Wizardry

maria159357

第1話MAGIC PLAY




Wizardry

MAGIC PLAY


                             登場人物




                                  空也くうや


                                  ナルキ


                                  海斗かいと


                                  ソルティ


                                  デュラ


                                  ジンナー


                                  流風るか
























状況?何が状況だ。俺が状況をつくるのだ。 ナポレオン






































 第一術 【 MAGIC PLAY 】




























  これは、魔法の国のお話。


  誰も知らないような世界の隅に存在する、不確かで不明確で不思議な御伽噺。


  時空の狭間を行き来することが不可能だと言うのなら、それは諦めるしか無いのかもしれないが、所詮、狭間は狭間でしか無い。


  つまり、狭間にハマってしまえば、そこから抜け出すことは出来ない。


  生きるということは、時間の流れに従うということで、死ぬということは、時間の流れを受け入れることを止める、ということだ。


  何にせよ、この世界、この空間、この時代、この空気は、人によっては現実であり、人によっては幻想である。


  人によっては真実であり、人によっては偽りである。


  人によっては口実であり、人によっては理由である。






  この世界も同じだ。


  人によっては喜劇であり、人によっては悲劇である。


  人によっては遊具であり、人によっては逃避である。


  人によっては退屈であり、人によっては興奮である。






  遠い遠い、風でさえも、光でさえも、何千年とかかるであろうその時代に、その世界は存在している。


  そこに住んでいる人達はみな、神秘の力を持っていた。


  それは、いつしか広まる“魔法”という言葉と同等のものであり、まさしく、そのものかもしれない。


  魔術でもあり、呪術でもあり、仙術でもあり、妖術でもあるその力は、偉大だ。


  魔法という力を手に入れた者達が、生きる場所こそが、何よりも気高き孤高の舞台『魔法界』であり、今尚、実在する。








  「空也、お前は近い将来、この国の頂点に立つ。だからこそ、多くの知識と知恵を身体と脳に埋め込むのだ。国民を守るため、強くなり、国民の声に耳を傾けられるよう、信頼される国王になるのだぞ。わかったな?」


  長い長い赤のカーペットの先には、一人の男が片膝をついている。


  そして、その前には、背もたれが無駄に長い椅子に座っている男がいて、片膝をついて大人しく話を聞いている男に対し、熱く語っている。


  だが、その片膝をついている男から、返事が返ってこない。


  椅子に座っている男は首を傾げ、目の前にいる男にもう一度声をかけるが、やはり返事が返ってこないため、椅子から立ち上がって、男の許に向かう。


  「空也、聞いておるのか?」


  問いかけながら、目の前にいる“空也”という男の肩に手を置き、軽く揺さぶってみる。


  「・・・・・・んあ?」


  カクッ、と身体が揺れたかと思うと、空也は閉じていた目を開けて、口の端からは涎が少し垂れており、それを腕で拭う。


  「ああ、寝てたみたいだわ。親父、悪いな。もう一回、最初から話してくれよ。」


  全く悪びれた様子も無く、空也が父親に対してケロッと放った言葉に、父親はプルプルと込み上げてくる怒りを何とか抑えようとしている。


  「それにしても、相変わらず親父の話は長ぇな!くたびれちまったよ・・・。」


  ゆっくりと立ち上がり、腰をトントンと叩きながら、欠伸をして、またボーッとしている空也に、いよいよ父親がキレた。


  「く・・・く・・・。」


  「あ?どうした?親父?顔色悪いぞ?」


  「空也――――――――!!!!!」








  「ったく。怒る事無ぇじゃんか。」


  空也は、魔法界でも最高権力を持つ一族の末裔である。


  何十代、いや、何百代続いているのか、空也は理解していないし、理解しようとも思っていないようだが、とにかく長く続いている一族だ。


  純血の魔法使いは珍しくは無いが、そこに対しても空也は特に気にはしていない。


  まだ十七という若さにして、すでに頭角を現し始め、父親にも負けず劣らぬ力を持っているという噂まで流れている。


  魔法使いは基本、ほとんどが同じ髪の色、服装、装飾品を付けている。


  実際、空也もそうであって、髪の長さは個人差があれど、金髪、両耳にピアス、右手人差し指に指輪、カプセル型のネックレスを付けていて、黒のブーツを履いている。


  違う点をあげるとするのなら、指輪が一つではなく二つであることや、髪の毛は短めであることだろうか。


  ブツブツと文句を言いながら、廊下をマイペースに歩いていると、廊下から見える知り合いの許に、フワッと風に乗って近づいていった。


  「キャッホ―!」


  高いテンションで一気に下りて行くと、空也は知り合いの背中に勢いよくぶつかった。


  相手は、いきなり襲いかかってきた衝撃に驚きながらも、空也だと分かると呆れたように笑いながら、手をあげる。


  パンッ、と空也と手を叩き合って、手に持っているゼリービーンズを数個、空也に与える。


  「サンキュ♪ナルキ。」


  「親父さんから、何の話だったんだ?」


  「ああ?・・・んー・・・。忘れた。ま、そんな大した事じゃなかったのは覚えてんだけどな。」


  「空也が話を聞いてやるだけで、かなりの親孝行になりそうだな。」


  白いゼリービーンズを口へと運ぶナルキという青年は、空也よりも一つ年上で、肩くらいまである金髪を持っている。


  風に靡くその金色は、太陽の光によってより一層眩しく感じる。


  しばらく、二人でのんびりと日向ぼっこをしていると、空から何かが落ちてくるのが見え、空也が空に手を翳す。


  目を細めて黒い影を確認しようとしたが、人なのか動物なのか、植物なのか物なのかさえ判断がつかない。


  そこで、空也は翳した手をゆっくりと左右に振ると、黒い影も左右に動いた。


  すると、人の声と思われる叫び声が聞こえてきて、空也が手を元の位置に戻すと、その一秒後に黒い物体が落ちてきた。


  「痛えぇぇぇぇぇぇッ・・・!」


  「あ、海斗じゃないか。」


  「ああ、海斗っぽい。」


  落ちてきた人影は、金色の長い髪の毛を一つ縛りにしていて、それでも背中くらいまである。


  ガバッと顔を上げれば、口元にセクシーなホクロがついているが、そのセクシーさとは裏腹に、口からは雑な言葉が飛び出してくる。


  「てんめぇぇぇッ!!!何しやがる!?」


  海斗は空也と同じ歳で、色々と空也に突っかかってくるため、空也は海斗の相手をするのが面倒だと感じている。


  一方で、ナルキはそんな空也と海斗のやり取りを見ているのが好きだ。


  現に今も、空也は相手にしないようにと、ごろん、と地面に寝転がり始めると、海斗は空也の頭側に移動し、直接本人に悪口を言っている。


  まるで、構って欲しい弟のようだ。


  「うるせぇな、お前は。何なんだよ。一人で勝手に遊んでろよ。」


  「勝負だ!勝負しろ!」


  「嫌だよ。なんで俺が・・・。」


  見ていて飽きない二人の喧嘩に夢中になっていると、地面からいきなりコスモスが咲きはじめ、三人を囲んだ。


  こういう演出が好きなのは、女性であって、しかも女性の中のごく一部の人達だろう。


  花になど全く興味の無い空也は、“コスモス”という名前さえ、もしかしたら知らないかもしれない。


  「デュラ、花の臭いが服につく。」


  「匂い、の方だろ。」


  空也よりは長いが、後頭部でちょこんと縛れるほどの髪の長さで、右手の人差指だけでなく、左手の中指にも指輪を付けているデュラは、空也の二つ上。


  一見クールっぽいイメージがあるが、人懐っこい笑みをよく見かける。


  「空也と海斗が喧嘩してるのが見えたんでね。俺も混ぜてよ。」


  「どいつもこいつも・・・。なんで俺は、老若男女問わず好かれてしまうんだろうか・・・。」


  上半身を起こして、両手を肩の高さまで持ち上げたかと思うと、バッと天高く、太陽と青空を仰ぐように両腕を広げる。


  ナルキは肩を振るわせて、眉をハの字に下げながら笑っていた。


  大きく広げられた腕を掴もうとした海斗だが、腕を掴んだ瞬間、逆に空也に思いっきりブン投げられる。


  木にぶつかりそうになりながらも、ポワン、とクッションを生み出して、衝撃を和らげる。


  ナルキの隣に腰を下ろそうとしたデュラは、此処にきた本来の目的を思い出し、再び腰を上げた。


  「そうだ。今日、シェリアの卒業試験の日らしいよ。」


  「あ、そうか。」


  シェリアは十五歳の女の子で、空也たちの後輩にあたる。


  金色の髪は腰辺りまであり、全体的に下ろしてはいるが、耳の少し上の部分で両側を縛っている。


  ついでに言うと、ペチャパイである。


  魔法界では、十五が大きな境目となっていて、一人前の魔術者としての資格があるかどうかの試験が行われるのだ。


  一年に一度しか試験は行われないため、十五で落ちた場合、次は十六になってしまうのだ。


  デュラにそのことを知らされ、ナルキも海斗も見学に行こうとしたのだが、空也だけは面倒臭そうな顔で、親指を地面に向ける。


  そんな空也を、ナルキとデュラで強引に引っ張っていく。








  試験会場内では、あちこちで試験が行われていた。


  色々な魔法を使った試験が行われている中、一人だけ、どうも不器用に炎を操っている女の子が見えた。


  そこに向かって行く途中、長い髪の毛を後ろでグルグルにし、器用に一つにまとめている後姿が目に入る。


  「ソルティ!お前も暇だな!」


  「ん?ああ、お前らか。」


  女性のような艶やかな髪の毛を持っていたのは、空也たちの先輩でもあり、みんなから慕われている兄貴分の存在、ソルティであった。


  いざという時には、これほど頼りになる人はいないだろうと思うのだが、常日頃はちょっとドジな部分がある。


  シェリアの憧れの存在でもあるが、ソルティは果てしなく鈍感であるため、気付いていない。


  空也よりも三つ年上であるにも関わらず、タメ口で喋る空也にも、ハニカミながら返事をする。


  特定の誰かを応援しに来たわけでもないらしく、暇潰しに来たのだと言う。


  目の前で炎を調製している女の子、シェリアは、空也の大きい声に反応して顔を向けると、そこにソルティがいることに気付き、顔が真っ赤になる。


  すると、一定の温度を保っていた炎が、一気にシェリアを包み込むほど大きくなる。


  「九番、シェリア!不合格!」


  自分の不合格を聞き、シェリアはガクリ、と肩を落としながら歩き出す。


  「あちゃー・・・。」


  「可哀そうに。空也が騒ぐからだよ。」


  同情するナルキとデュラは、先程からシェリアの方を見向きもせずに、会場内になる女の子とお喋りをしている空也を冷ややかな目で見る。


  トボトボと項垂れながら歩くシェリアに、ソルティが声をかけに行く。


  「最初は上手くいってたな。来年もあるんだし、きっと大丈夫だ。」


  優しい言葉に、優しい笑み、落ち着いた口調に少し掠れた低音ボイス、太陽を背にしているせいか、眩しい笑顔が更に眩しく感じてしまう。


  まとめてある髪の毛が、大人の色気を出していて、それだけでシェリアは興奮する。


  「あ、ありがとうございます・・・。来年は、絶対に受かってみせます!」


  「ん。その意気だよ。」


  ソルティに励まされ、シェリアは嬉しそうに飛び跳ねながら、試験会場を後にする。


  「じゃ、俺は今から約束あるから。」


  「じゃあなー。」


  手をブンブン振ってソルティを見送ると、空也はくるっとナルキたちの方を見て、コホン、と咳をする。


  なんの真似だろうと思っていると、両手を軽く広げながら、自慢気に話す。


  「いやさ~、俺もこれから約束が出来ちゃってさ~。いや、俺は忙しいって言ったんだぜ?でもよ、女の子からのお誘いを断るわけにもいかねぇだろ?だからさ~。」


  「わかったわかった。いってらっしゃい。」


  適当に話を流して返事をすると、空也は両手のみならず、前にも後ろにも女の子を連れながら、何処かに行ってしまった。


  ある程度のところまで眺めると、デュラも友達と会うのだと言って、帰ってしまった。


  残されたナルキと海斗は、仕方なく二人で魔法の練習でもすることにした。








  「んで?空也は元気にしてんのか?」


  「はい。」


  「そっか。あーあ。早く地表に落ちて、魔術者としての力失わねぇーかな。」


  「それは無いかと。」


  ハハハ、と乾いた笑いをする男は、無造作にポケットに入っているアーモンドを一掴みすると、一気に口へ頬張る。


  水分の奪われた口内を潤すために、今度はグラスに入った水を一気に飲み乾す。


  「ッあー・・・。」


  ペロッと舌で唇を舐めると、濡れた唇を手の甲で拭いとる。


  男の髪の色は、赤のような黒のような、赤が錆び付いたような黒色の髪の毛をしていて、後ろで一つに縛っているが、長い。


  ブーツを履いているのは空也たちと一緒だが、腹チラというセクシーな格好をしているのは、一体なぜなのだろうか。


  そんな疑問はさておき、男は窓に寄りかかって地平線を眺め、自分の後ろで髪の毛をいじり、枝毛を探している女に向かって告げる。


  「流風。ちゃんと連絡は取ってるんだろうな。」


  「はい。ジンナー様が御心配なさることはありません。・・・今のところ。」


  肩辺りまで伸びた、青いウェーブのかかった髪の毛をいじり続け、短パンに長いブーツ、やはり腹チラの服を来た女は、チョコの入った箱を取り出し、口に含む。


  当別大きいわけでは無いが、程よく強調された胸は、童顔には似合わない。


  「そうか。それにしても流風。」


  「はい、なんでしょう。」


  「お前、チョコばっか食べてっと、将来糖尿病になるぞ。」


  「御心配無く。その時は、腹括ります。」


  流風のチョコと競うようにして、ジンナーはアーモンドを口に含む。


  ふと、何を思ったのか、ジンナーは寄りかかっていた体重を移動させて、流風に近づき為に歩き出した。


  するり、と流風のウェーブのかかった青い髪に指を置き、滑らせる様にして毛先までくると、そこから流風の頬に指を添える。


  ここまでは、恋人同士のような良い雰囲気なのだが、この二人の間には、そんな感情は欠片も無い。


  自分の口にまで近づいてきた指を、流風は思いっきり噛む。


  微かに血が出てくると、ジンナーが勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、流風から離れて、また窓際に寄りかかる。


  「ハハハハハハ。ほんと、お前は冗談が通じねぇ奴だな。」


  流風に噛まれた部分を、自らの舌で舐める。


  赤黒い髪の毛がゆらり、とジンナーの動きに合わせて踊る。


  不敵な笑みを浮かべているジンナーだが、アーモンドを噛み砕く音が強くなり、空也のことで不機嫌になっているのは明らかだった。


  「あーあ。まじで・・・。まじで空也の奴、どうにかなんねぇかな。」


  それに対して、流風は毛先を触りながら、無表情の無言を貫いた。








  「ああ、違う。」


  二人で魔法の練習をしているナルキと海斗は、地道に、基本練習を繰り返していた。


  ナルキの方が少しだけ先輩のため、海斗に指導しているのだが、本来、実力的に一番上の空也に教わりたいところだ。


  だが、空也は生まれつき、つまり天性の素質があるせいで、教えるのがとても下手くそだ。


  努力し、自分で考えて練習をした者ならいいが、適当にやってもいい成績を残してしまう空也にとって、努力ほどつまらないことは無いのだ。


  厭味にしか聞こえないが、実力主義とはこういうことなのか・・・。


  そういう理由から、海斗は空也が嫌いであって、羨ましくもあるのだが、それを聞いたナルキは困ったように笑う。


  「そうだな。そう見えるのかもな。」


  「?」


  少しだけ息を切らせながら、海斗はナルキを見て顔を顰める。


  魔力のストッパーとなっている指輪をはめ直し、ナルキの次の言葉を待っていると、強い風が吹いてきて、目の前に空也が現れた。


  女の子とどこかをフラフラしていたはずの空也だが、なぜだか不機嫌そうな顔をしている。


  何事かと思っていると、ナルキと海斗が聞く前に、空也が勝手に答える。


  「聞けよ。あの女共、ケーキに乗っかってる苺見て、なんて言ったと思う!?」


  「さ、さぁ?」


  「『かーわーいーいー!!』・・・・・・。なんじゃそりゃあァァァ!!?苺だぜ!?可愛いもクソもあるかァァァ!!!食べてから、美味しいだの酸っぱいだの言うならまだしも、なんで見た目の感想!?んなのいらねぇんだよ!!」


  どうでもいい内容を一気に話す空也の言葉は、聞こうとしなくても自然と耳に入ってきて、そのまま脳へと伝達されていく。


  そのため、海斗はポカン、と口を開けたまま聞くことになった。


  確かに、理解出来ない言動だったのかもしれないが、空也のように、叫んで怒ると言うか、愚痴を言うほどの事では無い。


  対処方法が思い付かない海斗は、ナルキの方に視線を向けると、軽くウンウン、と聞き流しながらも、ちゃんと対応している。


  胸に閊えたものを、全て言い終わってのか、空也はすっきりした顔つきに戻り、またランランと女の子の待っている場所へと去っていった。


  「な、なんだ?あれ・・・。」


  「まあ、なんていうかさ・・・。」


  人差し指で頬をポリポリとかきながら、ナルキは海斗に微笑んで、こう言った。


  「ああ見えて、結構苦労してるんだよ。」


  頭にハテナを作る海斗に、またナルキは指導を始める。


  「じゃあ、次は水でも使おうか。」








  「(キャー!!ソルティ先輩と話しちゃった!!!)フフフ~ン♪」


  試験に不合格だったというのに、シェリアは憧れのソルティと話せた事で、もう試験などどうでもよくなったようだ。


  スキップのリズムを刻みこんだ足で、軽やかに自分の部屋へと向かって行く。


  ふと、途中の廊下に、高さ百八十ほどある大きな鏡とご対面する形になってしまった。


  「・・・・・・。」


  そこに映るのは、頬を赤く染めながら、ニヤけそうな顔を必死に抑えている、色気の全くない自分の姿だった。


  ガクッとまた項垂れ、同じ歳の子は小さいながらも膨らんできているその場所に、そっと目を向けてみるが、ペタンコのため、何の障害も無く床と自分の靴が見える。


  キャベツを食べたり、豆乳を飲んだり、ストレッチをしても、なかなか大きくならない、禁断のその場所・・・。


  魔法で大きくしてしまおうかとも考えたことがあるが、今のシェリアの能力では、もって五分ほどだろう。


  そう思うと、また愕然となる。


  「・・・やっぱり、先輩も大きい方が好きだよね・・・?」


  「へー。女の子らしい悩みがあったんだな。」


  「そりゃそうよ。私だって、恋する乙女ですもの・・・。」


  「乙女も大変だねー。」


  「大変よ。・・・ん?」


  ふと、自分は誰と話しているのだろうと、声の聞こえてきた方に顔を向けると、そこにはニヤニヤしているデュラの姿があった。


  「よっ。」


  ビシッと手を翳してシェリアに挨拶をすると、まずは大きな鏡に映っているシェリアの姿を、上から下まで何往復か見る。


  次に、本物のシェリアの身体を、同じように上から下まで、舐めるように見る。


  そして、腕を組んだかと思うと、何かを悟ったようにウンウン、と頷き始めた。


  「な、何よ・・・?」


  「なんていうか、寸胴?」


  禁句というか、失礼極まりない言葉を言われたシェリアは、口をパクパクと金魚のように動かしだした。


  口元を押さえて笑いを堪えているデュラに、次の瞬間、グーで反撃をする。


  「おいおい。女の子がグーで殴るもんじゃァないぜ。」


  「うッ、うるさいわね!」


  「あーあ。ソルティ先輩に聞いた方がいいかねー。」


  「なっ・・・!?何をよ!?」


  シェリアが、何を言われるのかと、心配そうに、だがそれを知られまいとして、強がった口調で言うと、デュラはまたニヤッと笑う。


  何かを企んでいると分かっても、シェリアには反撃の言葉が無い。


  とにかく、余計なことを言われないように、しっかりと釘をさしておく必要があることだけは、頭の片隅においておく。


  ゆっくりとシェリアに近づくと、デュラは思いっきり顔を近づけた。


  「『胸の小さな女性は、恋愛対象外ですか?』、ってよ?」


  カーッと、怒りからなのか、それとも単に恥ずかしいからなのか、それは分からないが、一気にシェリアの体温は上昇する。


  「馬鹿―!!!」


  叫びながら、廊下を一気に走り抜けて行くシェリアの背中を見て、ククク、とデュラは面白がった笑いをする。


  短く後ろで縛ってある髪の毛を縛り直すと、満足気にどこかに歩いていく。








  「空也、こんなところにいたのか。」


  「あ?ああ、なんだ。ナルキか。」


  「悪かったな。」


  海斗との練習を終えて、一人でのんびり日光浴でもしようと思っていたナルキだが、いつも自分が昼寝をしている場所に、先客を見つけた。


  短い金色の髪を風に躍らせている空也が、呑気に魔法で遊んでいたのだ。


  指先をクルクルと器用に動かし、細かな動きを葉っぱに指示をすると、葉っぱが互いに絡まり合い、花飾りのようになっていく。


  空也の隣に腰を落とすと、ナルキはしばらくそれを見ていた。


  十分くらいすると、空也のマジックショーは終了し、五本の指を一点に集めると、一気に掌を広げれば、冠になっていた葉っぱが四方八方に散らばって行った。


  「女の子はどうした?」


  「居残り授業だってよ。」


  仕方なく、一人で帰って来たのだとか。


  はぁ、と大きくため息をついた空也に、ナルキは思ったままの事を口にする。


  「空也が教えてやればいいだろう。」


  「ヤダよ。面倒臭ぇな。」


  その言葉を聞くと、なんとも空也らしくて、ナルキは思わず笑ってしまうが、その笑いにさえも、空也は不機嫌な顔をする。


  二人でのんびりと時間を過ごしていると、風や木の葉、地面や空までもが慌ただしく動きはじめた。


  自然の変化に気付いた二人は、その場に立ちあがり、辺りを見渡す。


  ピクッ、と反応した空也が、何かを感じ取った方向に顔を向けた途端に、ビュウッ、と強風が二人の身体を引き裂くように吹いてきた。


  その風の行く方向に目を向けると、空也は風に乗ってどこかに向かった。


  「あ、空也!」


  その後を着いていこうと、ナルキも風に乗って空也の背中を追う。


  思ったよりも早く着いたその場所は、空也にとっては行き慣れた場所であって、ナルキにとっては緊張する場所であった。


  「親父。」








  「おお。空也か。ナルキ君も。」


  「どうも。お久しぶりです。」


  「大きくなったもんだね。前に会ったのは確か・・・。」


  「そんな話をしに来たんじゃねぇんだよ。」


  世間話を始めようとした二人の会話を引き裂いた空也は、眉間にシワを寄せて、軽く舌打ちをした。


  ズンズンと、自分の父親でもある国王の前まで歩いていくと、膝も付かずにギロッと睨む。


  それを見て、周りにいた家来が空也の許に行こうとするが、国王が手で制止すると、全員がその場に留まる。


  こんなにも重い空気をつくるようには見えない空也に、ナルキは少し不安を持つ。


  空也の一方的な睨みに対し、国王が何用かと聞けば、髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱し、また舌打ちをした。


  「用があんのは、そっちだろ?」


  「何のことだ?」


  「惚けてんじゃねぇよ。わざわざ俺に分かる様に、風に魔法かけたくせによ。なんか緊急事態なんじゃねぇの?」


  「はて。身に覚えが無い。」


  「・・・そうかよ。」


  明らかに何かを隠している国王に、一層眉間のホリを深くする空也。


  国王にちらっと見られたため、ナルキは自分が退散した方がいいと察知し、一礼して帰ろうとしたが、空也がそれを止めた。


  「じゃ、俺も帰るわ。」


  クルッ、と身体を反転させて、ナルキと一緒に帰ろうとすると、国王が焦りの無い声で止める。


  ゆっくりと振り返り、返事をしない空也に、国王はため息を吐いた。


  このまま嘘を吐いて、何も用は無いと言おうものなら、きっと空也はナルキと一緒に部屋を出て行ってしまうだろう。


  観念したのか、国王が渋々口を開いた。


  「魔法界に、何者かが侵入した。」


  「侵入?何の為にだ?」


  「察するに、魔法界の乗っ取り。それと同時に、魔法界の歴史書に記されている兵器の入手だと思われる。」


  「兵器・・・?俺、そんなの初めて聞いたぜ?」


  二歩だけ前に進み、食ってかかる様に話すと、国王は空也を宥めるような口調で続けた。


  「ある人物が持っているのだ。」


  「そんな手軽なもんなのかよ・・・。」


  呆れたようにため息を吐いた空也の隣で、会話を聞いていたナルキは、「すみません」と小さな声を出して会話に入る。


  「それってもしかして、『不老不死の薬』のことですか?」


  「は?ナルキ、何言って・・・。」


  「そうだ。」


  聞いたことはあるものの、そんなものが実際にこの世にあるなんて、一体誰が信じるだろうか。


  何人の人が、その話を笑わずに聞けるのかも分からないが、信じていなかった一人である空也は、ナルキの夢物語のような言葉に驚く。


  だが、当然のように首を縦に振った国王にも、空也は怪訝そうな顔を向ける。


  「んなもん、あってたまるか。」


  「あるのだ。」


  きっぱりと自分の言葉を否定されて、空也は一層不機嫌そうな表情になる。


  確かに、この魔法界には、昔からそういった類の話が受け継がれているのと同時に、時代時代によって変化をとげてきた。


  この不老不死の薬のことにしても、そういう都市伝説的なものだと思っていたのだ。


  所詮、魔術者とはいっても、特別な力を手に入れた人間同然であって、考え方や噂に対する対応などは、人間と変わらない。


  こうして、国王が都市伝説の話をしている時点で、なんともおかしいのだ。


  「・・・で?百歩譲って、そんなもんがこの世にあったとする・・・。」


  「譲らなくてもあるんだぞ、空也。」


  空也の隣で、平然としたまま話すナルキに、疑いの眼差しを向けると、空也に説明を始めた。


  「昔、読まなかったか?『魔法使いと不思議な薬』っていう絵本。」


  「あ?ああ、読んだような、読んでないような。」


  「・・・毎晩読んで聞かせたというのに・・・。」


  愛でられながら育てられたというのに、そのほとんどを覚えていない空也に、国王はなんとも悲しそうな、呆れたようなため息を吐く。








  「昔、魔法界一と言われる薬使いがいた。ある日、禁忌とされている不老不死の薬を作りあげたけど、国はそれを認めずに、魔法使いの行為は違法だと判断。無法者として、死刑にされてしまった。しかし、後に、それが素晴らしい技術だと評価され、同じように薬を作ろうとしたが、誰一人として作る事が出来ていない。どこかに眠っているとされるその薬から、調合を調べるほかに、方法は無いとされている。・・・確か、こんな感じでしたよね?」


  自分の話した内容があっているかどうか、国王に確かめるようにナルキが聞くと、国王はコクン、と頷いた。


  しかし、話した相手でもある空也は、そんな昔話に興味は無いようで、隣で欠伸をしながら、小指を耳の穴に入れていた。


  「不老不死なんて、なっても碌なことねぇぞ。」


  国王に向かっていっているのか、それとも、この場にいる全員に聞こえるように言ったのかは定かではないが、大きな声で訴える。


  だが、本題はここでは無い。


  「薬の事は今はいいのだ。」


  問題なのは侵入者であって、その侵入者がこの国を乗っ取ろうとしている事なのだ。


  そんな簡単に行くようなことではないと知っていても、何も手を打たないわけにはいかないのが、国王というもの。


  とにかく、正体を知りたいということだった。


  だが、空也は面倒臭そうな顔を全面的に国王に向け、それを訴える様に、今度はナルキにその表情を見せる。


  諦めろ、というように肩を叩かれ、空也は全身からため息を出す。


  「では、頼んだ。」








  「ったく。どーしろってんだよ。」


  ぶつぶつと文句を言いながらも、空から偵察をしている空也とナルキ。


  草木や扉、格子や土にも魔法をかけて、不審者だと思ったらすぐに空也に報せるようにしておいた。


  いつもの風景しか目に入らず、退屈そうに頬杖をつく。


  「おい!見ろ、ナルキ!」


  いきなり名前を呼ばれた為、何か不審な物でも見つけたのかと思ったナルキは、すぐに空也の指さす方へと顔を向ける。


  だが、そこにいたのは魔法界の長老の一人で、素晴らしい功績を残した方だった。


  ナルキは、空也に視線を戻そうと顔を動かすと、隣の空也は、口元を自分の手で覆い、顔を下に向けていた。


  「?どうした?」


  心配して声をかけてみたが、それが間違いだった。


  「あのおっさん、めちゃくちゃ禿げてる・・・。ププッ・・・。」


  どうやら、上から頭を見ているせいで、いつもはあまり気にしていない禿げ具合が、より一層酷く見えたのだろう。


  太陽の光により、反射しているのも原因の一つだろうか・・・。


  なんにせよ、侵入者では無い事がわかり、ナルキは安心する。


  偵察をしていると、あっという間に夜になってしまい、ナルキは自分の家へと帰って行き、空也も仕方なく家路に向かう。


  とはいっても、国王でもある父親とは一緒に生活はしておらず、ほとんど祖母と祖父、そして母親に囲まれている。


  通常は、国王と家族は一緒に住んだほうが良いのだが、母親はどうも落ち着かないらしい。


  それは空也も同じであるため、こうして父親以外の家族と一緒に生活をしている。


  夕飯を軽くすませると、空也は一人で外出し、どこからでもよく見える大きな一本の木の上へと飛んでいく。


  鳥や動物を起こさないように静かに腰を下ろし、空を仰ぐ。


  魔法界にも朝と夜があるが、秩序がどうだの自然界がどうだのという理由で、時間を戻したり早回しにしたり、そういうことは禁忌の一種とされているようだ。


  そういうことが出来るからこその魔法なのだが、一応、規律というか、命の流れを勝手に動かすことは、誰であっても許されていない。


  勿論、国王とて同じ事。


  夜があまり好きでは無い空也だが、夜が来る度に一日の終わりを身に感じ、朝日を見ると、その圧倒的な存在感に憧れてしまう。


  今日と明日の境目など知らないが、時間の流れは永遠であり、または刹那とも言える。


  片膝だけを曲げて、自分の肘を置ける場所に膝を持ってくると、そこに身体半分の重心を置く。


  「まただ。」


  空也の言う『まただ』の『また』というのは、夜になると姿を現す蝙蝠の集団である。


  不気味なほどの数の蝙蝠が、身を潜めていた何処からか一気に飛び立ってきて、黒い集団となって龍を描く。


  毎夜というわけでもないが、見る度に気持ち悪さを感じる。


  蝙蝠と話せるが、実際に話したことは無く、話したいとも思ったことは無いのだが、以前、蝙蝠と話すと色々な情報を持っていると、聞いたことがある。


  そう言われても、空也は話す気などさらさらない。








  ウトウトとしているうちに、少し眠ってしまったようだ。


  まだ重たい瞼を擦ると、空也の耳元を何かが刺激してきた。


  くすぐったさを感じながら、刺激してきた何かを方を見てみると、魔法をかけていた風が木の葉をつれてきたらしい。


  「どうした?」


  自分の周りをくるくると回り出した風と木の葉が、懸命に空也に何かを伝えると、耳にではなく、皮膚や感覚を通って空也の脳へと言葉が伝わって来る。


  ―危ないよ。危ないよ。


  ―いる。来てるよ。


  ―危ないよ。危ないよ。


  ―すぐそこまで来てるよ。


  風と木の葉が伝えたい事を聞き取ると、空也は左手を出して、親指と中指を擦り合わせて、パチンッと指を鳴らす。


  すると、すぐに風も木の葉も、普通の自然へと戻った。


  木の枝の上に立ちあがると、地面へと軽やかに下りる。


  もうすぐ夜明けになるだろう空を背景にして、そのまま五分ほど立っていると、ザワッ、と草木が怯え始める。


  空也の前の草原を、風か何かが勢いよく道を作りながら走ってきた。


  片足を後ろにずらすと、掌を出してソレを止めた。


  空也にぶつかるかぶつからないかくらいで止まったソレは、怪物でも魔女でもましてや人間なんかでも無い。


  同じ魔術者のようだと、すぐに分かった。


  「へー。思ったよりも安定してんじゃん?」


  「・・・誰だっけ?」


  現れて早々、自分を褒めたと思われる男に対し、空也は記憶を辿ってみたが、どうにもこうにも思い出せなかった。


  というより、会ったことなどあるのかと、自分の記憶に聞いてみる。


  「俺はずっとお前を知ってたぜ?空也?」


  「それは当然だろ!なんたって、俺はアイドル的存在だからな!知らない方がおかしいっての!」


  両手を肩の高さまで上げながら、空也は鼻でフンッと笑う。


  それを聞くと、男も鼻で笑い返す。


  段々と明るくなって来る空から漏れる光に、空也の金色の髪の毛だけでなく、男の赤黒い髪の毛も妖しく照り返す。


  まるで、血が錆びたような黒い色をしている。


  「で?誰だっけ、お前?此処に用でもあるのか?それとも、俺に個人的な用かな?」


  今度は腕組をして、首を傾けながら空也が男に聞くと、男は片足に体重を乗せているのか、腰をくねらせながらニヤッと口角をあげる。


  首の後ろをちょいちょいとかき、肩を振るわせてククク、と笑う。


  後ろで一つに縛っている長い髪を辿り、赤黒い髪の毛をサラッとはらい、その流れのまま親指だけを地面に向けた。


  「初めまして、空也。じゃ、早速消えてくれるか?」


  穏やかな口調で話す、棘よりも尖った、重く黒い腹の底まで響く言葉に、空也は楽しそうに笑い返した。


  「そいつは御免だな。」








  太陽が地平線を昇りきり、辺りは暖かな日差しに包まれ始める。


  小鳥が歌いはじめ、リスは木の穴から出てきて日の光を浴び、風は緩やかに移動をし、雲はそれに乗って踊りだす。


  心地良い朝日のはずが、ある一点の場所においてのみ、抗争の幕開けになってしまった。


  ビュウッ、と風が強く吹くと、男が空也に向けて風の刃を切りこんでいったが、空也は身体を横向きにして、なんなくかわす。


  だが、それを見越していた男は、掌で空気を圧縮していた。


  空也に投げつけると、空也の顔面でその空気は暴発し、砂埃によって辺り一面が煙にまみれ、徐々に煙が散っていくと、そこに空也の姿が無かった。


  いつの間にか木の上に移動していた空也が、手を大きく動かすと、土ごと地面がうねりだし、男の足下が不安定になる。


  ぐらつく足下でバランスを取り、男は歯を出して笑い、地面に咲いていた花に魔法をかけると、花が巨大化して、牙を持ち、涎を垂らして大きく口を開けた。


  空也を食べようと向かって行くが、空也は躊躇もせずに花を燃やした。


  「おおおッ!冷酷な奴!」


  「え?輝いてる?」


  無意味で不毛なやり取りをしていると、男の侵入が伝わったようで、国全体に警報が鳴り響いた。


  「おっと、いけねぇ。じゃ、俺は退散するわ。」


  「まあ、もう少しゆっくりして行けよ。ええと・・・。」


  そう言えば、名前をまだ知らないことに気付いた空也は、手を顎に添えて考え始める。


  「ジンナーだ。」


  察した男、ジンナーが空也に名前を教えると、友達感覚で無遠慮にいきなり名前を呼び出した。


  「ジンナー!まだ決着ついてねぇぞ!」


  「今着けたら、これから面白くねぇだろ?楽しみは後に取っておくもんだ。てなわけで、またなー!」


  ヒュンッ、と手を振って風と共に消えてしまった。


  身体に感じた、これまでに無い感覚、それは興奮というのかもしれないが、その感覚が冷めないまま、空也も踵を返した。


  天高くから空也を見下ろしているジンナーは、勝手に肩に乗って休憩を取るカラスに、ポケットから取り出したアーモンドを手渡しで与えた。


  「なるほどね・・・。」


  ジンナーが持っていたアーモンドが気に入らなかったのか、カラスが嘴でジンナーの指を突いてきた。


  ひょいっと指で嘴を掴み、そこを軸にしてカラスを肩からおろす。


  カラスが残したアーモンドを口に含むと、何処かへ飛んでいく。


  「負ける気はしねぇけど、ちょっとだけ面白くなりそうだな。」


  口の端についたアーモンドのカスを、舌でペロッと拭いながら、魔法界に向けて親指と人差し指を付きつけた。


  「バーン・・・。」








  一旦家に戻り、朝食を取ると、空也は自分の部屋に行って寝始めた。


  ハンモックに体重を乗せてみたが、なんとも寝心地が悪く、ベッドを作ってふかふかの布団を被り、枕も低反発の良いものにする。


  ふと、国王からの偵察のことを思い出したが、侵入者に直接会ったため、報告するのも面倒に思っていた。


  「空也、お友達よ。」


  「は?」


  部屋に入ってきた母親の口から出てきた単語に、疑問を抱きながらも出てみると、玄関の前に人影が見えた。


  「・・・・・・帰れ。」


  会うなりいきなり「帰れ」と言ったのは、空也にとって相性の悪い相手だったからだ。


  「それは無いだろ?」


  空也の家の前に立っていたのは、後ろで短い髪を縛っているデュラだった。


  嫌いなわけではないし、特に嫌がらせを受けたことも無いのだが、ウマが合わないというか、基本性格が合わないというか。


  「これといって用は無いんだろ?」


  「ある、って言ったら?」


  「無いんだな?」


  「あるよ~。そう怖い顔するな。」


  昨日ぐっすりと眠れていないせいか、いつも以上に男相手だと不機嫌になる空也に、デュラはニコニコ笑いながら続ける。


  「今日はイングァ長老の喜寿祝い。」


  「・・・・・・あ。」


  喜寿だけでなく、還暦、米寿、卒寿、白寿など、一人一人のお祝いには、なるべく全員参加となっていて、半ば強制的な参加となっている。


  それをすっかり忘れていた空也は、急いで準備を始め、会場に向かう。


  特に正装は決まっていなく、変わった服装だったからといって、処罰などがあるわけでも、注意を受けるわけでもない。


  国王も参加しているお祝いには、ナルキも海斗も、ソルティもシェリアもすでに来ていた。


  「あー・・・面倒臭ぇな・・・。」


  だが、ちらっと横を見れば、女の子たちは皆、ここぞとばかりにお洒落をしていて、キラキラ光る宝石を身につけ、ばっちりお化粧をし、ミニスカートを穿いている。


  それを目の保養に、空也はなんとか持ちこたえる。








  「喜寿・・・喜寿って、何歳だっけか?」


  考えてみると、空也は喜寿が何歳をお祝いするものなのかを知らなかった。


  隣で、いつもは長く一つ縛りにしている髪の毛を、今日は頭の後ろでクルクルにしてまとめているソルティに聞く。


  「ああ、七十七だよ。」


  「へー。俺はそんなに長生きしたくねぇな。」


  「どうして?」


  空也の解答に、クスクスと笑いながら訊ねたソルティは、シャンパンのグラスを優雅に指先で回す。


  ソルティの問いかけに興味を持ったのか、ナルキも、皿に生ハムメロンを乗せながら、空也たちの許に来た。


  「だってよ、俺早死にすると思うんだ。」


  「?根拠は?」


  首を傾げるソルティの姿を見て、なぜか遠くの方で顔を赤くしているシェリア。


  後ろでまとめているせいか、項が見えて、余計に艶やかになってしまい、女性よりもラインがセクシーなように錯覚を起こす。


  今日の主役である長老は、国王や他の長老になんやかんやと褒められ、功績を称えられており、恥ずかしそうに笑っている。


  「俺、格好いいじゃん?良い男って長生きしねぇから、俺は早死にする!」


  すでに、予想を通り越して断言してしまった空也に対し、ソルティは顔をくしゃくしゃにして笑っていた。


  ナルキは呆れたように肩を上下に動かし、デュラも喉を鳴らして笑う。








  長老のお祝いも、いよいよクライマックスに近づき、数人が魔法というか、マジックを披露することになった。


  魔術者試験に合格になったばかりの者もいれば、すでに十数年のキャリアの者まで、様々だ。


  そんなものに興味の無い空也だったが、今では魔術者として一位二位を争う実力者ということで、急遽何か披露しろと言われた。


  勿論強制では無いため、断る事も出来たのだが、今朝の中途半端な気持ちでいた空也は、珍しく引き受ける。


  長老の目の前に立つと、両手をバッと広げ目を瞑ると、会場内だけでなく、魔法界全土の自然へと自分の考えや意思を伝える。


  そっと目を開くと、広げていた両手を天へと持ち上げた。


  次の瞬間、木々は互いの枝を掴んで手を繋ぎ、電灯は一層輝きを増し、花たちは精一杯身体を動かして踊り、木の葉は風に乗って規則的に舞う。


  鳥は長老の傍に来てチュンチュン唄い、リスもくるくるその場で回り出す。


  いっさい音楽は流れていないのに、身体には旋律が刻まれ、会場にいる者が皆、手を取り合って踊り始めた。


  「さてと・・・。」


  その様子を見ると、空也は一定時間の魔法をかけ、その場を立ち去ろうとした。


  だが、感じたことのある視線を背中に受け、この場で口元をニヤッと歪めると、背中から視線を追って行き、その人物を見つける。


  何か異質な者がいることに気付いたのは、何も空也だけでは無かった。


  国王も長老たちも、ある程度の魔術者としての称号を持っている者は、その“何か”を探し始めた。


  空也が操っている草木や動物は、感じた異変によって静まり返り、元の草木へと戻り、動物も逃げて行く。


  「空也。」


  「だーいじょうぶだって。」


  異様な空気に気付いたナルキが、心配して空也に近づいてきた。


  ソルティたちも、辺りをキョロキョロし始め、何が生じてもいいように、唇に指輪を近づけて呪文を言えるようにしている。


  「多分、俺の知り合い。」


  「知り合い?」


  「正確には、今朝知り合いになったのか?仲良くなれそうにはねぇけど。」


  空也は、黒ブーツで地面を踏み、ポケットに手を入れて余裕そうにしている。


  「同感同感。」


  どこからか、姿の見えない声が聞こえてきた。


  自分たちのすぐ傍から聞こえるのは確かなのだが、何かに姿を変えているのか、人影は全く見当たらない。


  ポケットに入れていた手を出すと、空也は人差し指で地面に割れ目を作っていく。


  土から生まれた孫悟空ではないが、土に紛れ込んでいた、赤黒い人毛のようなものが見え始めたかと思うと、一気に姿を見せた。


  「そんなに俺に会いたかったのか~?参ったな、男は好かねぇんだけど。」


  冗談交じりに空也が口を開くと、男は「俺もだ」と答えた。


  そして、花が舞ってきたかと思うと、男の隣に女が降り立った。


  「ジンナーか。そっちは・・・。」


  ジンナーのことを知っている国王や長老たちは、揃って顔を見合わせ、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。


  隣で青いウェーブの髪の毛を揺らしながら、女はチョコレートを口に含み、舌で指についたチョコを綺麗に舐め取る。


  「流風。」


  簡単に自分の名前を告げると、花で自分の手を覆い、そこから拳銃を作りだす。


  「わーお!なんとも過激なお譲さんじゃねぇの?ま、過激なくらいが、俺は好みだぜ♪」


  「止めとけ、こいつは。冗談通じねぇから。」


  ニッコリと流風に微笑んだ空也だが、流風はその笑みに対して舌打ちをし、いきなり空也に向かって発砲をした。


  だが、銃口は、空也の手によって天に向けられたため、誰にも当たることは無かった。


  「危ないぜぇ。過激なのはいいけど、程々にな。」








  「オイタが過ぎるんじゃねぇの?」


  空也が、ジンナーに笑いかけると、ジンナーも肩を一回上下させて、口角を少しだけ上げて笑う。


  「じゃじゃ馬でな。」


  そう言いながら、流風を引っ張って自分の方に引き寄せると、流風に手を出さないように伝えた。


  いつの間にか、国王によってほとんどの人が避難していた。


  長老たちも距離を置いて空也たちを見つめていて、空也とジンナーの間に流れる異様な空気が、自然とナルキにも伝わる。


  「ナルキ、ちょっと離れててくれるか。」


  「え?」


  そう言うと、空也は滅多に外さない、右手の指輪のうち一つを取る仕草を見せる。


  それを見て、ナルキは空也もそれなりに戦う心算なのだと理解し、流風も巻き込まれないように離れる。


  風がピタリ、と止んで、浅い呼吸だけが気を紛らわせていく。


  「行くぜ。」


  歪めていた口元をキュッと引き締めると、ジンナーが一気に空也の周りに砂埃を運び、台風の要領で舞わせる。


  お祝いのために用意されたケーキの蝋燭から、火を少しだけ指先へと移動させると、火よりもさらに大きくなり、炎へと変わっていく。


  舞わせた砂と絡ませるように炎を入れこみ、今度は地面を見る。


  地面に何か呪文を言うと、ジンナーは下から上へと大きく手を動かした。


  刹那、砂と炎のダンスの中心から、天高くへと土の槍が突き出てきて、その場にいた全員が、空也の身を案じる。


  だが、攻撃を仕掛けた本人は、手応えを感じなかったようで、腕を組みながら首をコキコキ鳴らして、ドスのきいた声を出す。


  「勘弁しろよ。」


  フワッと柔らかく風が吹いたかと思うと、攻撃に使われた砂も炎も土も、全てが一瞬にして風となって消えて行った。


  ストン、と軽やかに下りてきたのは、天使とは程遠い姿形をしている空也本人、のはずだ。


  空也であるのだが、短かった髪の毛はソルティくらいまで伸びていて、上がった口角からは牙がちょこん、と生えていた。


  爪も若干伸びていて、空也だと瞬時に理解することは難しいだろう。


  指輪を一つ解放した事で、こんなにも見かけが変わるということは、それだけ魔力も格段に上がっているということだ。


  空也が『離れてろ』と言った理由に、此処に来て納得できた。


  確実に容姿まで変わってしまっている空也に、ジンナーたちも一瞬だけ目を大きく見開いたが、愉しそうに笑みを浮かべた。


  「やってくれんじゃん?俺の大嫌いな空也君?」


  「お互いにな。」


  ポケットに手を入れたジンナーは、常備しているアーモンドを口に入りきらないほど放り込むと、頬を膨らませながら噛み砕く。


  それを見て、自分も食べたくなったのか、流風もチョコレートの包み紙を取り出して、口の中で蕩かすと、なんとも幸せそうに頬を染める。


  そして、花を出して口元に寄せ、ふぅっ、と息を吹きかけると、その花たちは小さな針のような姿になり、近くにいた長老に襲いかかった。


  長老も魔法を使おうとしたが、その必要は無くなった。


  「花を燃やす趣味も、女の子と喧嘩する趣味も、無いんだけどな。」








  先程のジンナーとは、また違った優しい炎を使って花を燃やしたのは、今日は一段と大人の色気に包まれている、ソルティだった。


  ソルティの指先からは、細い炎が身を纏うように出ていた。


  「炎は俺の専売特許だ。それに、火遊びは大人と一緒にな?」


  眉をハの字に下げて困ったように笑いかけるソルティに、流風は花と同時に岩を投げつけてきた。


  慌てる様子も無く、ソルティは炎を巨大化し、さらに温度を上昇させることで、岩ごと溶かしてしまった。


  その隙間から、流風が距離を縮めて、岩から作ったナイフを投げてくる。


  高温の塊となった炎は、会場全体の温度も一気に高めることになり、近くで戦っていた空也とジンナーにもダメージを与える。


  「暑い!!いや、熱い?いや、どっちもだ!!!ソルティ、“アツい”!!!」


  「こんなもんでそう喚き散らすな。」


  「んな事いって、ジンナーも汗だくだろうが。正直になれ。そうすれば、少しは気が紛れるかもしれないし、紛れないかもしれない・・・。」


  「いや、俺はアツく無い。決してアツく無い。断じてアツく無い。」


  「お前、サウナ以上に汗かいてるだろ。服が可哀そうなくらいに濡れてるぞ。いや、アツいんだって!これ、正常な奴の意見!!!お願いだ、ソルティ!俺のおやつ一カ月分贈呈するから、どうかこの異常気象を変えて、体感温度を下げてくれ!!!!」


  「根性の無い奴だ。大体、空也の一カ月分のおやつが、あいつにとっての一カ月分かなんて分からないだろう?そもそもお前は一カ月にどれくらい摂取してるんだ?」


  「えっと、ポテチは二十袋、クッキーは五十枚くらい、板チョコは二十枚くらい、茎ワカメは五百グラムくらい、ハッピーターンだと五袋、サキイカは三パックで・・・。って、うるせぇよ!てか、お前からもお願いしろよ!焼き鳥になっちまうぞ!」


  「俺は人間だから、少なくとも焼き鳥にはならない。だから、どうか俺のアーモンドに免じて炎の温度を下げてくれ!」


  アツくて堪らないのは、何もこの二人だけでは無い。


  一番近くで戦っている流風は勿論、長老も国王も、まだ会場にいるナルキやデュラにとっても、耐え難いアツさに違いは無い。


  一方で、炎を操っている張本人は、それほどアツく感じていないようだ。


  いきなり二人が土下座をしてきて、キョトンとした顔のソルティは、自分がどれほどまで温度を上げていたのか思い出した。


  徐々に温度が下がって行くのを感じ、空也もジンナーも新鮮で冷たい空気で、肺を一杯に満たしていく。


  心を落ち着かせるために、ジンナーはアーモンドを口に運ぶ。


  汗だくになったため、身体にべったりと纏わりつく服が気持ち悪く、ジンナーは人差し指をちょいちょいっと動かして、流風を呼びよせる。


  「今日はもう駄目だ。帰ろう。」


  「わかりました。根性無し。」


  「あれ?なんか空耳か?ああ、アツかったからな。」


  そう言いつつも、ジンナーは若干涙目になっていた。


  帰る途中、空也の方を振り向いて、ベーッと舌を出すと、それに満足したのか、今度は満面の笑みを作って、消えて行った。


  「フッ、ガキだな。」


  「空也もな。」








  「のわっ!吃驚したー・・・。急に現れんなよ、ナルキ。」


  「親父さんが呼んでたぞ。後で来いってさ。俺はそれを伝えに来ただけ。」


  指輪をはめると、空也は重い腰をどっこいしょ、と持ち上げて、父親の許へと、特に急ぐわけでも無く、のんびりと歩いていった。


  途中、海斗に喧嘩をふっかけられたり、ソルティと先程の炎の話をしたりしているうちに、なんだか国王のところに行くのが面倒になってきてしまった。


  くるっと方向転換し、サボろうとすると、首根っこをグイッと引っ張られた。


  「空也のことだから、そうなるとは思ってたよ。」


  呆れたように笑うナルキが、そのままズルズルと引きずりながら連れて行く。


  国王のいる部屋に辿りつくと、顔色や表情から、褒める為に呼んだのではないことが瞬時に分かり、空也はため息を吐く。


  きっと、さっきの戦いの件で、注意されるのだろうと思い、窓の外に視線を移す。


  「あやつはジンナーという。」


  「は?」


  怒るのかと思っていたため、侵入者の名前が耳に届いた時、空也は素っ頓狂な声を出してしまった。


  空也を置いて帰ろうとしたナルキの裾を掴み、一緒に話を聞かせる。


  「以前、絵本の話をしたな。」


  「ああ、薬のやつか?」


  「そうだ。」


  なんともアバウトな覚え方ではあったが、話が先に進まなくなりそうなため、空也に注意するのは後にすることにした。


  「その薬使いは、ジンナーの高祖父なのだ。」


  「そんな重大な事、こんな序盤でバラしていいのか?」


  「いいから聞きなさい。」


  呼ばれたから仕方なく来た、そういう感覚の空也からしてみれば、冗談も通じない話に、自分を呼ぶなと言いたくなる。


  だが、真剣な表情を向けられたため、どうにもこうにも言えなくなった。


  「ジンナーの高祖父と、空也、お前の高祖父は良き友であった。死刑にされるとき、不老不死の薬はお前の高祖父、つまり私の曽祖父に全て託したと言われている。」


  「全てを託した・・・?」


  「つまり、例の薬を渡した、ということだ。」


  「へー。で?それが?ジンナーの高祖父がすげぇって事を言う為に、わざわざ俺を呼び出したわけじゃあ無いんだろ?」


  暇そうに身体を伸ばし、引きずられていた身体をしっかり立たせると、空也は鼻で笑いながら国王を見る。


  二人の会話を聞いているナルキは、話を聞きたいというのもあるが、聞いてはいけない、ということも分かっている。


  二つの感情の葛藤を感じていると、国王からの無言の言葉を感じ取った。


  「じゃあ、俺はこの辺で。失礼します。」


  「ナルキ!」


  空也に呼ばれたが、ナルキは国王の気持ちを察して、部屋から出て行った。


  辛気臭い顔をしている国王と部屋に残された空也は、あからさまに嫌な顔をして、特別に大きいため息を吐いた。


  肩をがっくりと落とし、腰を丸くして、折角持ち上げた腰を、また床に戻して胡坐をかき始めた。


  「そのカプセル型のネックレスに、入っている。」


  「は?何が?お菓子?」


  ハハ、と自嘲するように空也が笑うと、いきなり身体に電流が走りだし、国王の方に身体と顔を向かされた。


  「禁忌の薬が、だ。」


  今までの話から、大体の予想はついていたものの、それが事実として突きつけられると、空也は驚きを通り越して呆然とする。


  だから、自分が狙われていて、ジンナーに喧嘩を売られたのだと理解した。


  「ま、なんでもいーわな。」


  国王にかけられた魔法を簡単に解くと、空也はさっさと部屋から出て行こうと、扉に向かって歩き出した。


  「要するに、勝ちゃあいいんだろ?」








  国王の部屋から出てきたナルキが、一人で精神統一のために座禅を組んでいると、消そうともしていない気配を感じた。


  「シェリア?どうした?」


  会場から避難していたシェリアは、きっとソルティを探しているのだろう。


  「どうしたら、強くなれる?」


  「?いきなりだな・・・。」


  座禅を中断し、胡坐をかいて、うーんと唸っていると、空也が無遠慮に入ってきた。


  空也に聞こうかとも思ったが、その考えはすぐに否定され、なんとかシェリアに似合った答えが無いかと模索し続ける。


  ナルキが何考えているのかとシェリアに聞くと、自分の言った発言についてだとシェリアに言われ、空也は数秒も考えること無く答えた。


  「んなもん、練習すりゃいいだろうが。」


  ケロッと簡単に答えた空也に対し、練習しても練習しても上達しないのだとシェリアが訴えると、空也は退屈そうに欠伸した。


  「いいか。魔法ってのは、魔術者の気持ちに大きく左右されんだよ。自信もってやれば、それなりに言う事聞いてくれるし、自信無ぇと、魔法に馬鹿にされちまう。結果、言う事聞かなくなるし、暴走したりする。分かるか?アホ。」


  「あ、アホじゃないわよッ!!!」


  「じゃ、馬鹿。」


  「ムキーッ!!!」


  空也のことだから、「練習なんかしなくても、出来るようになる」と言うと思っていたナルキは、口を開けてポカン、としていた。


  それを見て、空也に「口を閉じろ」とまで言われてしまう。


  「努力とは縁遠いと思ってたんだけどな・・・。」


  ボソッと呟いた言葉は、空也の耳にも届いてしまったようで、ケラケラ笑いだす。


  「そりゃな!努力は嫌いだぜ!!努力すれば必ず報われるなんて、あんなの報われた奴が言ってる勝手事だからな。努力したって報われない事もあるだろうよ?でもま、俺は天才だから、何やっても出来ちまうんだけどな!!!!」


  それを聞いていたシェリアが、しょぼん、と項垂れるのが見えた。


  毎日練習しているのを見かけるが、いざという時になると、不安が押し寄せてきてしまい、結果、試験などの勝負時に気持ちが負けてしまう。


  シェリアは、努力点だけなら相当高いのだが・・・。


  そんな落ち込んでいるシェリアを見て、ナルキの隣にいる空也はまたもやケラケラと笑いながら、シェリアの頭をバシバシ叩く。


  「そんなシケた顔すんな!得意不得意あんだから、しょうがねぇよ!」


  ま、俺は何でも出来るけど、と余計な事さえ言わなければ、きっと良い奴に思われるのだろうが・・・。


  シェリアは小さく頷き、どんよりとした空気を背負ったまま、座禅室を出て行った。


  空也に注意でもしておこうかと思ったナルキだが、シェリアが出て行くと同時に、空也の表情が一変したため、発言するチャンスを逃した。


  真面目で真剣な顔つきで、ナルキにグッと近づいた空也は、いつものチャラチャラした声色では無く、こちらも落ち着いた冷静なものだった。


  「ナルキ、お前、確か土操るの得意だったよな?」


  「え?ああ、まあ。得意な方なのかな・・・?」


  「じゃ、ちょっと俺に付き合え。」








  いきなり空也に付き合えと言われ、よく理解出来ないまま空也についてきたナルキだったが、目指していた場所に行く途中、空也は道草をしている。


  ソルティと、嫌々ながらも海斗も誘って、それから魔法の練習場から少し離れた、空也お気に入りの稽古場まで歩いてきた。


  かなり険しい山道だったのだが、空也はひょいひょいと進んでいってしまうため、ナルキたちは軽く息を切らしながらも、なんとか差が広がらないようにと、必死に追いかける。


  そして辿りつくと、空也がナルキたちの方を、腕組をして眺める。


  「じゃ、これからお前等には、俺と対戦してもらうぜ。」


  「「「はい?」」」


  決してお願いではなく、命令口調で決定を伝える空也に対し、突っかかっていったのは海斗だ。


  「空也!お前、自由勝手にも程があるだろ!?俺達にだって、色々と用事とか、約束とか、練習とかあるんだよ!!」


  「あったのか?」


  「ぐっ・・・い、いや、今日はたまたま・・・。」


  いつも暇な癖に、なぜか空也に言われるとカチン、とくる海斗だが、こうやって空也と対戦出来ること自体、こういう機会さえ滅多に無いため、嬉しさの方が上回って来る。


  ナルキはそんな空也に慣れているためか、仕方ないと諦めて承諾の頷きを見せた。


  いきなり連れて来られた残りのソルティは、困ったように笑いながらも、やはり空也と対戦できることに胸躍らせているようだ。


  あっさりとOKを出し、一つ縛りにしてある髪の毛を、更にぐるぐるに巻いて動きやすいようにする。


  「で?海斗は?帰ってもいいんだぜ、別に。」


  「やってやらァ!ここまできて帰れるかィ!」


  「でも、なんで俺達三人なんだ?」


  着々と準備運動を始める空也に、一番聞きたかったことを、ナルキは足首を回しながら訊ねてみる。


  すぐに答えなかったのを見ると、それほど深く考えてこの三人を選んだわけでは無さそうだ。


  単なる気まぐれなのか、それとも、此処にくる途中でたまたま見つけたからなのか、はたまた、話しかけやすい人だったからなのか。


  空を仰いでいた空也は、しばらくしてナルキたちに視線を戻し、口を開く。


  「なんとなくだ。」


  そうだとは思っていても、何かしら理由があると思っていたため、少しだけ肩を落とすナルキにさらに続ける。


  「ま、もし理由をつけんなら、選抜メンバーってことだ。」


  頭にハテナをつけるナルキたちに、空也は指を動かして、火・水・土の三つの魔法を作る。


  「ジンナーは一番、土を操るのが得意だと思った。だから、俺の周りで一番土を扱うのに適してるナルキを呼んだ。それから、炎に関してはソルティが知識も技術も持ってるからで、炎と相反する水に関しては、ムカつくけど海斗が安定してると思った。」


  「そういや、ジンナーの奴、土とか木とか器用に術してたな。炎とか水とかも使う気なら使えたのに、使って無かったしな。」


  空也とジンナーの戦いを思い出しながら、ソルティが淡々と解説をしていると、気合い十分な海斗がちょっと恥ずかしそうに口を噤む。


  大きめの石の上に腰かけて、指先で作った三つの魔法を消すと、空也はボーッと空を見ながら話をする。


  「魔術者なんて言ったって、所詮中身は人間。個人差だってあるし、合う合わないもある。相性によっては、弱者が強者に勝つ時だって有り得る。一番手っ取り早く強くなりたいってんなら、相手の苦手を見つけて、自分が“苦手”になることだ。」


  一通りの話が終わったところで、空也は石から立ち上がり、ナルキ達に向かってニヤリ、と笑いかける。


  手加減しない、という空也の合図であることを知ったナルキは、海斗とソルティにも、本気でかかるように伝える。


  「さて、俺に掠り傷一つでも、つけてみな?」








  「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーッ!!!!!!」


  とある部屋でうめき声のような声を発しているのは、空也との対戦で、自分の力を見せつけるどころか、空也の力を突きつけられることになった、ジンナーである。


  挨拶代わりに出現してみたまでは良かったのだが、思った以上の実力に、苛立ちを隠せないでいる。


  だが、そうかと思えば、時折、これから起こる戦いを妄想して口元を歪めることもある。


  そんな表情がコロコロと変わるジンナーを見て、少し距離を置こうと思った流風だったが、足下に絡みつく薔薇の棘により、それは叶わなかった。


  苛立ちと嬉しさの葛藤が目に見えるジンナーに、流風はため息をついて、自分の髪の毛に念じ始める。


  すると、髪の毛がにょろにょろと伸び出し、ポケットにあるチョコレートを取ってくれる。


  少しでも動けば薔薇の棘が肌に食い込むため、さきほどから流風はこうして糖分摂取に勤しんでいる。


  自分でもアーモンドを口に放り込み、その度に豪快に噛み砕く音を奏でているジンナーは、窓の外から見える、V字に並んで飛ぶ鳥に対して鷲を向かわせる。


  ヒュンッ、と風の切る音だけを残し、一匹の鳥が消えていた。


  動物愛護がこれを知ったら、きっとジンナーは非難を浴びる事だろうが、今のジンナーには何を言っても無駄だ。


  全てを自分の思いのままに出来ることを確かめると、流風に巻き付けていた薔薇を枯らせた。


  徐々に生気を失って行く薔薇の花を見て、流風は薔薇を拾うとそっと息を吹きかけ、再び綺麗な薔薇に蘇らせる。


  「へぇ。お前でもそういう事するんだな。」


  ただチョコレートを貪る花使いかと思っていたジンナーが、からかう様に言うと、流風はその薔薇をジンナーに投げつけながら、棘をより鋭くする。


  首だけ傾けて避けると、薔薇は壁に深く突き刺さり、花弁が一枚落ちた。


  ニヤッ、と妖しい笑みを浮かべると、ジンナーは苛立ちを忘れたのか、窓を開け放って新鮮な空気を部屋に入れる。


  赤黒い髪の毛が靡き、どこからか香ってくる香ばしいパンプキンケーキの匂いを嗅ぎながら、ジンナーはスッ、と腕を出して人差し指を突きだす。


  「死なないことは人類にとって大きな夢だ。だがしかし、それは一生苦しみから逃れられないと言う罰でもある。・・・だろ?流風。」


  「それ、決め台詞ですか?」


  冷めた目つきでジンナーを見つめる流風に、肩を上下に動かして大笑いする。


  その反応に不満気な流風に、ジンナーはゆっくりと近づいていき、鼻がくっつくほどに顔を近づけると、口角をあげる。


  「それでも、死ぬと言う恐怖からは逃れられるなら、俺は手に入れたいねぇ・・・。」








  一対三のはずなのだが、互角というよりも、空也一人の方がやや有利に見える。


  土だらけのこの場所で、揺れ動く地面に変えたとしても、空也は揺れに合わせて身体を柔らかくくねらせる。


  近くの川の水を空也に向け、鉄をも撃ち抜く水圧で攻撃をしたとしても、空也が掌を翳せば寸前で止められてしまう。


  空也が海斗の動きを追っているうちに、ナルキは地面から木の根をメキメキと出し始める。


  それが空也の身体全身に巻き付きながら、天高くまで成長を続けていき、さらにソルティがその木に火を放ち、メラメラと木ごと空也を呑みこんでいく。


  少しだけ空也の表情が歪んだかと思うと、すぐにニッと口元に弧を描く。


  ナルキに攻撃を受ける前に仕掛けておいたものが、グッドタイミングで空也を助けることになる。


  海斗から受けた水圧の高い水を地面に溜めておき、ある一定の時間がくると動き出す様に仕掛けたため、四方八方から、空也を呑みこんだ炎も木の根も消えて行く。


  危機一髪で焼死から免れた空也は、髪の毛を少し焦がした程度で、ストン、と軽やかに地面につま先を置く。


  「おいおい、自慢の髪が真っ黒焦げだろーが。」


  ほんのちょこっとだけ焦げ目がついた髪の毛の先を、指先でいじり弄びながら、余裕の笑みをナルキたちに見せる。


  「似合ってるよ。」


  穏やかな口調で返事をしたナルキは、空也の下り立った地面を山のように突きあげると、トンッとつま先に力を入れて、空也は宙を舞う。


  だが、次に着地した場所は、地面が水で湿っていたため、ぬかるみになっていた。


  足の踏ん張りがきかなくなり、空也がバランスを崩すと、海斗がさらに水を湿らせていき、どんどん深みにはまっていく。


  「あーあー。やべぇな、こりゃ。」


  本当にそう思っているのかは分からないが、空也は頭をポリポリかきながら、上半身を懸命に動かして、辺りを見渡す。


  腕を振り上げ、何かしようとした空也に対し、ソルティが空也の腕に炎を絡ませる。


  火傷をしない程度の温度だが、ヒリヒリと肌から痛覚が刺激される。


  空也は少し考えるように斜め上を見ていたが、ソルティの炎に自分の呼びよせた風を絡ませながら、地面に向かって投げる。


  湿っていた地面が一気に乾き、空也の足が容易に抜け出せた。


  その空也の頭上に、ソルティが高温にした炎の塊を作ると、そこに落ちている木の葉を紛れ込ませて、さらに燃え上がる様にする。


  空也が炎を見上げているうちに、ナルキは地面に割れ目を入れて、不規則な動きをしながら地割れを引き起こすと、空也の片方の足がズルッと狭間に入ってしまった。


  急いで抜けだそうとした空也だが、ナルキが割れ目からさらに木の根を動かして足に絡ませる。


  「あっっっっぶね!」


  空也は腕を振り上げて、近くにあった木の枝を呼び寄せようとしたが、掴んだ瞬間に海斗から水を被せられ、掌が滑ってしまう。


  さらに最悪なことに、ソルティが炎を空也に向けて落とした。


  「・・・ちっ。」


  舌打ちをした空也が指輪を一つ外した途端、空也の足に絡まっていた根も、割れていた土も、落下してきていたはずの炎も、一斉に静まり返った。


  最悪の事態を回避するために、寸前で止めようと準備をしていたソルティは、あれほどの炎を一瞬にして消されてしまい、ポカン、としている。


  空也以外の者はみな、自分の目を疑う。


  「う・・・そだろ・・・。」








  少し髪の毛の伸びた空也が、ドスンッ、と下りてきたかと思うと、両膝を曲げてヤンキ―座りの格好になった。


  「・・・殺す気か。」


  不機嫌そうな顔で唇を尖らせる空也は、膝に手を当てて、勢いよく立ちあがる。


  ザワザワと、異変を察知した木の葉がお喋りを始めると、ビュウッと逃げるように風も吹きぬけて行く。


  「本気で行かないと、空也のためにもならないだろう?」


  二度目とはいえ、あまりに変わった空也の姿に、ナルキも海斗も驚いていたが、驚きの頂上は越えたソルティが、空也に向かって笑いかける。


  空也以外の三人は、すでに指輪を外してから時間が経つため、これでやっと同じ土俵に立てた、といった感じだ。


  目を細めて笑いかけてきたソルティに、空也は歯を出して笑い返す。


  「そうだな。」


  少し前までの空気とは全く違った感覚が、皮膚から体内へと伝わり、最後には脳から危険信号が伝達される。


  敵に回してはいけない相手、それは神でも悪魔でも、ましてやジンナーでもなく、今ナルキ達の目の前にいる空也なのかもしれない。


  本能が危ないと叫んでいるが、好奇心がそれを上回る。


  徐々に高まる心拍数は、決して恐れや恐怖から来るものでは無く、その好奇心の興奮する嬌声のような色をした音だ。


  ドクドクと血液を循環させるだけの音は、やがて喜劇の幕開けを待つ観客のように静まり、今か今かと目を輝かせている。


  風がピタッと止み、刹那・・・―


  空也が素早い動きでソルティに近づくと、あまりの速さに、炎を出す時間も無かったソルティは、炎を出す瞬間、空也からの攻撃を受ける。


  続いて海斗、ナルキと、何度も倒れては、また戦う、それが一日中続いた。








  陽が沈み、辺りが真っ暗になってきても、空也たちの練習は終わらなかった。


  だんだん疲れも出てきて、余裕そうな動きを見せていた空也でさえも、今では少し息を切らせている。


  ナルキも辛そうに表情を歪めながら、なんとか立っている状態で、ソルティも木に寄りかかって踏ん張っている状態、さらに海斗にいたっては、すでに大きな岩の上でヘトヘトになっている。


  「お前等、はぁ・・・だらしねぇぞ・・・。」


  「空也、こそ・・・息、切れて・・・ぞ・・・。」


  誰一人として「帰ろう」や「今日はここまで」という事を言わないため、早く家に帰ってゆっくり休みたいはずなのに、こんなところで意地を張っている。


  ガサッ、と草陰から物音が聞こえてきて、全員がバッと一斉に顔をそちらに向けた。


  「ああ、いたいた。探したんだよ?」


  ひょこっと顔を出してきたのは、短い一つ縛りを作っているデュラだった。


  空也の姿、それから他の三人の様子を見て、デュラはなんとなく此処であったことを理解し、笑いながらため息を吐く。


  「そんなに泥だらけになって・・・。ほら、帰ろう?」


  デュラの言葉に、待ってましたと言わんばかりに、瞳をこれ以上ないくらいに輝かせながら、四人は互いの顔を見合わせる。


  指輪をはめると、空也が一番最初にグーッと背を伸ばした。


  「仕方ねーなぁ!そこまで言われちゃァ、帰らないわけにはいかねぇし?」


  空也がそう言いながら山を下りて行くと、その後ろをデュラが続いて歩き、ナルキとソルティはもう歩けそうに無い海斗を連れて、ゆっくり下りて行った。


  「デュラ、よくあそこ分かったな?」


  「まあね。」


  ククク、とデュラは喉を鳴らしながら笑い、その一言だけ答えた。


  やっとの思いで家に辿りついた空也に、母親は心配そうな顔で頭ごなしに叱るが、空也は疲れからか、全くそれらが耳に入ってこなかった。


  軽くシャワーを浴びて、ラフな格好になると、空也はすぐにベッドにうつ伏せに抱きつく。


  ドアを開けてきた母親は、なおも何をしていたのかと問いただしてくるため、空也は頬を膨らませると、指をスッと動かして、母親を部屋から出し、ドアに鍵を閉める。


  ふぅ、と息をついて目を閉じると、すぐに眠りについてしまった。


  身体のあちこちの筋肉がギシギシと軋み、心臓がまだ少しだけバクバクと興状態から抜け出せずにいる。


  うつ伏せの身体を横に向け、そのままゆっくりと仰向けになると、肺に冷たい酸素が入ってくるのを感じる。


  生欠伸をすると、瞼が重くなってきて、自然と視界が暗くなる。








  ―冷たい風が肌に触れ、月が嘲笑うように見ている・・・・・・。


  その月を背景に、山の頂上に立っている長髪の人陰の顔は、逆光になっていてよく分からないが、まだ幼い顔をしているように見える。


  不気味に口元を歪めながら、足下をぐにゃり、と踏みつける。


  山に見えていたものは、決して山そのものではなく、積み上げられた人の亡骸だ。


  子供は狂ったように天を仰ぎ、地を歩く者達を笑う。


  その子供の顔は・・・・・・―








  ドタタタタタタタタ・・・・・・バタンッ!!!!


  「・・・あ?」


  朝目が覚めると、空也はベッドから上半身を落としていて、かろうじて片足はベッドに残っていた。


  クラクラする頭と、ベッドから落ちた衝撃で身体は痛み、空也はもう一度ベッドへと這いあがり、ベッドの上で体操を始めた。


  「チッ。寝覚め悪ィ・・・。」


  自分にしか聞こえない舌打ちをし、二度寝に入ろうとした空也だが、ナルキが迎えに来たようで、母親がドンドンと忙しくドアを叩いてきたため、適当に返事をし、ハンガーラックの上にバサッとかけてあるだけの、いつもの洋服に着替える。


  ブーツを履くのが面倒で嫌いな空也だが、靴はこのブーツと、色違い同じのブーツしか持っていないので、面倒だが履くしかなかった。


  「っし!完了!」


  パンッと膝を叩いてナルキの許に行くと、そこにはナルキだけでなく、ソルティと海斗、それにデュラまで来ていた。


  デュラが空也たちの練習に参加するわけでは無く、空也たちが昨日みたいにならないようにと、ただ見に来るだけのようだ。


  筋肉痛気味の身体をなんとか動かして、昨日の場所まで着く事が出来た。


  着いた途端に指輪を外し、ナルキたちが空也を取り囲むと、空也はニヤリ、と妖艶な笑みを浮かべる。


  デュラは、距離を置いた場所にある、地面から突き出ている大きな木の根に腰かけた。


  時間が経つのも忘れたまま、お昼も食べずに戦っている空也たちを他所に、デュラだけは一度下に下りて蕎麦を食べてくる。


  戻ってきてまた同じ場所に座ろうとすると、根が無残な姿になっていた。


  きっと、空也たちの戦いに巻き込まれた、可哀そうな根なのだろうと思いながら、デュラは隣の木の太い根に腰掛ける。


  頬杖をついて、暇そうに欠伸をしていると、だんだん眠たくなってきた。


  ウトウトし出したとき、自分の座っている根が動き始めたことに気付き、デュラは目を覚ます。


  「なんじゃこら。」


  呆気に取られるのも当然で、デュラの視界に映っているのは、木と一緒に自分が宙に浮いているところで、さらに辺りは炎の海と化し、雨が降っているためか、身体が重くなっていく。


  ナルキたちが空也に攻撃するために、デュラが座っている木を動かしているようだ。


  そして、ナルキはそのまま空也に向けて木を投げつけようとした・・・・・・。








  「わーお!ナルキってば力持ちー!」


  襲いかかってくる巨大な木にも、空也は動じずに、かわす為の準備を始めようとする。


  だが、襲われている空也よりも身の危険を感じたデュラが、空也が魔法をかける前に、自分のいる木に雷を落とす。


  ゴロゴロ・・・・・・、と空は晴れているが、どこからか雷の音が聞こえてきたかと思うと、次の瞬間にはすでに木が真っ二つに割れていた。


  二つに割れた木は、空也の両脇を通り抜けていく。


  余所見をしていた空也たちだが、海斗だけはあまり気にしておらず、水を氷点下まで下げて氷にする。


  切っ先鋭いナイフと化した氷を空也に投げたが、風に乗ってヒュッと避けられてしまう。


  文句を言おうとした海斗だが、海斗が叫ぶ前に、目の笑っていない笑顔のデュラが四人の前に


姿を現した。


  ニッコリと笑っているはずなのだが、その表情は鬼のようにも見え、さらに手をゴキゴキ鳴らしながら近づいてくる。


  「もしかして、俺に喧嘩売ってるのかな?」


  「悪い悪い、デュラ。そう怒るな!短気は損気だぞ!」


  「怒ってないよ?俺はいたって冷静だよ。」


  「正直に言うと、今のお前すげぇ怖い。」


  デュラと向かい合って話をしている空也を見た後、ソルティはデュラの落とした雷によって、丸焦げになっている木を触る。


  何やらフンフンと言いながら木を調べると、ふと自分のお腹に手を当てる。


  グーッと、海斗のお腹からメロディが聞こえてきたところで、ソルティはフフッと笑いながら空也たちに声をかける。


  「お腹空いたね。ちょっと食べに行こうか。」


  「おお!やった!」


  嬉しそうに飛び跳ねる海斗に比べ、空也は興味無さそうに頭をポリポリかいていた。


  空也だけを残して、なぜかデュラも一緒にナルキ達とご飯を食べに行った。


  一人残った空也は、指輪を人差し指にはめると破壊された森を見渡し、両手を広げてちょいちょい、と上に向かって動かす。


  すると、折れた木は元に戻って行き、水を与えれば、枯れた花や草も潤いはじめる。


  茶色になってしまった地面も、徐々に緑が戻ってきて、それと同時に動物達は自分の住処へと帰っていく。


  デュラが雷を落とした木も、だんだん元の姿に戻っていく。


  あっという間にいつもの森に戻ると、空也は一番大きな樹齢四千年にもなる木に登り、そこから景色を眺める。


  魔法界全土が見渡せ、父親でもある国王がいる城も目障りなほどに見える。


  髪の毛を優しく撫でる風が、ほんの少しだけ寒く感じたが、空也はしばらくボーッとそのまま景色を眺めていた。


  しばらくするとナルキたちが戻ってきて、また練習を始める・・・・・・。








  空也と海斗で喧嘩を始めてしまったため、ナルキたちは休憩することにした。


  お腹一杯食べてきたが、それ以上に動きにエネルギーを使ってしまっているため、疲労が次々に蓄積されていく。


  「よくやるなぁ、あいつら。」


  ぽつりと、ソルティが目の前でどうでもいい言い合いをしている空也と海斗に対して、今の率直な感想を述べる。


  徐々に熱くなっていく二人を、楽しそうに見ているデュラは、肩を揺らして笑っている。


  二人の会話を聞いてみると、先日空也が海斗の食パンを食べただの、それは空也では無く、小鳥たちの悪戯だの、その前のフルーツケーキは食べただの、そういった内容だった。


  日当たりも良いため、眠気が襲ってくる。


  「俺さ、ちょっと気になる事があるんだけどさ。」


  空也を見ながら、何かに気付いたデュラが、ナルキとソルティに話かけながら、スッと空也の方を指差した。


  その指を目で追って行く二人に、デュラがさらに続ける。


  「空也って、二つ指輪してるじゃんか?あれ、二つ目外したら、どうなる?」


  「「知らない。」」


  二人揃って答えると、デュラはケラケラ笑って隣にいるナルキの背中をベシベシ叩く。


  一つ外したところでさえ、この間初めて見たというのに、その先の姿など見た事があるわけが無い。


  予想としては、さらに髪の毛が伸びるんだろうな、とか強くなるんだろうな、とか、その程度のことしか思い当らない。


  昔からズバ抜けた才能を持っているとは思っていたが、ここまで実力の差を見せつけられると、悔しいという思いすらも通り越して、なんだか別世界にいるように感じる。


  「あ、そういえば、デュラも左指に指輪してるけど・・・。」


  「ああ、これ?」


  魔法界の魔術者たちは、聞き手など関係無く右手に指輪をするように決めつけられている。


それは、左手は昔、不浄の手として扱われていたため、それが今の時代にも名残となって残って


いて、清らかな魔法を扱うために右手に指輪をはめる決まりになっている。


  小さいころから両親にも厳しく教えられ、魔法を教わる時にも基本中の基本として、一番初めに教わることだ。


  デュラの右手には指輪がついているが、なぜか左手にもついている。


  それがずっと気になっていたナルキが訊ねると、なんとも簡単に答えられた。


  「俺の家系は、世の中のものは全て対である、っていう考えがあって、それで左手にもつけてるんだ。神の右手、不浄の左手なんて言われているけど、今の時代、あんまり関係ないだろ?」


  「まあ、そうだな。気にしてないし。」


  自分の左手にはめている指輪を触りながら、簡単に説明をしたデュラは、何か用事を思い出したようで、先に帰ると言う。


  手を振って分かれると、空が暗くなってきていることに気付き、ソルティが空也たちに声をかけた。


  止めに入るデュラが先に帰ってしまったため、ソルティが止めに入ったのだが、なかなか終わらない空也と海斗の言い合いに、ため息を吐く。


  二人の首根っこを掴みあげると、口に魔法をかけてチャックをし、それでも何か文句を言おうとする二人を、ズルズルと引きずっていく。


  それを見て、ナルキは思わず感心する。


  「力付く・・・・・・。」








  家に着くなり、空也は本棚をゴソゴソと漁り始め、何かを探し始める。


  空也の部屋には目的の本は見つからず、父親の部屋へと向かってドアを開けると、本棚の多さに口が開けっぱなしになる。


  空也の部屋の何十倍もの本棚の数に比べ、背表紙をちらっと見れば、見るからに難しそうなものばかりが、所狭しと並べられている。


  入りきらない本が、本棚と本の間に出来ている隙間に入っていて、全部で何冊あるのか予想もつかないほどだ。


  グッと拳を作って握り締めると、部屋の鍵を閉めて、魔法で全ての本を本棚から呼び起こす。


  部屋の中心に空也が立ち、その周りをグルグルとページを捲りながら回り始めた本達に、自分の意識を伝えて行く。


  本達が会話を始めながらもずっとグルグル回り、空也の探している本の情報を次々に伝えて行く。


  すると、一冊の本がピョンッ、と空也の許に飛んできて、己を主張するように光り出す。


  片手で本を本棚に戻していくと、すぐに部屋は静まり返った。


  「あったあった!親父が持ってたのか!」


  父親の部屋を出て行き、空也は自分の部屋に戻ると、ベッドに腰を掛けて足を組み、本をペラペラと捲り始めた。


  ―磔の薬使い


  小さいころにはあまり感じなかったが、題名を見るだけでも、なんて残酷な話なんだろうと、今になって思う。


  ナルキから一度聞いたときから、読みなおそうと思っていた本を手に持ち、一旦本を閉じ、今度は丁寧に読んでいく。








  ―昔々、あるところに、一人の魔法使いがおりました。


  魔法使いはとても薬の使いに長けており、その魔法使いの右に出る者はいないとまで言われるほど、それはそれは素晴らしい薬使いでした。


  毎日毎日、何時間にも及んで薬の調合を行い、病に倒れる者を助け、怪我をした者を治癒し、心を病んだ者を一瞬にして立ち直らせました。


  時には、道で泣いている子供を泣き止ませ、怒りっぽい者には心の安らぎを与えました。


  ところがある日、その魔法使いは、国で絶対に手を出してはいけないと言われていた薬に興味を抱きました。


  人が変わった様に小屋に籠り、誰一人として立ち入ることを許しません。


  不審に思った国民が、薬使いが寝ているであろう時間を見計らい、小屋に忍び込みました。


  すると、小屋には沢山の薬の臭いと煙、テーブルには本が開いたまま置かれていたので、国民がその本を覗いてみると、なんと、禁忌の薬の伝説が書かれていたのです。


  薬の調合などは書かれておらず、ただ、昔からの言い伝えとして残されていた記述をもとに、薬を作ろうとしたのです。


  いつの時代の書物にも記載されていない、その幻の禁忌の薬・・・


  国民は、その薬を薬使いが独り占めしようとしているのだと思い、次の日、すぐに国王に言いに行きました。


  朝になって薬使いが目を覚ますと、コンコン、と小屋を叩く音が聞こえてきました。


  テーブルの上の物を片づけ、薬をどこかにしまうと、薬使いはドアをそっと開けました。


  そこには、国王とその家来たち、さらには国民のほとんどの者が小屋の周りを取り囲んでおり、手には銃を持っていました。


  「何の御用ですかな?」


  薬使いが聞きました。


  「聞かずとも、分かっているであろう?」


  国王が答えました。


  「はて、何のことだか。」


  薬使いが惚けて答えると、国王は小屋に入り、禁忌の薬が書かれている本を見つけ、それを薬使いに突きつけました。




  薬使いは翌日、磔にされ、全国民の前で公開処刑となりました。


  「待ってくれ。俺はそんなもの作っていない。」


  「助けてくれ。不老不死の薬なら、お前らにやる。」


  「お願いだ。殺さないでくれ。」


  薬使いの身体を、神の怒りが貫きました。


  こうして、魔法界には再び平和な毎日が訪れたのです。―








  パタン、と本を閉じると、ベッドの隅の方に投げつけて、仰向けに倒れる。


  この本には小さい頃から納得はしてなかった。


  それは、薬使いの方では無く、薬使いの小屋を訪れ、捕え、さらには磔にしたとされている、空也の高祖父のことだ。


  色褪せた写真を見た事があるが、とてもそういうことをするような人には見えない。


  そもそも、国王が言うには、薬使いは作りあげた薬を信頼する空也の高祖父に渡したことになっているのだ。


  だとしたら、この本はほとんどが嘘ということになる。


  国王でもある父親が嘘をついているという可能性もあるが、確かめようがないのも確かだ。


  嘘をつかれたとして、自分は何を言うのだろうか、自分が何か言ったところで変わるのだろうか、空也の高祖父が犯した罪を、自分が償えるとでもいうのか・・・。


  国王を英雄扱いするためにでっちあげられたとしたら、それは許せないが、そうであれば国王も反発するはずだ。


  本の内容が正しいとすると、空也の持っている薬は、空也の高祖父が薬使いから奪い取ったと考えられる。


  そうなると、視点は一気に変わってくる。


  投げ捨てた本を横目でチラッと見ると、本に何かが挟まっていることに気付く。


  身体を起こして本を手に取り、挟んであるものを確認するようにゆっくりと手に取ると、それは手紙のようなものだった。


  すでに茶色に変色してしまっている手紙を、破れないようにそっと開く。


  「・・・・・・ああ。そっか。」








  「で?何がわかった?」


  「さあ?なーんにも。てかさ、そんなことしなくても、勝てるでしょ。平気だって。」


  「油断大敵だぜ?」


  満月をバックに、優雅にワインを呑みながら、空いている方の手でアーモンドを口に運ぶジンナーの傍で、退屈そうに首を動かす男。


  金色に輝く髪の毛をかきながら、気に入らないことに対する不満を漏らす。


  「なんで金髪かなー?目立ってしょうが無いよ。」


  「似合ってるぜ?」


  見てもいないくせに口説き文句を言うジンナーは、ワインで濡れた唇を舌で舐め取ると、ワイングラスを強く握る。


  パリンッ、と小さい音で泣きながら、グラスは床に落ちて行く。


  「どうでもいいけどよ、ちゃんと俺の役に立ってくれよ?」


  「わかってるよ。」


  男が部屋から出て行くと、入れ違いに流風が入ってきた。


  すれ違った男の背中を眺めていると、ジンナーがアーモンドを噛む音が聞こえてきたため、ジンナーの許に歩いていく。


  床に落ちているグラスの破片を見ると、慣れた手つきで片づけて行く。


  ジンナーは特に手伝う事もせず、満月を眺めながら、爪でカツカツと窓を叩いて、鼻歌交じりに動かしている。


  機嫌が良いのだと理解すると、流風は自分もチョコを食べ始めた。


  「ジンナー様、今日は一段とご機嫌ですね。何か嬉しい事でもありましたか。それとも何か気が狂うことでもありましたか。それとも何か機嫌良く振る舞わなければいけないことでもありましたか。それともいよいよ気がおかしくなりましたか。それとも・・・。」


  「おいおいおい。ほぼ失礼な聞き方だな。」


  チョコを食べている流風の口からは、毒舌とも思えるような質問が飛び交ってきて、ジンナーの機嫌の良さを気味悪く思っていることが分かる。


  割れたグラスを拾い、窓ガラスに突きつければ、窓ガラスがガタガタと震えているのが分かるが、ジンナーはそのままキーッ、と耳障りな音を出しながら、口元を歪める。


  傷ついたガラスが泣き叫ぶが、無視をしてアーモンドを食べる。


  「さてと、こっちも仕掛けねぇとな?」








  数日後、いつものように空也たちが森で練習をしていると、突然雲行きが怪しくなってきた。


  一旦中断して、木の下で雨宿りをしていると、雷が鳴りはじめ、さらには嵐のように雨が降り始めた。


  横殴りの激しい雨が、空也たちを直撃するため、空也は木を柔らかくして自分たちの周りを囲むようにする。


  隠れ家のような形になり、ひとまず雨風を凌ぐことは出来た。


  「・・・嫌な予感しかしねぇな。」


  ぽつり、と独り言のように呟いた言葉は、隠れ家の中では十分すぎるほど聞こえてしまい、ナルキやソルティ、海斗がその言葉に反応する。


  魔法界とは、基本的に晴れ渡っているものだ。


  雨は天からの恵みであるため、降ってくるときにはそれを受け入れるのだが、魔法界自体が晴れの日や雨の日を調整しているため、これほど酷くなる日は無いはずだ。


  異変を感じながらも、空也は動こうとしなかった。


  「空也の嫌な予感は当たるから、俺嫌だよ。」


  ため息を吐きながら言うナルキの頭を、空也はグシャグシャにして八つ当たりをする。


  雨が止むのを待とうとしたが、こんな土砂降りなのにすぐに止むわけも無く、四人は湿気に覆われた隠れ家で、しばらくじっとしていた。


  あまりに暇で、空也が鼻歌を歌いだしたり、それに対抗しようと海斗まで鼻歌どころか、大声で何かの唄を歌いはじめる。


  不協和音が響き渡り、ナルキは耳を塞いで目を瞑っていた。


  一方で、それさえも楽しそうに眺めているソルティは、どちらのテンポに合わせているのか知らないが、手拍子をしている。


  だが、よく聞いてみると、どちらのメロディにも合っていなく、ソルティがズレた手拍子をしていることだけが分かった。


  ナルキは白のゼリービーンズを口に入れて、ゆっくりと噛んでいくと、じんわりを甘さが広がってきて、脳内が動き出したような気になる。


  「ナルキ、大丈夫?」


  瞑想でもしているかのようなナルキを心配し、未だ手拍子を続けているソルティが声をかけてきた。


  「大丈夫です。ちょっと糖分補給を・・・。先輩食べますか?」


  「何?」


  「ゼリービーンズです。」


  オレンジのゼリービーンズをソルティの掌に乗せると、興味津津に押したり伸ばしたりしたあと、口に含んで味わうと、いつも以上にほわん、とした表情になる。


  のんびりと時間が過ぎるのを待っていると、言い合いをしていた空也が、ピクッと何かに反応を示した。


  じっとある一点を見つめていたかと思うと、自分の前の空間に指を滑らせて円を作る。


  円を描くとそこだけ一本の線が引かれた様に光っていて、円の中を蹴飛ばせば、そこから外へと抜け出せる。


  空也は一人でまだ雨が激しく振っている中へ飛び出すと、円をすぐに消した。


  閉じ込められた、言い換えれば、守られているという言葉だろうか。


  空也が何に反応したのかと、ナルキは土に触って自分の神経を一致させると、ナルキの意識だけが土を伝って行き、外の様子を感じられた。


  同様の原理で、海斗も雨に集中してみるが、今振っている雨には何か魔法による不純物が含まれており、途切れ途切れにしか分からない。


  無駄な体力は使わないように、ナルキに任せようとソルティに言われ、集中しているナルキの背中をじっと見る。


  「空也の奴、あの魔法は何だ?」


  先程此処から抜けた空也の移動術は、海斗の記憶では教わっていない。


  「あれはきっと、窒素と酸素を分解しながら空間を移動するものだな。それだけじゃなく、常に動き回っている光のスピードや方向も考えながら行う、高等術だ。」


  「教わりましたっけ?」


  「いいや、俺も本で読んだ事がある程度だ。窒素と酸素の分解までなら出来る魔術者でも、光に意識を向けるのは難しい。だから習わないのも当然だ。」


  空気中には窒素と酸素があり、約八割が窒素、残りはほぼ酸素と考えて良いのだが、その他にも様々な不純物が混ざっている。


  それらを含め、さらに一秒間に地球七周半する光の速さなども考慮し、もっと言うと、指先からレーザーを出す様に、物凄く集中力も必要となってくるらしい。


  それを瞬時に行動にうつせる空也は、努力以上の才能があるのだろう。


  「ナルキ、どうだ?」








  唯一外の状況を肌に感じているナルキは、一旦意識を中断させて、ゼリービーンズを口に入れる。


  ゆっくりと呼吸を繰り返すと、ソルティと海斗に告げる。


  「ジンナーだ。それと、あの・・・一緒に来てた女の子。」


  「ああ、えっと、何だっけ。流実?由美?恭子?」


  「流風?」


  「ああ、そう、それそれ。」


  流風の名前を思いだせなかったナルキとソルティに対し、人の名前を覚えるのが得意な海斗は、一発で言い当てる。


  「まだ何か話してるだけで、勝負とかはしてないみたいだけど・・・。」


  「話・・・?なんだろうな?」


  心配しているナルキたちを知ってか知らずか、空也は雨の中髪の毛も服もびしょびしょに濡れながら、いきなり気配を出して現れたジンナーと向かい合っていた。


  雨風にうたれながら、ジンナーの赤黒い髪の毛はさらに異様な雰囲気を醸し出している。


  口角をあげて笑うと、悪びれた様子も無く話し始めた。


  「空也、お前の父親、ちょいと借りたぜ。誘拐なんて言われないように、一応伝えておくな。」


  「勝手に借りた時点ですでに誘拐なんだけどな。ま、あんな親父で良ければ、いつだって連れて行っていいぜ?」


  空也の言葉にニヤッと笑うと、ジンナーは後ろにいる流風に、顎でクイッと指示を出すと、流風は掌から花弁を生みだし、巨大なスクリーンを作った。


  そこに何かの映像が映し出されると、空也の眉が微かに動いた。


  「どうだ?なかなか元気で安心したろ?」


  喉を鳴らしながら笑うジンナーとは裏腹に、空也はじっとその映像を見つめている。


  花のスクリーンに映し出されていたのは、国王がどこかの壁に磔にされており、至るところから血を流している光景だった。


  指輪には鎖が頑丈に巻き付いていて、国王の足下には魔法陣が見える。


  魔術者の魔力を一時的にではあるが、閉じ込めておくことのできる魔法陣であり、一時的にはいっても、それは魔法陣を作った魔術者の能力によって異なる。


  ジンナーの力がどれほどのものかまだ定かではないが、最低でも一週間はもつだろう。


  長ければ長いほど、魔法陣の中にいる対象者の能力が衰えていき、対象者よりも魔法陣を作った者の能力が高ければ、最終的には死に至る。


  「誘拐なんて生易しいもんじゃねぇな、これは。拷問、もしくは人質っていう方が、合ってるんじゃねぇの?」


  「ああ・・・。ハハッ!そうだな!」


  その場でジンナーが掌をギュッと握りしめれば、この場にいない国王は苦しみだす。


  「国王の体内にある魔法をかけた。それは何か。分かるかな?」


  「傀儡蟲―。それも、ご丁寧にとびっきり忠実な。」


  「ピンポーン♪良く出来ました。」


  傀儡蟲とは、文字通りに操り蟲のことである。


  身体のどこからでもいいのだが、主に自分の手中に収めたい場所から蟲を挿入し、巣を作らせ、体内に寄生する操り人形、のようなものだ。


  この蟲の特徴としては、主人に対してとても忠実であること。


  自分に住処を与えてくれた主人の言う事は、なんでも聞いてしまうため、国王の体内に寄生したこの蟲が、ジンナーの意識を受け取り、国王の身体の中で動きまわり、蝕んでいる。


  空也が風でスクリーンを壊すと映像が途切れ、それを見たジンナーは、ククク、と喉を鳴らして愉快に笑う。


  「じゃあ!用はそれだけだ!」


  嵐とともに消えてしまったジンナーと流風に舌打ちをすると、だんだん空が晴れてきて、あっという間に晴天に変わってしまった。


  空也が木の魔法を解くと、ナルキたちが出てくる。


  「空也、何があった?」


  「べっつにー?あ、俺、女の子と約束あったんだ♪先に帰るぜ―。」


  「あ!空也!?」








  城に向かうと、空也に気付いた家来たちが、国王が攫われたと言いに来た。


  「わかってる。」


  母親にはまだ報せていないようで、空也自身も、その方が良いだろうと判断を下した。


  国王がいなくなったことが内密にされ、国王不在のまま、夜がおとずれた。


  家来が順番に見張りに入り、なぜか空也は城から出られなくなってしまい、部屋の中にも外にも家来が目を光らせている。


  「なんで男に見られなきゃいけねぇんだよ。」


  家来に背を向けて、テーブルを出し、その上には大きめの魔法界全土が描かれている地図を広げると、地図の上に少し隙間を開けて掌を出す。


  ポワッ、と微かな光が出てくると、地図上に何やら文字が浮かび上がってきた。


  空也の掌に吸い込まれる様に浮かぶ文字だったが、ある特定の文字だけは、実際に空也の掌に吸い込まれていく。


  それは、“KING”と書かれた国王のものと、“JINNAH”と書かれたジンナーのもの、それともう一つあった。


  それらを掌で擦り合わせると、それぞれの文字が人の形へと変化した。


  空也が何をしているのかと見に来た家来に気付き、テーブルと地図を瞬時に消す。


  「いやだ~、すけべぇ~!」


  キャーッ、とふざけて言えば、家来は呆れたように来た道を戻っていった。


  こうしてボーッとしているのは好きだが、監視されているとなると話は別で、気持ち良いものではないし、抜け出す算段をつける。


  目だけを器用に動かして、部屋のあちこちを見渡してみるが、窓には鉄格子がはめられていて、入口には家来が数人で監視している。


  ついでにいうと、国王を守るために、この部屋には常に内側から外に出られない様に魔法がかけられている為、容易には出られない。


  だが、この状況は何よりも気に入らない。


  「どうすっかな~・・・。」


  部屋の中を歩き回っているだけなのに、身体に突き刺さるような視線を感じる。


  「はぁー。」


  国王ほど楽な仕事は無いと思っていた空也だが、これほど他人の視線を感じながら生活するというのは、耐え難いものなのだと知る。


  好き勝手に動けないまま、時間だけが虚しく過ぎて行く。


  いつもは国王が座っている椅子にどーんと座りながら、窓の外を眺めていると、一羽の鷹が飛んできて、窓の外を行ったり来たりしていた。


  ちらっと家来の方をみると、丁度交換の時間らしく、ここぞとばかりに声を出す。


  「あー!俺、お風呂に入らないと!」


  わざと大きな声で言うと、家来たちはお風呂場まで着いてくると言いながら、空也は部屋から出ることに成功した。








  お風呂場とは言っても、国王用の露天風呂になっていて、夜空が一面に広がっている。


  洗面用具を適当な場所に置くと、露天風呂の奥の方に進んでいき、親指と人差し指をくっつけて丸を作り、ピューッ、と指笛を吹いた。


  すると、先程の鷹が空也の許までやってきて、木の枝に止まった。


  これは国王が昔から可愛がっていた鷹だと分かり、国王が連れて行かれた時にジンナーに負わされたと思われる傷を治した。


  自然の中で生活している鷹のため、すぐに羽根を離してやると、天高くへ舞いあがっていった。

  ヒラヒラと何か落ちてくると思うと、それはたった今飛んで行った鷹の羽根で、裏表と見ていると、次第に羽根に文字が浮かび上がってきた。


  「・・・・・・おお。」


  地味に感心していると、浮かび上がった文字に、空也は不敵な笑みを浮かべる。


  ―It's Show Time!!


  ジンナーからの挑戦状に、空也は自然と露天風呂のお湯で龍と虎を作りだしており、空也の様子を見に来た家来は、それを見て呆気に取られていた。


  ふと、笑っていた笑みが急に消えると、空也は龍と虎を粉砕させた。


  「調子に乗ってんじゃねぇっての。」







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