第4話酒と煙草と煙桜






ラグナロク弐

酒と煙草と煙桜



  おまけ①【酒と煙草と煙桜】




























 この度、煙桜は禁煙・禁酒を始めました。


 というのも、ここ最近自分の体力が衰えてきていると感じており、それは煙草や酒が原因と考えたからだ。


 もっというと、ついこの前、座敷わらしにこう言われたのだ。


 「主とおると、ワシまで病気になりそうじゃ」


 この野郎と思った煙桜は、最初はそれほど気にしていなかったのだが、その日を境に、なぜか色んな人から消臭グッズを渡された。


 例えば、琉峯には加齢臭が取れると噂の石鹸を箱で渡されたり、麗翔には良い香りのする消臭スプレーを何種類か渡され、帝斗には『目指せ!禁酒!禁煙!』と書いてあるシールを渡された。


 「なんなんだまったく」


 ぶつぶつ文句を言いながら部屋に入ると、そこには人の部屋で寛いでいる鳳如がいた。


 「おい、何してんだ」


 「何って、この間出してもらった報告書にお前のサインなかったからさ。・・・て、何そのプレゼントの山は」


 部屋に入ってくるなり、煙桜は貰ったそれらをデスクの一番下の引き出しに押し込むと、鳳如が持ってきた報告書にさらさらっとサインを書いた。


 「ほら」


 「さんきゅ。それより、酒と煙草、止めるんだって?」


 「その名詞を出すな。イライラしてんだ」


 「だってまだ初日だろ?もう禁断症状出てるわけ?」


 じゃあこれあげるよ、といって鳳如が煙桜に差し出してきたのは、丸い飴玉が棒についているものだった。


 無いよりはマシかと、煙桜はソレを受け取ると、包装紙を破って口に放り込んだ。


 だが、一瞬にしてガリガリと噛み砕き、あっという間に無くなってしまった。


 「欲求不満だねー」


 ケラケラ笑いながら、鳳如は報告書を持って部屋から出て行った。


 それにしても、そんなに煙草や酒の臭いがするものかと、煙桜は自分の腕や服を掴んでクンクンと嗅いでみる。


 鼻が麻痺してるのか慣れているのか、それほど臭うようには感じない。


 「はあ」


 すでに棒しか残っていないソレを口に入れたまま、仕事に取り掛かる。


 カリカリカリカリ・・・・・・


 五分ほど経った頃、煙桜は立ちあがって部屋の中をうろうろ歩きまわる。


 しばらくして落ち着いたのか、また椅子に座って仕事をする。


 カリカリカリカリ・・・・・・


 しかし、また少しすると、煙桜は立ちあがって窓を開けると、歯で強く噛んでいたせいか、ボロボロになっている口の中の棒をペッとゴミ箱に捨てた。


 そんなことを何回か繰り返して何日か過ぎ。


 煙桜は不機嫌に不機嫌を重ねたように、イライラを発散するため鍛錬場に来ていた。


 「おいおい煙桜、鍛錬場を壊すのは止めてくれよ」


 「ちっ、帝斗か」


 同じく鍛錬をしに来た帝斗が見たのは、鍛錬場とはもはや呼べないほど、メチャクチャにされた瓦礫の山。


 それでも煙桜のイライラは収まらないようで、拳に力を入れて、壁に一発入れていた。


 笑うのを堪えているようだが、肩が震えている帝斗を見て、煙桜はさらに機嫌を悪くする。


 「もう煙草でも酒でも好きなだけ吸って飲めばいいじゃねぇか。お前んとこの部下も怖がってたぜ?」


 「まだ平気だ」


 「これで平気だって言われてもなぁ。説得力の欠片もねえって」


 しかし、このままでは鍛錬場は使えないなと、帝斗は諦めてその場を立ち去った。


 その後、煙桜は鳳如に呼びだされた。


 「鍛錬に勤しむのは良いことだけど、壊されちゃたまんないよ」


 「・・・悪い」


 「部下だって俺んとこに来たんだよ?煙桜が怖くて近寄れないって。あの都空でさえ言ってたんだから」


 「・・・悪い」


 「まいいよ。別に俺は被害被ってないからね。で、ちょっとおつかいに行ってきてほしいんだけど」


 「おつかい?」








 鳳如に言われ、煙桜はおつかいに来ていた。


 おつかいといっても、修理に必要なものを買って来いと言われたのだ。


 ぱっぱと買い物を終わりにして帰ってくると、そこにはおろちがいた。


 「お前の顔を見たくなかった」


 「酷いなー。煙桜に土産持ってきたのに」


 そう言っておろちが煙桜の前に出してきたのは、最高級の香りと味で有名な、普通の人なら一生手にすることはないだろうと言われている名酒中の名酒。


 にへら、と笑うおろちを、今ここで殴り飛ばしたい衝動に駆られる煙桜だったが、今は禁酒中なのだと断った。


 「もったいないねー。これを断ったら、もう一生飲めないかもしれないのに。俺だって多分もう飲めないね」


 可哀そうに、と言いながら、おろちはコップに酒を注ぐと、それをぐびっと飲む。


 「美味!」


 どんどん注いで、どんどん飲んで行くおろちのことを、煙桜はただじーっと見ていた。


 それも、かなりの至近距離で。


 「飲み難いんだけど」


 「気にせず飲め」


 「いや、気になるから」


 「気にするな」


 「無理があるよね。煙桜みたいな怖い顔に見られながら酒を飲むとか無理があるよね」


 「いいから飲め」


 「え?今度は無理強い?俺のペースで飲むから、黙っててよ」


 「早く飲めよ」


 「いやいや、なんか違うよね。てか本当に怖いからさ。睨まないでもらえる?」


 「さっさと飲め」


 「え?何?なんなの?俺なんか悪いことした?」


 自分が飲めないからなのか、煙桜はおろちの口にコップを強引に近づけて行き、飲ませようとする。


 抵抗しているうちに、おろちは手に酒を持ったまま煙桜の部屋から逃げ出した。


 その後を煙桜が追ってくるのだが、いつもの気だるげな雰囲気は全くなく、まるで獣を狩る狩人のように俊敏だ。


 そんなおろちが逃げ込んだのは、清蘭の部屋だった。


 おろちは煙桜から隠れる為に、清蘭で身を隠そうとするが、丸見え。


 「おろち、お主、清蘭を盾にするとは何事じゃ!恥を知れ!」


 「ごめんねー。けど俺もピンチなわけ。あれ見てよ。あんなおっかない煙桜に追われてるんだから」


 そこに立っていた煙桜の身体からは、気のせいだろうか、何やら澱んだオーラが発せられているように見える。


 「何があったのじゃ」


 酒と煙草を止めようと思っていること、おろちが極上の酒を持ってきたこと、そして止めようと思ったのは、座敷わらしの一言が編人であること。


 すると、それを聞いていた座敷わらしは、はて、と首を傾げる。


 「そんなこと言ったかのう」


 「ああ言った」


 確かあれは、煙桜がおろちと酒を飲んでいる時現れた座敷わらしに言われたのだ。


 その時すでにおろちは眠ってしまっていたから、自分が言われたのだと煙桜は思ったようだ。


 「あの時か。あれは主に言うたのではない」


 「は?」


 「あれはおろちに言うたのじゃ」


 「おろち?」


 「そうじゃ。おろちは昔からわけのわからぬ格好をしておるし、髪が長いのは構わぬが、天狗のように清潔感があるわけでもない。その上酒が好きで、昔何度か酔ったおろちが大蛇に姿を変えたときがあってのう。ワシは大蛇があまり好きではない。まあそういうことも含めて、おろちに言うたのじゃ」


 「なんだ、おろちか」


 「しかし煙桜。主とて酒に煙草をやっておっては、身体に良くないぞ。今後主から加齢臭が」


 ふと煙桜を見てみると、すでにおろちの手から酒を奪い、そのままラッパ飲みをしている煙桜がいた。


 久しぶりに飲んだからなのか、煙桜は笑みを浮かべていた。


 「聞いておらぬわ」








 酒も煙草も復活した煙桜が、不機嫌になって何かを壊すことはなくなった。


 「困った奴じゃ」




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