ふと、琉峯の方へ何かが飛んできた。

 鳳如と煙桜が反応しその何かを弾くと、それは喉を鳴らしながら笑い、少し離れた場所へ着地する。

 「お前は・・・!!」

 琉峯は目を丸くし、呼吸を乱す。

 「よお、久しぶりだな。復活して戻ってきたんだぜ?」

 金髪に両耳ピアス、茶目で左目の下には逆三角形のような模様がついている。

 ただ、以前会ったときよりも、金髪は短くなっているようだが、この際それはどうでもいい。

 少し過呼吸気味になっていた琉峯の背中を、煙桜が軽く叩く。

 はっ、と琉峯は煙桜を見ると、いつの間にか掴んでいた古傷の手を緩ませる。

 「確か、ガラナだったか?」

 琉峯の様子を見ていた帝斗が、一歩前に出て男を睨みつける。

 男、ガラナはケタケタ笑いながら首を傾ける。

 「そうだよ。俺だよ。あの時俺を殺しておけばよかったのに、甘いかな、俺を生かしておいたからこんなことになったんだよ、琉峯」

 なあ?とねっとりとした喋り方で琉峯を見れば、全身がゾクッと身震いする。

 「・・・で?ここに連れて来たのは君かな?確か、“辻神”とか言ったかな?」

 腕組をしながら、ガラナの斜め後ろの方に見える人物を見る鳳如。

 その言葉を聞き、質問したのは帝斗だ。

 「神?神がなんだってこんな奴らと?」

 「さあねぇ?ただ、神相手となると難しいね」

 「もしかして、これって禁忌の神殺しになる?」

 「そうかもね。災いをもたらす神といえども神だからね。もしヤレるとしたらぬらりひょんたちかな。あとは閻魔とか」

 「で?あっちも見覚えあるんだけど?」

 「ありゃ酒呑み野郎じゃねえか」

 「酒呑童子ね」

 「残り2人は誰だ?」

 こちらも以前、鳳如たちと戦ったことのある男、酒呑童子が、酒をぐびぐびと浴びるように飲んでいた。

 鳳如が残り2人のことを話そうとしたのだが、それを遮るようにして、半分の顔を持つ男が説明をする。

 「俺は夜焔。こっちはムジナって言うんだ。さすがに知ってるかな?」

 夜焔という男は、右半分が黒髪で凛々しい感じなのだが、左半分は金髪金目でなんともチャラそうだ。

 ムジナという男か女かわからないが、その人物は目深にフードを被り、さらには全身もその布に包まれているため姿がさっぱりわからない。

 夜焔という男、なんというか、大まかな雰囲気は鳳如に似ている感じもするのだが、漂っているのは気味悪いものだ。

 「なるほど。ここならぬらりひょんたちも手出しが出来ない。それに座敷わらしの声も届かない。安心して俺達を始末出来るってわけだね」

 「そうだね」

 「じゃあ、建物が壊れる心配もせずに戦えるっていうわけだ」

 「なーる」

 「確かに」

 「修繕費が浮くな」

 「ただ、1つ不安要素が」

 「「「なんだ琉峯」」」

 「“石”の力が使えないってことだね」

 「そうです」

 「まじ?俺めちゃ使う気でいたんだけど」

 「俺は平気だけどね、強いから。でもみんなはどうだろうね」

 「でもやるしかないじゃない」

 「じゃあみんな、ひとまず」

 「「「「勝ちに行こう」」」」




 「夜焔がいない?」

 「ええ。閻魔様が気にしておりましたので所在を調べましたところ、現在行方をくらましております」

 「・・・まさかな」

 「なんです?」

 「旅行に行ってるとかじゃねえよな?」

 「そのような友人がいらっしゃらないかと」

 「それはそれで失礼だぞ小魔。行方をくらましてるって、周りに何も言ってねえのか?それこそあいつの部下だとか」

 「2日ほど前『夕焼けを見てくる』と言ったきり戻ってこないそうです」

 「・・・・・・え?何そのロマンチックな感じは。あいつは夕陽にでもなったの?」

 「ですが、それを告げたのは午後3時ごろだったとか。少し気が早い気がします」

 「そこはいいんだけどな。せっかちさんとかならありそうだから。綺麗な夕焼けもタイミングがあるからな」

 「閻魔様、どうなさいますか?」

 「・・・もしかしてよ、他に連絡つかねえ奴とかいるか?イベリスとか・・・辻神とか」

 「調べてみます」

 「悪いな」

 「いえ。ただ、閻魔様の仕事のお手伝いが出来兼ねてしまいますのでご了承ください」

 「小魔なら両立出来るさ」

 「そのお二人だけではなく、他もあたれということですよね?どれだけ時間がかかると思っているんですか?それをすぐに調べろと言うなら尚更です。閻魔様の手伝いだけでも手一杯だというのに、他の調べものを追加されようものなら」

 「わかったよ。そっちに集中していいから」

 「とはいえ、俺にはツテがありません。コネもありません。閻魔様のコネを使わせていただけるなら助かります」

 「好きなだけ使え」

 「ありがとうございます」

 「昔はもっと謙虚だったのにな」

 「逞しくなりました」

 「本当にな」




 「・・・・・・え?あんた私たちを殺しにきたのよね?なんで動かないの?」

 「・・・・・・」

 「あのねえ、そうやって黙っていたってどうにもならないでしょ!私ばっかり喋っててなんか虚しいから、少し何か言ってくれない?口が無いわけじゃないでしょ?」

 「・・・・・・」

 「これだから最近の男は。もっと積極的でありなさいよ!!ほら!一旦私を口説いてみなさい!!!」

 「・・・・・・」

 「ちょっとねえ・・・・・・え?」

 ムジナが、フードを脱ぐ。

 それをじっと見ていると、そこから見えたのは、見覚えのある顔。

 「え?ちょ・・・何?」

 何回も瞬きをすると、麗翔はその見覚えのある人物がいるはずの方向へと顔を向け、そこにいることを確認する。

 そこで確かに戦っている人物から、再び目の前の男に視線を戻したとき、麗翔は思い切り腹を蹴られ飛ばされる。

 「・・・・・・ッ」

 ムジナは口を動かし始めると、最初こそは途切れ途切れで聞き難く、声も全く違うはずだったのに、徐々にその姿の人物の声へと変わっていく。

 麗翔は蹴られたお腹を摩りながら立ち上がると、ムジナはその人物の姿のまま、こう言った。

 「俺の手で、殺してやる」

 それを聞き、麗翔は歯を見せて笑いながらも冷や汗をかく。

 「冗談じゃないわ」

 その頃、辻神と対峙していた帝斗は、辻神が手をかざしただけで現れる黒くて丸いものに当たらないよう必死だった。

 なぜなら、それが最初に出て来たとき、指で触ってみようと思ったら、鳳如にこんなことを言われたからだ。

 『それね、触ったら身体引き千切られちゃうよ』

 「ふっざけんなよ!!!」

 辻神は次元を操作出来る。

 それゆえ、違う次元に引きこまれるだけならまだしも(それも嫌だが)、中途半端に入れば次元と次元の狭間に入ってしまい、そのまま・・・。

 「こいつ攻略法とかねぇのかよ」

 息を切らしながら辻神を見ていた帝斗は、ひとまずどこまで自分の力が出せるのかを試してみる。

 重力を扱えずはずだが、“石”が使えなければやはり無理らしい。

 「となりゃあ・・・」

 そう言うと、帝斗は常日頃から愛用している、以前はよく使用していたトンファーを取り出す。

 器用に手を使ってくるくると回し、手になじませるように動かすと、パシッと掴んであの頃を思い出す。

 「石の力なんぞ無くても戦ってたんだ。なんとかならぁな」

 「なぜ抗う」

 「は?」

 急に話し出したことに対しても、初めての言葉がそれなのかとか、気合いを入れたはずなのに少し力が抜けてしまった。

 思っていたよりも透き通っていた辻神の声に、帝斗は耳を奪われる。

 「人の一生は短い。抗ったところで意味などない。それでもなお、戦う意味はなんだ」

 あまりに綺麗な声に意識がどこかへ飛んでいた帝斗だが、ハッと我に返る。

 そして、少しも考えることなく答える。

 「そりゃそうだろ」

 「・・・なに?」

 「意味だなんだってのは分からねえけど、一生が短ェから、俺達はこうやって戦ってんだよ」

 「・・・無意味だ」

 「俺は結果論ってあんまり好きじゃなくてよ」

 にへら、といつもの帝斗の笑みだ。

 「結果を変えるために戦ってんだ。結果ってのは未来だけどよ。どれだけ抗っても変えられねえもんだってある。大抵そうかもな。けど、たった1つでも変えられるなら、俺はずっと戦うよ。1人になっても戦ってやる」

 「・・・ここで死ぬことになってもか」

 「悪いことは考えねえようにしてんだ。ポジティブシンキングってやつ?まあ、たまには凹むこともあるけどよ。俺はここで死なねえし、俺の未来は明るいんだ」

 「気は確かか」

 「え、なにそれ。めちゃドライじゃんか。お宅知らねえの?言霊ってやつ」

 「言霊を使えるのは一握りの者だけだ」

 「いや違うね。言霊は誰にだって使えンだ。言葉の力を侮るんじゃねえ」

 「気は確かか」

 「え、デジャブ」

 「哀れな人間だ」

 「他人からの言葉なんてどうでもいい。これは俺の人生だ。俺の言葉で生きていく。俺の言葉で俺は変わる」

 「では、現実を見せてやろう」

 「お手柔らかに」

 ニッと笑うと、帝斗はトンファーを構える。




 「ったく。容易じゃねぇなぁ」

 「私の相手はお前でいいのか?」

 「いいのかって言ったってよ。しょうがねえだろ。消去法でいくと俺がお前の相手するしかねえんだよ」

 「私はぬらりと互角じゃぞ?貴様ごときに敵うはず無かろうて」

 「お前酒の臭いすげぇぞ。俺よりすげぇ。どんだけ強い酒飲んでんだ?」

 「これは度数は15じゃ」

 「思ったほどじゃなかった。じゃあなんだ?すげぇ量飲んでるってことか」

 「いつもはもっと強い酒を飲んどる」

 「お前さ、なんでわざわざ1回負けたのに戻ってきたんだ?」

 「貴様らに負けたわけではないからのう。あくまでぬらりじゃ」

 「あ、あいつに負けたのは認めんだな」

 「負けてはおらぬが、貴様らを先に片づけた方が早いと思ってのう。いずれはあ奴も捻り潰してやるわい」

 「そういう野心があるってすげぇな。俺は無ぇんだよ。闘争心とか出すの恥ずかしい年頃でよ。なかなか、ああいう風に躍起になるのもなぁ」

 そう言うと、煙桜は帝斗の方を指さす。

 酒呑童子は横目に帝斗を見ると、肩を揺らして笑った。

 「若気の至りじゃのう」

 「無鉄砲、無知、無謀が若さの強みだってんなら、読みが浅い、調子に乗る、楽観的、それすなわち、若さ故の経験の無さが生みだす悲劇だ」

 「分かっておるなら、あそこの若造に教えてやらんか」

 「口で言うだけが教育じゃねぇだろ。俺ぁどっちかってーと実践形式が得意でな」

 「ならば、さっさと戦って、私より若いことを恨むんじゃな」

 「若いなんて久しぶりに言われたよ。もうこの歳になるとよ、おっさんおっさん言われてよ、身も心もおっさんだよ」

 「事実おっさんじゃからのう」

 「うっせぇよ。お前には言われたくねえ」

 そう言うと、煙桜は大鎌を構える。

 柄の先には鎖と、その先にさらに錘がついている、愛用していたものだ。

 「ほんじゃまあ、俺も久々に使うか。“若気の至り”ってやつをよ」

 誰よりも先に戦い始めていた、というよりも戦わざるを得ない状況となっていた鳳如は、帝斗への助言を済ませると、目の前の相手の攻撃を避けていた。

 他メンバーより戦えるといえども、鳳如とていつもの力が使えないのは厄介であった。

 「まったく。こんな急に来られたんじゃ、気をつけるも何もないな」

 「もしかして、閻魔が何か言っていたかな?おせっかいなんだから」

 「夜焔って確か、前の地獄の門番を殺して這い上がってきた野郎だよな?どういうわけか、『仏が気紛れに垂らした蜘蛛の糸を掴んで戻ってきた選ばれし地獄の覇者』だとか言われてんだろ?ふざけやがって」

 「あれ?君、口調変わってるけど」

 「あ、やべ。素が出た。なるべく穏やかキャラで行こうと思ってんだけど、上手くは行かねえなぁ」

 「俺は納得してないんだよ。なんで俺が地獄なんて行かなきゃいけないんだ?閻魔は何もわかっていないよ。それでイライラしちゃってね、門番くらいならヤれるかなーと思ってね」

 「それを期に、あいつ門番も自分で決めるって言ったんだろ」

 「腕がたつらしいよ、今の門番達は」

 「だろうな。あいつ、意外と人を見る目はあるんだよ」

 「仲がいいんだね」

 「良かねぇよ」

 「それにしても、君も不思議だね」

 「あ?」

 「俺の攻撃をこうも容易く避けるなんてね。いつもはもっと早く片がつくのに」

 「すぐに片がついてたまるか。一応あいつらの上司だからな。一番先にやられてたんじゃ格好がつかねえだろ」

 「はははは。面白い。でも、君は今何が出来るんだい?本来の力は出せない。四神たちもここへは来れない。君たちに勝機は無い」

 夜焔が余裕そうに微笑みながら言えば、鳳如は準備運動を始める。

 「俺達は、いつだって理不尽の中で戦ってる。いつだって不利な状況で戦ってんだ。慣れてんだよ、こういうの」

 「慣れてるのは君だけじゃないかな?」

 「お前、あいつらのこと知らねえだろ」

 「知っているよ。我々よりもずっと弱い、人間だ」

 「ああそうだ。ずっと弱くてずっと脆くてずっと諦めの悪い、人間だ」

 「諦めが悪いなら、叩きつぶせばいい」

 「こう見えて、俺は結構しぶといぜ?」

 「楽しみだ」




 次々にみなが戦っていくのを感じる。

 だが1人だけ、琉峯だけはそれが出来ずにいた。

 小刻みに手が震えているのが分かる。

 それをなんとか止めようと、自分のもう片方の手で触れてみるのだが、その手さえ震えている。

 「怖いだろう」

 「・・・・・・」

 耳にまとわりつくその声に、琉峯は片耳を手で塞ぐ。

 もう片方の手で、昔ガラナにつけられた傷を服の上からおさえていると、ガラナの声をすぐそこで聞こえる。

 「死ねば恐怖も消えるぞ?」

 ハッと顔をあげれば、眼前にガラナがいた。

 琉峯は慌てて身体を後ろに動かすと、ガラナは顔を手で覆いながら大笑いする。

 「滑稽滑稽」

 指の隙間から覗くガラナの視線に、ただそれだけに、琉峯は克服したと思っていたガラナへの恐怖心が蘇る。

 「記憶ってのは厄介だよな?一度俺に勝ったくらいで塗り替えられるとでも思ったか?そう簡単じゃねえよ。今でも思い出すだろ?お前の家族を殺したときの・・・」

 「黙れッッッ!!!!」

 いきなり叫んだ琉峯に、鳳如たちは一瞬そちらを見やる。

 あまり感情を見せない琉峯は、感情が落ち着いているわけではなく、それを見せるのが苦手になっただけだ。

 「愉快だなぁ。こうも簡単に怒ってくれるとは。もっともっと怒れ。もっと残酷になれ。お前ならもっと鬼になれる」

 「・・・・・・」

 「俺への復讐心はもう消えたのか?そんなことねえよな?ほらどうした?お前の本性を見せてみろ。人間の中にある“恨み”“妬み”“嫉み”を思い出せ!俺に見せてくれ!!!」

 「・・・・・・」

 数回、深呼吸をする。

 今までにしたことのないくらいの、深い、ゆったりとした、ゆっくりとした、じっくりとした、身体の奥深くにまで浸透するような、そんなもの。

 夜焔と戦いながらも琉峯のことを気にしていた鳳如だったが、ちらっと確認をしたあと、小さく笑った。

 「俺は、もう、恨まない」

 「あ?」

 「俺は、誰のことも恨まない」

 「何言ってんだ?俺はお前の家族を」

 「俺が戦うのは、お前のことを恨んでいるからじゃない。みんなと、ずっとここにいるためだ」

 「・・・・・・そんなんで俺をやれると思ってんのか?」

 正直に言えば、今でも時々思い出してしまう。

 無かったことになんて出来ないし、自分が負った傷も、家族にあったことも、あの時の喪失感も絶望も涙も全部、全部。

 それでも、暗闇からやっと抜け出せた。

 「まあいい。お前の再生能力をいただくまでは、俺も死ねないんでな」

 「今度こそ、お前を潰す」

 「お前にしては物騒な言葉だな。そうこなくっちゃな」




 「閻魔様、ご報告で・・・す」

 「おお・・・小魔・・・」

 「随分とやつれましたね」

 「まあな。超頑張ってるからね、俺。マジで褒めてほしいくらい」

 「先代たちはもっと頑張っていたと思いますよ。何しろ、今より寿命が短かったわけですし」

 「俺を労うってことを知らねえの?」

 「そんなことよりご報告です」

 「そんなこと?俺が1人でめちゃくちゃ頑張ったのに。この俺がだよ!?どれだけ終わらせたと思ってんだ?すげぇよ、まじで。皆勤賞だし」

 「それは当然です」

 「ブラックじゃん。この仕事ってブラックじゃん。俺嫌だよ。ちゃんと休みたい。週休6日でいいから」

 「休み過ぎです」

 「超優良企業じゃね?」

 「閻魔様、なにをふざけているんですか」

 「働き過ぎて頭バグってンだよ」

 「左様ですか」

 「左様だよ。で?」

 「はい。まだ全ては回り切れておりませんが、今のところわかっているのは、次の2名となります」

 「辻神と酒呑童子」

 「・・・そうです」

 「あいつらは昔っから問題起こしてっからな」

 「夜焔さんはこのお二人とはお知り合いか何かですか?」

 「んー・・・」

 頬杖をつき、閻魔は目を瞑る。

 そして少しして目を開けると、今度は腕組をして、椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、天井を仰ぐ。

 「これはあくまで推測な」

 「はい」

 「あいつ、夜焔の野郎、何か企んでんだよな。前の人間界でのデスマッチにしてもよ、よく考えたら、あれはロゼを誘いだすためだったのかと思ってよ」

 「誘いだした?何の為にです?」

 「俺が誰と繋がってるのかを確認してんだよ」

 「閻魔様の椅子を奪う為にですか?」

 「んー、それはなんか違う気がすんだよな」

 「どういうことです?」

 「わからん。わからんけど、今回もその繋がりを見るための行動かもしれねぇ」

 「それを知って、何かすると?」

 「まあな。ま、こっちはこっちで情報交換はしてるし、一人静があそこにいる限りはイベリスの方も問題ねぇとは思うが・・・」

 「引っかかる言い方ですね」

 「・・・・・・先日、色々と問題が起こってな」

 「何かやらかしたんですか、閻魔様」

 「違ェよ。なんでだよ。俺をもっと信じろ」

 「すみません」

 「素直だな」

 「問題とは?」

 「問題ってのは、今時代の切り替えが始まってる」

 「時代の切り替え、ですか?」

 「ああ。長年起こっていなかった変化が今少しずつな。例えば、一番驚いたのは、とある英雄のようなじいさんが“扇”って連中に始末されたことだな」

 「ですが、ご年配だったんですよね?」 

 「あのじいさんは別格だった。その弟子たちも強ぇが、じいさんはもっとすごかった」

 「・・・お知り合いだったんですか?」

 「まあな。一回話したことがある」

 「それが、長年起こっていなかった変化の1つですか?」

 「ある程度均衡が保たれていた世界が、動き出したんだ。ただの弱肉強食じゃねえ。良くも悪くも、若い奴らが芽を出し始めた」

 「・・・・・・」

 「こっからは、良い芽が育つか、悪い芽が育つかだな」

 「・・・閻魔様は、良い芽が育つと思っているんですね」

 「あ?」

 「そんな顔をしています」

 「お前は俺の女房か」

 「パワハラです」

 「嘘だろ。お茶目なのに」

 「相手が不快に感じればそれはハラスメントです」

 「難しい時代だなおい」

 「どなたに期待していらっしゃるんですか?」

 「どなた?」

 「いるんですよね?」

 「・・・・・・まあな」

 「教えていただけないのですか」

 「んなこと言ったって。1人2人じゃねえもん」

 うーんと腕を上げながら背筋を伸ばす閻魔に、小魔はため息を吐く。

 「さあて、幕開けだな」




 「ごほっ・・・!!!」

 「しぶといな」

 「!!そのっ、姿でそんなムカつくこと言わないでもらえる?!」

 得意の弓で応戦していた麗翔だったが、何分弓は遠距離が得意であり、近距離で攻められてしまうと弱かった。

 「っていうか!!なんで女子を躊躇なく殴る蹴る出来んのよ!!!」

 文句を言いながらも、ムジナを相手にしていた麗翔だったが、ムジナの身体がまた気持ち悪くうねりだしたかと思うと、今度は別の人物へと変化する。

 「・・・もう、なんなんのよ」

 「自分が信頼していた人物に殺される。それが絶望だ」

 「・・・そうね。そうかもね。でも、一応女にはそこまで本気で来ないのよ、あいつらは」

 「すぐに死ねる」

 「ごめんよ」

 「痛いのは一瞬だ。楽になれる」

 「生きていられるなら痛みなんて大歓迎よ」

 麗翔は、震える身体をいなすように拳をぎゅっと強く握る。

 こういうときのためにと、特訓をしてきた。

 弓が得意とはいえ、それは援護向きなだけであって、タイマン勝負となれば話は別だ。

 「女だからって、舐められるのは嫌いなの」

 「なら、遠慮なく殴る蹴るしていいな」

 「・・・・・・」

 まだ攻撃力としては弱いものの、ムジナの攻撃を避けることは出来た。

 とはいえ、最初の一発の時点で肋骨をやられてしまった麗翔は、肺が無事であることを祈りながら戦う。

 それを分かっているのか、ムジナは麗翔の折れた肋あたりを狙ってくる。

 「(また・・・!!)」

 再びムジナが肋を狙ってきたと思った麗翔は、それを庇うような形を取ったのだが、ムジナは瞬時に攻撃の方向を変え、麗翔の足を攻撃する。

 足の守備を怠ってしまった麗翔は、激痛とともに地面に膝をつく。

 「・・・!!!!!」

 「動けなくすれば、すぐに始末出来る」

 「本当にムカつくわね」

 さらに文句を続けてやろうと思っていた麗翔だったが、次にムジナを見たとき、身体が固まってしまった。

 「人間は、過去の恐怖を思い出すことで動きが鈍くなる」




 「やべっ!!!!」

 「逃げるのが上手だな」

 「そうだろ!逃げの帝斗とは俺のことよ!って誰が逃げの帝斗だよ!!言われたことねえわ!!!!」

 思わず自分突っ込みをしてしまった帝斗だが、決して余裕があるわけではない。

 少しでも謎の黒い球体に触れるだけで、そこがなくなってしまうのだ。

 先程、帝斗の少し伸びしてきた髪の毛が一部、そこに触れてしまったのだが、綺麗に球体の形によって無くなっていたのだ。

 そこから帝斗のテンションがおかしくなったのは確かだ。

 「そもそもなんなんだよそれは!!おっかねえんだよ!!幾らなんでもそりゃねぇぞ!相手は普通の人間だからな!ちょっとイケメンでちょっと強いだけのイケメンだからな!」

 「・・・・・・」

 「賛同くらいしろお!?」

 「いや、イケメンとか言っていたから」

 「そこ?そこなの?あれ?おかしいな。一応、作者曰くイケメン設定なんだけどな。ちょっと残念なイケメン設定なんだけどな。誰が残念だよ!!」

 「・・・・・・」

 「寂しい。すごく寂しい。いや、スルーされるのはそりゃ慣れてっけどさ。こんなにもスルーされるもん?」

 「・・・よく喋るな」

 「だって会話無かったら表現技法だけで物語が進んで行くんだぜ?この作者にそんな力があると思うか?マンガなら戦ってるシーンでいけるかもしれねぇけど、文章だけで伝えるって難しいんだぜ?」

 「・・・そうか」

 「お前さ、なんで喧嘩売ってきたわけ?」

 急な帝斗の真面目の問いかけに、辻神は再び黙る。

 どうにも上手くいかないなと、帝斗は頭をぽりぽりかく。

 すると、後ろに何か気配を感じ、確認をする前に身体を屈め、そのままの体勢で身体を反転させる。

 「!!!」

 自分の勘を信じて正解だったと、帝斗は思う。

 なぜなら、そこにはその少しだって触れたくは無い球体があり、動かなかったら帝斗の首は丸ごと持って行かれていただろう。

 「・・・後ろにも目が欲しいもんだな」

 そんなことを思っていると、再び後ろに気配を感じ、しかし先程感じたものとは少し違うその気配に、帝斗は背筋が凍る。

 それはもう、意識的にではなかった。

 身体が勝手に動いていたのだ。

 身体を反転させながらその気配の正体を確認すると、辻神がその手を広げていて、帝斗は少しその手を掠めた。

 避けきったと思った矢先、辻神も身体を捻らせて帝斗の顔面をその手で覆うとする。

 トンファーで辻神の手を押さえつけるような仕草をしながら、足に力を込めて少しでもその場を離れようとする帝斗。

 辻神の方へ差し出したトンファーは、虚しいかな、その手に吸い込まれるように消えていき、帝斗は握っていた手を放す。

 「・・・・・・」

 愛用のトンファーが片方無くなってしまい、帝斗は成仏してくれと祈る。

 「もう少しだったな」

 「びっくりしたよ。お前、結構動くんだな。正直、見てるだけのチキンかと思ってた」

 「普段はこういうことはしない」

 「だろうな」

 「ただ、現世と来世の狭間にいるだけで、退屈だった」

 「それがなんでまた」

 「・・・・・・邪魔する奴がいてな。そいつを探している」

 「は?」

 「見つからない。だから1人ずつこうして潰していくことにした」

 「手間のかかるこって」

 「だからまずは、お前だ」

 「光栄だね」




 「はあ・・・・・・」

 「やっぱりお前じゃ相手にならない」

 「そりゃそうだろうな。あんな化け物と一緒にすんなよ。こちとら正真正銘の人間だってのに」

 「降参すれば見逃してやってもいいんじゃぞ」

 「んなこと出来っかよ。おっさんにだってやらなきゃいけねえ時ってのがあるんだよ」

 「面倒なもんじゃのう、人間は。私らのように長生きすることも出来ず、強くもなく、ただ散っていくのみ」

 「長生きする方が面倒じゃねえか?」

 「ぬらりもなぜ貴様らのような輩と手を組んでいるのか、不思議でたまらん」

 「お前らと手を組むくらいなら、俺達の方がマシだったんだろ?それくらいお前が酷ェってことじゃねえか?」

 「悲しいかな。人間と手を組みなど、負けが見えていると言うのに」

 「・・・いや、お前この前負けたよな?」

 「だからあれはぬらりであって貴様らではないと」

 「あいつに負けたことは認めるんだな」

 「・・・・・・」

 「まあどっちでもいい。俺はただ、俺達に喧嘩売ってきた相手を潰すだけだ」

 「潰される、の間違いじゃろ」

 「確かにあいつらとは雲泥の差だよ。鳳如以外はな」

 「ならば、私に勝てぬこともわかっているじゃろう」

 「・・・・・・勝てる勝てねえは、やってみねぇと分からねえのが勝負だろ?」

 「勝負か。・・・クク、面白いのう。これが勝負か。教えてやろう。これは勝負ではなく、暇つぶしの処刑じゃ」

 「物騒なこと言うじゃねえの。そんなこと言われちゃあ、黙ってやられるわけにはいかねえなぁ」

 「まともに戦えておらぬではないか」

 「これからまともになるんだよ」

 「戯言を」

 「戯言でもな、実現させりゃあいいのよ」

 「ほう。実現させることが出来ると?」

 「言っただろ?やってみねぇと分からねえって。だがまあ、酒好き同士、仲良くやろうじゃねえか」

 「なかなか面白いのう」

 「人生は面白くなきゃなぁ」




 「どうした?おらおら!!!」

 「ッ!!!」

 ガラナは以前より強くなっており、琉峯はおされぎみだった。

 「前は俺に勝ったからって、油断ぶっこいてたのかぁ?甘かったな!!!お前は力が使えず、剣のみ。俺ぁ強くなって、お前を殺せる!!!!ウィンウィンだなあ!!」

 「ウィンウィンの使いかた間違ってる」

 「ああ?どうでもいいだろそんなの」

 琉峯は剣が得意なため剣で応戦していたのだが、ガラナは身体を様々なものに変えられる。

 例えばそう、今のようにチェンソ―にも。

 以前もチェンソ―の確立が高かったが、どうやら殺傷能力が高いためお気に入りらしい。

 「のこぎりも好きなんだが、時間がかかるからよお。こっちの方が断然時間短縮だぜ。お前だって痛いのは短ェ方がいいだろ?」

 「・・・・・・」

 「お前の親の時はよぉ、せっかちだから刀でスパッとやっちまった記憶があるよ。悪いことしたなぁ。もっと遊んでやればよかったよなぁ」

 ニマァ、と笑うガラナに、琉峯は少しだけ、いや、それよりは多めの負の感情が渦巻く。

 冷静になろうとしている琉峯だが、そんな琉峯を見てガラナはどんどん、琉峯が忘れようとしていたその光景をつらつら述べていく。

 「すごかったよな。あの時吹き出てきた血がよ、本当に綺麗だったなぁ。お前は怖くて全然動けなくて」

 「無駄だ」

 「お前がもっと早く、自分の力に気付いてさえいれば、家族は助かってたかもしれねぇなぁ」

 「やめろ」

 「忘れられるわけねぇよな?家族が殺されたなんてそうそう体験出来ねえぞ?それを目の前で、二度もされたお前が、忘れられるわけがねえ!!!!」

 「・・・・・・」

 「どうした?ほら、俺を見ろよ。あの時と同じように髪を伸ばしてやろうか?」

 「・・・・・・五月蠅い」

 「あ?」

 「言ったはずだ。俺はもう、誰も恨まない。もし恨むことがあったとしてもそれは」

 口角をあげて笑みを浮かべたガラナだったが、聞こえて来た答えは、ガラナが思っていたものと違った。

 「あの時何も出来なかった、俺だ」

 その琉峯の答えに驚きつつ、いらっとしたガラナは歯を見せたままだ。

 「そうだなぁ。じゃあ、仕方ねぇからやっぱここで死んどけ」

 「それは断る」

 「お前に拒否権はねえよ」

 「俺は、あの人たちの背中を見てここまで来た。だから、最期まで抗う」

 「ご立派ご立派。じゃあ、そいつらと一緒に逝け」




 「あれ?どうしたの?しぶといって言って無かった?」

 「はっ。俺にまだ一発も当ててねぇくせに」

 「避けてるだけなのに偉そうだね。・・・あれ?もしかして君・・・」

 「あ?」

 鳳如の顔をしばらくの間見つめていた夜焔は、首を傾げながら問いかける。

 「仙心の元部下か?」

 「・・・・・・」

 ピクリと、ほんの一瞬、ほんの少しだけ動いた鳳如の眉を見逃さなかった夜焔は、お腹を抱えて笑いだした。

 遠い昔に聞いたその名前の不快さに、鳳如は思わず顔を顰めてしまった。

 自分の眉間を指でほぐすが、なかなか取れない。

 「そうかそうか。あの時仙心が言っていた、“要注意人物”の鳳如か!いや、こんなところで会えるなんて思っていなかったよ。うれしいなぁ」

 「なんだ。あいつの知り合いか。道理で腐ってやがるわけだ」

 「あれ。そんなに嫌われてたのかな?可哀想に」

 「何が可哀想だよ。自業自得だろ。あいつのせいで、俺の仲間は死んだんだぞ」

 「・・・ってことは。あれ?そうか。君、もしかして、仙心の件で呪いでも受けたのかな?かなり前だったと思うけどな。その辺は詳しくないから分からないけど」

 「てめぇなんぞに教えてやることは何もねぇ。今回の戦いには関係ねえしな」

 「そうだね。確かにそうだ。でも、君は随分力を使いはたしただろう。そろそろ呪いを解いてあげないといけないよね」

 「結構だ。呪いくらいてめぇでなんとかするよ」

 「知り合いに呪いに詳しい奴がいたから紹介しようか」

 「うるせぇな。いらねえって」

 「本当に口が悪いんだね」

 「まさか相手にこっち側がいるとは思ってなかったからな。胸糞悪ィんだよ。どいつもこいつも」

 「辻神のことかな?仕方ないよ。彼はいつも1人で彷徨っているんだ。可哀想じゃないか。君たちだって、閻魔だって、彼のことを災いをもたらすからといって遠ざけている」

 「別に遠ざけちゃいけねェよ。関わることがねえだけだ」

 「手を差し伸べてあげるというのはとても大事なことなんだよ」

 「結局、正当化してぇだけだよな?俺は許さねえよ。どんな理由があったってな」

 「正しさとは、常に平等だよ」

 「てめぇらの言葉はいつだって不平等だ」

 「じゃあ、それを証明出来るかい?」

 「これから証明してやらぁ」




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