第26話(由美視点)

(由美視点)


 だからアタシは元カレと出会ったあの日に矢内君に別れようと言ってあげたんだ。


―― アタシ達さ、その……別れよっか


 元カレとの喧嘩のせいで矢内君にはアタシは経験済みだという事が意図せずバレてしまったし、それに何よりもアタシを庇ったせいで矢内君に怪我を負わせてしまった事が本当に辛くて申し訳なく思ったんだ。 アタシが元カレの挑発になんて乗らなければあんな事にはならなかったのに。 だから矢内君が怪我をしてしまったのはアタシのせいなんだ……

 

―― それは水瀬さんのせいじゃないよ


 でも矢内君はそんなアタシの思いを真っ向から否定してきた。 矢内君はアタシと元カレのごたごたに巻き込まれたせいで怪我をしてしまったというのに、矢内君はその事に対してアタシに恨み言の一つも言う事はなかったし、それどころか逆にアタシの事を労わるような優しい言葉を投げかけてくれたんだ。


(……でも、どうして矢内君はそんな優しい言葉をアタシに投げかけてくれるんだろう?)


 アタシには正直、何で矢内君は恨み言の一つも言わずに優しい言葉を投げかけてくれるのかよくわからなかったんだけど……でもその答えは矢内君がすぐに教えてくれた。


―― 水瀬さんが危ない目に合いそうになってたら、どんな事があっても俺は絶対に助けに行くよ。 だってさ、いやまぁ、一応だけど……水瀬さんの彼氏だからさ……


 矢内君は少し恥ずかしそうにしながらも、そんな言葉をアタシに伝えてきてくれた。 もしアタシが危ない目に合っていたら、それを助けるのが彼氏の役目だと、矢内君は照れ臭そうにしながらもそう言ってきてくれた。


 もちろんその言葉を聞いたアタシは嬉しい気持ちになったんだけど……でもそれと同時にアタシはとても不思議な気持ちにもなっていた。


(……矢内君って、そういう事を言うタイプだったんだね)


 アタシは矢内君の事は物静かで大人しい男の子だと思っていたし、あと多分だけど恋愛経験も全然ない子だとも思っていた。 だからそんな大人しいタイプの矢内君がそういう男らしいセリフを言うなんて全く想像してなかったし、それにアタシが元カレに殴られそうになった時に矢内君がとっさにアタシの事を庇おうとして前に飛び出して来たのもとても意外だった。 あはは、うん、やっぱり矢内君って本当に不思議な男の子だよね……って、あれ……?


「……あっ……」


 その時、アタシはいつの間にか矢内君の事に興味を持ち始めている事にふと気が付いた。 そしてアタシはそんな自分の心の変化にもちょっと驚いてしまった。


 だって今までのアタシはさ……矢内君には申し訳ないんだけど、正直に言ってアタシは矢内君の事に対する興味はあまり持っていなかった。 どうせ近い内に別れる事になるんだし、そこまで矢内君の事を知ろうという気持ちには全然なっていなかった。


 そしてその気持ちは今までのアタシの行動にも示されていたと思う。 アタシは矢内君とお付き合いをしてると言っても、別にそこまで彼女らしい振舞いとかはしてなかった。 アタシはただ矢内君がしたいと思う事に付き合ってあげていただけなんだ。


 だから、今までのアタシ達は彼氏彼女の関係というよりも、少し仲の良い友達と言った方が合ってるくらいの関係性だったと思う。 でも今考えるとこれは流石に……矢内君に対して失礼だったかもしれないな。


(……うん、それだよね、アタシも少し改めなきゃいけないよね)


 という事で矢内君への興味が出てきたアタシは、今までの自分の行動を反省して、これからの付き合い方を少しだけ改める事にした。 矢内君を明日のお昼に誘ったのもそれが理由の一つだ。 これからはアタシからも矢内君がどんな男の子なのかを少しでも良いからちゃんと知ってみたいと思ったんだ。


「さて、と……」


 アタシはもう一度時計を確認してみた。 時刻は12時を過ぎた所だ。 先ほどまで矢内君と作業しながら通話をしていたからか、目はまだ冴えた状態になっていた。 このままベッドに入ってもすぐには眠れそうにないので、少しだけ夜更かしをしてからベッドに入ろうと思う。 うーん、でもそれじゃあ眠くなるまで何をしてようかな?


「うーん……あっ、そうだ。 ふふ」


 その時、アタシは少し前に矢内君と約束した“とある事”を思い出したので、早速アタシはスマホを開いて“お弁当 おかず”で検索を始めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る