第3話禁断の未来
剣導水
禁断の未来
何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう。
ゴッホ
「ちょっと、鳴海」
「んー?」
「人の部屋に勝手に入らないでって言ったの、覚えてる?」
「覚えてる」
「じゃあ、理解出来ていないのかしら?」
「理解してる」
「なら、どういう解釈で、身体も拭かずに私の部屋で寝てるのかしら」
シャワーを浴び終わった女、後ろは短いが顔の横は少し長めの髪が特徴のみりあ。
身体を拭いて、タオルを身体に巻いたまま部屋に戻ってみると、そこには一人の男がいた。
短髪で、身体は濡れたままで、腰にタオルを巻いているだけの状態で、みりあのベッドに横になっていた。
「みりあが寂しいかと思って、わざわざ来てやったってのに」
「あら、ありがとう。けどね、だからって、折角のベッドを濡らされちゃあ、たまんないわ」
「エドは何処行った?」
「知らないわよ。一緒だったんじゃないの?それか女でも漁りに行ってるんじゃない?」
「あいつも暇だな」
「あなたもね、鳴海」
みりあは部屋にある冷蔵庫を開けると、中から500ミリのペットボトルを取りだした。
蓋を開けて少し飲むと、まだ起き上がる気配のない鳴海のところまで行く。
そして、寝ている鳴海の上にペットボトルを持っている腕を伸ばすと、傾き始めた。
空になるまで液体を零すと、ペットボトルが邪魔になったのか、ゴミ箱に放り投げた。
ゆっくりとタオルを外しながら、寝ている鳴海に覆いかぶさる。
「冷てぇ」
「知ってるわ」
「お前はほんと、性格悪いな」
「あら、褒め言葉?」
にいっと笑ったみりあに、鳴海も同じように挑発的に微笑む。
互いに自然と顔を近づけていく。
あと少しで顔が触れるというときに、みりあが鳴海に頭突きした。
「いって・・・」
「早く部屋から出て行ってほしけど、もうベッドはびしょびしょだし。今日は鳴海に譲るわ。だから、鳴海のベッド借りるわね」
そう言うと、みりあはさっさと立ち上がってタオルを巻き、冷蔵庫から新しい飲み物を出すと、手を振って行った。
「信」
「なんだ」
「俺、嫌な予感しかしない」
「ああ、同感だ」
信達が辿りついた場所は、とても綺麗な村だった。
何が綺麗かと聞かれると、そこにいる女性たちが美しいということか。
村というほど小さくもなく、田舎っぽい雰囲気もない。
家も店も沢山あって、栄えているようだ。
だが、どうして信と亜緋人が嫌な予感がするかというと、とりあえず今見たところ、女性しかいないからだ。
「似たようなシチュエーション、見たことあるんだよな」
「奇遇だな、俺もだ」
だが、話しを聞いてみないことには、なにも確かなことは分からない。
多少の心配はあるが、一人だけ、喜んでいる者もいた。
「可愛いねー、家どこ?」
「わお。君みたいな綺麗な子、見たことないよ」
「首筋がセクシーだね」
「・・・・・・亜緋人」
右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても女しかいないこの村は、亜緋人にとっては天国だった。
嫌な予感はするのは確かだろうが、それ以上に、女性の多さに感動している。
会う人会う人に声をかけては、振られている。
そんな亜緋人の首根っこを掴み、信は店に入って亜緋人を落ち着かせようとした。
だが、店に入れば入ったで、女性しかいなかった。
「お姉ちゃーん、こっちこっちー」
「なんか、お前恥ずかしい」
今まで見たことのないほど、亜緋人は活き活きとしている。
信は顔を手で覆う様にしているが、そんなことお構いなしだ。
「お兄さんたち、何処から来たの?」
「俺達のことはいいから、お姉ちゃんたちのこと教えてよー」
オーダーを取りに来た女性とは別に、隣の席に座っていた女性たちが声をかけてきた。
三人とも整った顔立ちをしており、亜緋人はもう鼻の下を伸ばしている。
「ふふ、面白い」
「私はランチェ。こっちはパルマとセルダよ」
「みんな可愛いよねー。女ばっかりなんて、この村にいたら俺は幸せだなー」
「やだー、確かに女ばっかりだけど、男だっているのよ?」
「あれ?そうなの?」
この時初めて、亜緋人の女好きが役に立ったと、信と和樹は思った。
もっと詳しいことを聞こうか、それとも聞かずに早く村を出ようか考えていると、亜緋人が男について聞いてしまった。
だが、亜緋人の質問に、女性たちは互いに顔を見合わせて、苦笑いをする。
「悪いことは言わないわ。早く村から出て行った方がいいわよ」
「聞いたことないの?トルターニャ村って」
そんなに有名なのだろうか。
パルマの問いかけに三人とも首を横に振ると、女性達は少し驚いた顔をする。
「あんまりみんな近づきたがらない村で有名なんだけど」
「そうなの?」
「教えてあげてもいいけど、ここじゃちょっと・・・。もし、この村のことが知りたいなら、夜中起きていることね」
そう言うと、女性たちはお酒を注文し、グビグビと飲み始めた。
警告してくるくらいなのだから、きっと余程のことがあるのだろう。
忠告を聞こうとしていた信だが、亜緋人は夜まで待つと言ってきかない。
「信、なんとかしたいって思うって言ってたじゃんか。女が困ってるなら、女を助けてやらねぇと!」
「いや、言ったけど」
「薄情な奴だな!なら、俺を置いて和樹と先に行け!」
「あ、いいの?じゃあ」
「待って待って待って!」
強がってみた亜緋人だが、信はあっさりと和樹を連れて村を出て行こうとした。
二人の服を掴み、力付くで足止めする。
「なんだよ。俺みたいなミジンコに構わず、先に行ってくれっていっただろ」
「言ってねぇよ。そんな自分を貶すようなことは、一切言ってねぇよ?」
「信、違うだろ」
「なあ?ほらみろ!和樹だってこう言って」
「俺なんかクソだ。世の中のゴミだ。頬についてる絆創膏も意味不明だし、どういうキャラか良くわかっていない。だから置いて行け。そう言ったんだ」
「さっきより酷くなってる。え?和樹ってそんな茶目っ気あったっけ?いつもみたいに、無表情のまま『どうでもいい』とか言ってくれた方が良かったんだけど」
信と和樹が、掴まれている服を放させようと、亜緋人をボコボコにしていくが、それでも亜緋人は腕の力だけは緩ませない。
そんな異様な光景が物珍しいのか、女性たちが次々に集まってきて、三人を観覧している。
「ほら見ろよ。こんなに女の子たちがいるってのに、お前ら本当に帰る気?それでも男か?」
一瞬、亜緋人の腕の力が弱まったかと思うと、今度は二人の腕を掴んだ。
「男だけど帰る。てか亜緋人、お前酔っ払ってる?」
「飲んでねぇだろ」
「亜緋人。もしお前が残りたいなら、俺達はどっかで野宿して待ってるから」
「えー、それは寂しいじゃんかー」
「めんどくせっ。もし、明日になってお前が戻ってこなかったら、一応村を探しに行く。そのときまでに、ここに残るかそれとも先に進むか、考えておけ」
「・・・一応なんだ」
「探しに行かなくてもいいんだ」
「はいはい。分かったよ。それまでにはなんか情報掴めるようにしておくよ」
ようやく諦めたのか、亜緋人は掴んでいた服をパッと放す。
そして、近くにいた女性の肩を抱いて、何処かへと行ってしまった。
「それにしても、夜になればわかるって、なんだ?変な儀式でもするんじゃねえだろうな?」
「さあな」
「亜緋人が人柱とかになってたらどうしよう」
「知るか」
亜緋人を村に置いて、信と和樹は、村の隅のほうにある、誰もいない、目立たない場所で寝ることにした。
新しく買った寝袋は、以前使っていたものよりも暖かい。
そのまま何もせずだらだらしていると、あっという間に夜になる。
「亜緋人・・・えっと、昨日俺達といた、オレンジ髪のピアスした男、何処にいる?」
翌日になり、信と和樹は仕方なく、亜緋人を探しに村を散策していた。
「ああ、あーくん?」
「あーくん?」
いつの間に、亜緋人が“あーくん”と呼ばれているなんて、なぜかこっちが恥ずかしい。
「あーくん、もう人気者ですよ!お酒も強いし、ノリも良いし」
「あー・・・そうなの?で、今何処にいるか分かる?」
「さあ?どこだろ。セルダたちなら知ってるかも」
「セルダ?」
聞いたことがあるな、と思いながらも、教えられた場所に行ってみると、そこには昨日店に入ったときにいた女性がいた。
信に気付くと、セルダは軽く会釈をする。
「亜緋人、今何処にいるか知ってる?」
「昨日は一緒に飲んでましたけど、その後私はすぐ家に帰りましたので」
「じゃあ、最後まで亜緋人と一緒にいたのは誰?」
「さあ?ちょっとわかりません」
すみません、と言って申し訳なさそうに頭を下げたセルダ。
何処へ行ったのかと、信たちは村の中をあちこち探し回っていた。
「何か隠してたな」
「セルダ?」
「ああ」
女性は嘘をつくのが上手いというが、ちょっとした動きや仕草、目線や呼吸などで、嘘をついているかは分かる。
村の奥の方に行くと、村の雰囲気にはそぐわない、古び錆びれた家があった。
「うっわ。なんだここ」
入らなければ良いのだが、冒険心なのか好奇心なのか、入ってみたくなる。
「お邪魔しまーす」
まず玄関がどこにあるのかわからない。
だから、適当に倒れている木材を取っ払い、強引に中に入って行く。
瓦礫はもちろん、至るところに蜘蛛の巣が張ってあり、虫もいる。
「こんなところに亜緋人いると思うか?」
「いるいない以前に、あいつは虫が苦手そうだ」
「・・・確かに。ぎゃーぎゃー喚いてそう」
奥に進むにつれて部屋は暗くなり、灯りもないため、二人は途中で断念した。
「それにしても、この綺麗な村に、こんな家があるとはな。昔は誰か住んでたのか?」
「さあな」
けど、と付け足すと、和樹はいつの間にやら、何か手に持っていた。
「こんなものを拾った」
「それ!」
和樹に指の隙間から見えたのは、亜緋人が耳につけていたピアスのうち一つだった。
そんなものがあの家に落ちていたとすると、亜緋人もあそこに行ったということか。
「見つからないのも変だし、あんなとこに落ちてるのも変だ」
うーん、と考え込む信に対し、和樹は平然と元来た道を戻って行く。
亜緋人が行きそうな店、といっても、どこも女性店員なので、きっと全部回らなければいけないが、全て探した。
だが、有力な手掛かりも情報も入ってはこなかった。
「本当に知らないのか?村ぐるみでなんか隠してる?」
「・・・・・・」
「夜分かるって言ってたってことは、亜緋人は気付いたってことだよな?この村で何が起こっているのか」
一日かけて、亜緋人を探していた信と和樹だが、誰も彼もが、亜緋人のことは知っていても、何処にいるかは知らないという。
あーくん、なんて呼んでいるわりには、なんともあっさりとしたものだ。
「ねえねえ、あーくんの友達でしょう?」
「・・・・・・」
後ろから声をかけてきた一人の女性の言葉に、二人は互いに顔を見合わせる。
「友達じゃない」
「えー、そうなのー?」
女性は、昨日、信と和樹と放れた亜緋人に声をかけられ、少しばかり買い物を手伝ってもらったようだ。
その時、洋服からバッグから、お金を出したようなのだ。
「あのやろ。俺達の金使いやがったか」
そういえば、お金は亜緋人が持っていたなんて、今ごろ気付いても遅い。
きっとこの女性は、亜緋人の友達ならば、同じようにお金を出してくれると思っているのだろうか。
信と和樹を見て、なんとなくそれは無理だと判断したのか、女性はすぐに去っていった。
「ったく。何考えてんだ。そして今何処にいる」
結局、一日潰して亜緋人を探したが、見つからなかった。
「今日も野宿かー」
そう言って野宿をする準備をしていた二人だったが、夜中、目覚めることになった。
「んん?」
目を瞑っていても分かる、外に眩しい光か何か光源がある。
睡眠を妨げる様なその強烈な灯りに、信と和樹は目が覚めた。
目を細め、手で片目を隠しながら光源の正体を見つめると、そこは動いていた。
人が、懐中電灯か何かを持って、あたり一面をうろうろしているようだ。
「なんだ?」
横を見ると、和樹はちゃっちゃと寝袋を片づけており、信はそれをただ茫然と見ていた。
「何してる」
「へ?」
「早く片付けて隠れろ。男が来るぞ」
「男!?」
確かに男もいると言っていたが、亜緋人以外の男が、こんな夜中に何をしているのだろう。
早く言ってよ、と和樹に文句を言いながらも急いで片づけると、二人はもっと奥の方に足を進め、木の影に隠れた。
どの辺りまで来るのか分からないため、細心の注意を払いながら。
しばらくして、灯りが信たちに近づいてくると、ぴた、と止まった。
ごくん、と唾を飲み込んだ信の耳に、男たちの会話が聞こえてくる。
「いたか?」
「いや、こっちにもいないな」
「まったく。どこに行きやがった」
「早く殺さないと、俺達がどうなるか」
「とにかく、あの男を見つけることが先決だ。もっとあっちも探そう」
徐々に声が遠ざかると、信はふう、と安堵で胸を撫で下ろす。
「おい、ぼさっとするな」
「へ?」
「行くぞ」
「へ?ちょ、ちょっと待・・・」
信を置いて、和樹が男たちの後を着いていったため、信も急いで行く。
男は五人いるようで、家を一軒一軒見てから、家の後ろや店の中まで、何かを探すように見ている。
「まさか、亜緋人の奴、喧嘩売ったわけじゃねぇよな?」
「・・・・・・」
こっそりと着いていく二人は、出来るだけ息を潜め、見失わないようにする。
近づきすぎて、懐中電灯で顔を晒すようなこともあってはならない。
しかし、この村には家が何十軒もあるというのに、男たちは慣れた様子で、順序よく回って行く。
「夜になれば分かるって、このことか?だとすると、亜緋人とは関係なし?」
「・・・・・・」
女たちは起きているのか、確認は出来ないが、男たちは鍵を持っている様子もない。
それなのに家に入っていけるということは、鍵が開けられているのだろう。
そんなとき、がさっ、と物音が聞こえた。
音は信たちの後ろからで、もしかして他に男がいたのかと、二人はがばっと後ろを向く。
「よ」
「「・・・・・・」」
「あれ?リアクションなし?」
そこには、探してはいたが、今ここで会いたくはなかった亜緋人がいた。
掌を二人に向けて、両膝を曲げた状態でにへらと笑っている。
「・・・・・・!!!!」
声を出すわけにもいかず、信は、突然現れたことによる驚きと、色々溜まった不安や苛々や苛立ちやイライラを、無言で亜緋人にぶつける。
何も言わないまま、信にタコ殴りにされている亜緋人は、和樹に助けを求める。
だが、二人のじゃれないを、いつもの表情で見ているだけだ。
やっと気持ちが収まったのか、信が亜緋人を解放した。
「酷くね?あまりにも扱い酷くね?」
「お前、どこにいたんだよ!死んでんのかと思ったよ!」
もちろん、ひそひそと話している。
「いやさ、昨日、知っちゃったわけよ、俺」
「はあ?」
亜緋人がいうには、昨日の夜、女たちと飲んでいた。
十二時を過ぎたころ、女の家に、男たちがやってきた。
「あの五人か」
「そ」
男たちは、亜緋人を見つけるやいなや、ナイフを持って追いかけてきたそうだ。
「なんで男はいちいち女の家に行くんだ?」
「そこなんだよ。俺は、きっとにゃんにゃんしてるのかと思ったんだけどよ、どうも違うみたいなんだ」
「違うって?」
「うーん。わかんね。だから、ちょいと調べてくるからよ。お前たちも掴まんじゃねーぞ」
そう言って、亜緋人はまた行ってしまった。
「ちょ・・・どうする?和樹」
「・・・・・・」
このまま亜緋人を置いていくことも考えたが、やはり出来ない信。
困ったように笑いながら和樹に聞いてみると、和樹はスッと立ち上がった。
和樹なら、きっと置いていくというに決まっている。
そう思い、信も立ち上がろうとした。
すると、和樹は亜緋人の向かった方へと歩いていく。
「へ?和樹」
「・・・・・・俺があいつを置いていくって言ったって、お前は置いていけないんだろ」
「・・・うん」
頼りになる和樹の後を着いていっていた信だが、こう暗くては視界が悪すぎる。
相手は懐中電灯を持っているから、灯りを見つけたら即逃げる。
「それにしても、亜緋人の奴、何処行ったんだ?」
「ちっ」
足元も良く見えないため、小さな石ころにさえ躓いてしまいそうだ。
「うお!?」
急に、和樹に頭を強い力で押さえつけられ、思わず地面に膝をついてしまった。
「なんだよ、和樹」
「男たちがいる」
どうやら、信と和樹の近くに、先程の男たちがいるようで、物陰に隠れた。
男たちは一つの家に入って行くと、家には灯りがついて、二人は家に近づいていく。
小窓のようなものがついており、少しだけ開いていた。
中腰になって中を少しだけ覗いてみたが、亜緋人はいないようだ。
中からは、ごにょごにょと男たちの会話が聞こえてくる。
「おい、どうする」
「早く見つけないと、俺達がしてきたこと、バレるかもしれないぞ」
「んなこと言ったって、こう探してもいないんだから、仕方ないだろ。もうこの村から出ていったのかもしれないし」
「なら、余計」
「じゃあ、囮を使うか」
「囮?」
「お前等、あの男のこと、見てただろ?ならわかるだろ」
「・・・ああ、そういうこと」
男たちはにやっと笑うと、何か相談して、その後また家を出て行った。
「亜緋人を誘き寄せる囮って・・・」
「・・・・・・」
信と和樹も、どうすれば亜緋人が出てくるか分かっているようだ。
懐中電灯を持った男は、数軒家を回ったあと、村の中央の広場に集まった。
一人の男が、ライターで火をつけると、藁に火を移して辺りを明るくする。
「亜緋人とか言ったか!聞こえてるか!ここにいる女共が見えるか!」
「隠れてないで出てこい!じゃないと、こいつら、お前の代わりに殺すぜ?」
「ちょっと、何なのよ!私たちを巻き込まないでよ!」
「五月蠅い、黙ってろ」
女を囮にすれば、きっと亜緋人は有無を言わずに出てくるだろう。
だが、こんな簡単な罠に引っ掛かるだろうかと思っていると、馬鹿は現れた。
「おいこらぁ!女の子に何してんだよ!早く解放しろやこらぁ!」
「・・・・・・あいつは馬鹿だった」
一分も待たずに、亜緋人は草むらから勢いよく飛び出してきた。
女性たちは解放されたが、亜緋人は男たちに囲まれてしまい、真ん中で仁王立ちしていた。
「あれ、ピンチだと思うか?」
「いや、平気だろう」
顔だけを出して、亜緋人を囲む男たちを見ていた。
先に口を開いたのは、男の方だった。
「お前はここで殺す」
「物騒なこと言ってくれるなよ」
「どういう死に方がお望みだ?」
「俺の話聞いてた?まあいいや。なら、とりあえず、なんでこんな馬鹿なことしてるのか、教えてもらおうか」
男たちはそれぞれの顔を見て、小さく頷くと、その中のリーダーの様な男が話出した。
「この村は、なぜか昔から女ばかり産まれてきていた。ある時には、女しか生まれないばかりに、子供を産むことが出来ず、女は成人する前から他の街や村へと送られていたんだ」
「それで?」
「ある日、他の街で男を産んだこの村の娘が戻ってきた」
長年、男がいなかった村の人間にとって、純粋な村の子ではないにしても、ようやく出来た男児ということで、それはもう丁重に扱われたそうだ。
その男児が大きくなり、村の女性と交わると、また男児が生まれてきた。
それを知ると、村の者はみな揃ってその男児と交わりだし、次々と子が生まれてきたそうだ。
だがやはり女の方が割合が高く、男はとても貴重な存在となっていた。
そうは言っても、村の全員の女性と関係を持つことは困難で、生まれてきた男がある程度の年齢になったら、女性と関係を持つようにさせていた。
ある時を境に、男が多く産まれてきて、すでに女性と関係を持っていた男たちは危機感を覚えた。
オスの本能なのだろうか、男児が生まれてくると、その子を殺すようになってきたのだ。
当時の村で決まったのが、『男は村に五人まで』というしきたりだった。
もしそれで男児を孕むことになった場合、子も五人までは許す、というもののようだ。
だが実際には、昔のように女ばかり産まれてきて、男児がそう簡単に産まれてくることは少なかった。
それでも村の血が途絶えてはならないと、数年に一人はなんとか男児が生まれるようになった。
これで平和的に解決すると考えていたようなのだが、問題が起こった。
それは、村の女が、ふらっと現れた旅人たちと関係をもってしまうということだった。
関係を持ったことがバレてしまった旅人はすぐさま殺され、女も追い出される。
「それで、夜になると、男を部屋に連れ込んでいないか、チェックしてたってわけか」
「そうだ」
昼間には姿を隠し、夜になると女性の家に行き、男がいないかを調べるのと同時に、気に入った女を抱くこともある。
「けど俺は誰も抱いちゃいないだろ?なんで殺されなきゃいけねぇんだよ」
「俺達のことを知ってしまったからだ」
「口封じってことか?はっ、馬鹿げてるな。そんなに自分の子孫を残すことに必死かね。他の男殺してまで?」
「自然界では当たり前のことだ。強い者の遺伝子を後世に遺す」
「ここで大人しく死んでくれれば、お前を探してる他の二人には手を出さない」
「あー、別に出してもいいけど」
そんな会話を聞いていた信と和樹は、「あの野郎」と声をはもらせた。
和樹なんかは銃を構えて、男たちよりも先に亜緋人を殺してしまいそうな勢いだ。
隣で信が宥めていると、男たちが皆一斉にナイフを取り出した。
「何か、言い残したことはあるか」
「言い残したことねぇ」
うーん、と首を捻って考える素振りを見せる亜緋人。
「俺の相手に、五人だけでいいのか?」
「!!こいつ!」
亜緋人の言葉に、男たちはナイフを握りしめながら襲いかかる。
ひょいっと避けて男の手首を掴み、顔面に蹴りを入れれば、一人はあっさりKO.
今度は三人が一気に亜緋人に向かってくるが、その時、男たちが持っていた灯りがフッと消えた。
突然辺り一面が真っ暗になり、男たちだけではなく、当然亜緋人も、信も和樹までもが、何も見えなくなってしまった。
「ぐあっ!!」
「あああああ!」
次々に男たちの悲鳴だけが聞こえてきて、様子の分からないまま、信と和樹は動かずにいた。
男たちはどうなってしまったのか、亜緋人が倒したのだろうか、亜緋人は無事なのか。
しばらくすると、しーん、と静まり返った。
「・・・・・・」
気配を感じ取る様に、息を潜めていると、急にぽつぽつ、と球状の灯りが至るところに出現した。
まるで昼間のような明るさになると、今度は目が眩み、思わず目を閉じてしまう。
ゆっくりと目を開けて行くと、地面には男たちが倒れていた。
「!亜緋人!」
地面に横たわっている中に、亜緋人もいた。
誰の血か分からないほど、一面は赤く染まっていて、男たちも目を見開きながら死んでいた。
「亜緋人!亜緋人!」
信が亜緋人のもとまで駆け寄って、身体を起こして揺さぶってみるが、まったく動かない。
ナイフを持っていた男たちの手には、まだしっかりとナイフが握られている。
一体、誰がこんなことをしたというのか。
よく男たちの身体を見てみると、腕を切られていたり、首を切られていたり。
ずっと見ていられるようなものではないが、腹を抉りだされている者までいた。
「どういうことだ?何があった?」
信の後から来た和樹は、男たちに近寄って、傷口を見たり、生死の確認をしていた。
「嘘だろ・・・亜緋人」
ぴくりとも動かない亜緋人を抱えていると、クスクスと笑う声が聞こえた。
この声には、信も和樹も聞き覚えがあった。
忘れようとしても、特徴的なためにそう簡単には忘れられないだろう。
「よく会うね。運命かな?」
そんな冗談を言いながら、信の前に姿を見える。
亜緋人をゆっくり地面に下ろすと、信は声のする方を睨みつける。
「李、お前がやったのか」
金の髪をした、口元の歪みが目立つこの男。
「御礼なんて良いんだよ?」
喉を鳴らしながらそういう李に、信は腰の刀に手をかける。
だが、和樹によって止められる。
「そんなに怒らないでよ。だって、この村に男は五人までなんでしょ?」
「なんで亜緋人まで!」
「え?なんでって?」
叫ぶ信にも平然とし、きょとんとした顔をした李は、ああ、という風に小さく笑う。
「だって、一人多いでしょ?」
「!!!」
まったく悪びれた様子のない李に、信は斬りかかりそうになる。
鞘から刀を少しだけ抜いたところで、なんとか理性を保ち、刀を収める。
「あれ?抜かないんだ?」
「・・・・・・」
「俺とやりあう勇気はない?それとも、弔い合戦みたいなのは嫌いって性質かな?」
「お前たちと戦うほど暇じゃない」
「・・・なら、仕方ないね」
そう言うと、李の背後から死神と拓巳が出てきた。
死神は鎌を出し、信に向かって振りまわしてくる。
「!」
がきん、と、無理矢理にでも信に刀を抜かせると、李は満足そうにしている。
「他所見しない方がいいよ」
「!?」
ちらっと横目で李を見ただけだが、その間に死神は身体を捻って、鎌を信の首にあてがう。
和樹と拓巳は、互いに銃を使う為、離れた場所で撃ちあっている、というよりは、拓巳が一方的に撃っている。
その様子を眺めていた李は、ふらっと一人でどこかへ行こうとする。
「待て!李!」
信に呼びとめられ、李はいつもの笑みで振り返る。
ついさっきまで、首に鎌を当てられていた信だが、いつの間にか形勢は逆転しており、信が死神の首に刀をつけていた。
「・・・・・・」
たった一発、和樹も放っただけで、それは拓巳の腕に命中した。
「見事なもんだね。でも、油断はしない方がいいよ?」
信の刀をぎゅっと素手で掴むと、死神はぐいっと力付くで信のバランスを崩した。
思いのほか力は強くて、信はそのまま前のめりに倒れてしまう。
何とか踏ん張ってみたが、後ろからドン、と押され、結局倒れてしまった。
背中に死神が乗ると、鎌の先端が喉仏に触れたのが分かった。
「・・・!」
「似合ってるよ、信」
見上げれば、そこには明るんできた空を背にし、信を見下す李がいた。
「地べたを這いつくばるなんて、無様で滑稽で、敗者にはお似合いだ」
李は、離れた場所にいた拓巳を来させると、その手から銃を取りあげた。
がさっと音がして、和樹が李に銃を向けようとしたが、拓巳は他にも銃を持っていたようで、和樹を狙っていた。
「・・・・・・」
後ろには死神の鎌、前には李の銃。
銃の腕には自信がある和樹だが、今すぐに信を殺せる状況が二つもあると、下手に攻撃を仕掛けるわけにもいかない。
「どうせこの男たちだって、人を殺してたんだよ?殺された人に代わって俺が殺した。ただそれだけのことだよ?」
「どうかしてる」
「参ったね。でも、君だって殺意が全くなかったわけじゃあないでしょ?ね?なら、君だって同罪じゃない?」
「確かに、殺してやりたいと思った。けど!手をかけるのとかけないのとじゃ、全然違う!」
「それって、自分が正しいことをしたって言ってる?」
「殺せば解決するわけじゃない!」
なんとか抜け出そうと、身体を捻って捻じってみるが、死神の重さによってそれは叶わない。
「まあ、そうだね。俺達が五人生き残ったところで、ここにずっと住むわけじゃないしね。ああ、またこれでこの村から男は消えちゃったわけだ。ということは、滅ぶしかないってことだね」
淡々とした口調で言う李は、きっとワザと言っているわけでもないのだろう。
「きゃー!!!!」
その時、起きてきた村の女が、この状況を見て叫んだ。
その声に、次々に人が起きてきて、それを見て李は軽く舌打ちをした。
「さっさと済ませようか」
女たちの声が煩わしかったのか、李は引き金を引こうと、指をかけた。
和樹も李に向けて銃を構えると、拓巳も和樹に銃口を構える。
「さよなら、信」
「!!!」
銃声が、響いた。
小さい頃から、人見知りはなかった。
けれど、人と接することが怖いと感じることが多かった。
なぜかと聞かれると、きっと、この世に生を授かったその時から、命を狙われることが当たり前だったからだ。
自分を守る存在がいて、その人達が傷つくのも見てきて、複雑な思いだった。
自分の命にはそれだけの価値があるのか。
他人を傷つけてまで、生きて行くだけの価値が、あるのだろうか。
国の未来などに興味もなく、ただ、毎日が退屈に感じていた。
こんな毎日を過ごしていて、何がどう変わると言うのか。
そもそも、どうして自分の命が狙われるのか、その理由さえよく分かっていなかった。
会えばみな敵のようにも感じ、何を信じれば良いのかも、誰を信じれば良いのかも、何一つ分からないまま。
国の外には、どんな景色があるんだろう。
どんな世界が広がっていて、どんな人たちがいるんだろう。
夢を持たないはずがなかった。
「いつか、国を出て行くんだ」
そう決めたのは、まだ、自分が幼かったからだろうか。
響き渡った銃声に、誰もが信の方を見た。
血まみれになっているであろう信だが、信には傷一つついていなかった。
単に李の腕が悪かった、というわけでもなさそうだ。
「・・・だーれだ?」
信の上に乗っていたはずの死神の後ろに、一人の男がいた。
あの一瞬の間に、死神を信の上からどかせ、重みがなくなった信をごろごろと横に移動させた。
死神は、持っていた鎌も落としてしまったようで、首には男の腕が強く絡み、窒息されそうになっていた。
全身はマントのようなもので覆いかぶさっているが、黒髪で、顔半分は火傷を負っている。
「ずっとこいつらについてきてたよね?何者?」
「・・・・・・」
男は、さらにぐっと死神の首に力を込めると、風が吹いてフードがとれた。
さらっとした髪は、男らしくないほど綺麗だが、鋭い目つきは野獣のようだ。
「海埜也!俺の扱いが随分と雑になったな・・・!」
「緊急事態でしたので」
「ならもうちょっと早く出てきて欲しかったかな!」
「出来るだけ自分でなんとかすると仰っていたのはどこの誰ですか」
「・・・俺です。まあいいや。助かった」
服が泥だらけになってしまったが、信が立ち上がって汚れを払っていると、後頭部に銃口を突きつけられた。
横目でちらっとそれを見た海埜也という男は、特に死神を解放する気配もなく、がっちりと掴んだままだ。
「銃を下ろせ」
信の頭に銃を構えていた拓巳だったが、今度は和樹が拓巳に銃を向ける。
拓巳が引き金を引こうとしたその時、和樹が拓巳の持っていた銃目がめて撃ち、拓巳は手から銃を落としてしまった。
それを拾おうと身を屈めようものなら、和樹によってまたそれを阻まれる。
「ふーん、海埜也っていうんだ。誰?」
未だ、銃を構えたままの李は、海埜也に問いかける。
海埜也は、何も言わずに死神の首筋の裏に針を刺すと、死神は立っているだけの力もなくなり、横になってしまった。
呼吸はしているから、死んではいないようだ。
海埜也はちらっと信の方を見ると、またすぐに李に視線を戻す。
次の瞬間、海埜也は煙玉を投げ着けると、信を連れて姿を消す。
「・・・・・・」
煙が収まる頃には、もう信も和樹も、あの男もいなかった。
「死神、生きてる?」
李は銃を拓巳に向かって投げると、拓巳はそれを受け取り、ゆっくりと立ち上がった。
「なんとか」
そう答えた死神に李は近寄ると、先程海埜也に刺されたところを見る。
少し赤くはなっているが、針がちょこん、と顔を出していた。
口を死神の首筋裏に這わせると、歯で針を器用に掴み、そのまま抜いて吐きだした。
そこを手で押さえながら、死神は立ち上がると、もうすでに女たちが起きてきていた。
「面倒だね。みんな消しちゃう?」
「お好きなように」
その村が、その後どうなったのか、今でもまだ地図に乗っているのか、それは分からない。
すとん、と信を下ろすと、信は恥ずかしそうに両手で顔を押さえていた。
「なんですか、それ」
「和樹に恥ずかしいところ見られた」
「仕方ありません。信様は瞬発力に欠けるところがありますので」
「和樹は早いってことか」
「今日まで見ていましたところ、信様よりフットワークは軽いかと」
「馬鹿にしてんのか」
「滅相もありません」
しばらくは、うーうー、と犬のように唸っていた信だが、次第に大人しくなっていった。
「では、今後もお気をつけくださいませ」
そう言って、海埜也はまた風のように消えてしまった。
信と和樹は少しその場で休みながら、先程の光景を思い出していた。
「和樹、これからどうする?」
足の膝に肘をつき、頬杖をつきながら、信は険しい顔をしていた。
「・・・嫌なら帰ればいいだろう」
「帰るっていう選択肢はねぇの」
「なら行くしかないだろ」
ふう、と息を吐くと、二人はまた歩き出した。
それは何処にいくという目的もなく、喪失感だけを抱いた旅になるのだ。
「なんだか、賑やかなことになってたな」
「本当ね。それに、一時噂になった“紅頭”までいたじゃない。どういうこと?」
「さーあね」
「紅頭?なにそれ?」
「知らないの?どこかの国王に仕えていた、優秀な暗殺者よ。名前くらい、聞いたことないの?」
「・・・あったっけ?俺、自分より格好良い男は嫌いだから」
「なら、ほとんどの男が嫌いってことか」
「鳴海、お前とは一回本気でやりあわなきゃと思ってたんだよ」
「俺はそんなに暇じゃないんだ」
「止めなさいって。ほんと、馬鹿なんだから」
村で起こった一部始終を見ていた、三人組。
血まみれになっている男たちを見て、悲鳴をあげている女たち。
あちこちに飛んでいる血液は、悲惨であったことを告げている。
そんな女たちを眺めながら、エドは品定めをしていた。
「お。あの子いいなー。超好み」
「私達の目的は、部品回収よ。抱きたいなら抱きてきていいけど、ちゃっちゃと済ませてきてよね」
「あっちの子もいいなー。胸でかいし」
「みりあ、エドは放っておいて行こう」
「そうね」
「あの、すみませんけど」
「え?なんですか?」
綺麗に笑った女に油断していると、背後から近づいてきた影によって、意識を奪われた。
それから、どうなったのかわからないが、次に目を開けたときには、もうそこに、六体の死体はなかった。
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