蜂蜜

maria159357

第1話0と1






蜂蜜

0と1

   登場人物




       扇谷 透 せんやとおる


       栂臨 とがのぞむ


       炉端稚夜 はしばたちよ


       世永 啓太郎 よながけいたろう


       狗秦 昂 いぬはたのぼる


       絹森 清太 きぬもりせいた


       古守陽 隆介 こもれびりゅうすけ


































 大胆は勇気を、臆病は恐怖をもたらす。


        ローマの作家






































 SET*Ⅰ【0と1】




























 「これより、認証ナンバー、6344220BGTは、の殺処分を行います」


 機械越しに聞こえてくるその声は、声というにはあまりにも淡々としており、機械よりは抑揚がついている気がする。


 生活するにはあまりにも狭いそのコンクリートの中には、1人の男がいる。


 そして1つだけある出入り口でもある扉には、目元だけが見える長方形の小窓があり、そこからは感情など読めないような目が、男を見ていた。


 その扉の向こう側にいる、目だけ見えていた男は、何かのスイッチを押そうとしたのだが、押せなかった。


 バタン、とその場に倒れ込んでしまった男を踏みつけると、そこにある適当なスイッチを押して扉を開けた。


 「よお、死んだか?」


 飄々としたその声色に対し、扉の中に閉じ込められていた男は無言で近づくと、そのまま殴りかかる。


 しかしそれを軽やかに避けたかと思うと、足元にいた男に躓き、転んだ。


 「いってぇ・・・。なんだよ、せっかく助けて来てやったのに。もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃねえ?ちーちゃん」


 「その呼び方やめろって。来るのが遅い。イライラしてきた、ガムよこせ」


 「はいはい、そう言うと思ってちゃんと勝買っておいたよ」


 そう言うと、男はポケットからガムを取り出して渡す。


 ガムを一気に3枚口に放り込むと、口の中を大きく動かして風船のように膨らませた。


 「早く逃げるか、ちーちゃん」


 「だから、その呼び方は止めろって」


 2人は別の執行人が様子を見に来る前に急いで逃げようと適当な扉を開けた。


 すると、そこには1人の少年がいた。


 きっとこの少年が、次の殺処分の対象なのだろう。


 逃げるところもみられてしまったし、ここで会ったのも何かの縁だと、男たちはその少年の腕を引っ張って逃げた。


 それから、きっと警報も鳴っただろうし、殺処分するはずの対象が逃げたと大慌てしている頃だろうが、そんなこと知ったことではない。


 秘密基地まで逃げ込むと、風船ガムを噛んでいた男はそこに用意されていたパソコンを全て起動させた。


 全てというのは、そこに5つほどのパソコンが並んでいるそれら全てだ。


 起動させてアップデートをしたり、容量を増やしたりと一旦の作業を終わらせると、連れて来たその少年の首元に、パソコンにUSBを繋げた何かをあてがった。


 それをまるでバーコードのように読みこむと、そこには少年のデータが出て来た。


 「なになに?認証番号7931065BYAぬ、か。本名は?」


 「・・・栂臨」


 「変な名前だな。てか臨?りんでいいか。おいりん、お前も保健所の奴らに捕まったのか?」


 少年、臨に話しかけるが、2人を見て呆然と口を開けていた。


 顔の前を手でひらひらさせてみても何も言わないため、自己紹介でもするかということになった。


 まずは、執行人を倒した男だ。


 「俺は認証番号9989990BZWい、だ。本名は扇谷透。よろしくな」


 透という男は、ふわふわとした黒髪をしており、上下ジャージ姿なのだが、上は紺で下はグレーのため、おそろいではないらしい。


 ガムを噛んでいる、黄土色の髪色の男に、次はお前だと行ったのだがパソコンをずっとカタカタいじっているため、しょうがなく、透が紹介することになった。


 「ったく。こいつは認証番号6344220BGTは、の炉端稚夜。だから俺はちーちゃんって呼んでるんだけど、こいつは気に入ってねぇらしい。まあ、それでも気にせずに呼ぶけどな!!」


 ハハハ、と故意に笑った透は、少年に話しかける。


 「紹介っつっても、埋め込まれてるICチップで全部分かるんだけどな。よし、とりあえずココアでも飲むか」


 そういって、透はココアを3つ入れた。








 「人間を番号で識別するなんざ、おかしな時代になったもんだよな」


 ココアを一番に飲み干した透が呟いた。


 いつからか、はっきりしたことは覚えていないし、きっと透たちが生まれる前のことだから知らないのは当然のことなのだが。


 今、人間はみな首元にICチップを埋め込まれている。


 これによって、様々なことが出来るようになった。


 一番変化を感じたのは、名前で呼ばれることが少なくなったことだろうか。


 まるで皆囚人のように、番号で呼ばれることがほとんどで、埋め込まれたICチップは自力では取ることが出来ず、それを壊そうとすると更に奥へと組みこんでしまう仕組みだ。


 GPSと同様の働きも持っているのだが、それはあくまで市民の動きを把握するためのもので、取り仕切る者達の動きは監視されることは無いに等しい。


 AIが仕事や政治にも参加するようになってからというもの、人間たちは行き場を失くした。


 そこで、世界では奴隷制度が認められるようになった。


 働けなくなったが、しかし収入が無ければ困るという人間を全て管理、監視し、奴隷として働かせるようになったのだ。


 まるでペット同様に扱われるようになったこの世界では、人間の密猟も日常茶飯事だ。


 その辺を歩いている人間を捕まえて、奴隷として金持ちの家に売ったり、自分達の奴隷として働かせたり、それ以外にも保健所に連れて行って収集量として金を貰う輩だ。


 彼らはべルターと呼ばれている。


 そして、先程から保健所だの執行人だのという言葉が出てきているが、これも、動物のそれらを同じようなものだ。


 奴隷制度が認知されてからというもの、奴隷としても働かなくなった者たちが増え、街中をうろつくようになった。


 そこで、人間専用の保健所を作ったのだ。


 身分を証明するためにICチップを読まれるのだが、そのとき、奴隷として働かなくても良いと免除された者以外は、強制的に保健所に連行されてしまうのだ。


 そしてその保健所で殺処分される人間の処刑を執行するのが、文字通り、執行人である。


 執行人は埋め込まれたICチップの情報をもとに選出されたエリートとも言える集団で、もちろん、保健所で働く人たちもそういった人間だ。


 同じ人間を殺処分と聞いても、眉ひとつ動かさないような心を持っている。


 「あ、あの・・・」


 ここでようやく、臨が口を開いた。


 「あなたたちは、一体何をしようとしているんですか?」


 「そう固くなるなって。俺のことは透ちゃんでも扇ちゃんでもいいから」


 透の冗談など聞いていない稚夜は、口の中のガムを噛みながら、臨を見ることもないまま話す。


 「現時点で、保健所は全国に154ヶ所ある」


 「え?」


 「めっちゃ多くね?そんなの作る余裕あるなら、俺達のこともっと労わってくれてもいいと思わね?」


 東西南北合わせ、それだけの保健所があるとは思ってもいなかった。


 しかも、ほとんどの保健所には殺処分場が付いているのだ。


 「そこで、だ。その154ヶ所の中でも特に大きな3ヶ所にしぼって、これからぶっ壊そうと思ってる」


 「・・・え。それ、無理なんじゃ・・・。警備だって完璧ですし、AIで全て管理されてるんですよ?」


 「やらねぇうちから無理なんて言うもんじゃねえぞ。それに、全てAIで管理されてるからこそ、穴ってもんがあるんだ」


 透の話によると、全国で最も収監人数が多い保健所、それから最も敷地面積の広い保健所、そして透にとって因縁のある保健所の3ヶ所だ。


 収監人数の多い保健所や、権力や金の象徴のためだけに作られた保健所を壊すことで、奴隷制度自体を根本から覆すきっかけになるかもしれない。


 もちろん、警察も動いて徹底的に犯人を追い詰めようとするだろう。


 「逃げられませんよ。止めた方が良いと思います」


 「弱虫だな。ならひとまず俺1人で行くわ。それでいいよな?ちーちゃん」


 「ああ。準備はしてある」


 「さっすが。ちーちゃんが捕まった時はマジでどうしようかと思ったけど、やっぱり頼もしいわー」


 「で、でも・・・!ICチップで、此処の場所も突きとめられるんじゃ」


 「それなら心配ご無用だ」


 自信満々にそういう透は、稚夜の肩をぽんぽんと叩くと、パソコンの画面に何かが映し出された。


 そこには、他の人のGPSと思われる点滅や認証番号などが載っていた。


 しかし、ここにいる3人のものはない。


 「どうして・・・」


 「さっきピッてやったろ?これはちーちゃんが発明したやつでな、俺達の首に埋め込まれたICチップのGPS情報を麻痺させる電波?が出るんだよな?」


 「ああ」


 それからも、稚夜はずっとパソコンをいじっていたため、透がトーストを焼いてくれたのだが、どうも使いなれていないらしく、黒こげになっていた。


 香ばしいという表現以上の食感があったが、臨は文句を言わずに食べた。


 シャワーもついているようで、透はさっさとシャワーを浴びてさっさと寝てしまった。


 残された臨は、自分のことなど一切見ていない稚夜の背中をたまに見るのだ。


 椅子に片足だけを乗せた状態でずっと薄暗い中作業をしている稚夜は、ご飯は食べないのだがお菓子ばかり食べていた。


 お菓子を手に取る際も、パソコンの画面から目を逸らさないため、がさがさと袋の中を探る音が響く。


 しばらくして音が止んだかと思うと、あちこち何かを探してから、目的のそれが無い事に気付き、それを探しに何時間かぶりに椅子から下りて歩いた。


 何処に行くのかと思っていると、キッチンの方へと向かっていった。


 臨は少しだけパソコンを覗こうと近づいてみると、そこには色んな人達が映っていて、監視カメラを覗いていることが分かった。


 方向を動かせるのかとマウスに手を伸ばしたそのとき、後ろから低い声が聞こえた。


 「触るな」


 「す、すみません!!」


 両手に沢山のお菓子と数種類のガムを抱えて戻ってきた稚夜は、表情を動かさずに近づいてきて、また椅子に座った。


 新しい袋を開けて次々に口に入れていく稚夜は、まだ隣でじっとパソコンというか稚夜の手の動きを見ている臨が気になったようで。


 「何みてるんだ」


 「い、いえ・・・。すごいなぁと思って」


 「これくらい普通だから。それに、お前を助けたのはラーテルの気紛れ。此処から出て行きたいなら別に止めない。勝手に出ていきな」


 「ラーテル?」


 「あいつのこと」


 「はあ・・・。なんでラーテルなんですか?」


 「説明すんのが面倒臭い。それから、俺もこれ調整終わったらすぐ寝るから、寝るなら寝ろ。出て行くなら出て行け」


 「は、はい」


 稚夜の勢いに押されてしまい、臨は大人しく毛布を被った。


 ベッドなどもなく、コンクリートの上に直に布団を敷いて寝ている透は、身体が痛くならないのかと心配してしまう。


 ソファはあるのだが、それは稚夜が使うらしく、臨は適当な場所で毛布に包まれたまま寝心地悪く寝るのだ。








 翌日、とはいっても夜なのだが、臨が起きるともう透の姿は無かった。


 それに、自分よりも後に寝たはずの稚夜も起きており、すでにお菓子を食べながらパソコンをいじっていた。


 「あの、おはようございます」


 「おはよ。ラーテルならもう出かけた」


 「みたいですね」


 臨はどうして良いから分からず、とりあえず大人しく座ってみる。


 すると、稚夜が独りごとを話し始めた。


 と思ったら違うらしく、耳には何かつけており、それで透と話しているようだった。


 「ああ、セキュリティーも設備関係も全部OK。予備電源もウイルス仕込んでおいたから、つけた途端壊れる」


 「せ、セキュリティーって・・・。もしかして、ハッキングしたんですか!?それ、犯罪ですよ!?」


 「五月蠅い。ああ、こっちの話だ。お前が連れて来た奴がごちゃごちゃ言ってるだけ」


 思いもよらない言葉が聞こえて来たため、臨は稚夜のもとへ駆け寄ると、そこには保健所内のものと思われる見取り図と、そこにいる警備やAIの配置も載っていた。


 耳から聞こえてくる透の言葉を頼りに、今どのあたりにいるかと把握し、そこからどう動けば良いのか指示を出す。


 一方その頃、透は全国一収監人数が多い保健所に忍びこんでいた。


 持ってきているトカレフを駆使して、とはいっても、これは稚夜に改造してもらったもので、色々なものが飛びだすのだが、ねばねばした粘着するものを使って壁から敷地内に入ると、敷地内で歩きまわっている人間の首元に針を刺して眠らせる。


 AIは稚夜が動きを止めてくれたため、今は人間しか動いていない。


 ちなみに、トカレフには無線機もついている。


 そして裏口に着くと、またしてもそれで灯りを灯しながら扉をあけ、侵入する。


 「入ったぞ。ここからどう行けばいい?」


 『まず入ったら右。そこに階段があるからその階段を上って』


 「了解」


 言われた通り、透はまず右に行く。


 階段の前に警備員と思われる男が立っていたため、透は針で眠らせて先へ進む。


 「上ったー」


 『一番手前の扉はAIが収納されてるから、それ以外の部屋は解放してある。ただ、気付いてないと思う』


 「OKOK.じゃ、俺が声をかければいいだけだな」


 そう言うと、透は1つの扉を開けると、そこに収監されている人達が驚いたような顔で透を見て来た。


 厳重に管理されているはずの扉が簡単に開いたことから、透のことをここの職員と思った者もいるようだ。


 そこで、透は自分は職員ではないことを伝え、それから逃げるなら今だと教えた。


 すると、少しは疑っていた彼らは、透の言っていることが本当だと分かると、次々にそこから出て行った。


 そして他の部屋の連中にも伝えてくれと言うと、扉がどんどん開いて行き、こんなにいるのかと思うほどの人間が駆けて行く。


 その波に飲まれないように端っこに避難していた透は、現状を稚夜に伝える。


 『なら、今のうちに次』


 「はいはい、ったく、人遣い荒いな」


 『俺が使われてるんだ』


 向こうで何かを食べている音がするが、それを言えばきっとまた文句を言われるだろうからと、透は口を閉ざした。


 それからも全ての収監された人間を解放したあと、透は彼らを殺処分するその部屋へと向かって行った。


 この部屋はどこも同じようなもので、なんというか、殺風景だ。


 その部屋をしばらく眺めたあと、執行人たちが集まっている部屋を目指す。


 執行人は代表として1人いる。


 そしてその執行人が休みの日や、万が一身内が殺処分となった場合は、他の執行人によって処刑されるのだ。


 基本的には、代表の1人だけが行う。


 それに、後半の身内が処分になったとき、というのは、有り得ないだろうが、一応の譲歩ということだ。


 「さてさて~。ここかな?」


 明らかに違う扉の感じに、透はコンコン、とノックをする。


 セキュリティが機能しておらず、AIも動かなくなってしまったからか、保健所の職員や警備員はあちこち歩き回っているのだが、執行人はこの部屋で明日の予定でもチェックしているのだろう。


 透のノックから数秒も待たず、中から人が出て来た。


 「どちら様かな?今日の執行は終了したはずだが」


 「いえいえ、執行はまだまだこれからですよ」


 「何を言って・・・」


 執行人の男の腹に、銃弾を撃ち込んだ。


 すると、音に気付いた他の執行人たちがやってきたのだが、その執行人たちにも発砲をした。








 『終わった?』


 「ああ、すんなり。爆弾もセットしたし、あとは爆破するだけー」


 『じゃあ押すぞ』


 「止めてくんない!?まだ俺いるから!さすがに俺死ぬから!!!てか、爆破スイッチは俺が持ってるだろ」


 『早くしないと、その部屋に警備員が行くかも』


 「それ先な」


 稚夜に文句をいいながら、透はさっさとその部屋から出て行き、無事に自分が敷地から出たあとで爆破をした。


 木っ端微塵になってしまった保健所兼殺処分場には、翌日、朝から警察が大勢集まっていた。


 こういうことは、考えていた人は多かろうが、それを実行に移すような輩はいなかった。


 爆破当時そこにいた執行人を始め、保健所職員も警備員も、ほとんどが亡くなってしまったようだが、全国で一番の収監をしているにも関わらず、市民の被害者はいなかった。


 大量の爆薬が見つかり、また、収監部屋が何らかの理由で開いていたために脱走してしまった可能性があるとのことだった。


 「AIはどうした?ここを始め、幾つかの殺処分場には最新式を投入したばかりのはずだろ」


 「それが、その最新式のAIが、どういうわけか動かなくなってしまったらしく」


 「それなら、予備のものが動くはずだろ」


 「そのはずなんですが」


 「そもそも、最新式のAIの内部にどうやって入りこむというんだ?!我々警察とて、そう易々とは入れないほどのセキュリティだったはずだ」


 「それは・・・」


 警察の方でも、何も分からなかった。


 ただ、今後もこういったことが起こり得る可能性があるということで、他の保健所には警備を強化するよう伝えた。


 サイバー対策にも、他のAIの管理と監視をするよう言うと、あとは警察の方ではどうにも動くことは出来なかった。


 逃げ出してしまった彼らのことは、収監されたときに管理されている元のファイルを開けば、ICチップの番号から、GPSで追いかけることが出来る。


 そちらにも人員を裂けるよう手配をしたが、あとはべルターたちにでも任せるしかない。


 「それでは、我々も他の業務に戻りましょうか」


 「そうだな」


 そう言ってバイクに跨った警官の前に、1人の男が現れた。


 「なんだお前、身分証明を」


 そう言ったところで、もう1人の警官がスッと前に出た。


 「俺の知り合いだ。先に行っててくれ」


 「分かりました」


 バイクに跨ると、1人の男は先に去って行った。


 残されたもう1人の警官の男は、そこに立っている男に向かってため息を吐く。


 「まさか、お前の仕業じゃないだろうな、透」


 「あらー、俺のこと覚えててくれたの?啓ちゃんってば」


 「あのなぁ・・・」


 額に手を当てて、さらにため息を吐いた。


 その警官は透の知り合いで、というよりも元仲間なのだが、今は警察官として働いている。


 口元にホクロがある青髪の男で、認証番号は5515926BOXほ、本名は世永啓太郎という。


 「何か用か?」


 「あのよお、最近保健所に連れて行かれてる連中が多いように思うんだけど、何でだ?ここ最近だと思うんだよな。俺の感覚では、4カ月くらい前から」


 「・・・お前の感覚は恐ろしいな。そりゃ、全保健所を統括する責任者が変わったからだろうな。丁度4か月前だ。人事異動があってな」


 「やっぱりか。しかも、前の奴より融通の利かねえ野郎みてぇだな。名前は?」


 「そういうのは、あいつに調べさせればいいだろ。俺の口から名前が漏れたってなるのは嫌だからな」


 啓太郎は前髪をかきあげると、バイクに装備されている警察無線が鳴った。


 「こちら5515926」


 『会議を行います。すぐ戻ってくるように』


 「了解」


 無線を切ると、啓太郎はバイクに跨った。


 その際、透は啓太郎に従を向けると、何かを当てた。


 啓太郎はヘルメットを被りながら睨んできたため、もう一発放つと、コロコロとBB弾が地面に落ちていった。


 「お勤め御苦労さまー」


 ひらひらと手を振りながら、啓太郎が去っていく背中を眺めた。








 「責任者が変わった?」


 「ああ。すぐ調べてくれ。それからコレも加工よろしく」


 戻ってすぐ、透は稚夜に責任者の身元を調べさせ、それから銃の改造もお願いする。


 透はじっと座ったままの臨の隣に座り、卵かけご飯を食べ始める。


 「どうしたんだ?元気ねぇな」


 「・・・どうして、こんなことを?」


 「あ?」


 「だって、どうせみんな助かるわけじゃないんですよ?こんなことをしている間にも、殺処分されていく人がいるんです」


 ご飯を口にかきこみながら、透はただ聞いていた。


 ちょっと離れたところでは、稚夜が渡された銃の改造をどうするか考えながら、責任者のことを調べている。


 「154か所もあるのに、3ヶ所しか助けないなんて・・・!!なんでですか!!なんで全部助けないんですか!!!」


 「・・・・・・」


 まだ口の中に含んでいるご飯を流し込むため、透は冷たいお茶で流し込んだ。


 そしてふう、と息を吐くと、臨の後頭部に手をおき、そのままテーブルに顔面からぶつけさせるように押しこんだ。


 あまりに突然のことで、臨は驚いていたようだ。


 「お前さぁ、何なの?」


 「え・・・?」


 「助けてぇなら自分でやれよ。俺に頼るんじゃねぇ。俺らは、慈善事業でやってんじゃねえんだよ。ただ、この世界が気にくわなくてやってるだけだ。勘違いすんな」


 「で、でも・・・!!」


 「ちーちゃんにも聞いたと思うが、お前を助けたのはただの偶然だ。本当は助ける心算なんて無かった。ただそこにいたから助けた、それだけだ」


 「・・・・・・」


 「さっきから聞いてりゃ、言いたい事言いやがって。自分では何も出来ねえくせに、俺にやれってか?俺に命を懸けて、全国駆け廻って助けろってか?ふざけんじゃねぇぞ」


 まだ痛む顔に手を置いたまま、臨は急に恐ろしくなってぶるぶる震える。


 どうして怖いのかなんて分からないが、もしもここから逃げ出そうものなら、きっとまた殺処分場へと連れて行かれる事を知っているからだ。


 ここに居れば安全だと、思っているから。


 それは、誰かの為ではなく、自分の為。


 「別に手助けしろなんて言ってねぇし。何もする気がねぇなら、安全だからって理由で此処に居座るのはどうかと思うがね」


 「ぼ、僕は・・・。僕だって、何かしたいんです!でも、僕には特別な力なんてないから・・・!!運動だって苦手だし、勉強だって出来るわけじゃないし・・・」


 そんなことを話していると、稚夜が空気を読まずに口を開いた。


 「分かったよ、責任者」


 透は稚夜に近づいて行くと、そこには新しくなった責任者の顔写真と、これまでの経歴、他にも個人データが載っていた。


 そこに無造作に並んでいるお菓子に手を伸ばすと稚夜に舌打ちをされたため、大人しく手を引っ込めた。


 「認証番号は148825BAい、本名は古守陽隆介。6年前に一度結婚してるがその半年後離婚。子供なし。家は土地代の高い場所だな。やっぱり責任者ともなると給料良いんだな」


 「古守陽隆介、ね。男前だけど、腹は真っ黒ってことか」


 「確か、こいつの前の責任者は、こいつの同期だな。もしかして、この地位が欲しくて同期の足を引っ張ったか?」


 「俺、こういう奴嫌い。ああそうだ。今日盗聴機付けてきたから、お前も聞けるようにしておけよ」


 「分かってる」


 「改造はいつ出来る?」


 「これからするよ」


 そう言うと、透は望が座っているソファの向かいに座った。


 気まずくて顔をあげられずにいた臨だが、ぎゅっと強く唇を噛みしめ、拳も膝の上で強く握りしめた。


 かと思うと、勢いよく立ちあがった。


 少しだけ驚いたようにした透だが、足を組んで片腕を背もたれに乗せながら、目を細める。


 「僕も・・・!!一緒にやらせてください!」


 「・・・・・・」


 透に頼まれて改造をしていた稚夜も、一瞬だけ、手を止めたように見えるが、それは誰も気付いていない。


 一方、透は冷たい顔を向けていた、


 ごくん、と生唾を何度飲んだか分からないが、それでも、発した言葉を訂正することもなく、その場で頭を下げることしか出来ないでいた。


 「弱いけど・・・何も出来ないかもしれないけど・・・」


 「遊びじゃねぇんだぞ」


 「分かってます!!」


 「捕まるかもしれねぇぞ。そうなれば、すぐに殺処分だ」


 「はい!覚悟の上です!!!」


 「・・・だとさ、ちーちゃん。どうする?」


 「決定権は俺には無い」


 きっぱりとそう言った稚夜の様子に、透は天井を眺めながら顎を数回摩った。


 「そうだなぁ・・・。ま、見習いってことにするか」


 「本当ですか!?」


 「・・・・・・」


 「その代わり、ちゃんとルールは守れよ」


 「ルール、ですか?」


 そのルールとは、次のようなものだった。


 透に言われたことは出来る限り応えることや、稚夜のお菓子には手をつけないこと、手をつけてしまった場合は補給をしておくこと、それからシャワーは透が一番最初で、稚夜は何番目でも良いということなどなど。


 承諾すると、透は欠伸をした。


 「ちーちゃん、さっきのやつ印刷しといて」


 「もうした。ほら」


 「さっすが。仕事早いねぇ」


 さっと手渡したそれに軽く目を通していると、それからすぐに稚夜は銃の改造を終えて、それを透に投げ着けて来た。


 「お」


 「暴発しないようにな」


 「すげ。おもしれえ機能がまた付いてるな」


 稚夜は首をぐるぐる回しながら、定位置の椅子に座った。


 そしてまた何かをいじりだしたため、臨はじーっと透の手元にある銃を見つめていた。


 すると、それに気付いた透が銃を向けて来た。


 思わず目を閉じてしまったのだが、当然というかなんというか銃弾はおとずれず、代わりに花弁が舞っていた。


 「は、花・・・?」


 「粋だねぇ。花を散らせるなんて。こういうの女は喜びそうだけど。てか、俺花似合うのか?」


 「似合う似合わないの問題じゃない。相手を怯ませられるか、その隙を作れるかどうかだ」


 「ほー」


 稚夜は煎餅を食べているようで、バリバリと香ばしい香りと音が聞こえて来た。


 しかし、稚夜のお菓子には手を出してはいけないため、臨は久しぶりに食べたかったが我慢することにした。


 「じゃあ、りんが協力するってことだから、次のときは一緒に行くか」


 「え!?」


 「あ?」


 「い、行きます・・・。でも、本当に運動神経悪いから」


 「俺の後ろ付いてこい。そうすりゃ、少なくとも死なねえし捕まらねえから」


 「は、はい!!」








 透と臨が寝静まった頃、まだ稚夜は1人で黙々と作業をしていた。


 するとその時、透がつけた盗聴機から反応があり、イヤホンを耳につけて音声を録音、解析を同時に行う。


 「犯人の目星はついたのか」


 「いえ、まだです」


 「早く見つけるんだ。もしも他の殺処分場まで爆破なんてされてしまったら、あの最新のセキュリティや設備、AI開発プロジェクトに関わった全ての人間が非難されてしまう。裏でとはいえ、金を貸していた我々のOB達もな」


 「捜査員、全力で見つける努力をしておりますので」


 「逃げた奴らはどうなった?居場所は分かってるんだろうな」


 「逃げた者たちの約2割はべルターに、約1割は警察によって他の殺処分場へ移行されているとのことです」


 「まだ3割か。まったく。なんという体たらくだ」


 会話をしている男たちは、数人、大きめのテーブルの片側に一列に座っていた。


 ただ1人、偉そうにしている男を除いて。


 収監していた人間が逃げ出したというだけでおおごとだというのに、それ以上に、大金をはたいて作らせた物が全て、簡単に役立たずだと証明されてしまったのだ。


 警察も本気になり、どこからか侵入があったのか、誰かがハッキングでもしたのかと調べているのだが、足跡がまったく付いていないため、それ以上進むことが出来ないでいる。


 その男たちの中には、啓太郎もいる。


 幹部とかそういったことではないのだが、今回の殺処分場に駆けつけた警察官として参加させられている。


 発言などはしないが、他の男たちが焦っているような怒っているような、保身を守るためなのかそれとも別の理由か、とにかく、これまでに脱走者などいなかったこともあり、警察も政府も慌てているのだ。


 だからといって、こんな会議をしたところで犯人なんて見つからないだろうし、こんな時間があるなら逃げ出した者たちを探した方が良いのではと思ってしまう。


 男の1人がAIに爆破現場の画像を見せてくれと頼むと、テレビなどないのに、白い壁にその画面が映し出された。


 「これを見る限り、素人ではありませんよね。前歴を調べてみますか。爆発物に詳しい者で、今収監されていない者をあたってみますか」


 「そうだな。それから、数日前に殺処分執行場から逃げた男がいたが、その男の身元は」


 別の男がテーブルの上を何か操作すると、またしても壁に映し出された1人の男。


 「認証番号は6244220BGTは。それともう1人、認証番号7931065BYAぬ。しかし、6244220BGTはの方は、殺処分目前で部屋に入らされたところを、他の執行人によって確認されています。7931065BYAぬは、その次に執行される予定だったため、隣の部屋にいたそうですが、鍵は閉まっていたため、逃げ出して先の6244220BGTはを助けることは難しいかと思います」


 そこに映しだされた2人の男を眺めている男たちの中で、ちらっと、一瞬だけ目を向けたのは啓太郎。


 その情報は他の捜査員にも共有されることになり、全国の保健所の人間や警備員、執行人にも知らされることとなった。


 指名手配をしようという話にもなったのだが、2人が自力で逃げ出すことは困難ということから、それは止めておいた。


 男たちの中で一番偉いだろう男が、ようやく落ち着いたらしく、会議はそこで終了となった。


 啓太郎も周りの男たちと一緒にその部屋から出て行くと、啓太郎と一緒に行動をしている男が近づいてきた。


 「どうだった?やっぱり、まだ犯人の目星さえついていないこと、怒ってたか?」


 「まあ、怒ってるか怒ってないかで言ったら怒ってた。あとこれ」


 歩きながら、啓太郎は隣に並んで歩いているその男に、先程会議で渡された2人の男に関する資料を渡す。


 渡された男はその資料をすぐさま腕時計で人通り映し取ると、記録された内容は紙媒体ではなく、先程の壁に映し出されたものと似たような形となる。


 啓太郎はそういった機械にはあまり詳しくないため、その男に任せている。


 「この男たちがやったのか?」


 「さあな。どうやって逃げ出したのかも分かってない。もしかしたら、第三者がいたのかもしれないってことで、操作するらしい」


 「第三者って・・・。そういうときこそ、AI使っておおよそ絞り込んでほしいもんだよな」


 「最新式の万全なAIが突破されたんだ。無理もない」


 「また新しいの作るのに、莫大な税金かかるんだろ?俺達の給料だってカットされるかもしれねぇし。あーあ。そろそろ結婚したいってせがまれてるんだけどなぁ」


 以前は確か、婚約指輪か結婚指輪、どちらかそろそろ買ってこいと言われ、非番の日に高いやつを買わされたらしい。


 正直、昔は警察官は多少人気があったかもしれないが、ここ最近は平気で銃を撃つし、奴隷制度が出来てからというもの、人助けといったことはほとんどないため、毛嫌いされている。


 それでもどうしてこんな仕事をしているかと言われると、何も答えられない。


 若い頃は多少やんちゃをしていたが、その時だって、すでに出来つつあった保健所や殺処分の関係で、いたるところで人攫いや密猟といったことが起こっていた。


 それでも、警察官は眺めているだけで、決して助けようとはしなかった。


 そんな警察官に憧れる人なんておらず、ここでこうして働いている警察官は皆、親が警察官だからとか、限られた仕事の中でこれしかないからとか、そういう理由が多い。


 どれだけ懸命に仕事をしていたって、上に上がれるのは気に入られたゴマすり名人たちだけで、汗水たらして働いている下っ端は、いつまで経っても下っ端のままだ。


 気付けば、自分よりの上司として口だけ動かしているのは、父親がエリートとして働いているため、何の苦労もなくのし上がった連中だ。


 「なんでもいいけど、明日夜勤なんだから、今日はさっさと帰るか」


 「そうだな。なあ、久しぶりに飯食わねえ?俺昔ながらのカツ丼が喰いてぇ気分なんだけど」


 「カツ丼?また胃がもたれそうなものを」


 「もたれるって、まだ若いだろ。何なら、お前は蕎麦でもいいんだぞ」


 「わかったよ」








 「ふあああ・・・。眠い」


 「よくこんな時間まで寝てられるな。今日はそいつ連れて行くんだろ?早めに準備した方が良いと思うけど」


 「ああ、そうだった。忘れてた」


 夜、透が起きる頃には起きていた、というよりも多分寝ていないのだろう稚夜と話していると、それまで幼い顔で寝ていた臨も起きて来た。


 「おはようございます」


 「りん、起きたのか」


 「おはよ」


 これから爆破する予定の保健所の場所や、警備員の数、部屋数や経路などを全て調べだした稚夜は、それを簡単に説明する。


 透はうんうんと頷きながら聞いていたが、臨は何のことだか分からない。


 それでもおおかた説明を終えると、稚夜はいつの間にか作っておいた耳につけるタイプの無線機を臨に渡すと、臨はそれをどうやってつけるのか分からず困っていた。


 すると透がつけてくれたため、大人しくそこに立っていた。


 「そうだ、昨日盗聴した内容まとめておいた」


 「お、さんきゅ」


 昔でいうところのCDのような円盤の形をした小さなものを渡されると、透はそれを腕時計の中に入れる。


 するとそこから昨日のものと思われる音声が聞こえてきた。


 途中から透がイヤホンをつけてしまったため、臨はその内容を全て聞くことは出来なかった。


 少し経って聞き終えたのか、透は時間を確認してから、臨の首根っこを掴んで歩きだした。


 「ほんじゃま、行ってくるわ」


 返事はしなかったか、口にお菓子を咥えたまま、稚夜は軽く手をあげて返した。


 透と臨は目的地まで着くと、まずはどうやって敷地内に入るのかと顔を顰める。


 しかし、その時、多分稚夜だろうが、いきなり敷地内の電気が消え、それからAIも動かないという声が聞こえて来た。


 「ちゃんと付いてこいよ?」


 「はい!」


 透は銃を撃つと、そこから出て来た鉤縄を使って敷地内に入ると、物影に隠れてまた銃を撃つ。


 そこから煙のようなものがもくもくと現れると、あっという間に煙で充満してしまった。


 そして透と臨はそこから離れると、また引き金を引き、今度は警報が鳴った。


 火事かと思い慌ててやってきた警備員たちに向かって銃を撃つと、網が出てきてその警備員たちを捕えた。


 逃げられそうなものだが、その網の先端には強力な瞬間接着剤のようなものがついており、地面と一体化してしまった。


 出入り口まで来ると、真っ暗な中、銃が懐中電灯のように光ったため、手元が見えるようになる。


 透は慣れた手つきで中に侵入しようとドアノブに手をかけたとき、透の後ろでじっとしている臨の方を見て来た。


 何だろうと思って透を見返すと、透はニヤリと口角をあげて笑った。


 「怖いか?」


 「い、いえ・・・」


 「捕まれば死ぬ。ただそれだけだ。だけど心配すんな。あいつらが人を殺すプロなように、俺は、あいつらを殺すプロだからよ」


 「え?」


 「まあ、いいから俺の後ついてこいって。離れたらすぐ捕まると思えよ」


 「はい!!」


 中に侵入すると、ただ、透の背中だけを見つめた。


 思っていたよりも速い透の足についていこうと必死になって動かすが、これまで碌に運動をしてこなかったことと、もとから運動が出来ないことが合わさると、ここまで差が出てしまうのかと思うほど辛かった。


 心臓は一気に乾いて苦しくなるし、脇腹だってすぐに痛くなりそうだ。


 きっと、臨の気付かないうちに周りには警備員も職員もいただろうが、透がぱっぱと倒してくれた。


 苦しそうにしている臨に気付いた透は、それまでより少しゆっくり目に足を動かしていたが、臨は気付いていないかもしれない。






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