第2話酔生夢死





暗紫色

酔生夢死









 第二章【酔生夢死】




























 「なんです?急に呼びだしてきて」


 「悪いな素澤。ちょっと状況が変わったんでな」


 「状況?なんです?」


 間ノ宮に呼びだしをされた素澤が慌てる様子もなく向かうと、椅子に座るよう言われた。


 ソファにどかっと座ると、新しいガムを口の中へと入れて噛み始める。


 「実は、サラムを抹殺ではなく、生け捕りする方向になった」


 「生け捕り?なんでです?殺しゃ簡単じゃないですか」


 「ザーク様がサラムのことを知って、捕えるようにと言ってきた。最終的に殺されることになるとしても、一応、形式的には生け捕り優先だ」


 「へいへい。こういう時に面倒な奴ですね、相変わらず。あの口塞ぐ方法ないですか」


 「そう言うな。形式的に、と言ったはずだ」


 「わかりましたよ。形式的にね。ほんっと、そういうところ頭が下がりますよ」


 その時、間ノ宮の携帯が鳴る。


 素澤に画面の名前を見せると、納得したように「どうぞ」と電話に出ることを許可した。


 「遠野か。どうした」


 《間ノ宮さん、御無沙汰しております。実は、最近俺の商売の邪魔をしている奴らがいましてね。摘発していただけないかと。いつも通り、情報はお渡ししますよ》


 「ああ、構わない。場所も特定出来てるんだろう?」


 《ええ勿論。商売敵を捕まえてくださって、本当に助かっております》


 「そういえば遠野、サラムという男を知っているか?」


 《サラム、ですか?さあ?どういう男なんです?》


 間ノ宮は、遠野にサラムのことを説明した。


 すると、それを聞いた遠野はとても嬉しそうに声のトーンを上げる。


 《それはそれは。きっとマリアで聞いた噂の男のことですね》


 「なんだ、知っていたのか」


 《知っていたというほどでは。ただ、話の流れでちょっとだけ聞いただけですので、そういう事情のある男だとは露知らず。良いことを教えていただきました》


 「生贄の仔羊、というところか」


 《お客様のためです。決して、私利私欲のためではありませんよ》


 電話の向こう側で笑っているのがわかる。


 そんな二人の会話をじっと聞いていた素澤は、何かを思い出したように間ノ宮に電話をよこすよう手を出した。


 何か大事な用事でもあるのかと、間ノ宮はちょっと替わると言って、携帯を素澤に渡した。


 「おいドクロ」


 《素澤さんじゃありませんか。相変わらず能天気なお声でいらっしゃいますね》


 「うるせぇよ。あのよ、最近部下から頼まれたんだけどよ、お前、男も用意出来んのか?」


 《男ですか?まあ、出来ないことはありませんが。素澤さんはそちらの御趣味でございましたか》


 「俺じゃねえ。男色の野郎もいるんだよ。で、女ばっかりで相手出来ねえから、男が欲しいって言うんだよ。もちろん経費でな。すぐ用意出来るか?」


 「おい、経費が落とせないぞ」


 「え、何で」


 「当たり前だろ」


 《すぐにですか・・・。そうですねぇ、来週あたりにはご用意したいですね。ご要望があればどういった子が良いか承りますが》


 「知らねえ。野郎どもの趣味なんて俺には興味ねえんだよ。なんでもいい。適当で良いから連れてこい。そんでもって少しまけてくれ」


 《かしこまりました。御贔屓にさせてもらっていることですし、お安くしてきます》


 「サンキュ」


 そう言うと、素澤はまるで投げ捨てるように携帯を間ノ宮に渡す。


 そしてすぐにイヤホンをつけると、また聞いていない競馬中継を聞く。


 電話を返された間ノ宮は、素澤の様子を目を細めてみた後、また切っていない電話の向こうに話かける。


 「ということらしい。頼んだぞ」


 《もちろんです。楽しみに待っていてくださいとお伝えください》


 「ああ」


 電話を切ると、間ノ宮のもとに、また別の男からの電話が鳴った。


 「なんだ」








 「え?サラムがなんで狙われてるのか知ってるのか?」


 「ああ、知ってる」


 サラムと大我を小さな小屋に連れ込んだ定室たちは、自分たちがサラムのことを知っていると話しだした。


 もちろん、その言葉にサラムはとても不機嫌そうな顔をしたものの、どうして狙われているか教えるくらいはいいだろうと宥められてしまった。


 「サラムは、白魔女の生き残りなんだ」


 物腰の柔らかそうな清涼が話し出す。


 「白魔女・・・」


 「白魔女は大昔に滅んだと思われていたが、実は生きていたんだ。白魔女自体は害は無いものの、その特殊な能力はどの時代でも恐れられ、求められていた」


 清涼から定室にバトンタッチする。


 「その力を利用しようとする者と、根絶やしにしようとする者。どちらに転んでも、セラムには絶望しか待っていないんだ」


 「そうか・・・。それであいつらも必死にお前のことを追ってたのか」


 「それに、照魔鏡のこともある」


 そう言ったのは、三人の中で一番物静かな黒田だ。


 「照魔鏡?」


 「照魔鏡は、本性を照らし出す鏡とか言われてる。実際存在していると確認できたのも、随分前のことだ」


 「その照魔鏡も狙われてるってことか。サラム、お前それ知らないのか?」


 「知らない」


 はっきりと答えたサラムだが、その声は別の場所に届いていた。


 音声解析をしている健は、そのサラムの言葉をパソコンで調べると、こう言った。


 「嘘ですね」


 近くには、缶コーヒーを飲んでいる間ノ宮がいた。


 特にそれに対して言葉を返すこともなく、間ノ宮はそこから立ち去ると、ゴミ箱に缶コーヒーを棄てた。








 「へー、なんかよくわかんねぇけど、サラムはすげぇってことはわかったよ。で?サラムがその照魔鏡ってやつを知ってると思ってるから追われてるってことか?」


 シリアスな空気をブチ壊すような大我の声が透き通る。


 定室と黒田が釣った魚を焼いて食べていると、サラムはあまり魚を食べたことがないのか、怪訝そうな表情をしている。


 周りが食べているから、きっと毒は入っていないだろうが、それでも初めて口にするそれは、なんとも言えなく香ばしい。


 気付けばぺろりと平らげていた。


 「照魔鏡の在処を知るためでもあるし、白魔女の生き残りを抹殺するためでもあるだろうな」


 「酷ェな」


 平然と言う黒田は、すでに身体を倒して寝る体勢に入っていた。


 寝そべっている黒田の頭をペシッと叩いた清涼だったが、黒田はちらっと清涼の顔を横目で見ただけで、身体を起こすことはなかった。


 大我はまだ残っている魚を次々口にしており、話を聞いているのか聞いていないのか分からない状態だ。


 黒田が寝てしまったことで、定室が大我に説明を続ける。


 「噂じゃあ、どこぞの暗殺部隊が動いてるとか、どこかの国も関わっているとか言われてる。白魔女は絶滅したと思われていたからこそ、その男は希少価値が高いんだ」


 「照魔鏡ってのがもし見つかったとして、みんな何に使うんだ?本性暴いて何が楽しいんだ?意味あるのか?」


 「意味があるとかないとかの問題じゃない。そのものの価値があるってことだ。要するに、金だな」


 「そっか。金は大事だ」


 一人でうんうんと頷いて納得している大我。


 その横で、サラムは取り囲んでいる炎をじっと見つめている。


 どのくらいの希少価値があるのかと聞いてみれば、国一つは余裕で買えるとか。


 もちろん保存状態や、その噂のような能力があるかどうかにもよると思うが、きっと鏡が割れた状態だとしても、その能力が無かったとしても、相当な値打ちになるという。


 存在そのものに、価値がある。


 そしてそれが実際の能力を持っていたとすれば、最悪、戦争にまで発展するほどだというから驚きだ。


 定室はサラムの方に顔を向ける。


 「だからこそ、俺達はお前のことを守る。絶対に守ってみせる」


 「・・・・・・」


 その日の夜、皆が寝静まった頃。


 音も立てずに忍びよる影が多数あった。


 手で何かを合図すると、一斉にサラムたちを取り囲む。


 そしてサラムを捕まえようとしたその時、五人は一気に起き上がり、定室たちは銃で応戦を始める。


 激しい銃撃戦となり、男の一人がサラムに銃口を向ける。


 「ダメだって!!」


 そう言いながら、大我が男の後頭部に蹴りを入れたため、前のめりに倒れそうになった男は一歩足を出し、なんとか倒れることを踏みとどまった。


 「この野郎・・・!!」


 振り向いて大我を撃とうとしたのだが、その時にはすでに大我たちはその場から離れていた。


 すぐに捜索をしてみたものの、逃げ足が速い連中らしく、見つけることは出来なかった。


 「くそっ・・・」








 その頃、将烈は拷問を受けていた。


 「はあっ・・・。いい加減止めません?こっちが疲れるんですけどねぇ。ほんっとにあの人、人使いが荒いっつーの」


 将烈のトレードマークとも言える黒のシャツはボロボロになっており、仕事中につけている白い手袋がやけに綺麗に見える。


 上半身を始め、下半身からも顔からも血が出ており、擦り傷は痛々しいほど赤い。


 この日の将烈の拷問を引きうけていた素澤の方が疲れてしまうほど、その身体には生々しい傷が多々ある。


 どれほどの時間拷問を受けていたのか分からないが、時間が経っている傷痕は紫色に変色している。


 だが、これは決して、将烈から何かを聞き出す為に行っている拷問ではなく、ただただ、将烈への日頃の恨みを晴らす為だけの行為と言える。


 「お前もよお、あいつに恨まれるなんて大した奴だな。なにやらかしたんだ?」


 「・・・知るか」


 「だよな。ま、俺はお前に直接的な恨みは何もねぇが、最悪殺しちまっても良いって言われてるからよ。悪く思うなよ」


 片耳にイヤホンをつけてガムを噛みながら、素澤は将烈の身体に傷と痣をつけていく。


 素澤がそんなことをしている間、間ノ宮は波幸に仕事を頼んでいた。


 「さすが、優秀だな」


 「滅相もありません」


 「そこで頼みたい事がある。まあ、お前の実力からすればそんなに難しいことじゃないだろう」


 「何でしょう」


 すると、間ノ宮は波幸に金を渡して、さらにこう続ける。


 「これからザークのところに行って、交渉役をしてほしい」


 「交渉、ですか?私なんかでよろしいのでしょうか」


 「お前だから任せられるんだ。そんなに優秀なのに、よくあんな男の下で働き続けられたもんだな」


 「ええ。長いことあの方のもとに勤めていましたが、ようやく抜け出せてホッとしています。それに、給料も安いですし」


 「ハハハ。なら、早速今から向かってくれ。先方にはもう話をしてある。お前なら大歓迎だろう」


 「ありがとうございます」


 間ノ宮にそう頼まれた波幸は、早速ザークのもとへと向かうと、間ノ宮から引き継いだ仕事の話を進める。


 ザークは今とても欲しいものがあるらしく、何が何でも手にしたいということで、様々な場所に手を回してほしいというものだった。


 間ノ宮もザークも顔が広いのだが、それでもなかなか手に入らないレア物らしく、波幸にはもっとコネを作ってほしいということだった。


 了承すると、ザークは波幸に大金を手渡し、もしそれを手にすることが出来たら、さらにボーナスとして欲しい物をなんでもやると言われた。


 手にしたことのないような厚みにある紙幣に、波幸は顔をほころばせる。


 「こんなに戴けるんですか!」


 「もちろんだとも!!何しろ、君はこれから私の手足となって働いてくれる、優秀な駒なのだからね」


 「私も精一杯やらせていただきます」


 波幸がザークと交渉をしている頃、間ノ宮は素澤のところに行っていた。


 目の前に意識を失いそうな将烈がいるにもかかわらず、そんなもの見えていないかのように一瞥もくべること無く、素澤の隣に向かった。


 「どうだ」


 「どうだって、見ての通りですよ。まだ死んでません」


 「殺しても良いと言っただろ」


 「そう簡単に言いますけどね。一応、拷問っていう形なんでね。銃使えば一発で殺せますけど、さすがに銃を使った拷問なんて、今度はこっちが悪者になっちまいますよ」


 「俺と話す時くらい、イヤホンを外してガムを捨てたらどうだ」


 「いいじゃないですか。いつものことなんだし。それより、交渉は上手くいきそうなんですか?あいつ、裏切ったりしません?」


 ここでようやく、間ノ宮は将烈を見る。


 血だらけの将烈を見て、間ノ宮は心配するどころか微かに微笑む。


 仕事をしている時にはほとんど見ることのないその笑みに、素澤は口を動かしながら顔を背ける。


 「大丈夫だ。どれだけの正義を持っていようとも、所詮ただの組織の人間だ。金さえ握らせればこっちのものだ。案の定、もうあいつは闇に堕ちてる。心配することはない」


 「あいつにはもう一人部下がいたんでしょ?そいつは?」


 「そっちも問題無い。少し前にこいつとやり合ったみたいだし、今は何処にいるかは分からないが、何処か別の部署に異動願いを出したとも聞いてる」


 「そーなんですか。じゃあまあ、こいつはもう頼るところがないってことでいいんですよね?」


 「ああ・・・」


 全身から力が抜けているのか、将烈の身体を拘束している両腕の鎖のお陰で、なんとかそこに立ってる状態だ。


 その腕の鎖を外してしまえば、きっと将烈の身体は床に一直線に倒れて行くだろうが、倒れるということは床に全体力を任せられるということであって、休めるということだ。


 それをさせたくないのか、間ノ宮は決して将烈の腕の鎖を外そうとはしない。


 ただでさえ、短めにしてある鎖のせいで、将烈の腕はいつか取れてしまうのではないかという程だ。


 「もうこいつに、仲間はいない」








 暗い森の中を歩いているサラムたちは、しばし休憩ということで仮眠を取っていた。


 そんな中、一人でどこかへと歩く大我の姿があった。


 「もしもし。ああ、大丈夫。順調だ」


 誰かと話をしていると、がさ、と近くで物音がしたため大我が振り向くが、そこには誰もいなかった。


 大我は話を終えて、みんなが寝ている場所へと足を向かわせる。







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